INTERVIEW

研究者インタビュー

2023.02.27 
研究者インタビュー 
Vol.47

患者の診療データで病院職員の働き方を改革 職場環境を改善するツール開発にも挑戦

第2期プロモーター教員

医療の最前線で戦う看護師。結婚や出産などライフスタイルの変化や労働環境の過酷さにより離職する人も多いという。データを分析し医療現場の最適な働き方を研究する森岡典子先生にインタビュー。猛威をふるう感染症に立ち向かう医療現場の現状や患者から得た情報を活用して実現したいことをお聞きしました。

プロフィール
保健衛生学研究科
看護ケア技術開発学分野
講師
森岡典子先生

研究について

先生の研究について教えて下さい。

森岡:
看護ケア技術開発学という少し聞き慣れない分野の研究室に所属し、[1]ナーシング・ヘルスサービスリサーチ[2]リアルワールドデータ(RWD)を活用した政策の提言・評価[3] 保健師、助産師、看護師、准看護師などの保健医療人材の需給推計[4]優れた「看護実践の可視化・科学的な解明」の大きく4つのテーマに分類して研究をしています。

具体的な内容は、[1]国や自治体のデータを分析して病院、施設など医療の現場における「看護サービスの質」向上のために調査、体系化。[2]レセプト(医療機関の診療報酬請求明細書)や患者の病気や診察内容が記録されている電子カルテなどのデータを活用して看護サービスの質を高める政策提言、評価。[3]医療需要、人口、地理的条件などを加味した保健医療に必要な人材の需要と供給の推計、検証。[4]マニュアルや言語化されていない臨床の現場で必要な実践能力を見える化し、スペシャリストを育てるための知識・技術を提供する仕組み作りを行っています。

私は看護師として臨床の現場で働いた後、看護職のワーク・ライフ・バランスや労働環境の改善に取り組む日本看護協会で診療報酬に関する政策の提言をまとめる仕事をしていましたが、より医療現場に近いところでエビデンスとしての実態の可視化や政策評価を行いつつ、また、国内外で活躍できる人材の育成に関わりたいと一念発起して2017年に東京医科歯科大学へやってきました。

病院内の業務量を可視化して適切な人材の確保、人員配置、マネジメントを行っている病院もありますが、上手く機能しているのはほんの一部。病院の管理職や担当者の匙加減によって経営、医療従事者の配置が行われていることがほとんどです。今の日本は超高齢社会で患者数が急増し、多様な治療ニーズが求められる時代。限られたマンパワーで医療業務を効率的にやっていく必要があるため、医師、看護師、薬剤師など職種の垣根を超えて業務を分担する「タスク・シフト/シェア」を導入したり、夜間や土日の業務連携をよりスムーズにする必要があります。2019年から流行が続いている新型コロナウイルスのような突発的に発生するパンデミックにも柔軟性を持って対応すべきなのですが、目の前の仕事に忙殺されてしまい医療現場を改善できる状況ではなく、課題も山積しています。

「タスク・シフト/シェア」は医師の業務を看護師など他のスタッフに任せることだと聞きました。

森岡:
はい。医師の働き方改革の1つとして推進されています。介護や在宅医療など医師が不在の現場で今後広まっていくことが予想され、注射や点滴用の中心静脈カテーテルの抜去・止血、プロトコールに準じた薬剤の投与・管理などの特定行為を他の医療従事者が分担していくことになるでしょう。看護師に対する特定行為の研修は厚生労働省主導で進めていますが、2022年の時点で修了者が約5000人と計画を下回っている状況です。アメリカではナースプラクティショナー(Nurse Practitioner)と呼ばれる看護師が医師の一部業務を担える制度があり、日本も参考にしながら制度設計をしていますが、まだ時間がかかる見込みです。

分析や解析ではどういったデータを参考にしていますか。

森岡:
厚生労働省が提供する医療データベースであるNDB(ナショナルデータベース)、DPC(診療群分類包括評価)、介護保険レセプトなどの情報を活用しています。将来的には、患者の診療情報や手術、入院の有無、通院歴などのビッグデータを従来のデータベースの粒度に揃えてまとめていきたいです。様々な手法を組み合わせて、医療現場の改善や患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上に貢献したいですね。

先生の研究には他とは違うどのような特徴がありますか。

森岡:
患者の個人情報を分析して「医療従事者と患者」の関係性を評価していく動きや実証実験・研究は世界的に見ても希少です。看護学、看護ケアは複雑な現象を捉えるため、なかなか単純化できません。医療の質を「アウトカム評価」と「プロセス評価」で適切に評価できる環境を整え、計画的な管理、プロセスを評価する仕組み、指標やガイドラインなどの土台を作っていきます。

産学連携について

産学連携ではどのような共同研究を行う予定ですか。

森岡:
患者の医療データを使ったソフトウェアやシステムの構築を目指しています。病院は日本全国で約8000施設あります。医療従事者や患者、病床数の上限値を設定してアラートを出したり、スマートフォンのアプリを使って情報やコミュニケーションのやり取りが円滑になったら良いですね。私たちの研究成果は200床程度の中規模病院に最大の効果があると考えているので、企業や現場の先生のご意見をたくさん聞いてブラッシュアップしていきたいです。

他大学とオンラインミーティングで議論することも

訪問看護ステーションのサービスを提供する会社が所有する患者や事業所の記録を整理してデータベース化するプロジェクトを、企業や他大学の研究室を巻き込んで行う予定です。10年後、20年後は高度医療、リハビリ、介護など各分野で断絶された情報が患者ひとりひとりにパーソナライズできるようにソフト面から変えていきたいです。アカデミアではデータ整理・分析と相性の良いAI(人工知能)や機械学習に強い先生からお話を聞いてみたいですし、商学部や経営工学などの先生からトヨタの生産システム「かんばん方式」や「ジャスト・イン・タイム」といった経営手法や企業の在庫管理システムなどを学び、医療業務の見える化に活用できたら嬉しいですね。病院の職場環境を改善するコンサルティングツールとして社会実装することを研究のゴールとして頑張っていきます。

プロモーター教員について

イノベーションプロモーター教員になった経緯を教えて下さい。

森岡:
柏木聖代先生を通じて応募したことがきっかけです。今まで産学連携の経験がなく、正直迷ったのですが、かけがえのない経験と学びになると考えて手を挙げました。企業とは数社とミーティングを行い、これから産学連携を開始する段階です。オープンイノベーション機構の皆さまから「産学連携とはなんぞや」というご指導をいただくとともに、困った時の拠り所として頼りにするつもりです。

オープンイノベーションや産学連携の目標はありますか。

森岡:
入院患者を調整するサポートシステムを開発することです。新型コロナウイルスの影響で病床数も限られており、病棟を診療科で分けることを止めて統合した病院も多い。医師にとっては回診が大変だったり、看護師も情報が錯綜するなど現場に歪みが出始めているようです。病床を効果的に稼働させるベットコントロールはアナログで調整をしている病院も多いので、負担を少しでも減らせる取り組みができれば良いですね。
研究プロジェクトの他に学部教育で大学1、2年生の基礎看護学の授業を担当しており、教育XR(クロスリアリティ)の一環でスマートグラスやVR(Virtual Reality:仮想現実)ゴーグルを活用しています。1人の被験者情報を60人もの学生が1度に見たり、術者視点で手術や治療法を学ぶことができるのでイメージがしやすいと学生にも好評です。ケアイノベーションの観点からデジタルアートにもチャレンジしていて、脳出血が原因で話しづらい患者に一般的な口のリハビリ体操「パタカラ体操」よりもっと楽しく簡単にできるリハビリはないかと考え、動作音に反応して絵が大きくなるデジタルアートを作る授業も行いました。未来を創る若者たちに色んな形で学びを提供し、専門職業人として高い看護ケアを提供できる人材の教育にも力を入れていきたいです。

最後に

先生のご趣味や好きなことはありますか。

森岡:
脳のリフレッシュにもなるので、本を読む時間を大切にしています。ドイツの児童文学作家「ミヒャエル・エンデ」の作品が大好きで幼い頃から読んでいました。詩集や「ジム・ボタンの冒険」シリーズはファンタジーでありながらどこか哲学的で読み応えがあります。3才になる子どもに絵本を読み聞かせしながら「次はどの本を読もうかな」と考える時間が楽しいですね。

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