CASE

プロモーター教員インタビュー

2021.09.16 
プロモーター教員インタビュー 
Vol.29

ゲノム解析の新手法を開発 遺伝性の希少疾患解明に希望

複雑な構造で検出が難しいDNAの塩基配列解析に新手法を確立した三橋里美先生のインタビュー。ゲノム研究の魅力や、イノベーションプロモーター教員としての目標についてお話をうかがいました。

プロフィール
難治疾患研究所
ゲノム機能多様性分野
准教授
三橋里美先生

研究について

先生のご経歴と研究内容を教えて下さい。

三橋:
東京医科歯科大学の難治疾患研究所ゲノム機能多様性分野に2020年4月から在籍しています。人のゲノム配列を解析することで希少な難治性疾患の原因やメカニズムを明らかにしたり、有効な治療法の確立を探求しています。私は10年以上前に大学を卒業した後、神経内科の医師として病院に勤務していました。運動機能に関係する神経細胞に障害が出て筋肉がやせ細る筋萎縮性側索硬化症(ALS)や、脳の運動を調節する神経細胞の異常のために身体の動きに障害があらわれるパーキンソン病、筋肉のタンパク質が正常に作られなくなり少しずつ筋肉が弱っていく筋ジストロフィーなどの神経難病の患者さんを治療する病院で勤務する機会がありました。神経難病の中には原因不明の疾患も多く、今後病状がどうなるのかわからず不安な日々を過ごす患者さんの姿を横目に、病気に診断がつけられない悔しい現実がありました。その様子があまりにも強烈だったため、病気発症の分子メカニズムを解明したいと思い研究をスタートしました。

 全世界に数人とか、日本で10万人に1人しかいないような希少疾患を治療することは大変ですが、その多くはゲノムDNAの中に生じた変異によって発症することが知られています。DNAはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の塩基を持つヌクレオチドが、鎖状につながった分子構造をしています。その塩基配列を解析し、健常者とは違う部分を探していきます。遺伝子は全てのタンパク質の設計図となっていて、正常に働くべき遺伝子がどのように変化しているのか突き止めることができれば病気の原因が判明します。ゲノムを読むことはスタート地点なんですね。約30億対あるヒトゲノムの塩基対の解析は、2000年代中頃からショートリード次世代シーケンサーと呼ばれる網羅的な遺伝子発現解析法が使われるようになりました。この次世代シーケンサーはゲノムの配列を短く切って数百程度の長さにして解析をします。しかし、ゲノムの半分は繰り返しの配列でよく似ているため、解析が難しいことがあります。このような場所を解析するにはなるべく長く一続きで読むことが効果的です。2015年頃からゲノムを1万塩基以上の長い配列で調べられるロングリード・シーケンサーと呼ばれるシーケンサーが出始めました。当初は技術的に満足できるものではありませんでしたが、ここ数年で進歩し、今は私の研究でも活用しています。このロングリード・シーケンサーには、小型でどこにでも持ち運びが可能な機種があり、海外の病院では癌の手術でサンプリングして数時間以内にDNA検査結果を出すという研究も行われているそうです。感染症の分野では、エボラウイルスによるエボラ出血熱がアフリカで流行した時に現地に持参して検査したり、最近では新型コロナウイルスの検出にも使われています。

ゲノムの研究で面白いところを教えて下さい。

三橋:
ショートリード次世代シーケンサーで希少疾患の解明を行ってきましたが、原因が明らかになるのは3〜5割ほどで半分以上は未だに分からない状態です。今まで主流だった150塩基程度の配列を一度に読むショートリード次世代シーケンサーに加えて、ロングリード・シーケンサーが実用化されたことによって​​、繰り返し配列などの解析が難しかった領域の解析が可能となり、診断名のついていない疾病の解明が期待されています。解析方法などの発展、進歩に伴い、希少疾患のメカニズムが少しずつ明らかになっていくことにとても面白みを感じますし、最終的には新しい治療法の発見に貢献したいと思っています。

ゲノム配列の解析は、世の中も注目していますがいかがでしょうか。

三橋:
嬉しいことではありますが、塩基配列を調べる方法が高コストという問題があるため、沢山の患者さんの検査を行うのは難しいことがあります。倫理面での問題もあります。しかし、個人間の遺伝情報のわずかな違いを見つけることで病気の原因が判明したり、人それぞれの病気のなりやすさを示す指標にもなるので、シーケンサーは良い検査方法だと考えています。また私達は、ロングリードシークエンサーで解析することによって、原因不明だった認知症の原因をつきとめて、論文発表した実績もあります。さまざまな研究が発表されることによって、より注目度も上がっていくでしょうね。

昔は1度のシーケンサーを使っただけで膨大な時間と費用がかかったと聞きました。

三橋:
現在、日本でも1回のシーケンサーに20万円以上かかります。検査にかかるコストを抑えることにハードルがあり、希少疾患の場合、患者数が少ないため一度に大量の検査ができないので仕方ないのかもしれません。しかし、シーケンサーの解析方法は複数あり、ゲノムの遺伝情報がコードされているエクソン領域のみを濃縮して解析するエクソーム解析の他に、標的領域のみをシーケンスするパネル解析があります。病気によって最適な方法を選ぶことがコストを抑える上でも効果的だと思います。いずれにしても、シーケンスのコストは下がってきていますし、技術の進歩は素晴らしいと思います。

研究で苦労したのはどのようなことですか。

三橋:
新しい技術が誕生しても、すぐに最適な解析方法と結びついて普及する訳ではありません。ロングリード・シーケンサーが出始めた頃も解析方法を試行錯誤しながら作り上げていく状況でした。 共同研究で別の研究所にいる配列解析の専門家と一緒にツールを開発しましたが、バックグラウンドが違うとお互いのルールや常識にズレがあるので、目指しているゴールを明確にするなど、コミュニケーションをしっかり取る必要がありました。最終的には20ほどのパターンでツールを作りましたが、1回ずつテストをし直す必要があったので大変ではありました。トータルで1年ほど時間がかかりましたね。

産学連携について

企業との産学連携の研究はありましたか。

三橋:
実際に連携して共同研究するまでには至りませんでした。検査会社の担当者と筋ジストロフィーの診断用パネルを実用化するためなど、連絡を取り合ったことはありましたが、私がアメリカの大学に留学をするタイミングと重なってしまい、それっきりとなってしまいました。

他の研究者と一緒に研究したり、企業の方と議論をしてみて良かったことはありますか。

三橋:
考え方の違いを知ることができたのは勉強になりました。研究をしていると自分の研究テーマが全てになりがちですが、世の中にはもっと色んな研究テーマがあります。希少疾患は発症する人数も限られていて、プロジェクトを立ち上げても収益が見込みづらいために、ゴールまで結びつけるのが難しいことも分かりました。しかし、私のような研究者でも患者さんに結果をお返しできる研究ができるかもしれないと分かったのは貴重な経験でした。研究止まりだと困っている患者さんはいつまでたっても助けられません。こちらから積極的に働きかけていく必要がありますね。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員になった理由を教えて下さい。

三橋:
研究室の高地雄太​教授から声をかけて頂きました。​自らからという訳ではありませんが、なって良かったです。世の中の人に研究成果を活用してもらうためには自分1人の力では限界があります。企業の方に協力してもらった方が影響力は大きくなるので、まずは製薬会社やシーケンサーの受託会社の担当者と交流や情報交換から始めたいですね。

目標はありますか。

三橋:
立ち上げたシステムや検査方法を臨床現場に届けることがゴールです。具体的には、小型のロングリード・シーケンサーが病院や研究室でもっと一般的に使われることができるのではないかと考えています。新しい診断方法を構築することで、希少疾患の解明につながれば嬉しいですね。

新型コロナウイルスの影響でPCR検査が広まりました。新しい検査手法を広めるためにどのようなターニングポイントが必要だとお考えですか。

三橋:
シーケンサーの技術自体の発展も大事ですが、疾患によっては迅速な検査が必要なものがあり、全てのプロセスを通して実際にかかる検査時間が短くなることも大切なポイントではないかと思います。昔、肺の感染症検査を5分、15分、30分、4時間とシーケンス時間を分けてやったことがあるのですが、5分でも病原体を同定できるだけの成果が得られました。トータルで2時間以内に解析まで終わったので及第点と思いました。将来は病院の外来や小規模の病院にある検査室レベルでも使えるようにしていきたいですね。

研究のパートナー像に理想はありますか。

三橋:
シーケンサーの開発会社や受託会社の他に、さまざまな検査手法やノウハウを蓄積している検査会社や製薬会社、ソフトウェア開発の企業ですね。DNAを抽出した後は検査が必要なので、解析方法や検査方法などのアイディアを交換できる企業と連携を深めたいです。

アカデミアのパートナー像はありますか。

三橋:
ソフトウェア開発の専門家の方に協力を仰ぎたいです。抽出したデータを医者が解釈し易いようにアドバイスを頂きたいですね。難病の治療薬の開発には時間がかかるかもしれませんが、治療方針を見定める解析方法の発見を目標に頑張っていきます。

オープンイノベーション機構に期待していることはありますか。

三橋:
私が東京医科歯科大学に着任してすぐに新型コロナウイルスが流行したため、他の研究室にいる先生と直接的な交流機会がほとんど無くて残念です。ゲノム解析室の谷本幸介先生はシーケンサーのプロですし、リサーチコアセンターの淺原弘嗣先生はロングリードの研究に詳しいとお聞きしています。産学連携も視野に入れつつ、学内の連携を深める際にオープンイノベーション機構の皆様にお力を拝借したいと思っています。

最後に

最後に先生の趣味を教えて下さい。

三橋:
新型コロナウイルスの感染拡大で外出を自粛するようになったことと、データ解析のためにデスクワークの時間が長くなったことで運動不足になってしまいました。なので、今は犬の散歩が趣味です。ミニチュアシュナウザーを飼っています。人の気持ちを汲み取ることに長けた愛犬で、散歩していて私が静かな所に行きたいと思ったら、自然溢れる場所に連れて行ってくれます。親バカかもしれませんが、人の気持ちが良く分かる子どもみたいな存在です(笑)。究極の癒しですね。少しでも晴れ間があれば一緒に出かけるようにしています。

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