INTERVIEW

研究者インタビュー

2025.11.12 
研究者インタビュー 
Vol.82

集中治療の現場から「患者のその後」へ─ICUの未来を創る臨床医

第三期プロモーター教員

ICUの扉を出た先にも、医療は続いています。集中治療後の患者に現れる身体的・精神的な後遺症や、過酷なICU環境がもたらす目に見えないストレス 。これらは集中治療後症候群(PICS)と呼ばれ、東京科学大学 野坂宜之先生は、集中治療の質を高めるために、患者視点に立った臨床研究と産学連携に取り組んでいます。今回は、ICU医療のその先にある課題に目を向けた野坂先生の研究と、産学連携の可能性をうかがいました。

プロフィール
東京科学大学
生体集中管理学分野
准教授
野坂宜之先生

私が聞いてみました

医療イノベーション機構イノベーション推進室URA
島田康弘

インタビュアー詳細

研究について

まず、先生のご所属や専門分野について教えてください。

野坂:
私はICU(集中治療室)の医師です。集中治療部は診療科ではなく、基盤診療部門と呼ばれる組織に所属しており、多種多様な疾患を診ています。専門は小児集中治療で、専門医としては小児科・救急科・集中治療科の3つの専門医も持っています。集中治療科専門医を取得するには、麻酔科、救急科、内科、小児のいずれかの専門医が必要で、約9割が麻酔科・救急科の医師、残り1割が内科・小児という構成です。私はその少数派の一角を担っています。

ICUは、重症患者の治療を担う、医療の中でも最も密度の高い現場です。ICUには大きく分けると2種類あり、救急患者を診るものと、術後患者を中心に、急変した内科系患者など、多様な背景をもつ方々の治療にあたるものです。私たちが対象とする患者は約6割が術後、残り4割が院内急変や、かかりつけの患者が重症化して入室するケースです。当部に入室する小児の比率は全体の5%程度ですが、本学での診療を必要とする子どもたちの重症局面をしっかり支えることが臨床における私の一番のテーマです。

先生のご研究のテーマについて教えてください。

野坂:
テーマは大きく3つあります。

1つ目は、小児集中治療における臨床・基礎研究です。マウスを使ってICU環境を再現し、人工呼吸や薬剤投与を通して病態の変化を観察するなど、動物ICUモデルを構築して、人への応用を探っています。マウスを鎮静し、人工呼吸器につなぎ、生体情報モニターを見ながら薬物動態や介入の変化を評価する—人間にやることをマウスで行っています。
マウスに対する人工呼吸を用いた研究自体は広く行われていますが、それを人間にきちんと応用できる形でやっている研究者は世界的に見ても限られています。臨床研究では、日本のデータベースを使って、集中治療を受ける子どもたちの基礎データをさまざまな角度から分析しています。最近発表した研究では、年齢に比して身長が低い患者は重症化しやすく、予後が悪い傾向があることを日本全国の6,000 例を超えるデータから示しています。

2つ目は、集中治療後症候群(PICS)の研究です。ICU治療後に起こる身体的・精神的・認知的な後遺症について、患者・家族・医療従事者に向けた啓発活動や予防のための実践研究を行っています。ICUができて日本では50年、世界的に見ても70年という浅い歴史の中で、20世紀は救命率の向上を求めてきました。それが改善されてきた今、「治療後、患者はどうなっているのか」に注目するようになってきたんです。

すると、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に罹患しICUでの治療を要した患者の半分は、1年後に職場復帰できていないことが分かりました。体力が持たない、認知機能障害、物忘れ、複数の動作を統合できない、スケジュール管理できないといった問題が出てくるんです。また、ICUで治療した患者の半分近くの患者に不安、うつ、不眠、PTSDといった精神障害が起こっていることも分かってきました。

私たち集中治療医は外来を持たないので、退室後の患者の症状や状態をタイムリーに把握できないことが多くあります。しかし調べてみると、こうした問題が起きていた。この課題を医療従事者に認識させるために、集中治療後症候群として定義されるようになりました。

PICSは、予防することはできるのでしょうか。

野坂:
いろいろな方法が提唱されています。例えば、早期からリハビリテーションを始めたり、しっかり栄養を摂ったりすることが良いと言われています。ただ、患者やご家族の理解が何よりも重要です。

そのための取り組みとして、2022年にクラウドファンディングを行い、プロの漫画家や精神科の先生、看護師も交えて漫画や動画を作成しました。クラウドファンディングでは目標の100万円を超える約170万円の支援をいただき、制作した動画を待合室などで流して広報活動に取り組んでいます。この活動は評判が良く、日本集中治療医学会のホームページにも掲載されるなど、さまざまな病院で使っていただいています。また、医療従事者向けのコンテンツも作成し、教育にも活用されています。

研究テーマの3つ目について教えてください。

野坂:
3つ目は、ICU環境の研究です。音や光といった要素が患者のストレスやPICS発症に影響することが分かってきたため、本学の環境・社会理工学院 建築学系 海塩助教、沖准教授や心肺統御麻酔学 仙頭講師などと共同で環境データを定量的に測定する研究を進めています。ICUは生体情報モニターのアラーム音や機械の駆動音でうるさく、窓がないICUもあります。光、音これらすべてが—PICS精神障害を併発する要素として抽出されているのです。

私が本院に赴任したのは2020年。当時のICUには窓があっても外が見えず、「ICUはこんなにも暗い所もあるのか」と衝撃を受けたことを覚えています。ただ、2023年10月に新たに学内にC棟(機能強化棟)が設立され、ICUが移転しました。新しいICUは非常に明るかったことから、前後比較する絶好のチャンスだと考えたのです。東工大との合併の機運もあり、海塩助教、沖准教授と一緒にICUの環境測定を開始しました。ICUの測定環境データを出している研究者は世界的にもごくわずか。先日、測定結果をまとめた論文を発表しました。

今は、ICUの環境が患者にどう影響するかを評価する段階です。評価基準の一つが睡眠で、脳波も計測しながら取り組んでいるのが私たちの研究の特徴です。患者の命を救うだけでなく、「その後を支える」。集中治療の新たな役割を見据えた研究が、チームの軸となっています。

ICUの環境の見直しは、医療の質にも影響しそうですね。

野坂:
まさにその通りです。集中治療では命を救うことが最優先ですが、その後に待っている生活への影響も考える必要があります。医学的治療に加えて、患者にとって安心できる環境を提供することも重要な医療の一部です。ICUを人の心身に優しい空間に変えていくことが、結果として治療効果や満足度の向上にもつながると考えています。

環境と睡眠というテーマは、基本的には看護研究の中でも古くからあるテーマで、今までは看護師たちの努力でさまざまな研究がなされてきました。そこに医学・工学の専門的な視点を交えて脳波を測定したり、ビデオカメラを使ったりといった技術も使いながら、さらに飛躍させたいというのが私たちの取り組みです。

研究を通して感じる魅力ややりがいについて教えてください。

野坂:
研究そのものより、こういった取り組みを通してより患者に寄り添える、患者の人生の一部を伴走しているところに魅力を感じます。どの研究もすごく大事な部分ですが、今まで見過ごされてきたところにこそ、医療を改善するヒントや、患者のためになることが潜んでいる。研究を通して、診療のやりがいがより一層増すのではないかなと感じていますね。

産学連携について

コロナ禍ではシャープ株式会社と共同で遠隔面会システムを開発されたとうかがいました。

野坂:
そうですね。PICSの発症予防には、家族面会がかなり大きな役割を占めています。それがコロナ禍にはままならない状況になりました。家族がいるのに会えない、会いたいのに会えないことは、患者にとって大きなストレスです。

小児に携わっている身としても、家族と患者の分断ということが個人的にも耐えがたく感じていました。
私たち医療者は患者の人生の中、入院している間のさらに短い期間にしか関われません。しかし、患者にとっては大きな出来事です。こうした閉鎖的な状態はPICSの温床にもなる可能性が高い。そこでシャープさんの遠隔面会システムを活用しました。今で言うタブレットを活用したオンラインでの面会です。

しかし当初はいくつか壁がありました。iPadに慣れている人なら簡単ですが、新型コロナウイルス感染症は高齢者が重症化することが多く、感染者の年齢層も高い傾向にありました。仮にLINEのビデオ通話を使うにしても、LINEIDを電話越しに正確に聞き取るのはハードルが高かった。また、病院側がiPadを持っていても、相手側が対応機器を持っていないこともありました。そこで、シャープのタブレットを貸し出し、対応機器を持っていない人でも使ってもらえる仕組みを整えました。

他にも株式会社LIXILとの連携もあるそうですね。

野坂:
はい。ICUでは、ポータブルトイレの使用に対する羞恥心や衛生・臭気といった問題が長年の課題でした。そこで、LIXILと共同で収納型トイレを開発し、ICUに導入しています。歩ける患者は病棟内のトイレを使いますが、それができない患者はおむつや尿瓶、差し込み便器、そしてポータブルトイレで用を足します。しかし、おむつやポータブルトイレには抵抗を感じる方が多い。

トイレは人間の生活の中で必須であるため、LIXILは家にあるトイレと同じように、シャワートイレや脱臭機能をつけることにこだわりました。ICUの環境に合わせたこだわりポイントとしては、室内にあるのに、壁面ユニット内に収納できるようになっているので、そこにトイレがあるようには見えませんし、臭いも気になりません。リハビリの進めやすさや居住性という点でも意義がある研究だったと思います。

医療現場から出てきた違和感や課題を、企業とともに形にしているのですね。

野坂:
寝具や照明、音の遮断技術など、患者の快適性に関わる製品やアイデアを、企業と連携しながら医療現場に応用できるよう模索している段階です。

企業の方とコミュニケーションを取るときに気を付けていることはありますか?

野坂:
患者のメリットがどういうところにあるのか、をしっかりと伝えることですね。患者のためである、という方向が一致しなければ、進めていくことは難しいでしょう。目的が常に見えるようにお話を進めるようにしています。

ただ一方で、企業の方と話すとき、営業の方とお話することが多いのですが、研究につながる深い話はあまりまともに取り合ってもらえないことがあります。医療イノベーション機構に相談させていただくこともありますが、自分で話を進めていきたいときに、別の部門の方へどのようにアプローチしていけばいいのかは解消していきたいです。

プロモーター教員について

プロモーター教員に就任された経緯と、今後の展望をお聞かせください。

野坂:
第1期プロモーター教員を務めた、生体集中管理学分野 若林健二教授からお声がけをいただいたのがきっかけです。シャープ社やLIXIL社との産学連携の取り組みもあり、推薦してくれたのだと思っています。

今後は、ICUの居住性をテーマに他職種・企業と連携した研究を広げたいと思っています。例えば、快眠を促す寝具や照明、騒音を抑える素材など、一般企業の技術を医療空間に応用することで、患者の回復を後押しできるのではないかと考えています。居住性という点では看護研究の方が合いますが、ICUは医師のみならず、看護師や理学療法士など、チームで取り組んでいる部門です。医師や看護師や他の職種も含めた色んな方の視点を交えながら、居住性の研究に取り組めたらと思っています。

最後に

プライベートの過ごし方についてお聞かせいただけますか?

野坂:
最近はNHKの朝ドラ「ばけばけ」を楽しみにしています。小泉八雲とその妻・小泉セツの話で、私の故郷である島根県の松江が舞台です。小泉八雲は旧制松江中学の英語教師として赴任するんですが、実は私の母校なのですごく親近感が湧きます。自分の故郷が舞台になると「これはあの辺を描いているな」というのが見え、非常に楽しめます。NHK大阪放送局が制作しているせいか、コメディタッチになっており、面白いです。

野坂先生が撮影された故郷を代表する松江城の写真

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医療イノベーション機構
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