INTERVIEW

研究者インタビュー

2023.04.24 
研究者インタビュー 
Vol.49

ヤマハとの産学連携で「音楽歯科」分野を提起 管楽器演奏者の歯科治療に道筋つくる

第2期プロモーター教員

小学校の授業でリコーダーを一生懸命練習した思い出は誰しもあるはず。楽器の演奏には口の周りにある器官が関係しており、密かな悩みを抱えている音楽家も多い。今回は先天的な障害や不慮の事故などによる顔、顎の欠損に対する治療法を研究している服部麻里子先生にインタビュー。「音楽」と「口」に関する研究や産学連携で実現したいことを聞きました。

プロフィール
医歯学総合研究科
生体補綴歯科学分野
助教
服部麻里子先生

研究について

どのような研究を行っているのか教えて下さい。

服部:
顎顔面補綴外来の歯科医師として患者さんの治療にあたりながら研究をしています。「顎顔面補綴」では口腔がんなどの手術や事故による怪我、生まれつきの病気などによって生じた口、唇、舌、顎、頬の障害を人工物を使って回復させることを目指しています。特に悪性腫瘍(がん)の手術で腫瘍を含めた周辺を切除して顎や口の一部を欠損した方が多いですね。我々は顎義歯(オブチュレータ)、舌接触補助装置、顔面補綴装置(顔面エピテーゼ)などを製作し、失われた部分を人工的に補填することで患者さんを社会復帰に導くお手伝いをしています。

先生は顎顔面補綴にアートを組み合わせた研究をしているとお聞きしました。

服部:
患者さんが義歯を使って食べることはもちろん大切ですが、それ以外にも義歯を使った時の発音を調べたり、欠損した部分を作るための材料の色を調べたり、義歯を使った時のお顔の形を3D解析したりしています。歯科医師になりましたが、昔から美術や音楽が大好きなので、歯科医学に「音」・「色」・「形」に関連するアートの要素を取り入れたいと思いました。手術によって鼻と口がつながってしまい上手く会話ができなくなったり、見た目が変化してしまった方に適切な顎義歯を提供できるようにしたいと考えています。

この分野を志したきっかけは、大学1年生の時でした。歯学概説という授業で初めて病院見学をした時に通常の歯科治療が困難な患者さんを治療する障害者歯科を訪れる機会がありました。担当の先生から「人手が足りないから、“先生方”の中で誰か1人でも良いから将来うちに来て手伝って欲しい」と言われ、学生ながらに「先生」と呼ばれたことにびっくりしたんです。その記憶がずっと頭に残って、まだわからないながら障害者歯科に関する参考書を読んでみたり、学年が上がって障害者歯科の講義がはじまるのを楽しみにしていました。実際に講義がはじまった時には特に注意して聴講しました。その中の1つに顎顔面補綴の授業があり、義歯を入れないと話すこともできない、食事をすることもできない患者さんのことを知り、義歯の有無で話し方や声が変わる姿を授業中のビデオで見てとても衝撃を受けました。「せっかく勉強したことを活かすなら一番困っている人のところへ行きたい」と決意して現在に至ります。

研究のやりがいはどのようなところに感じますか。

服部:
診察で患者さんから話を聞くと、本当に大変な日々を過ごされているんだと気付かされます。だからこそ私も真剣です。そういった私たちの思いを汲み取ってか、義歯を大切に扱う患者さんの姿を見るとやりがいを感じます。患者さん一人ひとり欠損の形が異なり、残された組織の動きも違うので毎回新しいアイディアが試される挑戦の毎日。伝統的な知識やこれまでの経験が通用するとは限りません。患者さんと一緒に創意工夫を重ねていくところが大変でもありますし、顎顔面補綴臨床の醍醐味でもありますね。

人間の身体は変化するので、義歯は少なくとも半年に1回はメンテナンスが必要です。不具合が出て作り直しが発生することも少なくありません。患者さんが来院して下さる限り最後まで寄り添い、長いと30年以上我々の外来に通いを続けている患者さんもいます。

研究を進める中で日本と海外の違いはありますか。

服部:
患者さんの治療法に悩み「症状が改善しないかも…」と諦めかけていたら、海外の事例で適切な解決策を発見することがありました。国によっては腫瘍よりも交通事故によるケガが多かったり、地雷や銃など戦争の影響で顎を欠損していたりして状況は異なりますが、原因が違っても欠損である事に関しては似ているので、症例の蓄積が参考になります。そのため、国際学会に積極的に参加したり、マレーシアのマラヤ大学など海外の研究室との情報交換も綿密に行っています。使える材料や手法、保険制度などが異なることもありますが、基本的には欠損の方を助けたいという思いが同じなので話が合うことが多いです。

これから改善していきたい点などあれば教えて下さい。

服部:
臨床での課題は使える材料や手法に制限があることですね。特に保険診療となると多くの制限があります。柔軟な発想で「こういうものを作りたい」と思っても、日本でまだ取り扱えない材料や手法を使うわけにはいきません。目の前で困っている患者さんがいるのに対応できないもどかしさを感じることもあります。法整備については詳しくありませんが、インドや中国など海外で、新しい材料を積極的に利用した論文を多く発表しているイメージがあります。そういった論文があるおかげで、エビデンスとして集めて紹介していくうちに、そのうち我々も同じ手法を使えるようになるのですが大変なところを海外に任せていてそれで良いのかと疑問に思うこともあります。新しいチャレンジをするためにも根拠となるデータ集めが容易ではない現状を少しでも打破できたら良いですね。

産学連携について

先生は企業と一緒に産学連携をした経験はありますか。

服部:
大学院生時代に大手IT企業発ベンチャーと一緒に開発を行いました。音声に関するサービスを提供し、リハビリテーションのためのソフトウェアを販売するなど私たちの研究領域と親和性が高い企業です。大学院生だった私は臨床研究で患者さんのデータを手作業で書き取る作業に従事していました。コンピューターの力を使えばもっと効率的にできると考えていた矢先に、とある企業から当社の担当者を紹介してもらい患者さんの声を評価するソフトウェアを作ってもらいました。私の学位論文の研究はそのソフトウェアを使って実施しました。担当のエンジニアさんが音声認識について理解しやすいように親切にサポートしてくださり、後には分野の特別講義をしてもらうまでの関係性を築くことができました。担当者さんと共著で論文を出すなど会社を定年退職されるまで一緒に研究を続けられたのが嬉しく、心に残っている産学連携の経験です。

その他の産学連携についてお聞かせ下さい。

服部:
ヤマハとの「音楽歯科」の提起に関する取組に参加をしています。私が長年やりたかったテーマで、高齢の演奏者が楽器を吹き続けられるためにどのような歯科治療が適しているのかを科学的に解明することが夢でした。ヤマハと連携したことで「音楽歯科」の認知度が高まり、他の病院から患者さんを紹介していただくこともありました。顎関節症外来やスポーツ歯科の先生と連携して吹奏楽の指導者にアンケートをとったり、楽器を吹くときに口腔内に装着するミュージックスプリントについての研究を行ったりしました。
音楽家にとって、「⻭」や「口」は楽器の一部。口は「話す」「噛む」機能ばかり注目され、「音楽歯科」としての認知度が低く専門医療の確立はこれからです。2022年3月に音楽家の治療を行っている医師たちと一緒に「日本演奏芸術医学研究会」設立のためクラウドファンディングを立ち上げました。目標金額を上回る支援をいただくことに成功し、音楽家・芸術家の側に立った医療を実現するための研究会ができました。2022年7月には第1回目となる学術集会も無事に開催することができました。今後は「音楽家医学」の組織が作られていく中で歯科治療も行い、「歯の被せ物が変わって吹きづらくなった」「楽器を始めたが歯並びのせいで唇を痛めてしまう」などの悩みと向き合い、プロ・アマを問わず楽器を演奏する方の口の環境が少しでも改善する研究をしていきたいです。

産学連携は研究にどのような良い影響がありましたか。

服部:
最初のベンチャーさんとの取り組みでは音声解析に関する専門的な知識が深まりました。企業の方に相談すると歯科とは違った視点からアドバイスが得られるのも魅力ですね。社会の仕組みをもっと勉強して、研究成果が患者さんまで届く地に足のついた研究をしていきたいと考えています。統合イノベーション機構オープンイノベーションセンターとも連携して事業として社会実装できるように取り組みたいです。

今後はどのような産学連携を行っていきたいですか。

服部:
患者さんが新しい入れ歯を着用したり、被せ物をした時に発音を簡単に評価できる製品を世の中に出したいです。音声認識の技術も向上していますし、スマートフォンを活用してアプリケーションをインストールするだけの簡便な形で実現したいですね。現状では専用のソフトウェアを使って防音室で録音したデータを手作業で分析する地道な作業が必要です。膨大な時間がかかってしまうので、ボタン1つで簡単にできるようにしたいですね。
将来的には、プログラミングやアプリケーション開発に特化した企業の担当者さんと意見交換をする機会を増やしていきたいです。大学内では、すでに口腔外科、放射線科、頭頸部外科やスポーツ歯科の先生との連携はありますが、これからも勉強会などを通じて専門知識を深めたりお互いの共通言語を増やすことで関係を強化していきたいです。医学部のリハビリテーション科や言語聴覚士の先生方は「患者さんの機能回復をサポートする」という私たちと同じ目標を持っているはずなのですがまだ接点がありません。いつか交流する場を実現したいです。

プロモーター教員について

プロモーター教員になったきっかけを教えて下さい。

服部:
研究室の隅田由香准教授に紹介してもらいました。大学院1年生からずっとお世話になっており、研究や仕事について親身になってアドバイスしてくださったり、いつでも私の意見を真正面から受け止めて下さる存在でしたので、その先生の紹介ならとすぐに引き受けました。今までは自分の部局以外だと、国内、海外の学会で出会える他施設の方で自分と似た専門の方との交流を中心に考えていましたが、プロモーター教員になって学内の先生と話す機会が増えました。特に補綴系と両壁をなす保存系の先生方と交流する機会は今まで少なかったのですが、お話を聞くと勉強になりますし、そういった交流は大切だなと思いますね。学内にはバーチャルリアリティーに関する機器や3Dプリンターなど、最先端の設備があることもプロモーター教員になって知りました。人も物もそろった素晴らしい環境があることをプロモーター教員としてみなさんに伝えていく働きを担っていきたいです。

また、統合イノベーション機構オープンイノベーションセンターが開催する講習会やワークショップは貴重な機会だと捉えていて参加しています。特に「起業マインドセミナー」は内容も興味深く、TIP(TMDU Innovation Park)の会員は無料で参加できるのでおすすめです。ぜひ多くの方とつながることができるよう、私も継続して参加したいですね。

最後に

最後に先生の息抜きや休日の楽しみ方をお聞きしたいです。

服部:
時間を作ってはピアノやオルガンを演奏したり、作曲をしたりしています。日々思ったことや感じたことを書き留めては曲を作り、友人たちに披露して感想を聞くことが楽しみです。これは幼い頃からずっと変わりません。進路を選択する時に、好きな科目の「理科」と「音楽」のうち「理科」を選んで歯学部に行ったつもりでしたが、「音楽」を取り入れて研究ができている今はとても幸せです。

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