INTERVIEW

研究者インタビュー

2023.02.24 
研究者インタビュー 
Vol.46

生体骨に代わる次世代セラミックス材料の開発に尽力 産学連携でさらなる高機能化を探求

第2期プロモーター教員

急速な高齢化が進む日本。高齢者の生活の質を維持するために、人体の失われた機能を回復させる医療が注目されています。生体機能を代替するバイオセラミックスを研究している横井太史先生に、研究開発中の新しい材料や産学連携を交えた今後の展開について話をお聞きしました。

プロフィール
生体材料工学研究所
無機生体材料学分野
准教授
横井太史先生

研究について

先生の研究について教えてください。

横井:
生体材料工学研究所無機生体材料学分野の研究室で、人間に移植することを目的とした生体材料(バイオマテリアル)の研究をしています。日本は少子高齢化が深刻な社会問題となり、65歳以上人口の割合は2020年時点で28.8%、4人に1人が高齢者となりました。年齢を重ねると身体機能が低下し、関節が変形したり骨が脆くなって病気や怪我をしやすくなります。私たちは弱くなった骨などの硬組織の修復や代替となるセラミックス系の生体材料「リン酸カルシウム系化合物(アパタイトやリン酸八カルシウム)」の開発を行っています。
私たちの研究チームは結晶の中に有機分子を取り込むリン酸カルシウムに着目し、これを原料に用いることでセラミックス特有の脆性的な破壊を起こしにくい材料の開発に成功しました。この材料の研究をさらに進めることで、将来的には割れない人工骨が得られると期待されます。人工骨として使えるリン酸カルシウムにカーボン(炭素)をうまく複合化することで最初からあえて弱い部分を作っておき、衝撃を受けた場合に力をうまく分散できるように工夫しています。2022年には特許も申請しています。リン酸カルシウムと有機分子のナノハイブリットの研究は世界を見ても少なく、非常に特徴のある材料です。

リン酸カルシウムとカーボンでできる素材について、詳しく教えてください。

横井:
水溶液の中で粉末を合成し、1000℃で焼くだけで簡単に作ることができます。リン酸カルシウムの結晶の中に仕込んでおいたカルボン酸が炭化することで、リン酸カルシウムとカーボンがミルクレープ状の組織を作る、といったイメージです。ミルクレープのクレープ部分がリン酸カルシウム、クリーム部分がカーボンといったところでしょうか。ただ、これは私の想像で、今後、構造を詳しく調べる必要があります。こんな組織が本当にできていたら、まさに「オイシイ」んですけどね。(笑)

まだ、課題もあって、例えば成形のためプレスした時にある一定の方向に強弱を持つ性質が残るため、成形手法は改善の余地があります。成形技術がしっかり担保できたら、首の骨や頚椎の欠けた骨の代替もできるようになるでしょう。骨とくっつく性質を持つ材料なので骨粗鬆症で潰れてしまった箇所に入れることも可能です。セラミックスは圧縮に強いので、首など大きな荷重がかからない部分ならどこでも活用できると想定しています。

ハイブリット材料は人工骨の他にどのような用途がありますか。

横井:
人工骨に特化して材料を設計しているため、まずは整形外科分野での実用化を目指したいと思っています。首の骨にセラミックスを入れるとなったら、少し躊躇すると思います。整形外科の先生に話を聞くと、現状の材料では行動に制限が課されるためQOL(生活の質)が落ち、日常生活にも支障が出ます。しかし、私たちが開発した材料では、激しい運動も問題ないので何も気にせず毎日を過ごすことができます。将来的にはリン酸カルシウムを身体の中に一生入れ続けても大丈夫になるように実験を続けていきます。ネジのような器具の代用品として使えるようになったら汎用性も高くなりますね。

以前、歯学部の先生から素材に関して質問を受けて一緒に研究をしたこともありました。歯科用と整形外科用の材料ではサイズや強度が変わりますが、金型さえ準備できればこちらから素材を提供することも可能です。長さ60mm、厚さ5mm程度が今の限界なので、さらに大きなものを作ったり精密に加工したりできるようにしていきたいですね。

産学連携について

先生の技術を活用した産学連携は進んでいますか。

横井:
2022年12月にある科学技術振興機構(JST)の新技術説明会で初めて世の中に公表します。日本には人工関節や人工骨を開発、製造する企業がたくさんあるので、興味を持って頂けるようなアプローチ方法をオープンイノベーション機構と共に模索しています。

整形外科分野だけでなく、歯科医師・歯科技工士向けの材料・機器メーカーでも骨補填材を製造・販売しているメーカーはあります。このメーカーのターゲットは顎の骨なので私たちとはターゲットが違いますが、素材としては似ていますので一緒に研究開発を進められれば嬉しいですね。

私たちが開発した材料は従来のセラミックスの枠を超えて、今市場に出回っている生体用金属材料に置き換わる可能性を秘めています。整形外科のインプラントを取り扱う業界に新しい風を吹かせたいですね。

生体材料工学研究所の研究内容は産学連携と相性が良いと聞きました。

横井:
生体材料工学研究所では素材の特性にフォーカスしている研究が多いので、企業の担当者や研究者が「えっ、そんな技術があるの!」と驚くデータや実績が眠っているはずです。外部の企業や研究者との連携はあまり聞かないので、先陣を切って産学連携を推進したいですね。我々のような材料を扱う研究は臨床試験に莫大な費用と施設が必要となるため、企業の皆さまにご支援頂けるように関係性を築いて研究もスピードアップさせたいです。

研究を行う上で改善点などありますか。

横井:
マンパワーですね。材料の研究に興味がある人に直接声をかけられる体制作りとプレスリリースやウェブサイトなどで外部への情報発信にも力を入れていきたいです。企業や研究者だけでなく大学生、大学院生にも魅力を伝えて研究の裾野が広がれば本望ですね。

私は以前、民間の研究所に在籍していました。その時に初めて社会インフラ事業を展開する企業と一緒に産学連携での共同研究を行いました。企業とアカデミアではスピード感が全く違いますね。ゆとりのないスケジュールを組んで締め切り前にバタバタしてしまい、企業にご迷惑をおかけすることもありました。企業の徹底したスケジュール管理と目標設定は非常に勉強になりました。

産学連携のパートナー像はありますか?

横井:
パートナーは臨床の先生方です。私は学生時代に工学を学んだので、人工骨や人工関節の移植手術の様子を自分の目で見たことがありません。いくら想像力を働かせても限界があります。臨床の先生が欲しがっている技術、困っていることを解決するためにもこちらから積極的に先生とコラボレーションしたり、情報を取りに行く必要がありますね。先ほどお話しした整形外科の先生は研究室の教授同士が知り合いだったのでスムーズに交流することができました。これからは自分の足で探さなければと思っています。産業のパートナーは、セラミックスを開発したり材料を加工する技術力のある企業に興味があります。バイオマテリアル分野では、既存メーカーに加えて新しい企業も参入してきているので、多方面にアプローチしていきたいですね。

プロモーター教員について

イノベーションプロモーター教員になったきっかけを教えて下さい。

横井:
「世の中に役立つ材料の研究をしている横井先生に、企業との橋渡し役をお願いしたい」と当分野の川下将一教授から推薦して頂きました。バイオマテリアルの研究者として新技術の研究や特許取得に留まらず、全国の病院で患者さんの治療に使ってもらえることをゴールに見据えて活動していくつもりです。数年単位の長期計画が必要とされる研究ですが、諦めずに邁進していきます。バイオマテリアルの研究は、すぐに実用化される研究と未来のための研究の2つがあります。骨が折れることも多いですが、将来性のある研究にもどんどん着手していきたいですね。

オープンイノベーション機構にサポートして欲しいことはありますか。

横井:
特許申請ではオープンイノベーション機構に何度も助けて頂きました。「新規性があるので特許が取れる様に頑張りましょう」と二人三脚で進めてきて、やっと出願できた時は達成感がありました。日本医療研究開発機構(AMED)での別プロジェクトで行き詰まった時も相談にのってもらい、対処方法をアドバイスしてもらいました。何かあったらすぐに話を聞いてもらえる存在が近くにいるのはとても心強いです。

最後に

週末の過ごし方や先生のご趣味を教えて下さい。

横井:
自宅が隅田川の近くにあるので、休みの日は妻と一緒に散歩してリフレッシュしています。散歩コースに勝鬨橋やスカイツリー、公園などがあり、ライトアップされた桜や紅葉を楽しんでいます。普段は大学の研究室にこもって季節感のない生活を送っているため、四季を感じる時間をこれからも大切にしていきたいですね。

散歩コースの隅田川。春には川沿いを桜が彩る

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