INTERVIEW

研究者インタビュー

2022.10.05 
研究者インタビュー 
Vol.35

構造解析で腎性尿崩症を研究 プロモーター教員として「つなぐ人材」育成を

第2期プロモーター教員

大量の排尿が続き、脱水症状を起こして死に至るケースもある腎性尿崩症。構造生理学の観点から治療薬の開発を目指す野村莉紗先生に疾患の特徴とご研究の内容、加えてイノベーションプロモーター教員として実現したいことをお聞きしました。

プロフィール
高等研究院卓越研究部門
細胞構造生理学分野
プロジェクト助教
野村莉紗先生

研究について

先生が今の研究を始めたきっかけを教えて下さい。

野村:
東京医科歯科大学の大学院で発生発達病態学を学んで、卒業した後は千葉県にある病院で小児科医として勤務していました。医療現場で実際に患者さんと接し、診察や治療をする日々はとても充実していました。しかし、大学院生時代にタンパク構造解析の分野に興味を持ち、勉強会などで論文を読む機会が増えました。研究成果は有名な雑誌にも取り上げられることが多く、どうしてこんなに注目される分野なんだろうと常に疑問に思っていました。そこで、構造解析について学びたい、構造生理学の研究に没頭したいと思い、2019年に本学の門を叩きました。実際に細胞構造生理学分野への配属が決まったのは2020年の4月です。

どうしてタンパク構造解析が面白そうだと思ったのでしょうか。

野村:
臨床の現場で医者として患者を治療している時は、タンパク構造解析の研究内容や医療現場に与えるインパクトについてよく分かっていませんでした。通常の論文では、動物実験や臨床試験を行い「病気の原因となる遺伝子を発見した」「新しい治療法が見つかった」と発表されますが、構造解析では「タンパク質の構造が解けた」「この部分が機能的に働いている部分です」とシンプルな形で発表されることが多いです。同じタンパク質でも生理的な状況に近くない状態では本来の構造と違うことがあります。より実態に近いものを見る研究がタンパク質の構造解析の研究なのだと、勉強し始めてようやく理解できました。病院で医師として働いた経験があるからこそ、臨床の現場で働く人も知っておいた方が良い知識だと強く思いました。
ある程度臨床の経験を積んだ上で、研究者としてはまだ若くリスクが少ない年代の自分が新しい世界に飛び出して、研究を重ねて知識を身につけて、臨床の分野に必要な知識を届けたい、基礎研究と臨床現場との架け橋になりたいと考えるようになりました。この分野に限らず、基礎にはまだまだ臨床に知られていない、臨床で問題となっている部分を解決する分野があり、将来的には、臨床と基礎の間をより近づける人材が必要で、そういった人材を育てる活動も必要になると感じました。

先生がタンパク構造解析の研究室に入られて、臨床にいた頃との違いはありますか。

野村:
面白い点はかなりあります。同じ日本語を使っているのに言葉の意味が微妙に違いました。医者も基礎研究者も感覚的に話していることが多いので、初めのうちは正しい意味で理解することが難しい状況でした。タンパク構造解析の理解には化学や物理学の知識が必要となるため、少し戸惑いがあったのかもしれません。例えば、実験が上手く行った時に「構造がとけた」という表現を聞きます。「謎が解けた」という意味なのかもしれませんが、「溶けた」なのか、「解けた」なのか、上手く変換できなかったんです。「解析ができた」には「モデルが作れた」など色んな意味を含みます。研究の中で、さらっと言っている一言にすごい含みを持っていることに驚きました。

先生の研究内容について教えて下さい。

野村:
腎性尿崩症という、尿がたくさん出てしまう病気について研究をしています。尿崩症の原因は脳または腎臓の2箇所です。健康な人では、脳から分泌されたバソプレシンというホルモンが腎臓の尿を濾過する細胞に働いて、水分を再吸収しながら必要な物質を血液へ戻します。脳に異常があってバソプレシンが欠乏している場合は、バソプレシンが腎臓にある受容体に結合しないのでシグナルが伝わらず、水が再吸収できなくなって大量の尿が排出されます。しかしこの場合は、バソプレシンを飲み薬や点鼻薬などで補給すれば治療が可能です。問題は腎臓です。腎臓側に異常があった時はバソプレシン受容体自体が破壊されており、バソプレシンと結合できません。外からバソプレシンを入れても反応しないので、尿を濃縮できないのです。また、体内の細胞膜に存在し、水を通過させるという特別な性質を持つタンパク質「アクアポリン」が変化して変異体となって再吸収できない場合もあります。

以前の上司が治療していた10代の患者さんは、1日に17リットルもの尿が出る状態でした。膀胱の容積を考えると日中でも夜中でも1〜2時間おきにトイレに行かなければならず、生活の質が悪くなります。腎性尿崩症のようなホルモンの病気は、脳からの指令や標的臓器のどこかに異常があることによって起こります。生まれつき尿崩症を持っていると新生児は脱水症状になり、病気に気づかないでいると脳の障害につながってしまうこともあります。私たちの研究室のチームでは、治療薬を見つけるために手がかりになりそうな分子を手分けして探索しています。

腎性尿崩症は診断や治療が難しい病気なのでしょうか。

野村:
体重が増えないなど、診断のきっかけとなる症状はありますが、障害を残さず発見できるかのリスクが高いです。幸いにも喉が乾くので水分はとってもらえるのですが、自力で飲水ができない赤ちゃんなどでは脱水症状になります。患者数が少ない病気なので、実際に疾患を持ってしまうと大変です。私がメインで調べているのは、細胞の生理機能を制御する役割を担う「アデニル酸シクラーゼ」です。バソプレシンの受容体の近くにあるこの酵素がアクアポリンを活性化させる経路を調べています。「アデニル酸シクラーゼ」は9つのサブタイプが知られていて、色んな組織で発現していますが、腎性尿崩症の治療に直接つながるかはまだ分かりません。
構造解析学の成果としては「アデニル酸シクラーゼ 9型」のタンパク質構造が2019年に発表されました。私はまだ初心者なのでタンパク構造解析の手法を学びながら研究させてもらっています。

研究で苦労されていることはありますか。

野村:
構造解析の分野で調べているタンパク質は、大量に発現させて精製できないと研究することができないんですね。運が良くないといけない研究だとつくづく思います(笑)。組換えタンパク質の発現には昆虫細胞や哺乳類細胞など様々な発現系を考慮して条件を振ったりします。上手く発現できるか分からず、発現したとしてもその後の精製条件をどうするのかなどの検討が必要です。クライオ電子顕微鏡やX線結晶構造解析では実験の設定条件が無限にあるので、試行錯誤が繰り返されます。様々な細胞でタンパク質の発現が試みられていますが、発現が上手くいかずに解析できていないものもあります。残っているものは難しいものばかりなのでチャレンジングな研究です(笑)。

また、タンパク質を発現させる方法は、大腸菌、昆虫細胞、動物細胞など、いくつかあるのですが、すべての手法を試せる研究室は少ない印象ですね。できるだけ自然に近い形だったら、動物の細胞が良いとされています。大腸菌で作るのは比較的簡単ですが、糖鎖のないタンパク質ができます。また、タンパク質のうち、機能に関係ない部分を除いたり、アミノ酸を置き換えたりして、様々な組換えタンパクの発現・精製作業は経験値によるところも大きいですね。発現したタンパク質を精製する時には界面活性剤を加えるのですが、界面活性剤も種類が多く高価なので大きな研究室でないと試せない実情があります。条件比較は時間とお金がどうしてもかかってしまいます。

産学連携について

産学連携ではどのような研究をされていますか。

野村:
私の研究室で創薬に関わる研究をしているチームがあり、一部をお手伝いしています。今の研究室の教授は基礎系の方ですが臨床の現場に理解があるので製薬会社の担当者とのやり取りも慣れていらっしゃいますが、他の先生はパートナーとなる企業を探し、コミュニケーションをとるのに時間がかかると思います。一般論として、病院で働く医師と研究をしている人たちでは患者さんが必要としている薬のイメージが乖離しています。どの分野の疾患に治療薬としてのニーズがあるのか、また、たとえ良い創薬のシーズを発見しても、物性や剤形によっては、例えば「1日6回投与が必要です」なんてことになれば現実的ではありませんし、点滴の薬は入院も伴いますしね。そういった現場のニーズを研究側がきちんと把握していないと企業も連携しづらいはずです。
患者さんが困っていることや患者数が少ない病気に対して、研究と臨床の知識や経験を融合して産学連携に活かしていけたら良いですね。そこをつなぐためにも臨床の先生が産学連携にもっと参加できる環境を作る必要があります。本学もここ数年で産学連携が盛んになってきて、活動的な雰囲気が醸成されてきました。そのお陰で産学連携に臨床の先生も参加しやすくなった印象を受けます。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員になろうと思った理由を教えて下さい。

野村:
産学連携を推し進める中で研究と企業の間に入る「つなぐ人」になりたいと思っていたので、お声がけ頂いた時に受けさせていただきました。今いる研究室の藤吉好則特別栄誉教授がとてもアクティブな方なので、企業との連携も迅速かつ丁寧に対応されています。藤吉先生は構造解析学では著名な方なので企業とつながりやすいですが、実績がないと企業に見向きしてもらえない可能性が高いと感じています。全ての人が企業へのアプローチができるわけではないので、オープンイノベーション機構の皆さんに支援をお願いしたいです。私自身も、基礎と臨床的なニーズをつなぐ一つのピースとして、そして色んな分野で臨床出身の研究者が基礎と臨床をつなぐ鎹(かすがい)となることで、より患者さんのニーズに近い、生産性の高い産学連携が進むことを願っています。

アカデミア、企業のパートナー像はありますか。

野村:
元々小児科医だったこともあり、小児科とは違う分野の先生から色々お話を聞きたいですね。交流を深めながら構造生理学や構造解析学がどういう研究に活かせるのか知見を増やしていきたいです。また、生体材料工学のようなデバイスなどに詳しい研究室との連携も視野に入れて活動したいです。

最後に

最後に、先生のご趣味を教えて下さい。

野村:
自分のことで恐縮なのですが、2021年に結婚しました。コロナ禍の新婚生活を楽しんでいます。人と大々的に会うのは難しいので、家族と過ごす時間が増えました。Nintendo Switchの「あつまれ どうぶつの森」を購入して主人と一緒にゲームをする時間を大切にしています。幼稚園児の甥っ子もハマっているので、共通の話題で盛り上がれるのが嬉しいですね。自分好みの地形やアイテムを選んで島を作っていくことはとても楽しいですね。甥っ子を島に招待して一緒に虫をとったりしています(笑)。子ども達が大きくなるにつれてできることが増えていくので、ゲームを通じて成長の早さをしみじみと感じています。

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