INTERVIEW

研究者インタビュー

2023.11.23 
研究者インタビュー 
Vol.54

軟骨を解明し顎骨の変形に悩む患者のQOL向上を目指す AIやDXを活用した産学連携にも意欲

第2期プロモーター教員

顔が歪んでいる、顎が出ている、顎が長いというコンプレックスを抱えている人は少なくないが、実は治療可能な病気だと知っている人は数少ない。今回は顎骨の変形を直し、患者のQOL(生活の質)を高める臨床研究に取り組む高原楠旻先生にインタビュー。研究の展望や産学連携で実現したいことを聞きました。

プロフィール
歯学部
顎顔面外科学分野
講師
高原楠旻先生

研究について

先生の研究内容を教えて下さい。

高原:
顎顔面外科学分野で⼝腔外科・顎関節学の専門医・講師として活動しています。あまり聞き馴染みがないかもしれませんが歯科系の診療部門の1つで、顔面、顎、口の中の外科的な治療を担当する診療科です。その中で私は顎変形症と顎関節症を専門に扱っています。東京医科歯科大学で顎変形症の治療をしている患者さんは年間約200人。日本全体で年間3,000〜4,000人と症例数があまり多くない病気です。

顎変形症や顎関節症は症状が異なりますか。

高原:
人間の顔には上あご(上顎骨)、下あご(下顎骨)、頬骨、前頭骨などの骨があり、上顎骨や下顎骨が歯を支えたり、噛んだときの圧力を受ける役割を果たしています。顎変形症は顎の骨の位置や大きさに異常が生じることで咬合障害、発音障害、呼吸障害といった機能異常が起きる病気で、有名人で例えるなら元プロレスラーで赤いマフラーが印象的だったアントニオ猪木さんは「受け口・反対咬合・しゃくれ」と呼ばれる下顎前突タイプ(顎変形症の1つ)です。幼少期の指しゃぶりや、飲み込んだ時に無意識に舌を前の方に出す舌突出癖が原因という説がありますが、根本的な理由は解明されていません。咬み合わせと見た目(審美性)を改善するために顎の骨を切って正しい位置に顎を動かす外科的な矯正手術が主流で、術前・術後には歯科矯正が伴うため矯正歯科、歯科麻酔科、手術部と連携しながら治療にあたっています。

一方で顎関節症は「食事や会話で顎が痛む」「口を開けるとカクカクと音がする」などの症状がみられる顎関節の病気で、骨自体が変形する顎変形症とは別の疾患です。顎関節症の発症メカニズムも不明なことが多く、激しい運動での強い噛み締めや精神的ストレスによる無意識の食いしばり、頬杖・うつぶせ寝など日常生活の習慣や癖が大きく影響していると言われており、最悪の場合は手術をしますがほとんどは「スプリント」と呼ばれるマウスピースを着用して顎関節や咀嚼筋の負担を軽減したり、日常的な習慣を見直すことで時間の経過とともに症状が改善されます。顎や口腔内の機能回復を図る意味では病状は異なりますが、2つの疾患は密接に関係しています。

研究の魅力はどのようなところに感じますか。

高原:
患者さんの見た目に大きく関わりますし、習慣を変えてもらうなど相手の生き方に深く介入せざるをえない時もあり、大変なこともありますがそれ以上に責任を伴うやりがいのある仕事だと感じます。患者さんと長期的にお付き合いをしながら信頼関係を構築する仕事なので、人として勉強になることも多いですね。

現在の研究での課題や展望をお聞きしたいです。

高原:
顎の関節には骨と骨の間でクッションの役割を果たす「関節円板」と呼ばれる軟骨が存在します。軟骨は咬合の負荷を軽減する作用がありますが、軟骨の位置がずれていると吸収性が悪くなり骨が変形する原因となります。その関節円板をうまく調節することが今の研究課題ですね。動物実験も進めていますが、小さいマウスに関節円板を元に戻す手術は難易度も高く四苦八苦してばかりです。また、顎変形症は顎の骨に付着している筋肉、かみ合わせのコントロール、舌の位置、悪習慣などさまざまな要因で治療後に症状が後戻りするケースもごく稀にあり、再発防止できる方法も調べています。

ウサギの下顎骨

産学連携について

企業との産学連携の経験はありますか。

高原:
あるメーカーさんからの要望で、顎の骨を固定する骨接合材(骨をとめるネジやプレート)をチタン合金ではなく、眼窩底骨折の治療で使う吸収性の高いメッシュの薄いシートで代替できないか検証したことがあります。

顎変形症の手術を3Dでナビゲーションする手術用モニターの開発ではソニーの担当者と何度かディスカッションをしました。シミュレーションモデルに即して手術する位置情報が適切かリアルタイムで判断するシステムの開発を目指していました。3Dプリンタで実物大の骸骨模型を作って手術中に見るので開発に成功すれば非常に役立つと思いましたが、手術中の映像とシミュレーションモデルの高精度な位置合わせ等の課題が見つかりました。

共同研究は実現しなかったものの、技術力のある民間企業の方々と「ああでもない」「こうでもない」と議論を重ねた経験は、多くの人に使ってもらえる製品が研究者の手から生み出せる可能性があると実感した瞬間でもありました。

企業の方とのコミュニケーションで工夫したことはありますか。

高原:
医学の世界では当たり前だったひとつひとつを着実に進めるスタイルがビジネスの世界では通用しませんでした。研究者も同じですが企業はより短い期間で最大の成果が欲しいはず。そのために、腹を割って本音でコミュニケーションすることを意識した結果、スケジュールの調整や研究の細かいやり取りがスムーズに行えました。

産学連携のパートナー像はございますか。

高原:
AI(人工知能)の開発実績が豊富な企業やAIツールの導入・活用をサポートして下さるコンサルティング会社と一緒に研究を進めてみたいですね。
現在ではAIによる画像認識で手術スキルをスコア化することも可能になりました。VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)といった現実世界と仮想世界を融合する技術もかなり進歩していますし、カーナビのように手術を支援するナビゲーションシステムも市民権を獲得している。高画質で立体的な3Dハイビジョンシステムを搭載したモニターも登場し複雑で精密な手術も可能になりました。医療の技術進歩は本当に凄まじい。
その反面、医師に求められる業務や役割が拡大し続け負担が大きくなり、医学界の中でも特に外科は人手不足の悩みがつきません。私は「働き方改革」につながる「業務効率化」に取り組むことで医学生・研修医が外科医になる選択を諦める風潮を打破したいと思っています。そのためにも、最先端のAI技術を活用して医療だけでなく事務的な作業もより効率的に進められるようにしていきたいです。

東京工業大学との統合は産学連携を進めるきっかけになるかもしれませんね。

高原:
2024年度秋頃を予定している本学と東京工業大学との統合は、正直なところ不安もありますが期待は膨らむばかりです。私たちが持ってない科学・技術分野のエキスパートの皆さんとともにAIやDX(デジタルトランスフォーメーション)を絡めて研究をより高度にしていきたいですね。

イノベーションプロモーター教員について

プロモーター教員になったきっかけを教えて下さい。

高原:
ソニーとの産学連携の経験があったので選任していただいたと依田哲也先生から聞いています。産学連携には元々興味があり意識はしていたので、声をかけられた時は心の中でガッツポーズをしていました(笑)。しかし、プロモーター教員になってまだきちんとした成果を出せていないのでこれから色々と挑戦していきたいです。

「オープンイノベーションセンター」にはどのようなサポートを望みますか。

高原:
他の先生方と同じ意見だったら恐縮ですが、気軽に研究者同士が出会える場を提供してもらいたいですね。「◯◯をやってみたい」と思っても自分1人では最初の一歩を踏み出すまでが難しい。Googleの20%ルール(就業時間の20%を自由に使ってよい)のような制度を参考にして、研究者同士が分野の垣根を超えてカジュアルに雑談を言い合える環境が作れたらイノベーションがもっと起きやすくなるかもしれません。「オープンイノベーションセンター」の皆様にはその土台作りを担ってほしい。そうすれば、産学連携への意欲も高まり、お互いWin-Winの関係になれるはず。私自身も小規模のグループでミーティングや発表ができる場を作れないか検討してみたいと思います。

最後に

休日はどのように過ごしていらっしゃいますか。

高原:
休みの日はサッカー観戦で息抜きをしています。サッカーは小さい頃から情熱を注いだスポーツですが、現役を退いてからは体も思うように動かないので見る専門になりました。Jリーグよりも海外のサッカー選手やプレーが好きで時差と格闘しながら応援をしています。本学にはスポーツ歯科外来があり、アスリートの治療も行っています。無謀な目標ですが、いつか顎に関する知見を活かして有名なサッカー選手のパフォーマンスを向上させるアドバイスをこっそりできたら感無量ですね(笑)。

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