INTERVIEW

研究者インタビュー

2020.07.16 
研究者インタビュー 
Vol.9

低酸素と癌の研究から
癌治療のイノベーションを模索

第一期プロモーター教員

プロモーター教員 中山恒先生のインタビュー。低酸素環境への適応機構を細胞レベルで分析し、癌治療の研究にも取り組まれています。産学連携における、企業と大学両者のニーズをマッチングしやすくなるような構想についてもお話しいただきました。

プロフィール
難治疾患研究所
フロンティア研究室
低酸素生物学
准教授
中山恒先生

研究分野について

先生の研究について教えてください。

中山:
東京医科歯科大学の難治疾患研究所で教員をしています。研究テーマは、さまざまな酸素環境に人間が適応する仕組みに関するものです。
私達の生きている世界の大気中には21%の酸素が含まれています。ところが、富士山の山頂では14%まで低下します。このような低酸素状態になると、息苦しさや頭痛などの症状が現れる、いわゆる高山病が発生します。酸素が少なくなるから当然なのですが、面白いのは、そういう環境にいるとだんだん慣れてきて頭痛が治まり、息苦しい症状も無くなってくる。体が慣れて「適応」するわけです。このように、長時間酸素が少ない状況にいた場合、どのようにして体が適応していくのかを分子レベルで研究しています。
実は私達の体の中も、一般に低酸素の状態になっています。例えば、アルコールを分解する肝臓の中は4%という低酸素の状態ですし、脳の一部では3%です。こうした厳しい条件にいると、高山病が徐々に回復していくように、体の細胞がうまく適応できなければ、究極的には私達は生きられません。酸素が少ない環境でも正常な活動ができるのは、細胞レベルで適応しているからなのです。私達は、細胞内の分子が酸素環境への適応にどのようにはたらいているのかを研究しています。(写真左は、体の内外や病気の発生で変化する酸素環境に応答する分子メカニズムの研究をしている図。)

この研究に興味を持ったきっかけはどのようなことだったのですか。

中山:
大学院を卒業して博士号を取ったあとアメリカに5年間留学したのですが、その時に酸素の研究に出会いました。
体内には「ユビキチン-プロテアソームシステム」というシステムがあります。不要になったタンパク質をどんどん壊していく、体内の分解工場のような位置づけです。かつては遺伝子からタンパク質が作られて細胞が増えるなど「作る」研究がホットでしたが、留学する少し前(約20年前)くらいからは、「壊す」ことの大切さが注目され始めていました。このシステムの解明がどんどんと進んできていた頃で、そこに興味があり留学をしたんです。
留学してからは、「作ったものを壊す」タイミングに着目しました。いつでも作って、いつでも壊していいわけではありません。必要な時に作って、不要になったら壊すというタイミングが大事です。
紫外線に当たった時に壊されるものはないか、細胞の温度を高くした時や栄養を除いた時に壊されるものはないか、という研究をしている中で、行き当たったのが「酸素」でした。低酸素にすると、このシステムがはたらき始める例があることを見つけたのです。酸素とタンパク質を壊すシステムは当時つながっていなかったので、これは面白いぞと思いました。

そのシステムは、人の病気にはどのような関係があるのでしょうか。

中山:
私達は「低酸素と癌」という内容で研究を進めています。癌は変わっていまして、普通の細胞だったら死んでしまうところでも、耐えて生きながらえます。大きな腫瘍塊の内側部分は外からの酸素供給が少なく、厳しい低酸素の状況にあるのですが、癌は低酸素に対して通常の細胞と比べるとうまく適応できるので、そのような環境でも生存するのです。

癌の治療法としては、酸素を断つという方法が一つの治療法になるのでしょうか。

中山:
そうですね。ただ、酸素を断つと癌だけでなく他の細胞も含めて死んでしまうので実現は難しいと思います。現在ある一つのアプローチでは、癌が低酸素に適応している状態を、薬を使って抑えることができれば、厳しい低酸素状態にある癌は生きられなくなるだろうと考えられています。

研究で苦労されていること、ブレイクスルーしたいポイントなどはありますか。

中山:
細胞は、ブドウ糖(グルコース)をエネルギー源にしています。細胞は、酸素があるところだとミトコンドリアという細胞内小器官を使って、グルコースから効率的にエネルギーを作るんですが、酸素が少ないところではミトコンドリアを使えなくなるので、エネルギーを作る効率が低下します。しかし、ある種の癌細胞は、酸素があるところでもミトコンドリアを使ってエネルギーを効率的に作らないという形質を示します。この状態を「癌性代謝」と言います。

癌性代謝を普通の細胞と同じ代謝に変えれば、癌が低酸素に強いという性質も含めて克服できるのではないかと私達は考えています。ただ、このようなタイプの代謝は低酸素状態でも起こるので、癌を叩くつもりで低酸素の状態にある他の臓器にまで影響を及ぼしてしまう可能性が大きいです。いかに癌だけに影響を与えられるかが課題です。癌に特異的なマーカーなど特定できれば、癌だけを狙ったアプローチにつながると思います。

癌性代謝はマーカーなどで分かるものなのですか。

中山:
実験的には細胞の内容物を取り出して、特定することはできます。ただ体の中から細胞を取ってきて測定するのはそう簡単にできることではありません。体内の癌の代謝状態を、マーカーで判別できるようになれば、ブレイクスルーになると思います。癌細胞に薬が到達したかしていないかを、蛍光標識をつけて画像で見るような研究もあり、この分野の研究は世界的に進んでいます。細胞内の物質の動きや、酸素濃度の変化がリアルタイムにどのように変化しているかが分かるシステムが確立されれば、癌の代謝状態を直接イメージできるようになると思います。しかし、私達にはその技術がないので、持っているところと共同で研究が進められたらいいと思っています。

産学連携・プロモーター教員としての取り組みについて

これまでに産学連携に関わるプロジェクトはないとのことですが、
今後産学連携で実現したいことや、産と学との連携の中でどういうことをやってみたいですか。

中山:
今まで産学連携に興味を持ってはいましたが、実現する機会がなかなかありませんでした。プロモーター教員になったのは、自分で機会を創出したいと思ったことが背景にあります。また、学内で産学連携をコーディネートしたり、マッチングにも貢献していきたいです。

自分の知見を広めたいという思いもあります。私のバックグラウンドは、理学(サイエンス)であり、メカニズムを掘り下げていくことに強みが発揮できると思っています。ただ、これまではそれで満足してしまっていた部分もありました。メカニズムが分かることは大事ですが、そのメカニズムを治療薬の開発などに結びつけるところまで目指したい。その実現には、産学連携は非常に重要なことだと考えています。

先生の研究の延長上に、「薬になるパターン」と「治療法や治療機器に結びつくパターン」など、どういう出口をお考えになっていますか。

中山:
癌の治療薬はイメージの一つにあります。それ以外には、体内の酸素濃度をイメージングし、ある部分の血流が悪くなって酸素が少なくなっていることや、血管が詰まっているかもしれない、などを判定できるセンサー機器を開発するのも方向性としてあると思っています。まだ漠然としていますが。
治療薬を考える上では病気のことを知らなければならないので、医学部の先生との連携を進めたいと思います。また、機器の開発では、工学系の先生とも連携したいです。

先生が描くパートナー像や、オープンイノベーション機構に対するご希望はありますか。

中山:
プロモーター教員の役割として、産学連携をどんどん進めることを期待されているのか、それとも興味を持っている先生と企業との間に立って、研究者側の立場で共同研究をつなぐ役割の方が大事なのか、ということはいつも考えています。私はどちらかというと後者に近いイメージを持っていますが。
研究者としてオープンイノベーション機構に期待するのは、癌を研究しているような企業や医療機器の開発を進めている企業がどのようなニーズを持っているのか、また具体的な社会ニーズによって進められているプロジェクトが分かればいいなと思います。

あとは、学内の各研究者の研究テーマをカタログ化してオンラインで見られたらいいですよね。PC画面に研究者のテーマが左に、企業が求めているシステムや仕組みが右に、のような形でリスト化されていたら、利用者は必要な情報を見つけやすいと思います。
それに付随し、チャットなどが気軽にできるような仕組みもあると、肩肘張らずに連携先が探せるのかなと思います。すぐに質問ができて、利用者間でやり取りを共有できれば「うちの細胞研究の技術と組み合わせられるかも」など、やり取りが活性化すると思います。パンフレットを渡されてもくまなく目を通すのは大変ですし、時間を決めて打ち合わせというのも、とっかかりの段階ではハードルが高いですから。

求めている情報同士がつながるイメージですね。

中山:
企業から出てくるニーズにはぱっと見て自分の研究とどう結びつくのか分からないものもありますし、企業の方々も研究者のテーマが自分たちのビジネスとどうリンクするのか見えづらいと思います。リストを見ながら検討できればマッチングも起こりやすいのではないでしょうか。そして、研究者側の研究内容を噛み砕いて企業に説明することや、企業側のニーズを拡大解釈するような形で研究者に伝えることがオープンイノベーションプロモーター教員の役割や位置づけなのかなと考えています。
企業と研究者の間のパイプとなれるような人は必要ですが、企業寄りの人、研究者寄りの人など複数のパイプがつながり、お互いのギャップを小さくできれば、なお話が進みやすいかなと考えています。

先生は研究室以外の方とのネットワーク、交流のご経験ありますか。

中山:
低酸素の共同研究は多数進めています。体のさまざまな部分が低酸素になりますし、癌に限らず心筋梗塞や脳梗塞、炎症性疾患などの病気とも幅広く関係しています。ですので、これからも幅広く連携していけたらなと思っています。これまでの経験では、研究者間の共同研究は、自分の研究の方向性に合う研究をしている分野があれば、その研究者に直接メールをして連絡を取り、先方も承諾してくれたら共同研究が成立するといったようにスピーディーに実現していますので、積極的にトライしています。

契約などハードルはありませんか。

中山:
研究材料費の分担などは話し合う必要がありますが、経験上、そんなに細かく言うような感じではありません。興味やゴールが合致していれば、案外細かいことは詰めなくても成立しやすいのかもしれません。

東京医科歯科大学には理学と医学がありますが、どのような連携がありますか。

中山:
共同研究以外にも、セミナーや勉強会を共同で開催することがあります。あとは、低酸素の特殊な装置が私たちの研究室にはあるので見学にいらっしゃったり、ちょっと試されるなどの結びつきもあります。

先生の研究室にある装置は他の先生達も見学することはできますか。

中山:
もちろん大歓迎です。装置があることを積極的に発信しているわけではないので、知らない先生も多いかもしれません。ご興味ある方は、ぜひ見学に来ていただきたいです。

最後に

最後に、ご趣味について教えて頂けませんか。

中山:
野球が好きです。出身は北海道ですが、広島東洋カープのファンです。小さい頃に山本浩二選手や衣笠祥雄選手が活躍しているのを見てから、ずっと好きです。1年に1回、プロ野球の試合を大学の同期と観戦しに行きます。ほとんど東京ドームですが。カープ戦のチケットを取るのはなかなか難しいので、去年はパ・リーグの日ハム戦を観戦しに行きました。ついいつもビールを飲み過ぎてしまいます(笑)。アメリカに留学していた時には、ソフトボールチームに所属していました。メジャーリーガーじゃなくても、彼らのパワーはすごかったです!(写真右は、留学時代のソフトボールチームのメンバーと)

先生同士で野球をすることありますか。

中山:
私自身が野球をしていたのは小学生までですね。今は野球チームに入っている子供と一緒にキャッチボールをするくらいです。子供の方が上手なので、子供が私に付き合わされているという感じですね(笑)。

ありがとうございました。

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