INTERVIEW

研究者インタビュー

2022.12.05 
研究者インタビュー 
Vol.37

日本の健康寿命を支えるガム 咀嚼能力判定に管理システム導入を目指す

第2期プロモーター教員

高齢者が餅を喉に詰まらせる事故が多発し、注意喚起の報道を目にする機会も増えました。口腔機能低下の評価方法や予防法を研究している濵洋平先生に、加齢に伴う口腔トラブルの問題点やイノベーションプロモーター教員として実現したいことをお聞きしました。

プロフィール
医歯学総合研究科
高齢者歯科学分野
助教
濵洋平先生

研究について

先生の研究について教えて下さい。

濵:
私は東京医科歯科大学の高齢者歯科学分野に所属し、臨床現場で歯科医師として奮闘しながら、口の中をきれいに保ち口腔機能を維持することで、高齢を迎えても介護が必要にならないように予防法の開発や研究に取り組んでいます。総務省が発表した令和2年の統計データによると、日本の総人口のうち65歳以上は3,619万人と過去最大で全体の28.4%となっています。高齢者になると歯の摩耗や顎、舌の運動機能の低下によって口の中はトラブルを抱えやすくなります。「口の健康」が長寿を支え、高齢期のQOL (Quality of Life)を左右すると言っても過言ではありません。歯科医師の観点から人間が総合的に健康になれるようにしていきたいと考えています。

咀嚼の研究はどのような内容ですか。

濵:
私の研究は咀嚼能力の評価がメインになります。口腔は歯、歯茎、舌、唾液腺などで構成され、食事や会話、外見など日常生活に欠かせない重要な役割を担っています。食事をする時は、食べ物を認識して口に取り込み歯で食べ物を噛み、口に取り込んだ食べ物を一回バラバラにした後、唾液と混ぜて飲み込みやすい団子状の「食塊」を作る「咀嚼」と、口から喉、食道へ送り込む「嚥下」という2つの口腔機能に分けることができます。嚥下が上手にできない人は、飲み込む力が弱い場合と咀嚼がしっかりできていない場合の2つ理由が考えられます。
測定・評価方法は大きく3つあり、私が主に用いている手法は実際に噛んだ物の状態の変化を調べて判断する方法です。その他は、患者さんが日常的に食べている物、食べにくい物をアンケート形式で調べる方法、噛み合わせる力や舌が上手に使うことができているかなど要因から調べる方法があり、全て定量的な評価を行います。

咀嚼後の状態から評価する測定方法は歴史も深く、1950年代に開発されました。破砕性のあるピーナッツを咀嚼させ粉砕度を測定して咀嚼能力を評価する方法で、篩分法(しぶんほう)と呼ばれています。最近ではグミゼリーを用いてグミから溶けだしたグルコース量を計測する咀嚼能力評価法も加わりました。咀嚼は「舌で食物を歯の上に乗せて咬合する動作の繰り返し」です。実際に何かを咀嚼をする、と言う評価方法は一人一人の咀嚼を正確に反映させることができます。今までは咀嚼機能を中心に研究が行っていましたが、唾液など機能別に細かく分けてアプローチを行い、介護を予防する取り組みが近年では盛んになっています。

産学連携について

産学連携ではどのような研究を行っていますか。

濵:
複数の企業と共同研究をした経験があります。2013年に大学院を卒業して10年近く経ちますが、ある企業とは大学院生時代から共同研究をしており、今後新規プロジェクトを立ち上げる予定です。共同研究のきっかけは研究室の水口俊介教授が企業と「オーラルフレイル(加齢に伴う口の衰え)」を防ぐ啓蒙活動や健康イベントを共催するなど深いお付き合いがあったことが大きいですね。研究成果として咀嚼能力を判定するガムを開発しました。

一定回数咀嚼するとガムの色が赤く変色するのですが、色の濃淡で咀嚼能力を判定することが可能です。咀嚼ガムは研究機関をはじめオンラインショッピングサイトなどで一般の方も購入できます。将来的には年齢を重ねるごとに心身が衰えていき虚弱状態へ移行する「フレイル」や加齢によって筋肉量が減少する「サルコペニア」、糖尿病などのスクリーニングに活かすためガムから取得した咀嚼能力のデータをどこまで高精度に高めていけるかが課題ですね。色変わり機序の解明、視覚的評価法の開発、適応範囲の定義付けなど、この研究が礎となり現在につながっています。

所属している研究室は産学連携に意欲的だったんですね。

濵:
そうですね。その企業とは共同研究に加えて、受託研究の一環で私たちの研究を費用面からサポートして頂くこともありました。また、先方の研究所で歯の状態の調査や検査のお手伝いをしたこともあります。現在は3年単位の長期的な視点でプロジェクトが進んでいます。企業からは具体的な提案を頂くことも多く、社会課題の解決や社会貢献活動にとても熱心なイメージが強いですね。食品メーカーとして商品化に直結する研究だけでなく、口の健康や咀嚼機能がスポーツに与える影響を解明する研究もありました。

先生はPrincipal Investigator(PI)として研究の主宰者になることが多いですか?それともチームでの研究が多いですか?

濵:
5年ほど前は教授が契約者で、私が実際に手を動かす役割でした。これから契約を結ぶ研究は、私が研究代表者となって大学院生数名と研究をしていきます。最初の共同研究では知的財産の取り決めなど全くの無知でした。企業も私たちも研究をしながら必要なことが分かってきたのでお互い勉強の毎日です。秘密保持契約や研究のゴールをどこに設定するかなど細かな交渉はこれから行います。共同研究では特許取得を目標にする先生もいますが、私は「特許は取得できたらかっこいい」くらいのいつか叶えたい夢の1つです(笑)。企業が権利を持ちたいという話を教授が受け入れている姿も見ているので、意固地にならず両者歩み寄りながら柔軟に共同研究を進めた方が産学連携は進めやすいのかなと考えています。

もう一つの企業との産学連携はどのような内容ですか。

濵:
研究色の強い内容ではなく、シーズ探しの形でスタートしました。臨床での私の専門は入れ歯ですが、義歯安定剤で新しい取り組みができないか模索していました。こちらから提案していくことも多かったですね。義歯安定剤はあまり研究が進んでいない領域なので、問題点を共有しながら課題を解決していく形で研究の計画を立てています。

義歯安定剤をテーマにした研究なんですね。

濵:
マニアックな話になりますが、義歯安定剤は糊のようなクリームタイプとゴム状の素材で形が変わるクッションタイプに大別されます。どちらも入れ歯の裏側に塗って歯茎との間で機能するものです。クリームタイプは世界的にも研究されていますが、クッションタイプはほぼありません。1960〜70年代に「クッションタイプは使用するべきではない」という論文が発表されたことで、使用が控えられたんです。確かに使い方を間違えると入れ歯が斜めの状態になり、噛み合わせがおかしくなることがあります。また、クッションタイプにはアルコール成分が含まれており、正しい用法用量を守らず大量に塗布した場合は呼気検査に引っかかる可能性があると言われています。そのため、日本の歯科界では、これまでクッションタイプは避けられる傾向にあったのです。

研究室で検査をしている様子

しかし、我々が調査したところ、義歯安定剤使用者の2割はクッションタイプを好んで使っていることが分かりました。クリームタイプ、クッションタイプの噛み方の違いは咀嚼能力にも大きく影響します。患者さん一人一人の要因がバラバラなので一概にどちらが良い、悪いとは言いづらいのが実情です。実際に使用している方が多くいる以上、今一度クッションタイプの安定剤の利点、欠点について研究する必要があると考えています。企業との共同研究では、他の研究機関ではやっていないことにチャレンジする予定なので、やりがいはありますね。

本学での産学連携の強みはなんでしょうか。

濵:
強みは患者数が多いことです。歯科病院の中で患者数は全国一で、地域の歯医者さんからの紹介でお越しになるケースもあります。1日約1800人の外来患者さんと年間延べ19000人の入院患者さんが本学を訪れています。歯科の研究では参加者集めがとても大変なので、重要なファクターだと考えています。咀嚼は複合的要因が絡むので他分野との先生との連携も大切。「フレイル」の評価は私たちでも可能ですが、認知症や筋肉量の細かい検査まではできません。専門家と一緒に研究できるような環境整備が早急に必要ですね。

産学連携で一緒に研究をしたい企業像はありますか。

濵:
研究結果を評価したり、効果の内容を選別するスクリーニング作業を支援頂ける企業を探しています。評価ツールを一緒に開発していけるパートナーも嬉しいですね。アプリ開発にも興味があります。今まで自分の発想になかった測定方法があればどんどんやってみたいですね。生活機能が低下した高齢者を支援するために咀嚼能力判定ガムやグミが推奨される世界も近いと感じています。顎や咀嚼、筋トレを目的としたトレーニング用ガムの研究も進んでいるので、柔道整復師や整体師、パーソナルトレーナーの方々との相性も良いかもしれません。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員としての抱負はありますか。

濵:
「食べる」「話す」といった口腔機能の維持は若い頃からの健康管理が重要です。咀嚼能力判定ガムは「いつでも・誰にでも使用できる」利点があり、未就学児から高齢者まで同じ基準で評価できます。この利点を活かして、他の評価と組み合わせた、生涯に渡って活用できる「咀嚼・健康管理システム」を構築したいです。イノベーションプロモーター教員の立場を積極的に活用してクラウドファンディングで資金集めをしたり、地方自治体や地域に根差した団体、スタートアップ企業に研究室の魅力を伝える活動をオープンイノベーション機構と協力しながらやっていきたいですね。

研究活動で改善したいことはありますか。

濵:
研究室に残る後輩や人材が少ないので、やりがいや楽しさを伝えて研究仲間を増やしていきたいです。2018年から口腔機能低下病と診断された場合、保険が適用されることになりました。[1]口腔不潔、[2]口腔乾燥、[3]咬合力低下、[4]舌口唇運動機能低下、[5]低舌圧、[6]咀嚼機能低下、[7]嚥下機能低下の7項目のうち3項目以上が基準値を下回ることが条件ですが、検査キットなど初期投資がかかるためまだ普及していません。日本老年歯科医学会も熱心に宣伝をしていますが残念です。こういった有益な情報の拡散や認知度向上にも一役買うことができれば良いですね。

最後に

先生のご趣味について教えて下さい。

濵:
新型コロナウイルスの流行が落ち着いてきたので、週末や連休は音楽のライブやフェスに行っています。子どもが3歳と幼いため、遠方まで出かけるのは難しいですが近隣の開催状況はこまめにチェックしています。いつか家族でフジロックやロックインジャパンフェスティバルなど大きなイベントに参加してみたいですね。子どもの将来なりたい職業は今の所「ショベルカー」なのですが(笑)、もし医療者や研究者の世界を目指すのであれば応援したいです。

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