INTERVIEW

研究者インタビュー

2023.10.24 
研究者インタビュー 
Vol.52

3Dプリンター技術を用いて歯科技工の工程を効率化 金属製義歯の製作へ新しいアプローチ

第2期プロモーター教員

2025年には全人口の5人に1人が75才以上の高齢者となる日本。高齢者や要介護者の増加に伴い義歯(入れ歯)による口腔機能回復の必要性が高まっている中、3Dプリンターの登場により歯科技工士が行っていた義歯に使う金属の鋳造や適合、研磨作業が一部代替可能となった。今回は金属3Dプリンティング技術を活用した金属の補綴物作製手法を研究している髙市敦士先生にインタビュー。最新技術の動向やイノベーションプロモーター教員としての抱負を聞きました。

プロフィール
歯系診療部門
口腔機能系診療領域 義歯科
講師
髙市敦士先生

研究について

髙市先生の経歴や研究内容を教えて下さい。

髙市:
大学院生の頃は部分床義歯補綴学の研究室に入局し、事故や病気で失われた歯や機能を人工物で補う治療法を五十嵐順正先生から学びながら後輩の育成に携わっていました。「3Dプリンターで金属の義歯を作る」というテーマで研究を進めていたところ、2023年に退職された生体材料工学研究所金属生体材料学分野の塙隆夫先生から「金属の積層造形が可能な3Dプリンター技術」があることを聞いて興味が沸き、野村直之先生(現:東北大学教授)指導の元で研究を開始しました。今は大学病院内の義歯科で講師を務めつつ研究をしています。

義歯科を選んだ理由はありますか。

髙市:
幼い頃に矯正治療を受けた経験があり、お金も稼げそうだなと思って学生時代は矯正科を志望していました。しかし、いざ実習が始まると義歯の分野は悩みを抱えている人も多く、たくさんの患者さんに貢献できると気付き、今の道を選びました。日本は超高齢化社会に突入し、歯を失ったり部分的に歯を欠損してしまったりする人も増え、患者数が伸びつつあり、義歯科が果たす役割は大きく、技術の進歩によって多大な便益をもたらすことができると思っています。

義歯科ではどのような治療を行っているのでしょうか。

髙市:
病気や怪我などで歯を失った患者さんの治療を行います。着脱式の義歯やセメントで固定するかぶせ物を作り、患者さんのQOL(生活の質)を向上・維持する手助けを目的としています。最近では金属を全く使わずに歯と同じ色の丈夫な材料でかぶせ物を作り審美的に修復したり、柔らかい材料を用いた総入れ歯を作ったりといった先進的な治療も取り組んでいます。
その中で私はレーザービームを金属粉末材料に照射して溶融・凝固させ、層ごとに積み重ねて成形するレーザー積層造形(SLM)法を用いた義歯や歯冠補綴装置製作の研究を行っています。装置は金属3Dプリンター(金属粉末積層造形装置)を使用し、SLM法で製作した補綴装置の力学的特性・耐食性・適合性に影響を与える要因を明らかにしてさらなる高機能化を目指しています。

歯のかぶせ物や詰め物には「銀歯」が使われるイメージがあります。現在は様々な材料があるんですね。

髙市:
金属に苦手意識を持つ患者さんもいて、かぶせ物の治療であれば失った歯質を自然な形で回復できるセラミック材料を使うことも日常的になりつつあります。また、CAD/CAM冠(キャドキャム冠)と呼ばれる歯の色に似た高強度のレジン(プラスチック樹脂)を使った治療も部分的には保険適用が可能になりました。義歯の素材も多様化し約10年前から「いずれ金属は不要になる」とも言われていますが、強度や靱性など金属にしかない特徴を考えると義歯にはなくてはならない材料であると考えています。

産学連携について

産学連携のご経験について教えてください。

髙市:
直接企業の方々と一緒に研究したことはありませんが、「金属光造形複合加工医療機器フォーラム」の理事として産官学で連携して積層造形の歯科応用を推進する活動に従事しています。フォーラム発足メンバーである松浦機械製作所は金属光造形複合加工技術の医療機器への普及を長年応援して下さっており、1台で金属粉末のレーザー焼結積層と仕上げ加工が可能な世界でも稀に見る装置の開発に成功した実績をお持ちです。

他方で、歯科技工士も高齢化が進み「大変だしお金にならないからもう入れ歯は作れません」という歯科技工所も実際に出てきています。歯科技工士は職人気質で技術も特殊なため、後継者の育成も難しい。そういった人手不足を補う面でも入れ歯が簡単に作れるように機器や装置を普及させていかなければなりません。本学でもっと症例数を増やして学会で発表し、「あそこに頼めばできるんだな」という雰囲気作りも重要だと感じています。

プロモーター教員について

どのような経緯でプロモーター教員になられたのですか。

髙市:
分野長の若林則幸先生から声がかかり、推薦していただきました。我々の研究室は産学連携での研究がそもそも少ないのですが、私は「フォーラム」で企業の担当者や他大学の研究者とやり取りをした経験があるので白羽の矢が立ったのだと思います。お声がけいただいた時は「自分にこの重役が務まるのだろうか」という不安が大きかったですが、プロモーター教員の先輩である野崎浩佑先生(生体補綴歯科学分野)に相談したところ「もっと気軽な感じで引き受けて」と言っていただけました。
統合イノベーション機構オープンイノベーションセンター(OIセンター)には専門性の高いスタッフがいて共同研究の戦略立案や知的財産権なども親切にサポートしてくれるし、ビジネスや別の世界にいる第一線の人たちと切磋琢磨することで社会情勢に対して感度も上がり研究の幅も広がる。挑戦してみたら、とアドバイスをいただいて拝命することを決意しました。これからOIセンター主催のマッチングイベントやセミナーに積極的に参加して学内・学外の活動を活発にしていきたいですね。

産学連携を見据えて、研究に留まらず高市先生ご自身が将来起業する可能性もありますか。

髙市:
正直、起業も考えたことがあります。ですが、お恥ずかしいことに当時の私には人生をかけるだけの勇気がなかった。新しい世界を切り開くには、チャレンジ精神がありブルドーザーのように行動力がある人にならなければいけないでしょう。
鳥取県倉吉市にある倉繁歯科技工所が面白い取り組みをしていて、代表の息子さんでもある取締役の方は金融関係のお仕事の経験がある方なのです。歯科技工士の世界は古き良き職人気質があるモノづくりの世界。その古き良き気質も大切にしつつ企業経営の観点や効率性、企業の成長を考えて、日本国内の薬事承認を得た金属積層造形装置を導入し義歯製作に取り組まれています。また、営業やプレゼンテーションのスキルも高く幅広い交友関係をお持ちで、私も仲良くしていただいている1人です。
大学にいると狭い世界観で生きることになり、産学連携や研究に弾みをつけることが難しい。過去の行いを反省して、自分の行動を改めようと感じています。

最後に

最後に、先生の趣味や休日の過ごし方を教えて下さい。

髙市:
休日は6歳の娘と0歳の息子と遊ぶ時間を大切にしています。娘は体操を習っていて、部屋の中で鉄棒やマットの練習をサポートするのが私の日課です。ついつい熱が入ってしまうこともありますが、少しずつ上達していく姿を直近で見られるのは幸せですね。YouTubeやインスタグラムで上手な演技見て勉強したりもしています。私自身、体操は未経験ですが運動は得意で中学校の時に必死に練習しバク転やバク宙ができるようになりました。「努力は人を裏切らない」ということを子供たちに伝えられたら良いなと思っています。夏は近所にある子供と一緒にプールで泳いだりしています。あとは釣りをしたりすることが多いですね。子どもたちが寝静まったタイミングを見計らって夜中に隅田川でシーバス釣りを楽しんでいます。

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