INTERVIEW

研究者インタビュー

2022.09.19 
研究者インタビュー 
Vol.32

ヒトiPS細胞から褐色脂肪細胞の作製に成功 病的な肥満の治療を目指して

第2期プロモーター教員

再生医療の知見から脂肪を分解して燃焼させる作用を持つ「褐色脂肪細胞」の解明をしている西尾美和子先生のインタビュー。褐色脂肪細胞の特徴や研究の面白さ、健康食品メーカーと実施している産学連携の醍醐味についてお話をお聞きしました。

プロフィール
大学院医歯学総合研究科
先端血液検査学分野
准教授
西尾美和子先生

研究について

現在の研究に取り組んだ経緯を教えて下さい。

西尾:
2019年から東京医科歯科大学に在籍し、先端血液検査学分野の准教授として研究をしています。本学で博士号を取得した後は、国立国際医療研究センター研究所の疾患制御研究部で研究者としてのキャリアをスタートし、再生医療の研究室でヒト胚性幹(ES)細胞およびヒト人工多能性幹(iPS)細胞を分化誘導するプロジェクトに加わりました。再生医療では幹細胞を投与することで傷ついた部分を修復したり、機能を改善したりする研究が進められています。ES細胞もiPS細胞も身体のほぼ全ての臓器に変化できる組織細胞の供給源として注目を集めています。

私たちの研究グループは、骨髄の中に分裂によって同じ細胞を作り出せる能力を持つ自己複製能を持つ体性幹細胞(組織幹細胞)である「造血幹細胞」を作る過程で、赤血球の周囲にキラキラと光る脂肪滴のようなモノを発見しました。顕微鏡で調べてみたところ「これは何かおかしい」と、遺伝子やタンパク質レベルで詳しく解析してみると「褐色脂肪細胞」の機能を持つことが判明し、今の研究につながっています。

褐色脂肪細胞について、詳しく教えて下さい。

西尾:
「脂肪細胞」は白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の2種類があります。白色脂肪細胞は体内の脂肪のほとんどを占める細胞で、中性脂肪や糖などを取り込んでエネルギーとして蓄えます。白色脂肪細胞が蓄積され肥大化すると善玉物質の分泌・生成が減り、悪玉物質に変化して血圧を上昇させたりインスリンの効きが悪くなり血糖値が上昇する原因になります。反対に善玉の脂肪細胞と言われているのが私たちの注目している「褐色脂肪細胞」です。 褐色脂肪細胞は脂肪を燃やしてエネルギーを消費する痩せの方向に働きます。

産まれたての赤ちゃんは褐色脂肪細胞がかなり多く、一定の体温を保つため身体を守っています。20歳の男性では新生児の半分ほどに減少、活性も落ちており、中年肥満の原因とも言われています。私を含め、誰しも若くキレイでいたいもの。褐色脂肪細胞の研究は、病的肥満の予防に留まらず、とても重要だと思っています。

褐色脂肪細胞は人間の成長とともに減ってしまう細胞なのでしょうか。

西尾:
大人になるにつれて数が減っているのか、活性が低下しているのかはまだ解明されていないのです。ヒトの褐色脂肪細胞を測定するツールが現時点ではまだありません。北海道大学の斉藤昌之先生などが画像診断のPET-CT(陽電子放出断層撮影-コンピュータ断層撮影)で成人にも褐色脂肪細胞が存在することを発見したり、生体のエネルギー源であるグルコース(ブドウ糖)の関係性について研究発表をまとめておられますが、ヒトの身体に褐色脂肪細胞がどのくらいあるのかは正確には未だ明らかになっていません。私たちの研究室では、ヒトのES細胞、iPS細胞から褐色脂肪細胞を作る技術開発を行っています。今後は褐色脂肪細胞を用いて脂肪細胞を定量化、測定できるツールを作りたいですね。

褐色脂肪細胞は体内のどこに存在するのですか。

西尾:
褐色脂肪細胞は肩甲骨や腎臓の周囲に存在していると考えられています。テレビ番組でも代謝に関係する部位として、肩甲骨に冷たいシャワーをあてると血行が促進されダイエットにも効果があると放送されたこともあります。

先日、食事が終わった息子の身体を観察してみると、摂取したカプサイシンやカテキンで活性化された影響なのか褐色脂肪細胞があると思われる部位に汗がびっしょり。あまりに興味深くて後ろ姿の写真を何枚も撮ってしまいました(笑)。

先生が研究を進める中で、困っていることはありますか。

西尾:
一緒に研究をしてくれる学生さんや研究費の確保ですね。 3年前に本学に着任してからは、聖マリアンナ医科大学に異動なさった新井文子先生と一緒に共同研究を進めています。 希少で治療の難しい疾患である「慢性活動性EBウイルス病」の発症メカニズムの解明と治療法を確立する研究を引き受けて頑張っている最中ですが、ようやく体制が整い軌道にのってきました。これからは、褐色脂肪細胞の研究をもっと発展させるつもりです。

褐色脂肪細胞の研究はどのように進めていますか。

西尾:
前職でお世話になった国立国際医療研究センターの佐伯久美子先生に私たちの研究メンバーとして活動して頂いています。頻繁に情報交換しながらご教授頂いています。アカデミアでは日本肥満学会、日本糖尿病学会、日本再生医療学会の先生方と交流を深めています。本学に来る直前に文京学院大学で血液や尿、心電図や脳波などを測定する臨床検査技師の育成に力を注いでいました。また出産や育休期間もあり、ようやく褐色脂肪細胞の研究に打ち込む時間と体制が整いました。国立国際医療研究センター研究所に勤務していた時の研究者仲間のつながりも活かしながら研究を進めています。

産学連携について

産学連携のご経験はありますか。

西尾:
健康食品メーカーにお声がけをもらって共同研究をしています。私が発表した論文などを読んで興味を持ってもらえたようです。健康食品のどういった成分が褐色脂肪細胞を活性化するのかスクリーニングをしています。モデルケースが少ないので、実験を繰り返しながら情報を集めています。

健康食品や栄養機能食品など幅広い商品を展開しているメーカーから提供される成分は想像したことがないものばかりです。どんな結果になるのかいつもワクワクしながら条件に合うものを選び出しています。研究の成果物が多くの消費者に利用してもらえたり、市場に直結する感覚がとても心地よいです。私は研究のための研究はしたくありません。困っている患者さんに貢献したり、消費者のための共同研究にしていきたいですね。形になる研究だからこそ、一緒に研究を進めてくれる学生のモチベーションも高いと思います。

企業から細胞を提供頂いているんですね。

西尾:
共同研究先企業は遺伝子検査で体質別にダイエットを行う検査キットを販売しています。一人ひとりの体質に合わせた食事・運動・サプリメントが提供できる時代になったのです。提供の同意を頂いた方から細胞を集めて、実験を進めています。「痩せる」といったワードには、科学的なエビデンスが必要な世の中になりました。だからこそ、私達の研究が必要とされるのですね。

企業とのコラボレーションには、どのようなものを期待しますか。

西尾:
物質を構成する原子・分子をイオン化して超高感度な測定を行う質量分析の技術がある企業に知識や経験を共有してもらい、一緒に研究していきたいです。

また、褐色脂肪細胞はエネルギーを生み出すミトコンドリアを多く含んでいることが分かっています。肥満解消だけでなく、生活習慣病の改善や難病治療に活かせる可能性も秘めているので、製薬会社、検査機関と手を組んで新しい治療法の開発にもチャレンジしてみたいです。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員になったきっかけを教えて下さい。

西尾:
学科長からお声がけ頂きました。イノベーションプロモーター教員として大活躍している先生の姿を見て羨ましいなと思っていたので、お話をもらった時は嬉しかったです。研究に没頭すると内部で仕事が完結してしまって、外に発信する機会は自分で作らなければいけません。企業の担当者やアカデミアの先生など多様な関係性を築きたいですね。今の目標は、私達の研究を知ってもらうこと。褐色脂肪細胞を評価するツールの魅力を訴えていきたいです。iPS細胞から作った褐色脂肪細胞の抗体までは完成したので、抗原の探索や検出ができる仕組みを築き上げたいですね。

オープンイノベーション機構には、どういった役割を期待しますか。

西尾:
研究ばかりに目がいってしまうので、特許のことや企業との間を取り持つサポートをしてもらえると助かりますね。スタッフの皆様もたくさんの企業、研究者とコミュニケーションをしているはずなので、イノベーションプロモーター教員との定期的なディスカッションの機会を設けて先人の知恵を分け与えて欲しいです。

最後に

最後に先生のプライベートをお聞きします。最近の趣味を教えて下さい。

西尾:
身体を動かすのが好きで、学生時代はボート部に所属して毎日ボートを漕いでいました。フルマラソンにも何度か挑戦しています。

最近は7歳、4歳の子どもと一緒に遊ぶことがリフレッシュの時間です。 昆虫の飼育にハマっていて、家にカブトムシやクワガタが20匹もいます。子どもと夏休みの自由研究を一緒に考える時間は楽しいですが、研究者だからこそきちんと研究結果を出さないといけないプレッシャーもありますね(笑)。新型コロナウイルスの影響でママ友とのお茶会もできなくなり、保育園や学童のお迎えも短時間でと言われているので、井戸端会議もなくなってしまいました。気軽におしゃべりができる日常が早く戻ってきて欲しいですね。

子ども達と飼育しているカブトムシ

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