INTERVIEW

研究者インタビュー

2021.03.04 
研究者インタビュー 
Vol.25

日本初の核酸医薬品開発に成功 産学連携で創薬モダリティの革新に挑む

第一期プロモーター教員

日常生活の動きに関わる脳神経や筋肉の研究と共に次世代の医薬品開発を進める永田哲也先生のインタビュー。日本初となる国産の核酸医薬品「ビルトラルセン(商品名ビルテプソ)」を共同研究で開発、国内販売を成功させた実績を持つ永田先生に産学連携について詳しくうかがいました。

プロフィール
医歯学総合研究科
脳神経病態学分野
プロジェクト准教授
永田哲也先生

研究について

先生の自己紹介をお願いします。

永田:
私は神経内科の専門医です。大学を卒業した後は岡山大学やアメリカのコロンビア大学に勤務し、国立精神・神経医療研究センターではデュシェンヌ型筋ジストロフィーに効果のある核酸医薬品の開発をしていました。筋ジストロフィーは難病に指定されており、タンパク質の遺伝子が変異することで手や足を動かすための筋肉の筋線維の壊死、再生を繰り返す遺伝性の筋疾患です。発症年齢、初発症状、進行の程度で色んなタイプに分かれますが、デュシェンヌ型が世界で一番患者数が多いと言われています。
「核酸」とはDNA(デオキシリボ核酸)やRNA(リボ核酸)といった遺伝情報を担う物質のことで、「核酸医薬品」はその物質を薬に応用したものです。2014年に東京医科歯科大学に来てからも引き続き神経や筋変性疾患を中心に研究を続けながら、核酸医薬品の研究開発にも関わっています。

現在所属している脳神経病態学分野について教えて下さい。

永田:
脳の神経や筋肉の疾患を扱う分野で、頭痛、めまい、喋りにくい、物が二重に見える、物忘れのような日常的に起きやすい症状から先ほどお伝えした筋ジストロフィーなどの筋疾患、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患を含む神経難病の治療や研究に取り組んでいます。

脳神経病態学分野では具体的にどんな研究をしていますか。

永田:
次世代の治療薬として期待されている核酸医薬品の研究ですね。リガンドを含んだキャリアー鎖を組み合わせて、1本鎖のアンチセンス核酸よりも狙った臓器に効果が見込める「DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸」を横田研究室では開発しました。実用化に向けて東京医科歯科大発のベンチャー企業「レナセラピューティクス」を立ち上げ、そこをとおして大手製薬企業にライセンスを許諾しています。そこの研究に携わっています。

脳神経内科から核酸医薬品にまで関わるようになった経緯を教えて下さい。

永田:
岡山大学で筋萎縮性側索硬化症(ALS)の研究の傍ら、核酸を使ってタンパク質の発現を制御する研究をやっていました。コロンビア大学でもALSに対してES細胞(胚性幹細胞)を用いて研究をしていました。当時、アメリカでALSに対して核酸医薬治療の有効性について研究をしている人から、学会でよく話を聞いていました。そこで核酸医薬品に関わることも多く、面白そうだと思い始めたのがきっかけです。

核酸医薬品の特徴や今後の展望について教えて下さい。

永田:
低分子医薬品や抗体医薬品など従来の医薬品では治療が困難だった遺伝性の病気の疾患修飾や病態の改善が期待できるところですね。神経疾患は問題の遺伝子が分かっていても、治療法がなかなか確立していません。私もES細胞由来の運動神経細胞を使って移植した経験があるのですが、うまく機能しませんでした。そうした反省点を活かして、直接遺伝子に介入する方法を選びました。

数多くの治療法の中で、核酸医薬品の良い点はどのようなものでしょうか。

永田:
遺伝子治療などでは病原性の可能性があるウイルスを使います。核酸医薬品はその必要が無いのが大きいですね。また、ひと昔前まで核酸医薬品も副作用の懸念がありましたが、研究が進みリスクが低減しています。最近では、脊髄性筋萎縮症という筋肉をコントロールする運動神経に影響を及ぼす病気の治療法でも核酸医薬品と遺伝子治療の両方が承認され使われていますが、最終的には効果はもちろんですが副作用の観点で決まってくると思います。核酸自体は生物由来ではなく人工的に合成できるので品質も比較的担保しやすいですし、規格を定めれば大量に生産することも可能です。

先生が開発した筋ジストロフィーの核酸医薬品について教えて下さい。

永田:
私は国立精神・神経医療研究センター時代に武田伸一先生の下で筋ジストロフィー治療薬「ビルトラルセン」の開発を行い、医師主導治験も行いました。エクソン・スキップ療法と呼ばれる作用で標的となる遺伝子のスプライシングを制御し、正常に機能がほぼ同等のタンパク質を作り出します。この薬が誕生するまでは、炎症を抑えるステロイド薬の服用や関節の変形を防ぐリハビリなどで進行を遅らせるしかありませんでしたが、ビルトラルセンは遺伝子レベルで作用し、進行の抑制、病状の改善が期待できる日本で初めての核酸医薬品になります。

抗体医薬品、細胞医薬品、再生医療などの新しい創薬モダリティ(治療手段)の中で核酸医薬品が注目されていますが、問題点や課題などはありますか。

永田:
核酸医薬品の有効性を調べる臨床で、免疫性刺激、炎症性反応が出る可能性や血液を固める役割を担う血小板が減少することも見つかっています。私はこうした副作用を減らす研究も同時に進めています。核酸医薬品は投与後、その多くが肝臓や腎臓に分布されます。より標的臓器へ分布させることが必要となります。脳・脊髄に効果を発現させる場合は背中から脊髄腔へ注入することが主流で、今後の課題として安全性を高める必要があります。現在は全身でも脳に到達可能な核酸医薬品の開発に向けて研究をしています。

産学連携について

企業との産学連携は今まで何社と行いましたか。

永田:
国立精神・神経医療研究センターに在籍していた時は、日本新薬さんと一緒にビルトラルセンの研究開発をやっていました。東京医科歯科大学に来てからはすでに終了した共同研究を含めると4、5社はあると思います。

産学連携を始めるために企業とのやり取りやアプローチのコツはありますか。

永田:
私達から企業の方に研究データをお見せする機会を作ったこともありますし、特許出願をする時は企業の方との意見交換会を定期的に開催させてもらい、お互いの考えがすれ違わないように情報交換を綿密に行うようにしました。
上司の横田隆徳教授と一緒に国内外の企業を訪問する機会が多いのですが、事前に特許を申請して公開前に企業の方に提案するやり方は、私達の真剣な部分も伝わるので一番良いかもしれないと考えています。価値を感じて下さる企業の方と出合えれば産学連携もやりやすいと思います。先生の中には産学連携の経験が無かったり、どうやって進めていけば良いか悩んでいる方もいると聞きます。微力ではありますが、何かしら助け舟を出すような活動もできたら良いですね。

産学連携に関わる中で先生ご自身にとって学びになった経験はどんなことですか。

永田:
ビルトラルセンでは医薬品として開発するにあたり、どのような安全性試験が必要か、FIH試験でヒトへの投与量をどのように決めるか?臨床試験をデザインするにあたり、どのようなデータが必要なのかなど勉強になりました。そのため、審査のガイドラインを熟読することや医薬品の品質審査を行うPMDA(医薬品医療機器総合機構)との交渉で研究者としての視座が上がり、広い視野でものごとを捉えられるようになりました。また、開発にあたって委託先の企業でどのようにラットや霊長類を使った毒性試験のデザインやどのようにデータの取得がされるのか学びました。また医師主導治験のサンプルを信頼性基準で解析したりと、薬を作るにあたったどういうことが必要か勉強になりました。おかげで、製薬企業が医療従事者向けに医薬品を解説する「医薬品インタビューフォーム」のどこを読めば、医薬品の特性や薬が世の中に出るまでのプロセスが理解できるかをわかるようになりました。またPMDAに出向経験がある大学時代の同級生が当時、センターにいたので色々教えてもらえたことも大きかったですね(現在は再度PMDAに在籍)。

プロモーターとしての取り組み

先生がプロモーター教員になられた理由を教えて下さい。

永田:
産学連携やの経験があるので、研究室の横田隆徳教授に推薦していただきました。プロモーター教員になった直後に新型コロナウイルスの感染が流行したため、あまり具体的な活動ができておらずとても残念です。

オープンイノベーション機構に相談したいことはありますか。

永田:
私達の研究室は企業とのやり取りが多いので、すでに交渉のサポートなどをして頂いています。産学連携を何度か経験すると自分達でできること、できないことの見極めがある程度可能になるかと思います。できないところはオープンイノベーション機構にお願いをしていく形にしたいですね。
 産学連携で困っていることは、アカデミア・企業を含めて特許出願の動向が掴めない点です。既に公開されて、登録されている特許はタイトルだけでは判断できず、内容を精読する必要があり労力がかかります。時間があれば興味のある研究に関しては自分自身で検索してチェックしますが、全部調べ切れるわけではありません。こういった知的財産のサポートに加えて、情報漏洩を防ぐための秘密保持契約(NDA)に関する指導やフォローアップも産学連携センターやオープンイノベーション機構にして頂けると研究に集中できるので有難いですね。

産学連携でのパートナー像はありますか。

永田:
核酸医薬品で世界的に有名なアイオニス・ファーマシューティカルズさんと提携して研究を進めているアストラゼネカさんなどには興味があります。核酸をより効率的に、標的となる細胞に送達させることで副作用を減らし、肝臓や腎臓以外にも標的を広げて医薬品の開発をしているのでとても気になっています。個人的には、先進的で高い技術力を持っている企業とコラボーレションをしていきたいです。外資系企業以外にベンチャー企業などでも新しい製品を生み出しているので、企業規模よりは製品創製の実績や研究者の情熱、技術開発への思いなどに注目しています。

企業の方に先生の思いや情報を伝えるためにどんな努力をされていますか。

永田:
1991年に研究会として発足した組織が2015年に日本核酸医薬学会になったのですが、シンポジウムや研究会を定期的に開催しています。そういった学会などの場で研究内容をどんどん発表していくことですかね。私も頻繁に参加しているAsiaTIDESと呼ばれる核酸・ペプチド治療薬の国際会議があります。おもに企業が参加しており研究・技術および製品開発状況を発表します。2020年は京都で開催されました。世界からベンチャーなどのビジネス関係者が集まり、最新の研究発表や研究者同士の対談などもあり会場はいつも白熱しています。登壇者に質問して理解を深められますし、食事会など企業の方とネットワーキングする機会もあるので活用していきたいですね。

アカデミアではどういったパートナーがいらっしゃいますか。

永田:
東京大学、大阪大学、東京理科大学の先生達と一緒に共同研究をしています。私達では作れない核酸などは他の研究室に依頼して、お互いのリソースを上手に活かして信頼関係を築いています。面白そうな研究や最新の設備を持っている研究室には私から連絡を取ったり、研究室の上司や同僚に紹介をしてもらって直接赴くこともあります。

最後に

最後に、先生のご趣味を教えて下さい。

永田:
大学の時は水泳部だったので、運動不足にならないように今でも時々泳いでいます。NFLやテニス観戦が好きで、特にサンフランシスコの49ers(フォーティナイナーズ)の大ファンです。ニューヨーク留学中はNFLやアーサー・アッシュ・スタジアムに行って、よくお酒を飲みながら観戦していました。NFLは年間16試合しかないこともあって、会場の盛り上がりはかなり凄いです。2020年は新型コロナウイルスの影響で現地での観戦が叶わなかったため、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の試合がライブ中継される動画配信サービスに加入しましたが、時差があってなかなかリアルタイムで観られておらず悔しいです。2014年に本拠地をリーバイス・スタジアムに移したのですが、旅行が気軽にできるようになったら必ず行きたいですね。

テニスの試合会場にて

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