INTERVIEW

研究者インタビュー

2024.09.09 
研究者インタビュー 
Vol.58

ベテラン看護師の暗黙知やケアの実態をデータベース化 せん妄の早期発見や看取りのケアの質向上に期待

第三期プロモーター教員

高齢者がなりやすく認知症と症状が似ているせん妄。薬の影響や手術のストレスなどが要因とされ、患者さんとご家族、また医療者への影響も大きいといわれている。今回はせん妄や看取りのケア、レセプトデータ解析など看護研究を行なっている菅野雄介先生にインタビュー。産学連携やプロモーター教員としての取り組みへの思いを聞きました。

プロフィール
保健衛生学研究科
在宅・緩和ケア看護学分野
講師
菅野雄介先生

私が聞いてみました

オープンイノベーションセンター アライアンス部門 URA
細川奈生

インタビュアー詳細

研究について

まずは先生のご経歴を教えて下さい。

菅野:
大学院時代は終末期がん患者さんの「予後数日の看取りのケアの質の維持・向上」を研究課題に挙げ、患者さんやご家族が受けられた看取りの経験を明らかにするために遺族調査を行い、また、日々の看護実践で看取りのケアに対し困難に感じていることを明らかにするために看護師調査を行っていました。また、観察研究に加えて、看取りのケアのクリニカルパスを開発し、その有効性も検証していました。ポスドク時代は高齢がん患者さんを対象とした研究を中心に行っていました。例えば、せん妄の早期発見や初期治療を目的に開発された、看護師が主導して多職種と協働しながら行うせん妄プログラムの有効性を検証するために多施設無作為化比較試験のプロジェクトに関わったり、認知症を持つ高齢がん患者さんの治療やケアの方針など意思決定を支援するプロジェクトに関わり、日夜心血を注いでいました。

東京医科歯科大学に着任されてからはどのような研究を行っていますか。

菅野:
私の所属する在宅・緩和ケア看護学分野では、主に、工学技術とケア情報を統合した看取り支援IoT開発と医療・介護レセプト分析による訪問看護利用者の特性別訪問看護の最適ケアパッケージの提案に関するプロジェクトを進めています。私は、後者のプロジェクトに関わっており、要支援・要介護認定を受けた高齢者さんの「ポリファーマシー」に着目し、その実態やアウトカムへの影響について解析をしています。また、今まで捉えることができなかった、専門や認定看護師、ベテラン看護師の暗黙知や実践知について、工学技術を活用し可視化するプロジェクトにも関わっています。もちろん、今まで行ってきた、看取りやせん妄の研究も続けています。本学の強みは、研究に力を入れており、看護だけでなく、他分野の研究者ともコラボレーションを図ることができるので、とても魅力的です。

研究対象に看護学を選んだ理由をお聞きしたいです。

菅野:
私のバックグラウンドは看護師でして、臨床時代に上司から看護研究を勧められたことが大きな理由です。私が所属していた病棟は、抗がん剤治療を受ける患者さんが多く入院されており、副作用で苦しむ患者さんを多く見てきました。副作用の多くは薬物療法によって症状が緩和されるのですが、投与される薬剤によっては更に苦痛が伴うものもあります。その一つに、しゃっくり(吃逆)が挙げられます。吃逆は、抗がん剤や吐き気止めに使われるステロイドなどが原因とされ、その対処に、鎮静が強い薬剤が使われます。そのため、患者さんは意識が朦朧としながらトイレに立ち、廊下で転倒する事例が多かったのです。そこで、看護研究として、薬剤に頼らず、患者さんが自分で対処できる方法はないか、文献検討を重ね、最終的に辿り着いた方法は、氷水でした。吃逆の機序はまだ解明されていませんが、咽頭刺激によって止まることが報告されており、氷水を選択した理由は、患者さんが自分のタイミングで対応することが可能だったからです。実際に介入研究を行い、吃逆に対し一定の効果を得ることができました。この成果は、院内発表に留まらず、学会発表を通して対外的に公表でき、看護研究者ともネットワークが広がりました。また、研究成果を医師に報告したことで、吃逆に対する治療の第一選択が薬剤から氷水に変更になり、看護研究の大切さ、醍醐味を実感したのを今も覚えています。

それは素晴らしいですね。看護学を学ぶ看護師にとって大切なのはどのようなことだとお考えですか。

菅野:
「看護の力」は無限大だと思っています。看護の対象は、病院に入院している患者さんやご家族だけでなく、地域で過ごす方々、また新生児から看取り、そして死別後の遺族等、広範囲に渡っており、理論と実践を兼ね備えた看護師の役割は大きいと考えます。最近では、「看護の力」の可視化に関心を持ち、熟達した看護師の思考回路の解明に関するプロジェクトに関わっています。
このプロジェクトにより、ケアのモデルとなる看護師の暗黙知や実践知が明らかになり、デジタル技術を活用することで、国内外の看護師のケアの質の均てん化、医療・介護人材が不足する地域での看護支援、様々なライフステージでの伴奏役等、「看護の力」を最大限に応用可能であると考えています。

研究の悩みや課題はありますか。

菅野:
看護の暗黙知や実践知を明らかにするためには、モデルとなる看護師が重要となります。十人十色の看護師の中から、そのような方を見つけ出すことが課題ですね。また、普段、無意識に実践されていることを可視化すること、これは技術的な課題もありますが、私たち看護師が行う対象の捉え方が多岐に渡るため、そこを言語化、数値化していくことが課題と考えます。私のように、独特な、よく言えば、感受性が豊かな看護師の場合、対象や症状、場面の捉え方が異なり、また表現する言葉も異なります。そこが難しいところであり、看護の多様性と言うのでしょうか、面白いところでもあります。

産学連携について

産学連携での企業との関わりについて教えて下さい。

菅野:
産学連携による研究プロジェクトには、本学に着任してから初めて関わりました。ビッグデータを扱う研究では、大手電子機器メーカーにバックアップしていただきました。企業の担当者と議論を繰り返す過程で、企業側のニーズや考えを直接聞くことができ大変参考になりました。悩みとしては、研究課題を達成するためのチームメンバーとして企業に参画していただきましたが、情報開示や情報利用の観点から制限を設けながらプロジェクトを遂行してきたことです。これは、お互いの利害に関わることでもありますので当然のことではありますが、初めて産学連携プロジェクトに関わり学ばせて頂いたことです。ただし、研究課題の認識は共通しておりましたので、アカデミアと企業が求める成果は異なりますが、そのプロセスにおいてお互いを尊重しながら進めていくことの大切さを学ばせて頂きました。

どのような企業と産学連携に取り組んでみたいですか。

菅野:
私の信条は患者さんファーストです。看護の対象が幅広であることは先ほどお話しましたが、患者さんに限らず人を中心に置き、個人や社会のウェルビーイングの向上を目的とした企業との関係性を深めていきたいです。そして、先ほどお話しましたが、AI(人工知能)やIoT技術といった最新テクノロジーを活用した看護師の暗黙知のデータ化や、それをもとにした国内外で使えるアプリケーションの開発にも取り組んでみたいです。他にも、看護のパラダイムシフトが起こるような革新的なイノベーションを企業と連携しながら創出し、患者さんとご家族、医療・介護従事者の方々を支えていけると嬉しいですね。

大学統合に伴い、アカデミアでの共同研究も盛んになりそうですね。

菅野:
大学統合に先立ち、東京工業大学の先生方と看工連携を進めています。例えば、看護師の暗黙知のデータ化に対し、様々な技術を持つ先生方と意見交換を重ねています。また、口腔ケアも看護の大事なケアの1つですので、大学統合を機に歯学部の先生方とも共同研究が図れることを期待しています。東京科学大学となり、様々な分野のスペシャリストの方々とコラボレーションができることを楽しみにしています。

イノベーションプロモーター教員について

イノベーションプロモーター教員になったきっかけをお聞きしたいです。

菅野:
所属分野には第2期プロモーター教員を務めた野口麻衣子先生が在籍しており、「プロモーター教員になったことで横のつながりが広がった」「学内で開催される講演会や交流会等のイベントに参加する機会が増えた」等の話を聞き興味が湧きました。他分野の研究者の方々と話してみたい、また新しい出会いから刺激や学びを得て、研究のモチベーションアップにつなげたいと思い引き受けました。オープンイノベーションセンター(OIセンター)の細川さんにも、「企業や他分野の先生と接点を持つ機会が少ない先生にこそ、OIセンターをうまく活用して外部との結びつきを強めて欲しい」と声をかけていただいたので、OIセンターの皆さんと共にパートナー探しをしていきたいですね。

最後に

休日はどのように過ごされていますか。

菅野:
横須賀にある自宅のベランダからは海が見えるので、子供たちが注いでくれたビールを朝から飲むことが休みの日の楽しみですね(笑)。オンとオフをしっかり切り替えて、仕事をすることを心がけています。

先生にお会いしたい方、研究プロジェクトについてさらに詳しく知りたい方は、お気軽にご相談ください

オープンイノベーションセンター アライアンス部門
openinnovation.tlo@tmd.ac.jp

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