INTERVIEW
研究者インタビュー
2023.01.11
研究者インタビュー
Vol.40
AMED研究で摂食嚥下の評価機器開発に着手 口腔機能改善で高齢者の健康寿命を延伸
第2期プロモーター教員
身体機能の低下とともに口に問題を抱える高齢者が増えています。咀嚼や食物を飲み込む動作など口腔機能を専門に研究している吉見佳那子先生に、口のトラブルを避ける方法や産学連携の研究内容をお聞きしました。
- プロフィール
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医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野
特任助教
吉見佳那子先生
研究について
先生の研究内容を教えて下さい。
- 吉見:
- 2020年4月に高齢者歯科学分野から独立した摂食嚥下リハビリテーション学という新しい分野で歯科医師として研究をしています。摂食嚥下は食べ物を認識して口の中に入れ、咀嚼して唾液と混ぜ合わせて食べ物のかたまり(食塊)を作り、飲み込み、胃の中へ送り込む一連の動作のことです。
メカニズムで表すと先行期(食物の認知と取り込み)、口腔準備期(咀嚼と食塊の形成)、口腔送り込み期(食塊を咽頭へ送り込む)、咽頭期(嚥下反射によって食塊を食道まで送る)、食道期(食塊を食道から胃へ送り込む)の5期で成り立っています。大切なポイントは食べ物を噛み砕けるか、きちんと飲み込めるかですね。咀嚼や嚥下は脳から指令を受けて反射的あるいは部分的に随意で行われます。咽頭で気管と食道が分かれているポイントがあって、気管の入り口にある喉頭蓋が嚥下時にふたをすることで気管に食べ物が入らないようにしています。もし、飲食物や唾液が気管に入ってしまった場合、健康な人はむせたり、咳をしたりして出すことができますが高齢者の場合は咽喉頭の感覚が落ちているため、むせることなく誤嚥する可能性が高まります。
- 「オーラルフレイル」という言葉をご存知でしょうか。「噛んだり、飲み込んだり、話す機能の衰え」を意味し、進行すると口だけでなく全身の問題にもつながるという考え方です。口の機能が落ちると、嚥下障害や口腔内のトラブルにもつながります。口の中が汚れていると誤嚥性肺炎になりやすいと言われており、歯ブラシの他にジェルやマウスウォッシュ、舌ブラシを使って口の中を綺麗にすることで誤嚥性肺炎を防ぐことが可能です。また咀嚼機能を評価する時には、入れ歯をしっかりメンテナンスしている人と、入れ歯が合っていなかったり使用していない人では摂取できる食事形態のゴールも変わってきます。嚥下障害にならないためには筋トレが重要で、飲み込む動作は口や喉の筋肉に加えて全身の筋肉も深く関係します。当分野が発表した論文では、要介護高齢者では日中活動したり背筋など体幹の筋肉が維持されている人の方が嚥下機能が高いことも分かっています。
筋力が衰えた人にはどのような対処法がありますか。
- 吉見:
- 加齢による摂食嚥下は基本的に薬や手術をするのではなく、落ちてしまった機能を維持したり回復させることを目的としたリハビリで、舌や首を鍛える筋トレメニューが中心になります。オーラルフレイルのような機能が低下し始めている人は、筋トレをするだけで嚥下の問題が改善されることがあります。コロナ禍前は、カラオケに地域の方々が集まって、歌いながら口のトレーニングをしたこともあります。フィットネスクラブや介護施設で口機能を改善する筋トレイベントを開催したり、お祭りのように気軽に参加できる風潮が広まったら嬉しいですね。自分でリハビリができない人向けに私たちは訪問診療も行っています。
ヨーロッパ嚥下学会(ESSD)に参加した時の様子
産学連携について
産学連携の経験について教えて下さい。
- 吉見:
- 日本医療研究開発機構(AMED)の研究で、電気通信大学 機械知能システム学の先生方と蛍光検査システムを応用して口の中や嚥下の機能を計測する機器を共同で作っています。嚥下障害の患者さんを支える家族の方にも使いやすい機器・検査方法を目指しています。私は研究開発分担者として、実際の嚥下障害患者さんを対象に、新機器の有用性を示す基礎的なデータ蓄積に取り組んでいます。都内では歯科医師が訪問診療で嚥下の診療や評価をすることが可能ですが、地方では専門的な医師が不足しており検査も受けづらい状況なので、私たちの研究成果が少しでも役に立つと良いですね。
嚥下機能はどのように評価されていますか。
- 吉見:
- この研究では、食品に混和した蛍光色素(インドシアニングリーン)の蛍光強度を頚部表面に光プローブで接触させて計測することにより、非侵襲的に咽頭の食物を検出します。食物の通過状況を見るというよりも、喉のところの梨状窩(りじょうか)と呼ばれる水や食べ物が溜まりやすい窪みを調べます。健康な人は通常何も溜まりませんが、嚥下機能が低下している人は嚥下後に食べ物が窪みに溜まりやすくなり、万が一溜まった物が気管に入ると誤嚥になります。窪みの状態は外から見ても分からないため、医師や歯科医師が直接検査をする必要がありますが、現在の検査方法は鼻から内視鏡を入れて調べるか、放射線を使用する造影検査しかありません。私たちの研究では外部から計測できるので嚥下機能の簡単なスクリーニングが可能になります。現在は試作中で、昨年患者さんに協力をしてもらい実際に計測を行いました。
検査方法は先生方独自の手法ですか。
- 吉見:
- 今までなかった検査方法で、製品化できれば検査の設備がない病院や施設への導入も進むと考えています。共同研究には医療機器関連の会社にも参画してもらっています。元々は本学統合研究機構事務部、戦略企画課の皆さま方、また先端材料評価学分野の宇尾基弘教授、当分野戸原玄教授、中川量晴准教授のご尽力で、電気通信大学の先生方とのコラボレーションが実現しました。電気通信大の先生方が機器を作り、私たちは臨床的なアドバイスや計測をしています。この研究の肝は新しい機器の開発です。機器のデザインや機能性を高めて製品化することがゴールです。
高齢化社会に伴い、企業は興味のある分野だと思います。
- 吉見:
- 体調管理のアプリや高齢者の見守りシステムを開発している企業が口腔内の研究に興味を持って下さっていると聞きます。口の中のケアや咀嚼機能を評価する製品開発についてご相談があれば随時承っています。先日、精神病を抱えている方が咀嚼に問題があると相談があり、スクリーニング方法を検討しました。詳しくはまだご報告できませんが、現在の咀嚼機能の測定は、食べた物を吐き出してどれだけ潰れているか、細かくなっているかで調べる方法が主流なのですが、精神疾患や認知症の人は検査をスムーズに実行することが難しいと分かりました。摂食嚥下の専門家でない人が外部から簡単に咀嚼機能や嚥下機能を評価できるようになることは、非常に価値のあることだと思います。
先生の研究は東京医科歯科大学の技術を最大限活かしているんですね。
- 吉見:
- 全国の歯学部を見ても、嚥下に特化した医局や研究室は数少ないですし、診療、入院患者の対応、在宅訪問までカバーしているのは本学の特徴です。様々な患者さんから知見を得ているので、情報の少ない地域の研究や高齢者のQOL(Quolity of Life:生活の質)を支える活動にはぴったりだと思います。地域に根ざした活動も増やしていきたいですね。
プロモーターとしての取り組み
イノベーションプロモーター教員で実現したいことはありますか。
- 吉見:
- プロモーター教員になって初めて、企業を交えて研究や開発をするようになりました。イベントに参加したり、こうやってインタビューを受けることはとても刺激的ですし、現在の立場を活かして医療従事者の方以外でも簡単に口腔の検査ができる機器や手法を開発したいですね。また、摂食、嚥下に限らず、高齢者のリハビリや在宅医療に関連する研究にも興味があります。現時点では企業から私に直接お話はありませんが、気軽に相談してもらえる研究室作りをして産学連携を深めていきたいですね。
産学連携のパートナー像はありますか。
- 吉見:
- 介護食など食品関係の企業と関係を築いていきたいです。共同研究以外にも嚥下に関する研究プロジェクトに参加しており、これもまだ詳しくはお話しできませんが、嚥下障害のある患者さんや高齢者が食べやすい特定の食品を開発して、健康増進に貢献できないかということをテーマに研究を進めています。多種多様な企業や研究者の方から話を聞いて、研究のアイデアを増やしていきたいです。
最後に
休日の趣味を教えて下さい。気分転換はどのようにされていますか。
- 吉見:
- 週末は美術館や博物館を訪れてリラックスしています。普段は診療で慌ただしい毎日を送っているので、絵を眺めて「無」になる時間が好きですね。アートはジャンルを問わず幼い頃から好きで、美術館巡りをしながら斬新な絵と出合ったり、オリジナルグッズを買うのが楽しみですね。動物も大好きなので実家にいる犬の世話も大切な息抜きの時間になっています。先住犬と保護犬の2匹を飼っていて、近所を犬と散歩しながら週末を過ごしています。
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