INTERVIEW

研究者インタビュー

2021.07.30 
研究者インタビュー 
Vol.27

未開拓の細胞群に着目し頭蓋冠骨の形成メカニズム解明に貢献

第一期プロモーター教員

「病気の有無に関わらず全ての子ども達が必要とされる社会の実現」を信条に掲げ、先天性疾患の原因究明を行う武智正樹先生のインタビュー。頭蓋冠形成における新発見や産学連携で実現したいモダリティについて話をうかがいました。

プロフィール
医歯学総合研究科
顎顔面解剖学分野
講師
武智正樹先生

研究について

先生の研究内容についてお聞かせ下さい。

武智:
東京医科歯科大学の医歯学総合研究科にある顎顔面解剖学の研究室に所属し、頭や顔面などに先天的に発症する疾患に関する基礎研究を行っています。具体的には、下顎が小さくなり顔面が変形する小顎症、唇裂や口蓋裂(こうがいれつ)などの先天性形態異常の発症メカニズムについて、モデルマウスを使って調べています。歯学部付属病院に来院される方には虫歯や歯並びの他に生まれつき病気を抱えた患者さんがいらっしゃいます。そういった方々の予防や治療に貢献できる成果を出すため日々励んでいます。

先生が研究に頭蓋顎顔面(とうがいがくがんめん)の領域を選んだのはどのような理由だったのですか。

武智:
お母さんのお腹の中で胎児がどうやって大きくなっていくのか、いわゆる発生学の分野に学問として非常に興味がありました。また世の中には様々な生物が存在していますが、動物の発生を比較することでどのように進化してきたのかを紐解きたかったんですね。人間で言えば、受精卵たった1つの細胞から1人の人間が誕生するなんてとても凄いことですし、神秘的ですよね。先天性異常を学問的に明らかにすることも、私の興味や関心につながっています。

マウスにおいて、脳を守る半球状のヘルメットの形をした頭蓋冠(とうがいかん)を形成する最初の段階で新しい現象を発見したとお聞きしました。

武智:
2,000〜2,500出生に1人の割合で起こる頭蓋冠縫合早期癒合症(とうがいかんほうごうそうきゆごうしょう)という病気があります。数年前に、あるタレントのお子さんが手術を受けたことでニュースになっていたので病名を聞いたことがある方もいるかもしれません。
頭の骨はいくつかに分かれていて、脳の拡大と共に頭蓋骨の縫合部分が広がりながら成長していきます。ところが、通常よりも早く癒合する頭蓋冠縫合早期癒合症になってしまうと頭蓋冠が脳を圧迫してしまい、頭痛、視力低下、発達の遅れにつながる場合があるため、縫合線を切除したり、延長器を使って頭蓋の容積を拡大する手術が必要になります。私達の研究では、頭蓋冠が形成される部位に早くから存在する細胞群に着目しました。ある遺伝子組み換えマウスを用いて調べたところ、これらの細胞群は頭蓋冠形成初期に異なる応答能をもつ髄膜層と真皮層に分化することを発見しました。今後、研究が進めば頭蓋冠骨の形成メカニズムの解明に一歩前進するかもしれません。

研究について知って欲しいポイントなどあれば教えて下さい。

武智:
私が先天性疾患の研究を行う中で、思うことが2つあります。1つは少子化が進む日本で、生まれつき病気がある方が社会で貢献できる世の中になって欲しい。2つ目は、先天性疾患の研究についてもっと理解が広まることです。患者数の多い糖尿病や高血圧など生活習慣病に関する研究ももちろん大事なのですが、日本の未来を担う子ども達の病気を治療したり、予防するために必要なお金と人材を投資できる風潮が生まれればと願っています。

顔や口の先天性疾患で悩む患者さんは世界中にどれくらいいるのでしょうか。

武智:
先天性疾患の患者は病気単位で数えると数千人や数万人に1人などの確率ですが、様々な疾患の患者を全体数でみると相当な数になるはずです。私もそこまで詳しくないですが、人種によって頻度に違いがあるようです。例えば口唇裂(こうしんれつ)、口蓋裂といった病気はアジア系など黄色人種に多いと言われています。欧米人に発症しやすい疾患もあるようで、グローバルに研究を進めていく必要があります。

先天性疾患の治療についてどういうゴールを設定されていますか。

武智:
2段階あります。まず、なぜ疾患が起きるのか原因を理解することが大事です。患者さんや親御さんの中には、たとえ治療が難しくても、病気が発症した理由が分かるだけでも気持ち的にかなり楽になる方がいらっしゃると聞きます。
2段階目に予防、治療法の確立です。業界のマーケットとして規模が小さいため体制や仕組みが整っているわけではありませんが、これから産学連携が進んでより大きな市場になっていけば、治療薬の開発なども加速するだろうと期待をしています。

先天性疾患や希少疾患に対して新しいモダリティの実現を目指す動きもあるようですが、先生の分野ではどうでしょうか。

武智:
最近認知されつつある「葉酸」のサプリメントは、先天性疾患の発生リスクを軽減する可能性があるということで着目されています。生まれてくる赤ちゃんが無脳症や二分脊椎などの神経管閉鎖障害にならないように、葉酸を多く含む小松菜を普段よりも多く食べる妊婦さんもいるそうです。妊娠を計画した時点から葉酸を摂取したほうが良いとされていますが、あまり知られていないかもしれません。個人差があるのでかかりつけ医や産婦人科医に相談の上ではありますが、サプリメントを適切な時期に適切な量を摂取することで先天性疾患のリスクが下げられるのであれば、将来性があると思います。
先天性疾患は産科で妊娠を確認する時期前後にはすでに発症している場合も多く、検討を重ねた結果、出産を諦め中絶を選択するご夫婦がいるのも事実です。妊娠中に病状を軽減することは可能になるかもしれませんが、完治したり事前に予防することはかなり難しいのが現状です。

産学連携について

産学連携にどのようなイメージをお持ちですか。これまで関わった経験もあればお聞かせ下さい。

武智:
あいにく私はまだ産学連携のプロジェクトに参画した経験がありませんが、ちょっとしたビジョンを描いています。純粋に病気を治す薬品や製品を生み出して社会に貢献することが理想ですが、希少疾患の認知や研究に対して理解を深める活動に企業の方々に協力してもらうことも1つの手段だと考えています。医療機器、製薬会社やベビー用品会社など分野を問わず、社会貢献を検討されているところがあれば連携させて頂きたいですし、こちらからもどんどん働きかけていきたいですね。

産学連携を一緒にしたい企業のパートナー像はありますか。

武智:
予防や治療に効果的なサプリメントがあれば、どんどん実験をして効能を検証したいですね。協力してくれるメーカーや研究施設があれば嬉しいです。サプリメントは手軽に摂取できますし、産業のマーケットとしても規模が大きいので共同で研究ができたら面白いですね。
アカデミアでのパートナーとしては、疾患の患者さんを診察、治療している全国の病院です。小児科医、小児歯科医、矯正歯科医や口腔外科医の先生方にご協力頂いて診察した子ども達のデータを活用出来れば、研究もより飛躍するはずです。
自分の研究範囲外である臨床現場にいる先生などから得た知識が基礎研究として成立する場合もあるので、色んな所に顔を出して意見交換をしながらチャレンジしていくべきだと考えています。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員になった感想を教えて下さい。

武智:
他の先生方は産学連携の経験が豊富だと思いますが、私の研究は産学連携とは縁遠いので、企業の方と一緒に取り組むことに最初はピンとこなかったのが正直な感想です。メリットもデメリットもあると思いますが、それぞれの経験や知識を活かして活動してきたいですね。
先日、複数の企業が参加するZoom会議に出席したのですが、新しい情報を得られて視野が広がりました。利益を追求する企業とやりがいを求める研究者がお互い歩み寄って社会に役立つことが実現できれば良いですね。オープンイノベーション機構のキックオフミーティングで小児科の先生と「子どもの病気を治す取り組みにもっと投資してもらえる世の中にするためアクションを起こしていこう」と盛り上がりました。情熱を持った視座の高い人との交流をこれから増やして活動していきたいです。

最後に

最後に先生のご趣味を教えて下さい。

武智:
最近はキャンプに熱中しています。外でゆっくりとくつろぐ時間が楽しみで、コロナ禍ではありますが密にならないように下調べをして家族で出かけています。
湖でカヤックに乗ってみたり、普段できないアクティビティをするように心がけています。知り合いの知り合いがキャンプ仲間になったりして、交流の輪も広がっています。情報交換しながら新しい場所を開拓していますが、今年の夏は日本アルプスの山々に囲まれた長野のキャンプ場に行く予定です。東京で生活をしている子ども達が自然の中で体験することは初めて尽くしでいつも目をキラキラさせています。街灯のない山の中では夜は真っ暗になること、火を起こさないと料理ができないことなど、都会ではなかなか経験できない「当たり前」のことに気づいているようです。最近では便利なアイテムも沢山出てきていますが、火おこしにしても食事を作るにしてもなるべく簡単・便利なものは使わず、自然の中で自分の頭で考えて試行錯誤する経験をしてもらいたいですね。

キャンプでの様子

ありがとうございました。

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