INTERVIEW
研究者インタビュー
2024.12.04
研究者インタビュー
Vol.65
臓器移植の未来を切り拓く―心臓移植技術と臨床現場での挑戦
第三期プロモーター教員
心臓移植は、拡張型心筋症や肥大型心筋症、虚血性心疾患など、重度の心筋障害によって心臓のポンプ機能が大幅に低下した患者にとって、最後の希望となる治療手段です。 薬物療法や外科手術では効果が見込めない場合、心臓移植が命を救うための唯一の道となり、生命をつなぐための大切な手段となります。移植手術を成功させるためには、臓器をいかに安全に運び、タイムリミット内に移植するかが大きな課題となりますが、日本にはまだ多くの課題が残っています。今回は、より多くの患者を救うために心臓移植のタイムリミットを伸ばすための研究をしている東京科学大学の田原先生に、研究の背景とその未来への展望を詳しく探ります。
- プロフィール
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東京科学大学
心臓血管外科
助教
田原禎生先生
私が聞いてみました
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URA・特任准教授
インタビュアー詳細
長尾研二
研究について
先生のご経歴と研究内容について教えてください。
- 田原:
- 私は東京科学大学の心臓血管学分野に所属しています。平日は主に臨床業務をやっていて、研究は週末や業務後に取り組んでいることが多いです。現在は2つの主要な研究に携わっています。一つは「V-V ECMOのリサーキュレーション」という研究で、これは酸素化された血液が機械に再吸収される現象を改善するものです。この研究は、新型コロナウイルスが流行した際に、多くのECMO症例を担当した経験から着想を得ました。臨床現場ではこのリサーキュレーションの現象を推定値でしか把握できないため、より簡単で正確に実測値を取れる技術が求められています。
もう一つは「EVHP(体外心臓還流システム)」に関する研究です。これは心臓移植に関わる技術で、通常の移植手術では冷やした心臓をそのまま運んでいますが、心臓を体外で還流し、生体に近い状態を保ちながら運ぶ技術を開発しています。肺や肝臓ではもうすでに臨床運用されているのですが、これを心臓でもできないかという研究をやっています。これにより、心臓移植の時間制限を延ばすことができ、移植が可能な患者の数を増やせると期待しています。
なぜこのような研究に取り組まれるようになったのですか?
- 田原:
- 私が最初に研究に携わったのは、大学4年生のプロジェクトセメスター時です。その際にたまたま心臓血管外科に配属されたのがきっかけで、当時は血液ポンプの回路内の血栓を光イメージングで可視化するというプロジェクトに参加しました。この時からエンジニアリングと医療の融合に興味を持ち、特に心臓外科という分野は多くの医療機器を使用するため、医工学の重要性を強く感じました。EVHPに関しては、心臓移植によって多くの患者さんを救うには、心臓の搬送時間を延ばすことが必要です。現在のルールでは、一般的には臓器を摘出してから4時間以内に患者さんへの移植を終えなければならず、心臓を遠い距離まで運ぶのが難しいのが現状です。将来的にこの数字を伸ばすことができたら、日本国内各地における移植臓器不足の解消に繋げられると思います。薬ではなく、機械の力で生命を救えたら素晴らしいですし、そこに面白さを感じています。
現在の研究で課題と感じていること、またそれに対する取り組みについて教えてください。
- 田原:
- リサーキュレーションをリアルタイムで測定し、その場で調整できるセンサーの開発を進めています。現在、産業技術総合研究所の先生と共同でセンサーを開発しており、そのセンサーが実際に臨床現場で使えるかどうかを検証する段階にあります。血液の特性から、または最終的に人体で応用するとなると、大型動物での実験のデータが必要です。センサー自体も、既存の回路内に組み込める形に持って行けたら、製品としての安全性がより高まるのではないかと考えています。リアルタイムでリサーキュレーションの実測値が出るようになれば、ECMOを導入するその時にベストな位置に置くことができます。現状ではECMOを回してしばらく経ってから、酸素化が目標値まで上がらなかったから位置を修正する、ということが必要になっているので、リアルタイムで実測値を測定できるようにするのがひとつの課題ですね。理論はある程度固まっているので、あとは経験数を増やして確認していくという段階です。
EVHPに関しては、装置が非常に大きく持ち運びが難しいという課題があります。今の段階ではポンプを3台使用しているので、トラックで運ぶような規模になってしまい、使用が現実的ではありません。現段階では心臓を動かしながら管理する方法、動かさずに管理する方法、一部機械補助をしながら動かす方法など様々なモードで動かしながら、装置をできる限り縮小できるプラットフォームの作製を目標に取り組んでいます。加えて、灌流した心臓の心機能を評価するために必要となるPVLの計測が難しいのと、取り出した心臓そのものにエコーを当てるのも非常に困難なのが現状です。
今後、灌流中の心臓の心機能の評価が可能になる方法を開発していけたらと考えています。病理学的な考察が不足しているので、心臓病理に関する知識に精通されている専門の人と一緒に研究ができたらいいなと考えています。もちろん、最終的な目標は臓器の機能を維持したまま運ぶための時間を長くすることです。その実現に向けて進んでいけたらと思っています。
産学連携について
産学連携での取り組みや、今後実現したいことについて教えてください。
- 田原:
- これまでは私が所属する教室で、ポンプ内の回路の血栓についてはECMOのポンプを作っているメーカーの方々と、より小型化したセンサーをポンプ内に組み込んで、血栓を検知するような装置を作れないかという話をしていますが、まだ製品化には至っていません。あとは、産業技術総合研究所の先生との共同研究では、V-V ECMOのセンサー開発が進んでいます。これに加えて、医療機器メーカーとの連携を進め、製品化に向けた取り組みを行いたいと考えています。心臓外科の分野は医療機器の発展と密接に関わっているため、臨床で使える技術を実際に製品化するには、企業との協力が欠かせません。我々は臨床医なので、メカニカルな面に関しては疎いところがありますので、企業の方々と一緒に製品開発に持っていけたら良いなと思っています。エンジニアの先生方の視点と我々臨床医の視点の両方を大切にし、ディスカッションを重ねながら安全に共同開発を進めていきたいです。
体外臓器灌流の分野では、移植可能な時間を延ばす技術が求められており、これが実現すれば、日本だけでなく海外でも臓器不足の解消に貢献できると考えています。ヨーロッパではすでに国境を超えた臓器移植が行われており、技術が確立されれば日本でも同様のことが可能になるかもしれません。また、学内の他分野とも連携をしたいと考えていて、指導医と理工学系の先生達との間で、冠動脈の中枢吻合のデバイスを作れないかということで、今度ミーティングしようという話を進めています。まだまだ構想の段階ですが、そのようなことにも取り組んでいきたいです。
イノベーションプロモーター教員について
イノベーションプロモーター教員としての活動についてもお聞かせください。
- 田原:
- 今回教授から推薦を頂きました。私はデバイス開発に強い興味があり得意な分野でもあるので、積極的に医工連携に携わっていけたらと思っています。エンジニアの方々との意見のすり合わせの際にも、臨床医の立場から意見をどんどん発信していきたいです。現在も、旧東工大の理工学系の先生方と新しいデバイスの開発について、例えば冠動脈の中枢吻合ができるデバイスを作れないかという話が出ています。今後は学内の他分野、また企業の方々などさらに多くの研究者や企業と協力し、心臓外科の分野を発展させていけたらと思っています。
最後に
先生の休日の過ごし方や趣味について教えてください。
- 田原:
- 去年子供が生まれたため、最近の休日は家族と過ごす時間が増えました。それまではボルダリングや写真撮影が趣味で、都内のジムでボルダリングを楽しんだり、旅行に行って風景写真を撮ったりしていました。学生時代は天文部に所属していたため、星空の写真を撮るために夜中に出かけることも多かったですね。今はアウトドア活動は少し控えていますが、子供がもう少し大きくなったら、一緒に外に出かけてアウトドアを再開したいと思っています。
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医療イノベーション機構 イノベーション推進室
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