INTERVIEW

研究者インタビュー

2021.02.04 
研究者インタビュー 
Vol.23

歯磨きの心地良さを客観的に示し高齢者の口腔ケアの負を解消する

第一期プロモーター教員

家庭の経済格差による口腔内の健康問題の実態調査、解決に挑む伊藤奏先生のインタビュー。食生活の改善など多角的な取り組みで超高齢化社会の日本が抱える問題に立ち向かっています。産学連携を通じた実現可能な虫歯予防についてお話をうかがいました。

プロフィール
医歯学総合研究科
健康支援口腔保健衛生学分野
助教
伊藤奏先生

研究について

最初に先生の自己紹介と研究に取り組まれたきっかけを教えて下さい。

伊藤:
現在は学部での歯科衛生士教育をメインとして活動をしています。東京医科歯科大学の歯学部を卒業した後は東北大学の修士、博士と進み公衆衛生や社会疫学を勉強しました。住んでいるエリアや家庭の経済状況と口にまつわる健康格差の関係性などについて研究を行っています。虫歯などの口腔疾患は歯を磨く習慣が無いなど、人の行動も原因の1つですが、根本的な背景として低所得や情報格差などの社会的・経済的な環境の影響があります。健康格差の問題を解決する研究に加えて、高齢者がどんな場所でも不自由なく暮らせる健康長寿社会の基盤作りを担うJAGES(日本老年学的評価研究)のプロジェクトチームにも参加し、高齢者約25万人を対象とした調査研究も行いました。
“人の健康を左右する社会的・環境的な要因を探る”という社会疫学の観点で、その人の置かれた環境(健康になりやすいorなりにくい)に関わらず、万人が健康になれるポピュレーションアプローチを探るべく研究を実施しています。

先生は「ベジファースト」を推進されているとお聞きしました。どういった取り組みですか。

伊藤:
ベジファーストとは、食事を野菜から食べ始めることで虫歯を予防する方法です。歯科的な介入ではなく日常習慣の変化から自然と虫歯を減らすアクションができないかなと考えて開始しました。
なぜ野菜なのかと言いますと、野菜は食物繊維が豊富なので摂取量が増えると口の中が自然ときれいになります。また、唾液がよく出ることで口腔内の細菌が減るので、清潔な状態になるのです。ベジファーストにより野菜摂取量が増えることが期待されており、野菜を食べる量が増えると、総合的に糖質の摂取量が減るとも言われています。生活習慣を変えれば虫歯の減少につながると分かってはいても、毎日の食事で野菜を意識的に増やすのは大人でもなかなか難しいと思います。小さい頃から「野菜を最初に食べる」ことを意識付けておけば、自然と健康的な行動選択を取るようになり、継続もしやすいはずです。
ベジファーストは、もともとは本学の国際健康推進医学分野の藤原武男教授が東京都足立区で肥満等を減らす目的で進めていたプロジェクトです。足立区は肥満率も高いのですが、虫歯の人も多いエリアだという統計データがあります。学内で分野を超えた研究へ参加させて頂く貴重な機会を頂いています。

食事で最初に食べ始めるべき野菜は具体的にありますか。

伊藤:
野菜の調理方法も大事で、茹でたり、炒めてしまうと摂取できる食物繊維や栄養価が減少するため、なるべく生で食べてもらうことをおすすめしています。野菜の種類は根菜類、葉物などが良いと言われています。残念ながら現在の研究ではどの野菜が生活習慣の改善に適しているのかは結論が出せていません。過去の情報を探してみても網羅的に調査している文献やデータが見当たりませんでした。栄養に関する調査は、項目やルールを細かく設定する必要があり計測も大変なので、どのように調べていくかが今後の課題です。

先生の研究はどのような展開をイメージしていますか。

伊藤:
主軸となる研究はベジファーストですが、最近では実験系の研究で新たなチャレンジをしようと考えています。専門の社会疫学から少し離れるのですが、歯磨きをしている状態の脳波や心電図を計測して心地良さを客観的に検証し、データにまとめることを企業や研究者の方々に相談をしながらやろうとしています。

研究中の様子

歯磨きと心地良さにはどのような関係があるのでしょうか。

伊藤:
例えば、認知症の患者さんは口の中の汚れを取る口腔ケアに拒絶反応を示すことがあります。拒否している理由は人によってさまざまであり、原因が把握しにくいことが問題点としてあげられていますが、今までの研究から不快感や痛みにより拒否を示している可能性があることが示されています。よって、痛みを感じず心地よいと思う口腔ケアであれば受け入れてもらえる可能性が考えられます。
しかし、痛みや心地よさというのはあくまでも主観的なものであり、ご自身の感情表現が難しい場合、客観的な理解が困難です。そのような場合に、客観的な評価を可能にすることで、拒否の本質的な原因を探り、最終的には介助者の方々の介護負担を減らせるようになることを期待しています。

自分で歯磨きができる方とできない方で口腔ケアのやり方に違いはあるのでしょうか。

伊藤:
上述の様な高齢者の方々の場合、ご自身で歯磨きをしている場合でもきれいに磨けている方は極めて稀だと思います。専門家の目線で見ると磨き足りない部分が多いです。介護施設にいらっしゃる高齢者の方にはなるべく介助者の方などに手伝ってもらうのが良いのですが、時間が取れなかったり嫌がる人もいるので歯磨きが十分できないこともあるようです。
ストレスや負担を少なくする取り組みとして注目しているのが、360度に毛がついている円筒型歯ブラシです。開発した企業の方からご相談を頂き、今後、歯ブラシを介護施設などで活用する施策を検討しています。毛が柔らかいので痛みも少なく、口の中を効率良くきれいにできることが期待されます。歯科医師や歯科衛生士など歯のプロフェッショナル向けというよりも、“プロフェッショナル以外の方が容易にきれいに磨く”という目線で介護現場等の一般の方々に向けた口腔ケア推進に貢献できればと考えています。

65歳以上の高齢者が約30%を占める日本では大切なテーマになっていきそうですね。

伊藤:
歯科衛生士の業務の1つに歯の歯科保健指導があります。“指導”と言うと「このやり方で頑張ってやって下さい」と少し一方的で押し付けがましい印象を持たれやすかったり、指導相手の自助努力に頼ることになってしまいがちです。もちろん歯ブラシなどの正しい使い方を教えることも大事ですが、皆さんの生活は歯磨きだけではないので、様々なご事情により口腔ケアに時間を割けない場合もあると思います。普段の生活背景を考慮した指導を行うとともに、公衆衛生の観点からより簡単に口腔内を綺麗にできる、虫歯などになりにくくなる環境の整備も含めて研究に臨むつもりです。

産学連携について

先生はこれまで産学連携のご経験はございますか。

伊藤:
東京医科歯科大学に着任した2018年4月から自分の専門分野以外の基礎的な研究に携わらせて頂くことはありましたが、調査研究を主軸にやってきたので企業との商品開発に関わるチャンスはありませんでした。
産学連携での共同研究は経験がないからこそ、今後行うこと一つ一つがチャレンジだと感じています。今まで歯科と全く関わった経験のない企業と、お互いのやりたいことをとことん議論したら、意外とマッチしそうな気がします。私達の知らない技術やサービスを持っている企業とつながっていきたいですね。

具体的な企業のイメージはございますか。

伊藤:
医療機器、運動機能を評価する器具や測定器を扱う企業はもちろん、歯ブラシなど清掃用具を開発している企業ですね。実は私は歯科衛生士の他に社会福祉士の資格も持っているので、福祉関係の分野にも興味があります。老人ホームや高齢者住宅などの施設を運営する方々からもお話を聞いてみたいですね。

学内や他大学の研究室との連携などアカデミアのパートナーで気になる分野はありますでしょうか。

伊藤:
生理学分野の先生方は脳波や心電図の扱いに長けていらっしゃるので、使い方や評価方法をご指導頂きたいですね。私は本学の卒業生なので、顔見知りの先生もいらっしゃり、割と気軽に相談できる環境ではあります。しかし逆に言えば、自分の知っている範囲でしか話ができなかったりするので、今後は今まで関りが薄かった分野に携わられている先生達との交流を広げていきたいですね。

本学と包括連携協定を結んでいるヤマハさんなどと口腔内の医療面でコラボレーションできそうなことはありますか。

伊藤:
ヤマハさんとは歯学部の他の先生がすでに共同研究を進めていると聞いています。リラックスできる周波数を含んだ作曲ができると面白いと思いますね。笛やトランペットなど口で音を出す楽器は口周りの筋肉を使いますし、脳にも刺激があるので、楽器タイプのトレーニング装置を開発したら高齢者の方にも受け入れてもらえるかもしれませんね。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員として活動を始めたきっかけを教えて下さい。

伊藤:
生涯口腔保健衛生学の荒川真一教授と私が所属している健康支援口腔保健衛生学の樺沢勇司教授に推薦していただきました。今まで調査研究ばかりしてきていたので、務まるのか不安も大きかったですし、ジャンルが全く違うことへの戸惑いもありました。ただ、何もしなければつながることも無いであろう企業の方々や先生とお会いできるのは貴重な経験だと考えてお引き受け致しました。

オープンイノベーション機構に対してお願いをしたいことはありますか。

伊藤:
これまでの産学連携に関する情報は、企業と提携をした経験があったり、共同研究に積極的な先生向けの発信が多いような気がしています。私の様な素人でも理解しやすい内容で情報を発信していただけると、個人的には色んな知識が増えるのでは、と思っています。そのほか、歯科の領域で口腔清掃機器の開発が可能な企業を教えて頂いたり、企業と産学連携を進めるにあたっての準備などを指導して頂きたいです。

最後に

新型コロナウイルスで口腔内をきれいにする大切さが強まった印象があります。変化は感じられましたか。

伊藤:
新型コロナウイルスが流行し始めて自粛ムードが強まった2020年春頃は、病院も閉鎖し、世の中もバタバタしていていましたが、最近になってようやく少しずつ落ち着きだして、一般の方々にも口の中の衛生を保つことが感染対策としても有効だという考え方が浸透した気がします。 大変な状況であることは重々承知の上で、一大事のこのタイミングをポジティブに受け取り「口の中が汚いと病気に感染しやすいので、普段から綺麗にしておきましょう」という雰囲気を歯科業界全体で発信していければと思っています。

では最後に、先生の最近の趣味について教えてください。

伊藤:
最近の趣味はパン作りです。スイッチを押すだけのホームベーカリーはあえて使わずに、最初から最後まで自分で行う手作りのパンにハマっています。料理全般同じかもしれませんが、パン作りは細かく分かれた工程全てに意味があります。材料をまぜる、生地をこねる、発酵させる、ガスを抜き休ませる、生地を丸める、焼き上げる…それぞれの意味を理解せずにやると、味が落ちたり上手に焼きあがらずに失敗するんですよね。初めてパンを作った時は、レシピ通りに作ったものの、各工程の意味までは理解していなかったので、案の定美味しくないパンが完成しました(笑)。適切な温度、時間、発酵状態、オーブンの温度など条件や作業の理由を調べて吸収していくことが楽しいです。原因や理由を考察して次に活かすパン作りの作業は研究のサイクルと似ていますね。失敗する度に「なんでだろう」と疑問が湧いて改善したくなるので、物事を追求するオタク気質な私にピッタリな趣味です。

自作のパン。おいしく作るための試行錯誤は研究と似ている

得意なパンはなんですか。

伊藤:
ふわっと柔らかいミルク感たっぷりの、シンプルな丸いパンです。いつも時間を忘れて作業に没頭してしまい、その集中力は我ながらすごいと思います。1回作るのに2、3時間ほどかかるので、時間がある週末の楽しみです。パン作りが好きな人は意外と周囲にいるもので、パン作りが得意な知り合いから美味しいシナモンロールのレシピを教えてもらって作ってみたりもしています。

イチオシのパン屋さんはありますか。

伊藤:
「俺のベーカリー」です。フレンチやイタリアンで有名な「俺の」シリーズのベーカリー版で、店舗も複数展開しています。牛乳たっぷりの「銀座の食パン」やサクッとした食感がウリの「山型の食パン」はバターを塗ってトーストにするのがオススメですよ。

ありがとうございました。

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