INTERVIEW

研究者インタビュー

2021.02.18 
研究者インタビュー 
Vol.24

歯科に特化した診療情報を統合したデータベースの礎を築く

第一期プロモーター教員

呼吸、食事、会話など日常生活と密接に関わる人間の口や顎の先天的、後天的な病気の研究を行う東堀紀尚先生のインタビュー。産学連携を通じて大学内にある患者の診療情報を統合し、医療データベース化の構築を目指しています。これからの課題や思いをうかがいました。

プロフィール
医歯学総合研究科
顎顔面矯正学分野
講師
東堀紀尚先生

研究について

先生のご研究について教えてください。

東堀:
東京医科歯科大学の歯学部を卒業した後、大学内の疾患遺伝子実験センターで研究員をしたり、カナダに渡って大学院で研究をしました。現在は外来医長をしながら顎顔面矯正分野の講師という立場で研究に携わっています。顎顔面矯正分野はいわゆる一般的な矯正歯科治療の他に、先天的な異常や成長発育の問題によって発生する顎の変形や咬み合せの改善を研究する目的で1981年に立ち上がりました。研究内容は、顎変形症、口唇裂・口蓋裂、先天異常疾患に関する臨床研究から、新規デバイスの開発、ゲノム、骨代謝学、発生学、生理学、疫学等に関する基礎研究にわたり極めて多彩です。私は口唇裂・口蓋裂などの先天異常症候群の発症要因をエピジェネティックな見地から解明することを目的とした基礎研究と、顎の骨が通常より大きかったり小さかったりすることが原因で咬み合わせに影響を及ぼす顎変形症という病気に対する治療に関しての臨床研究を行っています。
今の研究室を選んだ理由は、高校の大先輩でもある恩師が初代の教授だったんです。矯正は元々興味がありましたし、同時に先天異常が発生する経緯についても学んでみたかった。なによりご縁を大切にしたかったので、「せっかく研究をするなら」と今の研究室を選びました。

歯並びや咬み合わせの矯正は人間の成長にも影響すると思いますが、何歳くらいで治療を開始するものですか。

東堀:
予防の観点でいくと、受け口など骨格に関係する場合は早くて3から4歳頃から治療を開始する方もいます。歯並びだけの場合は、歯が生え変わる7~8歳か永久歯が生えそろったタイミングで治療を開始する場合が多いですね。もちろん、大人になってから治療を行う人も多くいます。私が臨床で力を入れている顎変形症患者さんの場合は、病状をはっきりと診断するには、顎の成長が止まってから行うのが一般的で、女性だと早くて高校生になる頃、男性は少し遅いので高校卒業あたりです。顎変形症の患者さんは、矯正歯科治療だけでは治せなく、手術を併用しなければいけません。

治療の様子

最近の若年層は顔がどんどん小さくなっていると聞きます。顎も小さくなっているようですが、関連性はありますか。

東堀:
顎は小さくなっていると思います。小顔なお子さんが多いですね。顎からみると退化傾向にあり、親知らずまではえている人は珍しくなってきました。顎は退化傾向ですが、歯の大きさは変わらず、そのためデコボコな歯並びを気にされ来院される患者さんが多くおります。

顎変形症の患者さんは日本全国で何人いらっしゃいますか。

東堀:
患者数の調査は曖昧なので、我々も実数を掴めていません。顎が出ている人でも咬み合わせに不満がなければ病院に来て治療しようとは考えないので患者の数にカウントされないんです。当科にて矯正歯科治療を行う患者さんの約2割が顎変形症の患者さんですが、ここまで多くの顎変形症の患者さんが通院される病院は日本を探してもないのではないでしょうか。

産学連携について

これまで産学連携で企業と関わられた経験はありますか。

東堀:
歯科治療用の歯列模型のデータを用いて企業と何かできないかと医療用機器を製造する企業の方に私達から働きかけました。共同研究を始めるに当たって、私達は沢山の症例を集めた方が役に立つと思い込んでいたのですが、企業側は多くのデータがあることでかえって混乱してしまい、頓挫してしまいました。当時は私達の独りよがりで企業の方々にご迷惑をかけてしまったなと今でも悔いが残っています。

先生は患者さんの治療歴や画像、歯列模型などをデータベース化することに取り組まれているとお聞きしました。

東堀:
治療の難易度の見える化を目的としたデータベースの土台作りをしています。今は歯型、レントゲン画像、口腔内や顔貌写真、診療データなど患者さんの生体情報を集めて、どういったシステムを構築するか検討している段階ですね。ある病名を検索すると完治するまでにだいたい何日間かかるのかや、治療のために必要な過去の情報が表示されるようなシステムです。歯科医師にとっても、患者さんにとってもプラスになる機能を充実させる予定です。診察の信憑性を向上させるために、患者さんの咬み合わせの問題が治った時にデータベース上でも情報として「完治しました。問題ありません」と評価できるシステムができればと思っております。

過去のデータはどのくらいあるのでしょうか。

東堀:
大学には約30年間の治療開始から治療終了時までの膨大なデータがあり、症例数としては2万症例以上のカルテ、歯列模型、お口やお顔の写真、レントゲン写真が保管されています。ただ、データベースを作るためには、現在あるカルテ、歯列模型、お口の写真、レントゲン写真などのデータを、まずはデジタルデータ化し、人の手でそのデータを入力しなければなりません。蓄積されたデータは、分析をしたり将来につながる研究資料を作成できればかなり価値あるものになるのですが、新しく来院される患者さんの診療データも保存していかなければいけなく、保管スペースに限りがあるので、古いものから廃棄する必要がありますが、デジタル化し保管することが可能となれば、歯科に特化した膨大な臨床情報が利用可能となり、産学連携データビジネス分野への利活用にも期待できると思います。
最近では高機能の3Dスキャナーが普及しているので、模型をデータ化するのは簡単そうに思われますが、1個1個やると時間もかかって意外と大変なんです。ある企業に2万症例の歯列模型をデータ化する見積もりを取ったところ、金額はなんと1億円でした(笑)。大学側と予算交渉をしましたが、あまりにも高額なので却下されてしまいました。

歯科矯正なら歯科技工士の方も生体情報をお持ちだと思いますが、一緒に取り組むことは難しそうですか。

東堀:
歯科技工士の方々は私達が目指すデータベースに必要な情報はお持ちではないと思います。歯型から作った石膏模型も最終的には歯科医師の元に戻ってきますから。口の中を小型カメラで撮影し立体画像を再現する「口腔内スキャナー」を使ってパソコン内に電子画像を読み込めば私達でもデータを管理できるのですが、最低限の機能を備えた物でも200万円以上と高額なので研究室では所有していません。
東京医科歯科大学は最新の医療設備をそろえてはいますが、作業を細分化した時に必要な設備が診療科によって異なっていたりと改善点もあることに気付きました。例えば、口全体をスキャナーで撮影したものの、使用するアプリケーションが診療科で異なっており、セキュリティの問題等で一つのシステムで全ての診療を行うことが難しかったりします。大切な診療情報を一元管理したいのですが、システムを一から設計しなければいけないのでデータベースが完成するまで時間がかかると見込んでいます。特に診療科や研究室をまたぐ取り組みなので、各診療科や研究室の先生達の意見もヒアリングして最適解を見つけ出さなければなりません。以前、私達が追い求めているデータベースがあるか調べてみたのですが、日本国内も海外でも見つからなかったので相談する先の目星もついていない状況です。どういった企業にお願いをすればいいのか悩んでいるので、もしアイデアや情報があればアドバイスを頂きたいです。

企業との産学連携の経験から、今後の改善点はありますか。

東堀:
私達研究者がやりたいことをもっと噛み砕いて、企業に対して具体的に説明できるようにならないといけませんね。データを集めた先の出口戦略まで明確にしたら企業の方も参画しやすくなると思います。 情報が大事なのは皆さん分かっているので、「こういうデータベースを作りたい」と世の中に情報発信していく必要性を感じています。そのための一つの手段としてイノベーションプロモーター教員としても活動をしています。

プロモーターとしての取り組み

プロモーター教員になるに当たって、研究室の上司の方からお声がけがあったとうかがっています。イノベーションプロモーター教員としてやってみたいことはありますか。

東堀:
現在取り組んでいるデータベースの基盤構築のために、企業の方と話すチャンスを増やしたいですね。構築できるシステムやサービスの強みは企業毎にバラバラだと思うので、色んなシステムを実際に使ってみたりして知見を増やしていきたいです。そもそも私達が思い描いているシステムが実現可能なのか、他に必要な機能や仕組みがないのかなどもっと深堀りもしたいです。歯科の情報は独特で、「どの歯が何番」など項目が細かったり、患者さんの情報漏洩を防ぐため病院ではインターネットにつながったパソコンが使えなかったりと不便な点も多いです。撮影したデータを他のソフトウェアで加工してようやく見ることができるなんてこともよくあります。病院内の使い勝手が悪いところを直したりしていきたいですね。歯学部の施設は近々再整備があるようなので、ネットワークやシステムが統一される契機になると良いなと思っています。

先生が連携してみたい企業はありますか。

東堀:
電子カルテなどどういったデータと紐付けるかによってお願いする企業も変わってくると思います。病院内のルールや規則を理解して頂いた上でシステムを作ってもらえる企業と出会えたらいいなと思います。

オープンイノベーション機構にサポートしてもらいたいことを教えて下さい。

東堀:
歯列模型で産学連携をした時は企業の間に入って手厚く対応して頂きました。これからのことで言えば、私達のアイデアを具現化して下さる企業を知っていたら紹介して欲しいですね。病院は専門が分かれているため、縦割りの組織構造になりがちです。その壁を壊すためにお力をお借りして、診療科の情報を一つにまとめ上げたいです。大学や病院で行う紙を使ったアンケートもデジタルにすれば、もっと効率良く活用できるはずです。
また、大学全体や学会など規模が大きくなるほど関わる人が増えるので、患者さんのプライバシー問題や倫理的な側面、投資コストの調整がスムーズにいきません。横とのつながりを橋渡しする役割を担ってもらえたら他の科の先生達も前向きになるかもしれません。データベース構想の理想形は、構築したシステムを元に疾患バイオリソースセンターのようなしっかりとした組織体にしたいです。もしセンター長や管理者など人探しが必要になったら、オープンイノベーション機構の皆様の知恵を貸して頂きたいです。

最後に

それでは最後に、先生のご趣味について教えてください。

東堀:
最近は料理に凝っています。お酒と合う居酒屋メニューが中心ですが、食べたいと思った料理のレシピを調べて作ります。得意料理は餃子です。本格的にやってみようと皮から自分で作ったこともあるんですが、大変だったので最初で最後ですが(笑)。野菜と肉の比率を変えることで味や食感が変化するので、何度作っても楽しいです。

料理している様子

得意料理の手作り餃子

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