INTERVIEW

研究者インタビュー

2022.12.21 
研究者インタビュー 
Vol.39

視線を使用した医療映像情報を企業と共同開発 新たな画像手術支援に期待

第2期プロモーター教員

日本社会の高齢化に伴い、前立腺がんの罹患率上昇も含めた泌尿器診療の需要増加傾向が続いています。腎泌尿器外科学分野で治療法の開発に取り組む吉田宗一郎先生に、診断法の進歩や産学連携で大切にしていることをお聞きしました。

プロフィール
医歯学総合研究科
腎泌尿器外科学分野
准教授
吉田宗一郎先生

研究について

吉田先生の研究分野を教えて下さい。

吉田:
腎泌尿器外科学分野に所属して研究をしています。泌尿器科は尿の生成・排尿に関係する臓器(腎・尿管・膀胱・尿道)や男性の臓器である精巣、陰茎、前立腺の病気を扱っています。泌尿器科の患者さんは男性ばかりと思われがちですが、尿を十分にためられない膀胱機能障害、臓器を支える骨盤底筋が緩んで膀胱や子宮が外に飛び出す女性特有の病気もあります。大人からお年寄り、子どもまで性別、年齢を問わず幅広い方々が対象です。現在は少子高齢化をはじめとする社会構造の変化に伴い、患者さんが急増しているため、新しい診断法・治療法の開発が重要課題として考えられています。

腎泌尿器外科学分野でどのような研究をされていますか。

吉田:
最先端のテクノロジーを用いた画像や映像を使って、医者が普段見えない角度から問題点を探れるようになる技術の開発を行っています。研究を始めた2004年頃は「PET(ペット)/CT検査」と呼ばれるがん検査の手法に着目しました。PETとはpositron emission tomography (陽電子放出断層撮影) の略で、放射線を出す物質を含んだ薬を注射し、放射線を検出することにより、がんの有無や広がりを画像化します。11C-choline PET/CT検査で前立腺がんの状態を診断する研究を行い、その経験から現在のCT(Computed Tomography:コンピュータ断層診断装置)やMRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像)につながっています。
2007年頃からは体内の水の分子が動く拡散現象を利用したMRI撮影手法の「拡散強調MRI」を活用してがんの質的な診断法の研究を進めてきました。脳梗塞やがんになると身体の中で水の分子が動くスペースが狭くなり、生体内の水分子の拡散現象が制限されます。拡散強調MRIでは、その現象を画像化することで、がんの有無の評価にとどまらず、がんの性質の評価を行うことが可能になりました。

病気の早期診断から治療につながる研究を行っているんですね。

吉田:
がんが悪性であれば拡散強調MRIで早期に発見できるので、治療に結びつきやすいです。腎盂尿管がんの診断における拡散強調MRIの有用性については、私たちの研究チームが世界に先駆けて報告し、ヨーロッパで表彰された経験があります。最近は、拡散強調MRIを使用した全身評価を可能とするDWIBS法により、前立腺がんの活動性病変の評価に着目し、その情報に基づき、新しい治療戦略を確立させることを目指しています。従来の画像診断では、骨が石灰化する形式の前立腺がんの骨転移の活動性評価が難しかったのですが、次世代イメージングと呼ばれている新規画像診断技術を使って治療対象となる活動性のある病変を的確に同定することで、前立腺がんの転移、病変を狙った放射線治療ができるようになりました。

産学連携について

産学連携のご経験を教えて下さい。

吉田:
東京医科歯科大学はソニーと2011年9月に包括連携協定を締結しています。包括連携プログラムには研究をサポートするためのファンドがあり、私たちも支援を受けて活動をしています。2012年に留学先から戻って来た時、先代の木原和徳教授が映画を視聴するためのヘッドマウントディスプレイを使用した手術を開始されており、衝撃を受け、そこから3D映像技術の臨床応用についての研究を進めました。

あわせて、指先で手術中にディスプレイ画面を切り替えるタッチレスなユーザインターフェースを作ろうと頑張りました。今では携帯電話に高機能なカメラがついているのは当たり前ですが、当時は珍しかったのでヘッドマウントディスプレイにカメラを糊付けするなど試行錯誤でしたね。他には、手術に参加する看護師や学生に手術内容を分かりやすく理解してもらうため、透過型のヘッドマウントディスプレイを使用した学習用のシステムを製作したりしました。

この透過型のヘッドマウントディスプレイの研究が、ディスプレイの着用者の「視線」に着目するキッカケとなり、その後の研究に発展しました。ヘッドマウントディスプレイを着用して視線を画面の中央から左下に移すと超音波の画像や3D画像を切り替えられる技術を導入し、手術中に必要な情報を目線で切り替えたり、ディスプレイ上で自分の見ている位置を他の人にも共有できるようにしました。本学での産学連携では、研究の成果を臨床の現場で使ってもらいその反応を適切にフィードバックしてもらえる強みがあります。またトライアンドエラーのテンポが早く、切り替えの判断を迅速に行えることが魅力ですね。

他の企業との産学連携はありますか。

吉田:
2014年頃に日本で初めて立体内視鏡装置を開発した企業と3Dイメージコンバーターを作る研究に参画しました。通常の2D内視鏡の映像をリアルタイムに3D映像に変換するシステムです。対象物と内視鏡の位置関係に応じて、右目用の画像と左目用の画像に変換し、映像を3D感覚で見ることができるようになります。今でも2D内視鏡のみで行われている、泌尿器科の系尿道的な膀胱の手術方法を革命的に変化可能だと思い、研究に着手しましたが普及には至りませんでした。

臨床の現場で使われるには専門的な情報や実用性も加味する必要性があるんですね。

吉田:
おっしゃる通りです。高機能にしたり、汎用性を持たせることも重要ですが、実際に触れて現場の声を研究に戻すことが重要です。基礎研究によって生まれた発見、成果を臨床での治療に応用する「Bench to Bedside」「Bedside to Bench」と呼ばれる展開医療と同じ思想ですね。生き残る技術を選別するために、1つに固執せず新しい技術を取り入れていくことが産学連携に大切なプロセスだと考えます。現場で活用できないと思ったら企業側にもきちんと理由を説明します。時にはご縁が切れるのですが、現場が求めている技術や要件を伝える姿勢を研究者は持たなければいけないと思っています。それは結果として企業の製品戦略にも活かされるはずです。

共同研究先のソニーの柔軟な姿勢には本当に頭が下がります。一緒に研究をしていて、可能性を追求するソニー魂を感じますね。臨床の先生は治療成績の向上に価値があると信じています。しかし治療の結果、患者さんの状態が良くなる製品を病院が簡単に導入できるとは限りません。100個作れば1個は価値ある製品として業界全体に浸透すると信じながら、イノベーションを起こすためには失敗は必要なものと考えながら共同研究を進めています。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員はどのようなイメージをお持ちですか。

吉田:
研究を加速させる役割を担っていると思います。今考えるとそういった役回りはイノベーションプロモーター教員になる前から行っていました。例えば最近話題のホロレンズも、まだ持っている人もほとんどいなかった2018年に倫理審査承認を得て、血管内治療科の壽美田一貴教授、大腸・肛門外科や小児外科、耳鼻科の先生と一緒に、VR(Virtual Reality:仮想現実)やMR(Mixed Realti:複合現実)の臨床応用を目指す研究を立ち上げることができました。先ほど紹介した視線を使用した内視鏡映像調節システムも、同級生で小児外科の岡本健太郎先生に声をかけたところ、活用する場面があり使ってもらうことができました。これからも「友達力」を存分に発揮して研究の枠組みを広げていきたいです。
40歳半ばを過ぎ、頼もしい同級生や仲間たちが増え、産学連携を実現できる確率も高まりました。興味がある研究が最終的に患者さんのためになることを目指し、努力していきたいです。

オープンイノベーション機構に期待することはありますか。

吉田:
本学の湯島・駿河台キャンパス内に三菱地所と運営しているTMDU Innovation Park(TIP)があるのですが、企業やアカデミアが集積する「イノベーションのハブ」になるためにもっと認知度をあげる施策をお願いしたいですね。3D、VRなどの最先端機器が使える「イノベーションXRラボ」は私たちもお世話になっています。さまざまな業種、業界の企業様やスタートアップに気軽に参画してもらえたら心強いです。

研究者として大切にしている教えはありますか。

吉田:
研究室の木原和徳教授と藤井靖久教授から「手術ができて、英語論文が書け、挨拶ができるように」と教えを頂いております。これは、「手術ができる=臨床力がある」「英語論文が書ける=重要な課題を見つけ、解決に向けた幅広いアプローチができる。国際的に討議、発信できる」「挨拶ができる=チーム医療を進めることができる。さまざまな分野の方々と交流を深め研究を推し進めることができる」ということを意味していると理解しています。研究技術が進歩して、自分だけの力では研究は完結しません。人との関係を築いて研究を進めることが大事です。「階段は1つ登ると次の階段が見える」という木原教授の別の教えも大切にしています。いきなり階段の上の風景は見えないから、一歩ずつ上がっていくしかない。「日々努力して自分ができることを全力でやる。自分ができることを一生懸命やればプラスアルファで他の人がチャンスをくれる」と考えています。加えて、共同研究者の方に甘えることなく、ビジネスパートナーとして、お互いの利益になることも重要だと思っています。

最後に

最後に先生のご趣味を教えて下さい。

吉田:
アポロ計画が大好きでロケットの打ち上げを見に行ったり、隕石の落下地点を見学しに行ったこともあります。アポロ8号の乗組員であるフランク・ボーマンに憧れています。まだ手動計算機のようなPCを使っていた時代に月を目指し、実際に行ってしまったという好奇心と科学力に感銘を受けています。「フロム・ジ・アース・トゥ・ザ・ムーン」というアメリカのドラマがめちゃくちゃ面白いです。日本語版がないのは残念ですが、ずっと観ていられますね。

スミソニアン博物館に展示された2機のスペースシャトル

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