INTERVIEW

研究者インタビュー

2022.09.26 
研究者インタビュー 
Vol.34

コンピューターサイエンスを活用しサルコペニアの予防法開発に意欲

第2期プロモーター教員

1947年から1949年までの間に出生した団塊の世代が75歳になり、高齢者の数が爆発的に増える「2025年問題」を抱える日本。加齢性筋萎縮(サルコペニア)の予防、治療の研究を行なっている松崎京子先生に加齢に伴う筋肉量減少の予防や産学連携での研究内容についてお話をお聞きしました。

プロフィール
医歯学総合研究科
病態代謝解析学分野
助教
松崎京子先生

研究について

先生はどのような研究をされていますか。

松崎:
私は大学院まで細胞生物学を学び、細胞のストレス応答に関する研究をしてきました。東京医科歯科大学では、私が学んでいた細胞生物学の研究が活きること、実際に病気の予防や治療など応用的な側面にも力を入れている現在の研究室に魅力を感じて今の道を選びました。せっかくなら挑戦できることをしたいと、加齢により全身の筋肉量や筋力が自然低下し、身体能力が低下する加齢性筋萎縮(サルコペニア)の予防、治療を目指した基礎的研究を行っています。日本は1970年代から高齢化社会に突入し、2021年時点での65歳以上の人口は3621万人。日本の総人口の約3割が65歳以上で占めており、2065年には約4割になる見込みです。
かつては歳をとったら腰が曲がったり白髪やシワが増えることは自然発生的、生理的現象と捉えられていました。しかし、日本人の多くが長寿を享受できるようになった反面、長くなった高齢期間に1度でも大病して手術した後に自宅へ戻ると自分の足で歩けなくなる方も多くいます。2016年10月、国際疾病分類に「サルコペニア」が登録され、独立した疾患として正式に認められました。このタイミングで医療界の認識が変わり、サルコペニアは積極的に予防や治療をしていくべきという雰囲気になりました。運良く私が研究を始めた時期と重なったんですね。疾患として認められた「サルコペニア」ですが、原因や改善策など現在も未知な部分が多い疾病です。「サルコペニア」を効果的に予防する運動、リハビリや筋肉が衰えた時に機能を回復する治療、薬に新しい知見を加えられたらと考えて研究に取り組んでいます。

細胞生物学と筋肉が衰えるサルコペニアはどのような関係性がありますか。

松崎:
サルコペニアは、骨と骨をつなぎ身体を動かすための筋肉である骨格筋の組織幹細胞が老化することで物質的に変化することが発症原因の1つとされています。その骨格筋幹細胞に着目し、実際に老化モデルマウスを使って細胞自体をターゲットにして老化に伴ってどういう変化が起きているのかを解析しています。

老化に伴って細胞はどのように変化しますか。

松崎:
並外れた筋再構築能を持つ骨格筋幹細胞は細胞分裂する時に1つの細胞から2つのコピーができるんです。1つは幹細胞性を維持した細胞になりますが、もう一方はチューブ状の筋線維を作り出す筋細胞へと分化していきます。これまでの研究結果から、老化に伴い骨格筋幹細胞の分裂が正常に行われなくなるため、幹細胞の数がどんどん減ってきてしまうことがわかってきました。40歳を過ぎると危険信号が灯り、幹細胞の数は減っていきサルコペニアの発症率が上昇します。

病院やクリニックでサルコペニアと診断されるケースは珍しいと思います。明確な線引きはありますか。

松崎:
サルコペニア診療ガイドラインが制定され、診断用のフローチャートもあります。筋肉の力、機能、量という3つの指標があり、MRIで骨格筋量の密度、握力や歩行速度などで診断をします。握力の診断は自宅でも簡単にできるのでオススメです。男性で28kg、女性で18kg以下だとサルコペニアの疑いが強いのでぜひお試し下さい。定期的に行われる健康診断のように普及しておらず、特化した施設や治療院でないと検査できない状況ですね。

サルコペニア研究は、ヒトで解析をしないと最終的な目標はクリアできません。私は医学部の研究室に所属していますが臨床の研究室ではないので実験はマウスどまりになってしまいます。老化の研究に適したモデルマウスを作って筋肉を解析して、ヒトでも恐らく同様の現象が起きるだろうと調べることは可能ですが、本当に同じ現象が起きるかと言われると結果が変わる可能性もあります。現場で治療にあたる医師や健康に関わる企業との協力が必要になってくるので、研究のハードルは高いです。近年ではヒト疾患モデルの実験動物としてサルの一種にあたるマーモセットなども候補にあがりますが、簡単に手を出せないのが現状です。

サルコペニア研究の醍醐味はどのようなところですか。

松崎:
細胞レベルでしっかりと変化が分かるので面白いです。顕微鏡などを使ってアナログな方法で細胞の数や形態を調べるのですが、マウスの筋肉から幹細胞を取り出し、数を数えたり変化を見つけることは楽しいですね。

産学連携について

産学連携で関わった研究はありますか。

松崎:
教授のグループに誘われて産学連携の研究に参加したことがあります。筋萎縮の治療や予防のため細胞の分化を促進する薬剤開発を目指して、薬剤スクリーニングの現場を担当しました。製薬会社の担当者や研究者の方々と一緒に共同研究させていただいて、スクリーニングで取れた化合物が細胞内でどういった働きをするか、どのようなタイプの薬として実用化するのが最適か、などの検討を行いましたが最終製品まで落とし込むことはできませんでした。化合物がどのタンパク質に作用しているのか決めきれず、結果が残せず悔しい思いをしました。
現在私たちの研究は細胞を増やす方向に働く化合物の特定に力を注いでいますが、細胞増殖の誘導は一歩間違えると癌を誘発する経路に効いてしまう可能性もあり、諸刃の刃にならないよう慎重に研究を進めています。候補化合物の作用機序を理解することがまず大切で、その上で実用化を目指し頑張っています。

創薬に向けた研究で、化合物はどのように検査をするんでしょうか。

松崎:
大きなライブラリーを使用してスクリーニングを行う場合には、機械化して検査することが主流だと思います。一方、私たちがこれまで頻繁に使用してきた化合物ライブラリーは、数が限られた小さなものだったので、手動で行う昔ながらの古典的な方法を採用しました。サンプルにそれぞれの化合物を入れて変化を見て定量化するやり方ですね。精度の問題もありますが、一度で当たりを見つけることはとても難しい。偽陰性、偽陽性を極力減らしたいので、機械化しながら検証回数を増やすことも大切ですね。
当時携わった産学連携は一緒に共同研究する企業が決まっていた状態で参加しました。聞いた話ですが、相手企業にプレゼンをしてマッチングするまでが大変だったそうです。時間もかかり、お互いのメリットを整理するまで動き出せないので簡単ではなかったと聞いています。私は直接アカデミアの世界に入ったので、企業の研究がどういう風に進んでいるのか肌で理解することができてカルチャーショックもありつつ大変勉強になりました。

産学連携のパートナー像はございますか。

松崎:
リハビリ関係や施設ですね。治療も大切ですが予防が上手くいけば治療は必要なくなります。ですから、高齢者がサルコペニア予防に有効な適切な運動量を確保できる仕組み作りが必要だと思っています。また、そのためのデバイスの選択もとても重要なので、例えば高齢者でも使いやすいスマホやアプリの開発、ITリテラシーの高い高齢者の育成にサポート頂ける方々と協力していきたいですね。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員になった理由を教えて下さい。

松崎:
2022年3月に定年退職された畑裕先生から声をかけて頂いたことがきっかけです。2年ほど前に日本医療研究開発機構(AMED)が開催したInterstellar Initiativeと呼ばれる医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業に参加しました。他国の研究者とチームを組んで1つのテーマを決めて国際共同研究を行い、イノベーションの種を見つけるプロジェクトでした。例年では1年間に2回、アメリカのニューヨークでチームメンバーと顔を合わせてセミナーやディベートをするのですが、残念ながら新型コロナウイルスの影響で実際に顔を合わせてやることはなくZoomでの開催となりました。コンピューターサイエンス、リハビリを専門にされている臨床の先生と私の3人でチームを組みました。普段の研究環境とは全く違うので、ディスカッションの内容も多岐にわたってすごく面白かったです。この経験を通じて企業や学内・学外の研究者と会って話をする重要性に気づいたので、イノベーションプロモーター教員は魅力的に感じました。
コンピューターサイエンスの先生がゲームでできる簡単なエクササイズを開発していて、サルコペニアだけではなく理学療法の分野にも応用できるアイディアを頂きました。具体的にはモニターを使って指を動かしたり、関節を動かすゲームですね。点数化されると参加者もモチベーションがアップするので、高齢者でも取り組みやすいのではないでしょうか。高齢者の中には自宅療養されている方も一定数いるので、自宅でも必要な運動量を確保できる仕組みが整えば良いなと思いました。本人は言われた通りに運動しているつもりでも膝の曲がり方が緩やかだったりと運動量にギャップが出るので気をつけなければいけませんね。運動量も定量的に見える化できるようにしていきたいです。
海外の研究機関とのやり取りのサポートや新しい技術を知るためにも国内外の研究室を紹介してもらうなど、オープンイノベーション機構の皆さんに色々お力添えしてもらえたら嬉しいですね。

最後に

先生の趣味を教えて下さい。

松崎:
趣味は旅行です。最近はコロナの影響でなかなか行けておらず悲しいです。私はスイミングが好きなので、海のある場所に引き寄せられます。ダイビングやシュノーケリングも外せないので、旅のアクティビティとして必ず入れています。一番思い出に残っているのは石垣島ですね。泳ぐのも良し、海の生物を見るのも良しなのでコロナが収まったら長い休みに行きたいです。最近の休みは、子どもが熱中しているサッカーの試合の応援に行くことが多いですね。炎天下が続く中での練習や合宿は心配なこともありますが、「行ってきます!」と元気に練習場へ向かう後ろ姿を温かく見守っています。

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