INTERVIEW

研究者インタビュー

2022.10.06 
研究者インタビュー 
Vol.36

治療の選択肢広がる関節リウマチ 従来の指標でくみ取れない症状の可視化に熱意

第2期プロモーター教員

関節の炎症により激しい痛みが伴う関節リウマチ。未だ原因は不明ですが、医学の進歩により早期発見や関節破壊の進行を防ぐことが可能になりました。しかし治療を受けている患者の満足度は必ずしも高くありません。病気とよりよい形で付き合っていく診療を目指す細矢匡先生に、産学連携を通じて気づいたことや今後の目標についてお話をお聞きしました。

プロフィール
医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野
講師
細矢匡先生

研究について

先生の自己紹介をお願いします。

細矢:
療科の医師として患者さんと向き合う傍ら、膠原病・リウマチ内科の分野で研究をしています。リウマチや膠原病の領域を選んだ理由は、診断学の面白さや病態に合わせた治療選択に関心があり、内科の分野に自然と惹かれていきました。私が医師になった2006年頃は、治療も大きく変化・進歩していました。武器になる薬が増えて、治療法の幅が広がったことも面白みを感じた1つですね。臨床の経験を活かして次のステップとして研究を始めてみようと思い、今に至ります。
リウマチで特徴的なのは、関節の腫れと痛みで、そのために日常生活に支障をきたします。膠原病は免疫の異常によって全身の複数の臓器や血管で炎症を起こします。疾患では全身性エリテマトーデス、多発性筋炎・皮膚筋炎、血管炎症候群、強皮症、混合性結合組織病などがあり、難病指定されている病気ばかりです。若い年齢層で発症することも多く、重症になると命に関わります。治療薬の開発も難しい状況です。 社会生活を問題なく行えていた人が突然働けなくなってしまい、我々のところに治療へ来る頃には大きな問題を抱えています。長く付き合う必要がある病気だからこそ、私たちは適切・的確なアドバイス、治療法を提案できるように心がけています。

カリフォルニア大学のMoores Cancer Centerに留学

診療中に出合う一番多い症状は関節リウマチです。昔は慢性関節リウマチと呼ばれていたように生涯にわたって問題となる病気で、日本人の100人に1人はなりうる病気です。昔は30代から40代の働き盛りである女性に多いと言われていましたが、高齢化もあって最近は60代以上での発症も聞くようになりました。 突然発症する方もいますが、数ヶ月かけてだんだん腫れていくパターンが多いですね。遺伝的なリスクや喫煙、歯周病などの病気と合わさることでリウマチを発症するとも言われています。

研究内容について教えて頂けますか。

細矢:
関節は滑膜と呼ばれる薄い袋で覆われ、関節液が満たされることで可動部分の間の摩擦を最小限にしています。関節リウマチではこの滑膜組織にリンパ球などの免疫細胞が浸潤し線維芽細胞という支持細胞が増生していることが分かっています。顕微鏡で見てみると通常1層しかない関節の滑膜が、異常な状態で増えていました。私は先輩たちの研究を受け継いで、その滑膜細胞に注目した、滑膜線維芽細胞に対する治療薬の開発や滑膜細胞の増殖を抑制する薬剤で関節炎を抑える研究をしています。関節リウマチでは、炎症のために関節に水が溜まってきます。膝や股関節であれば歩けなくなりますし、手足の指で起こることもあります。指の関節に炎症が生じるとボタンがつかめなくなったり、箸が持てなくなったり、字が書けなくなったりしてとても不便です。炎症を放置すると関節の機能が不可逆的に損なわれていきます。最近では、テレビや新聞で「リウマチ」が取り上げられることも多くなり、患者にも医師にも治療可能で機能障害を解消できる病気という認識が広まったのはありがたいことです。

リウマチには新しい治療法が誕生しているそうですね。

細矢:
リウマチは基本的に基礎療法・薬物療法・手術療法・リハビリテーションの手法を用いて治療を進めていきます。また、「Treat to Target」(トリート トゥ ターゲット)と呼ばれるオーストリアのSmolen博士が提唱した世界共通のガイドラインがあり、治療の目標を決めて目標を達成するために患者さんと医師が一緒に治療していくことが大切だと考えられています。
治療戦略が大きく様変わりした背景には、治療薬の大きなブレイクスルーがありました。リウマチ治療の中心となる内服薬である「メトトレキサート」は元々抗がん剤治療に使われる薬でしたが、炎症に関わる免疫細胞の機能を調整する薬剤として薬物療法に取り入れられました。また、「生物学的製剤」と呼ばれる炎症をもたらすサイトカインと呼ばれる物質を直接中和する薬剤が登場したことで、治療成績が劇的に改善されました。実際にこれらの治療戦略が臨床に応用されるようになったのがここ10年、20年ですが、その結果リウマチ患者の健康寿命がしっかり延伸できたことが世界中で証明されています。20年前はリウマチを発症した患者さんは、膝や肘の関節が完全に破壊されてしまいほぼ寝たきりになってしまっていたので隔世の感がありますね。

先生が研究で苦労されていることはありますか。

細矢:
膠原病・リウマチの領域のほとんどの疾病は、免疫の異常が原因となります。免疫学はアップデートが早い分野ですし、技術の進歩によって解析手法も大規模化・複雑化しています。これまではヒトの疾患に似た症状を生じる動物で研究して、得た知見をヒトで検証することが一般的でしたが、最近はヒトの患者の検体を直接解析できるようになりました。解析できる情報の質と量が充実した一方で、研究データの共有化も進んでおり、患者さんの検体から貴重なデータを集めたとしても自分達で独り占めできるわけではなく、同じテーマで研究をしている人たちにすぐシェアされます。最先端にいる研究者と同じ土俵で戦っていくのはかなり大変なことだと感じますね(笑)。

産学連携について

産学連携での共同研究で、経験して良かった点はありますか。

細矢:
これまでの研究歴では、製薬会社と新規薬剤の開発、ベンチャー企業と共同研究を数回行いました。具体的には企業が持っている独自の技術で細胞周期の進行を停止させるCDK阻害薬のターゲット探索やメカニズムの解析を行いました。企業の皆さんは作業の進捗をきっちり管理されているなと驚きました。我々は場当たり的に実験をしてしまうこともあるのですが、企業側はどの期間にどんな成果を出すのかというロードマップを策定していて、継続と撤退のポイントをしっかり決めているなという印象を受けました。成果の出ない研究は容赦なく終わりにする強い意思を感じて、期待に応える研究結果を出さなければと思いました。市場では開発した製品や研究結果が厳しくチェックされるので、損得勘定でやる・やらないの判断をすることは効率的に研究を進める上で非常に大切なことだと思います。シビアなスケジュールとコスト管理の中で研究を進めていくのは難しい挑戦でしたが成長する機会にもなりました。

今も製薬会社と臨床試験を進めていますが、試験で実施する評価基準やどのようなスケジュールで試験を実施するか、どのような病状の患者さんに対して試験を実施するかなど検討項目がとても多いです。企業が売り込みたい患者集団と臨床試験にリクルートしてもらいやすい患者層はしばしば乖離しているので、擦り合わせは大事ですね。非常に面白い経験で、声をかけて下さった同研究室の保田晋助教授には感謝です。

共同研究を一緒にしたい企業やアカデミアのイメージはありますか。

細矢:
コラボレーションしたい企業像は2つあります。1つは、装具など色んなアイデア製品を取り揃えるメーカーです。指の腱が切れかけて握力が低下している人に、ペットボトルのサイズに合った金具を装着できたら持ち運びができるようになって便利ですよね。関節機能が落ちている人に向けた補助具の商品開発は面白いテーマだと思います。もう1つは症状のビッグデータやモニタリングができる企業です。我々の領域の患者さんは病気の活動性を適切に抑える治療をしても、「なんだか身体がだるい」「気分が晴れない」など、さまざまな症状が残ることが多いです。そこには色んな理由が考えられるものの、主観的な症状を客観的な指標で評価できないことから、十分な検討が進んでいません。患者の症状はpatient-reported outcomeといいますが、治療を行う上での指標として、多くの領域で再評価が進んでいる要素です。主観症状は患者を集団としてとらえる限り全貌がつかめないのですが、診療では1人の患者の経過を長期に追っていると意味を見出せることもあるため、きちんと可視化する技術を見出したいですね。スマートフォンのアプリやウェアラブルデバイスから得られる生体データを解析するほか、リウマチは気圧とか天気の影響も受けやすくて低気圧だったり台風の時に関節が痛むことは昔から知られています。そういった生体指標の変動や環境要因との関連を見出すことで、治療反応の検証や先々の病状の推移を事前に見立てることが可能になるのではないかと期待しています。知らないことには何も始まらないので、アカデミアでは他領域の最先端の領域の研究に触れる機会を増やしていきたいですね。

共同研究での改善点などはございますか。

細矢:
研究参加や検体利用の倫理的なハードルが低くなると助かりますね。複数の研究が同時に進行していることが多く、そのそれぞれに同意をもらうことが必要なのですが、患者さんの立場になって考えてみると、いくつもの研究の内容を説明されていくつもの同意書にサインさせられるのは良い気分がしないですよね。事前告知や同意書の必要性は理解していますが、患者さんに研究参加をしり込みさせてしまっては意味がありません。コンプライアンス重視の世の中で、研究が計画に縛られている印象を受けます。包括同意など柔軟性を持たせることも必要かもしれませんね。

オープンイノベーション機構にはどのようなサポートを期待しますか。

細矢:
本学のバイオバンクを学内や外部にもっと宣伝して、本学の強みにしていってはどうでしょうか。 バイオバンクはまさに包括同意で得られたサンプルが集約されているので、探索的な検討を行うのに適しています。私は個人的にも設立当初からバイオバンクに強い興味を持っていたので、膠原病・リウマチ内科学分野として新規発症患者のサンプリングを進めることにも貢献してきました。いまでは当科が提供しているサンプルは診療科の中でもトップクラスだと聞きますが、企業も研究者への周知が十分ではなく、十分に積極的に活用されていないのは非常に残念ですね。

プロモーターとしての取り組み

今回、イノベーションプロモーター教員になった理由を教えて下さい。

細矢:
研究の枠組みが急速に広がりつつあるので、従来の研究方法だけではダメだと痛感しています。免疫学、リウマチ内科学に関わる研究者として自分が見ている領域とは全く違う視点の研究内容や情報が必要だと感じていたので、他領域でイノベーティブな仕事をしている人たちとの交流には積極的に参加したいです。多方面に情報を取り入れてキャッチアップしていくことで新しい発見が生まれたり、20年先には当たり前となっている研究の種を見つけることに興味があります。先駆けとなるような情報に触れていきたいですね。また、革新的な研究はヒト、検体を使った実験などがやりづらい分野なのでもっと簡単になるといいですね。私は患者さんとやり取りする機会が多い方なので、データサイエンスを専門とされている研究者や、新しいデバイスを研究しているような外部の研究者とリアルな情報を交換していきたいです。

最後に

先生が休みの日に楽しみにされていることを教えて下さい。

細矢:
地元が千葉県の柏市付近だったこともあり、柏レイソルのサポーターです。J2からJ1に昇格してその勢いで優勝した2011年の衝撃が大きくて、ずっとファンです。毎試合注目していますし、コロナの感染拡大が落ち着いたタイミングを狙ってアウェイの観戦もしました。今シーズンは調子が良く、一度ならず劇的な展開に出会えたことは幸せでした(笑)。学生の頃はオーケストラでトロンボーンを吹いていました。学内には先輩や後輩も多く、その縁でお世話になることもよくあります。特に当科の在籍者には楽器経験者が多く、医局行事ではグループを作って演奏もしましたね。

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