INTERVIEW

研究者インタビュー

2023.11.16 
研究者インタビュー 
Vol.53

代謝に着目し難治性疾患に対する再生治療の技術を開発 産学連携でビッグデータ活用に期待

第2期プロモーター教員

組織や臓器など体のあらゆる細胞に変化する能力を持つES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)の登場により、原因不明で治療法が確立されていない「難治性疾患」や怪我や病気で損なわれた体の機能を元通りにする「再生医療」への将来的な応用が期待されています。今回は生物の生存に不可欠な「物質代謝」の知見を活かして「再生医学の技術開発」を研究している小藤智史先生にインタビュー。産学連携にかける思いやイノベーションプロモーター教員として実現したいことを聞きました。

プロフィール
難治疾患研究所
発生再生生物学分野
講師
小藤智史先生

研究について

先生の所属先について教えて下さい。

小藤:
2019年から東京医科歯科大学難治疾患研究所の発生再生生物学分野に所属しています。難治疾患研究所は2023年に創立50周年を迎えた歴史ある研究所です。仁科博史先生のもと、我々は原因が明らかにされておらず有効な診断法、治療法、予防法が確立されていない病気の克服・解明を命題に研究をしています。

難治疾患研究所ではどのような研究に取り組んでいますか。

小藤:
私たちの体は受精卵という、たった1個の細胞から始まり、幾多の細胞が集まって組織、器官を構成しヒトとなります。この時、細胞同士が連携するために情報変換(シグナル伝達)を行っています。しかし、それぞれのシグナルの伝わり方、物質代謝を介した発生の制御メカニズムには不明な点が数多く残っています。
その中で私は、「個体の発生」に着目して、受精卵から樹立される「ES細胞」が個体へ発生する過程でどういったシグナル伝達が行われているのかを研究しています。もう1つの研究テーマは「ヒトの脳」。約1000億個の神経細胞から構成される脳の形成過程を紐解き、タンパク質、遺伝子や代謝物などがどのように制御しているのかを調べています。また、脳は思考したり発想するだけではなく体全体の色んな臓器を神経によって支配しており、人間が健康な状態(ホメオスタシス)を保っています。しかし、脳からのシグナルがどのようにして全身のホメオスタシスを維持しているのかは不明な点が多く、未知なる脳の機能についても研究を進めています。

どういった経緯で現在の研究を志すようになったのですか。

小藤:
大学の講義で「シグナル伝達」と出逢い、細胞が成長したり、増殖を促進したりする働きが面白いと思ったことが最初のきっかけですね。そんなこともあり、昔は、細胞が異常に増殖することで発生する「がん」と「代謝」について研究していたこともありました。がん細胞は急速な増殖や周りの環境に適応するために、代謝を変化させ適応していきます。
 
全体で見るとわずか5%ほどの希少がんの1つとされる「悪性脳腫瘍」は、発症すると余命約1年と言われており、治療しても数ヶ月程度しか延命できません。もっと効果的な治療法を生み出すために正常な細胞とがん細胞の代謝経路を調べ、がん細胞で変化している代謝経路を押さえれば副作用も少なく、がん細胞を抑制できると考え研究に明け暮れていました。そこで、脳にあるさまざまな神経の機能に興味がわき、現在の研究室に参画することになりました。自分の強みである「代謝」の知識を融合させて、現在の研究をさらに発展させていきたいと思っています。

産学連携について

先生はこれまで企業との産学連携の経験はございますか。

小藤:
自分が主軸となって企業との産学連携はありませんが、留学していた頃に企業と一緒に研究をした経験はあります。

他大学の研究室との研究はありましたか。

小藤:
先日、国際学術誌Stem Cells(ステム セルズ)に掲載してもらったのですが、神戸大学と国立医薬品食品衛生研究所とともに、心臓や筋肉などに分化する中胚葉と肝臓や膵臓などに分化する内胚葉の基になる組織である「原始線条形成を制御する因子」の探索を共同研究で行いました。

ノックアウトマウスの胎生致死(胚発生期に分化異常等により死亡する)における表現型に着目して、そこから取れた遺伝子を遺伝子発現解析と代謝解析という2つの方法で調べたことが研究のポイントです。ノックアウトデータベースを活用したスクリーニング法から、胚発生初期における物質代謝の重要性を新しく発見しました。研究成果としてはマウスES細胞を使って擬似的にマウスの胚発生を行い、代謝の経路がどういう形で初期胚を制御しているのかを明らかにすることができました。

遺伝子発現制御はよく注目されますが、機能的に色んな代謝を調整することが初期胚を制御するために重要だと思ったんです。細胞膜の構成成分の一つであるセラミド(細胞分化、増殖、細胞死などを制御するシグナル分子)が心臓、筋肉、肝臓、膵臓などを形成する組織である原始線条の形成を抑制し、神経分化の誘導にも関与していることが判明しました。

研究を深めるため、産学連携をするとしたらどんな企業と一緒に研究をしたいですか。

小藤:
生物学の分野ではナノテクノロジー、バイオテクノロジーといった最新の技術を活用していますが、新しいイノベーションを起こすためにはAI(人工知能)やビッグデータの解析技術を導入していくべきだと感じています。大規模なデータはすぐ手に入るようになりましたが、現場の研究者がそのデータを上手く処理しきれないこともしばしば。費用面や技術面でハードルが高く、使うことを断念している研究室もあります。
ChatGPTに代表されるような生成系AIも研究で通用すると思いますし、膨大なデータを分析して研究に役立てる「データアナリスト」やアルゴリズムや機械学習を実装し分析モデルを構築する「データサイエンティスト」という職種も誕生しています。生物学と情報学が融合した「バイオインフォマティクス」を専門にしたケンブリッジ大学の研究者が国際生物学賞を受賞したことも話題になりました。データ分析・解析に強みを持つ企業に私たちの研究をさらに磨いてもらいたいですね。

本学の「オープンイノベーションセンター」に期待することはありますか。

小藤:
同じ大学でも研究の分野が違うとどんな技術を持ち、何に取り組んでいるのかよく知りません。どういうふうに他の研究者と関係性を構築したり、チームを作っていけばいいのか悩んでいる人も多いと聞きます。「オープンイノベーションセンター」には研究者単体ではなく、分野の異なる研究室をまとめた“結(ゆい)”みたいな組織作りをサポートしてもらえたら嬉しいです。

新型コロナウイルス感染症も落ち着いて来たので、研究者同士が気軽にディスカッションできる機会も欲しいですね。留学していた頃は色んな研究室のメンバーが会議室に集まってプレゼンテーションをすることもありました。意見をフィードバックしたり議論し合うと新しいアイデアが生まれやすい。週に1回でもいいのでそういうチャンスがあると意識が変わるでしょうね。

ただ「オープンイノベーションセンター」の皆さんに企画から運営までお願いするのは問題かもしれません。場作りを周囲に頼り過ぎてしまうと他人事に捉えてしまい、研究者が真剣に話し合う環境が作りにくくなってしまう。研究者や研究室が主体となって交流会などのイベントを開催することも大切だと感じます。

プロモーター教員について

イノベーションプロモーター教員になったきっかけをお聞きしたいです。

小藤:
仁科先生に「他大学での研究実績や留学経験がある小藤先生にやって欲しい」と声をかけていただきました。企業と切磋琢磨しながらプロジェクトを進めることで自分の視野も広がるので面白そうだなと快諾した覚えがあります。

プロモーター教員として成果を残したいと思い企業の資料を読んで共同研究のイメージを膨らませてはいますが、正直なところ具体的な活動はできていません。セミナーや情報交換の場に自主的に参加して活動の幅を広げていきたいですね。

最後に

最後に、先生は休日どんな過ごし方でリフレッシュされていますか。

小藤:
仕事とプライベートを切り替えるためにボーとする時間を意識的に作っています。また、子どもと公園に行って走り回ったりボールを蹴って遊ぶことも大切な時間です。学生時代はサッカーやテニスをやってたので、近い将来子どもたちと一緒にプレーしてみたいですね。出身大学の薬学部ではスポーツが盛んで春と秋にサッカー大会を開催しており毎回熱戦の連続。大人気ないと言われてしまいそうですが、大会前は朝練を重ねて自分たちを追い込み優勝目指して頑張っていました(笑)。本学に着任直後は年末年始に忘年会や新年会があったのですが、コロナの影響で中止が続いています。人との出会いは新しいアイデアを生み出す絶好の機会なので今年からの再開を願うばかりです。

子供と公園でセミの羽化を観察することも

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