INTERVIEW

研究者インタビュー

2022.08.22 
研究者インタビュー 
Vol.30

メゾ解剖学で骨盤底トレーニングに新たなメソッドを注入

第2期プロモーター教員

メゾ解剖学の見地から臓器を支えている骨盤底の研究に取り組む室生暁先生のインタビュー。解剖学の重要性や近年流行している「骨盤底筋トレーニング」について見解をお聞きしました。

プロフィール
医歯学総合研究科
臨床解剖学分野
助教
室生暁先生

研究について

先生の研究内容を教えて下さい。

室生:
研究領域は人体の解剖学です。解剖と聞いて実際に何を研究、調査しているのか知らない方も多いと思います。一般的に人体解剖は、法医解剖、病理解剖、系統解剖(正常解剖)の3つに大きく分けられます。法医解剖は死因究明のための解剖で、犯罪に関与した死体について裁判のために行われる司法解剖、事件性がない遺体の死因究明を目的とした行政解剖の2つに大別されます。刑事ドラマなどで扱われている解剖シーンはこの法医解剖に当たります。
一方、病理解剖は死因をはじめ病変の本態、種類、程度や治療の効果および影響などを解明するために行われます。
3つ目に挙げた系統解剖が私の研究テーマで、人体構造に関する知識を修得することが目的です。正常な人体の構造を明らかにしていく系統解剖はとても地味なので、法医解剖のようにドラマになりづらいでしょうね。私は系統解剖でも組織学的な構造の3次元的な広がりを探る「メゾ解剖学」をメインに研究に取り組んでいます。

「メゾ解剖学」とはどのような研究ですか。

室生:
「メゾ」はイタリア語で「半分」や「中間」の意味を持ちます。経済学でもマクロ、ミクロという言葉がありますが、私たちの研究は肉眼的に人体の構造を捉えるマクロ解剖学と内視鏡や顕微鏡で細胞を調べるミクロ解剖学的な研究方法のちょうど中間に着目しています。東京医科歯科大学では、私が所属している臨床解剖学分野の秋田恵一教授がマクロ解剖、細胞生物学分野の中田隆夫教授がミクロ解剖を専門に研究されています。
近年、予防医学や救急医療の発展などにより致死性の高い脳血管疾患で命を落とす方の割合が減り、機能温存を考慮した癌治療の重要性が相対的に高まってきています。手術技術は日々進歩し、内視鏡手術やロボット支援手術が目覚ましい発展を続けています。さらに、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)と呼ばれる生活の質を落とす病気や機能障害の予防・治療の重要性も高まってきています。メゾ解剖学は、まさに新時代の手術技術やQOLの部分に貢献できる分野だと考えています。

「メゾ解剖学」で人体の骨盤底の構造を調べているとお聞きしました。

室生:
「骨盤底」は直立2足歩行動物であるヒトに特徴的な構造です。骨盤底は子宮、膀胱、直腸などの臓器を支える役割を持つ他に、排尿、排便や分娩に深く関わりがあります。機能障害が起こったからといって死に至るわけではありませんが、生活の質がかなり落ちてしまいます。骨盤底は筋膜などさまざまな結合組織でバランスをとっており、中間的な視座で構造を理解すると今まで解明されていなかった人体の機能が見えてきます。解剖学の教科書では、骨盤底にわずかに接していると説明されている筋膜が、面としてべったりくっついていることが判明したこともありました。見方を変えるだけで新しい発見があるので、とても興味深いですね。

本学では臨床実習に入る前にプロジェクトセメスターという最長6か月間の研究実習を行うカリキュラム制度があり、そこで臨床解剖学分野の研究室にお世話になったことが始まりでした。先生はとても研究熱心でしたし、人体を平面的・立体的に可視化、言語化する過程にやりがいを感じました。外科手術は切開や視野など手順がある程度標準化されていますが、「解剖」は方法が無限大です。シンプルなマクロ解剖学的な手法もアイデア次第で様々な解剖プロセスと観察視野が可能ですし、さらに組織学的解析やマイクロCT、三次元立体構築などの手法を組み合わせると、人体の構造を「観る」可能性が無限に広がります。この自由さに惹かれました。

骨盤底を研究して面白いことはどんなところですか。

室生:
骨盤底は単一の構造物ではないため、多様な診療科の病気に関わることで知見が広がる魅力的な研究だと思います。消化器官、膀胱、前立腺、尿道、子宮などの機能に関わるため、外科や産婦人科、泌尿器科など幅広い診療科とお付き合いがあります。骨盤底の筋肉群はインナーマッスルと呼ばれる身体の深層部に存在する筋肉の1つなので、スポーツ選手のパフォーマンス向上にも寄与することができます。

なるほど。では、研究で困ったことはありましたか。

室生:
研究では3Dスキャナーを扱うのですが、素人なものでデータ処理などに苦戦しています(笑)。3次元CAD・3Dモデリングソフトの知識が豊富な方や専門家にパッと聞けるような協力体制が作れたら嬉しいですね。医療の分野でもアルゴリズムや統計など情報科学理論を活用してデータを分析する重要性が増しています。研究室にデータサイエンティストが必須の時代ですね。

産学連携について

研究に取り組む中で産学連携の経験はありますか。

室生:
秋田教授が助野株式会社と産学連携で靴下を作っていました。ふくらはぎの筋肉を押し上げることで、血液が上に押し出され循環をスムーズにする着圧ハイソックス「らく圧」の開発の様子を横から聞いていました。私自身は産学連携の経験はありませんが、服やウェアラブルデバイスなど、身体に身につける物の開発を解剖学的な知見を取り入れてやってみたいですね。健康的で生活の質を向上させる商品開発に貢献できると思います。

近年は骨盤に重きを置いたエクササイズも人気ですね。先生のご研究とも関連付けられそうです。

室生:
最近では正しい姿勢を意識したり、骨盤の動きに安定感をもたらす専門家監修の着圧レギンスなどの商品も見かけますね。我々は理学療法士やトレーナーではないので、ユーザー一人ひとりに直接情報をお届けできない歯痒さがあります。トレーニング方法や日常生活で気をつけるポイントを整形外科医、セラピストやトレーナーなど専門家の方々に情報提供するなどコラボレーションの方法を考えていきたいです。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員としてどんな役割を担っていきたいですか。

室生:
解剖学、そして骨盤底の認知度を上げるためにもっとアピールしたいですね。「解剖についてまだ研究することがあるんですか」と冗談混じりに臨床の先生方に言われることもしばしばですが、ひとたび一緒に研究してみると「この研究室は宝の山だ」と喜んでもらえるんです。学内、学外の先生との交流を広げて世間に知ってもらう活動が大切ですね。

手術の最前線に立つ外科医の皆さんのお役に立つことがたくさんあると考えています。内視鏡手術やロボット支援手術など技術の進歩により、先生たちが今まで気付かなかったものが見えるようになってきた。「この構造ってなんだろう」「こうすれば出血が少なくなるんじゃないかな」などの疑問に対して解剖学で得たデータを組み合わせれば、手術スキルの向上にも必ずつながると確信しています。

オープンイノベーション機構とは今後どのような関わりを期待しますか。

室生:
オープンイノベーション機構を通じてアカデミアの先生たちと接点を増やしていきたいですね。外科や放射線科の先生や理学療法士など、学内だけではなく他大学や市中病院で働かれている医療従事者の方々にリーチしたいです。先ほど、秋田教授が産学連携で靴下の開発に取り組んだとお話しましたが、人体の動きをサポートするようなロボットも有り得ますね。骨盤底の運動療法を専門的にやっている方もいますが、まだメジャーではありません。骨盤底のトレーニングが解剖学的な知見やエビデンスを取り入れる前にフィットネス業界で先に広まってしまったので、我流でやられているところもある印象です。

製品だけではなく、毎日の歩き方やストレッチをサポートするアプリも製作してみたいですね。現在、股関節の運動が骨盤底にポジティブな影響を与えるという論文を書いています。解剖学では骨盤の筋と下肢の筋は別々に紹介されており、それらの関連について体系化された情報がありません。「股関節周辺のリハビリを6週間したら排尿機能が改善した」という論文を見つけて関係性を調べ直しています。YouTubeなどでたくさんのトレーニング方法も紹介されている時代ですので、解剖学的なエビデンスを提供するのが私の役目だと考えています。

最後に

最後に、先生のご趣味についてお聞かせ下さい。

室生:
学生時代から音楽の演奏に力を入れていて、大学時代はジャズ研究会に所属して練習していました。子どもが生まれてからは楽器に触れていませんが、学内の先生たちも演奏が好きな方が多いと聞いているので一緒にセッションできたら嬉しいですね。

最近の趣味はもっぱらYouTubeです。2022年1月頃にYouTubeチャンネルを立ち上げて今では700人ほどの登録者がいます。医療系の学生がYouTube動画で解剖学をサクッと学べたら良いなと思って作ったことがきっかけです。解剖学の認知向上に少しでも貢献できたらと思いますし、コロナで家にいることが増えた今にぴったりの趣味です。研究室にいる学生に見せたら同級生に紹介してくれたりしました。顔も出さず、ハンドルネームでやっていますがもし人気YouTuberになれたら感動ですね。

室生先生のYouTubeチャンネル

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