CASE

知財インタビュー

2020.08.31 
知財インタビュー 
Vol.2

生体ガスのセンシング技術を発明
ウェアラブル機器と組み合わせ社会実装目指す

「生体ガス計測装置(WO/2019/103130」の特許を取得されている三林浩二先生。生体ガスをセンシングする技術を発明し、人の健康状態や病気の状態の継続的な計測を実現しています。知財活用の可能性や、コラボレーションの相性がいい業界などについても話をうかがいました。

プロフィール
生体材料工学研究所
医療デバイス研究部門
センサ医工学分野
教授
三林浩二先生

研究について

先生の研究内容を教えて下さい。

三林:
私の研究室は生体材料工学研究所医療デバイス研究部門の「センサ医工学分野」です。この分野名は、スタッフと考えたオリジナルの名称です。医療工学について「センサ」という観点で新しい内容を考えています。「まだ世界的にもほとんど研究されていない、しかし将来求められる」であろう医療センサをイチから作るんですが、同時に新しい計測方法も提案しています。

三林先生の研究室のみなさん

今回お話いただくセンサは、生体ガスをセンシングする技術とのことですが、詳しく教えてください。

三林:
特許を取得した「生体ガス計測装置」は、生体ガス用のセンサやカメラですが、それ以外には、これまでにコンタクトレンズ型やマウスピース型のセンサ開発も行ってきました。ガス計測やコンタクトレンズ型センサの研究は30年以上になり、近年ようやく理解されてきました。コンタクトレンズとほぼ同じ柔らかさのセンサデバイスで、涙に含まれる糖を測定して血糖値を評価するセンサも開発しました。Bluetoothなどで情報を送信して、「パソコンやスマートフォンなどでセンシングした情報を見られるようにする」ことを目指しています。
このように身に着けるタイプのセンサであれば、体調を日ごろからチェックしたり、健康状態を評価したり、病気の早期発見が、わざわざ病院に足を運ばずとも分かるようになります。
しかし、自分の健康状態を知るときに、煩雑な方法は受け入れられません。そこで、もっと簡単な方法として生体ガスの研究を始めました。現状では「ふーっ」と息を吹いてもらい、そこから生体ガスを採取するのですが、それを嫌がる人もいますし、新型コロナウイルスのように呼気では感染リスクも高くなります。将来的には、手をかざすだけで病気が分かるような展開を考えています。

近未来的なお話ですね。

三林:
呼気計測で一番簡単なものは、飲酒運転を検知する装置です。エタノールについては、血液濃度と呼気濃度との分配係数が2100と分かっているので、呼吸を採取することで計測が可能です。生体ガスには多様な情報が含まれているのですが、ヒトの嗅覚がそれほど高性能でないので、匂いだけでは濃度までは分かりません。
また呼気にてアセトンを測るセンサも研究室で開発しました。糖尿病患者の呼気中にあるアセトンは非常に濃度が高く、健常者と比べかなり濃度が高いでのすが、我々の嗅覚ではなかなか知覚できない。
この研究における本学の強みは「センサを作れること」「医学部があって患者さんを診られること」「歯学部に口臭外来があること」です。アセトンの研究は、私たちの研究室と医学部、歯学部の共同研究があったからこそ実現できました。大学内の部局をまたいで、健常者に加えて、歯学部や医学部で治療されている方に協力してもらいました。

生体ガス計測のメリットはどのようなことでしょうか。

三林:
受診に来ない人が、早期に診察を受ける必要性に気付けるようになるでしょう。特に糖尿病の場合は重症化すると多様な合併症を発症するので、早期に医療的な処置を受けることが必要です。
実際に糖尿病の患者さんの生体ガスをどうやって測るのか。まずは血中の1/1000程度の濃度で成分が含まれる呼気の計測から始めて、最終的には負担が少ない皮膚ガスを測りたいと考えています。皮膚ガスには呼気に比べ、極めて低い濃度しか含まれないので、更に高感度な計測法も検討が必要となります。
生体ガス情報を数値化することで、体調変化の確認がより正確に行えるようになると考えています。現状、採血が必要な血液成分でも、揮発性の高いものについては、今後、血液の代わりに生体ガスにて計測できるようになります。

生体ガスのセンシングに興味を持った理由はなぜですか。

三林:
従来の医療現場でセンシングは、体を傷つけたり負担がかかる方法が少なくありません。そこからの脱却に加えて、病院などの医療機関だけでなく、誰もが普段の生活で測れる技術が必要だと思いました。我々の体内の成分は絶えず変化している。採血も採尿も血圧も、5分後に計測すると値が異なるわけですから、リアルタイムに測るということがこれからは重要だと考えています。今までは成分を測るということ自体が目的でしたが、IoT(モノのインターネット)を利用することで、成分がどう変化しているか、その変化は正常なのか、異常なのかを確認できるようにしたいと考えています。正常値は人によって幾分異なることから、連続的な計測を行うことで、その人にとって正常なのかどうかが分かるようになれば、もっと新しい医療や生体情報の見方につながると考えています。

知財について

実際に特許を取得した知的財産について、どのような特徴や優位性があるのか教えて下さい。

三林:
生体ガスを計測する重要な条件としては、3つあります。「感度」「選択性」「湿度」です。
生体ガスの成分濃度は非常に低いので「感度」が求められる。次に呼気などから特定の成分だけを測らなければいけないので「選択性」が必要。「湿度」については、呼吸も皮膚ガスも湿度が高いため、湿度が計測に影響しないようにする必要があります。
我々が使っているバイオを使ったガス計測は世界で我々の研究室だけです。通常血液中の成分やウイルスなどの病原体を見つけるためにバイオ技術を用いますが、このバイオ技術をガス計測に使うことで高いガス選択性が得られます。血液中の成分も高感度に測れる程の性能がありますから、その技術を使うことで多少口臭や体臭の他の成分(夾雑物)があっても、関係なく対象成分を測れます。加えて、ガス成分をタンパク質である酵素にて光に変換させています。日本の光計測技術は非常に優れているので、高い感度にてガス計測が可能となります。つまり「バイオを使って選択性」が得られ、「光を使うことで感度」が上がります。もう一つは、我々のセンサではタンパク質が溶液中で機能化する性質上、ガス成分を気液隔膜セルにて計測します。このことから湿度の影響を受けない特徴があります。

もちろん、ガス成分は「時間的な変化」と「空間的な変化」が著しいです。すぐに変化してしまうので、ずっと測り続けられることが必要です。そしてセンサはできる限り小さくすることも重要です。これらの特徴を満たすセンサは、我々が開発したセンサ以外にはありません。

ガス成分を、バイオ技術を用いて光で検出できるということですね。

三林:
この膜というのは、フッ素系樹脂のような撥水性の材料で、水分は通さずに気体は通り抜ける。ガスを計測するときに、水分も水蒸気として若干通り抜けています。つまりセンサ表面があらかじめ湿度を保持していることで、対象ガスに湿度があるかどうかに関係なく測れます。例えば「お風呂の中でメガネはくもりますが、眼の表面がくもらない」、これは眼の表面が涙で潤っているからです。我々のセンサは、この現象にもとづいています。また、先のコンタクトレンズ型センサのように電気化学的な方法での測定と異なり、このセンサはガス成分を酵素膜で反応し光に変換し、その光を検出器で捉えています。光は高感度に測ったり、リアルタイムで測ったり、画像化できるという特徴があります。現在は光ファイバーを用いて、光電子増倍管という高感度な検出器を使っているので装置のサイズは大きいですが、これからフォトダイオードなどを使うことで、小型化できると考えています。

先生がこの構造の中で一番苦労されたのはどのような点でしょうか。

三林:
ガス計測に適したタンパク質を見つけ出すことです。嗅覚受容体を使うと、単成分の高感度ガス計測が難しい。そのため、我々は酵素を使ってガス成分を認識して触媒反応させています。しかし例えば、アセトンの場合は触媒反応させるという酵素がなかなかない。そこで、アセトンの元になるイソプロパノールを認識する酵素に注目しました。普通は酵素を使ってその基質を測りますが、我々は「テープを巻き戻す」ように酵素の逆反応にて測定する技術を開発しました。この技術によりアセトンを高感度に検出できるようになり、濃度定量も可能となりました。糖尿病だけでなく、癌など他の疾患の早期診断にも展開していきたいと考えています。

車内の呼気をセンシングして眠気を防止したり、高齢者が運転中に気を失ってしまう前に信号を出したりできないかと考えたことがあります。そういった活用も可能なのでしょうか。

三林:
それも1つですね。研究をしていると、病気は体内に原因があると思ってしまいますが、実は環境の影響も受けています。シックハウス症候群の物質や新型コロナウイルス、微生物などもそうですね。ダニのアレルゲンを測るセンサも十数年取り組んでいます。実は「ダニのどこがアレルギー物質か」を知っている方は少ないようです。ダニは、体内にある消化酵素がアレルゲンになります。ご存知のように、ヒトは多様な生活環境の中で暮らしています。その環境からも色々な影響を受けて生きており、アレルゲンのような環境成分を調べることも重要です。

企業とのコラボレーションについて

先生が知的財産となる研究内容を発表された後、どのような企業や団体からお声かけがありましたか。

三林:
この分野に興味を持っている企業は多いようで、色々なメーカーから問い合わせがありしました。糖尿病の患者団体からは、使用したいという連絡がありました。

先生が企業とコラボレーションをする場合、どのようなパートナーと研究を行いたいですか。例えばシックハウス症候群のホルムアルデヒドだと、建材メーカーなど施工と関わるような企業かもしれませんが。

三林:
一番は医療機器メーカーですね。次に環境関連の企業です。空港や港で、通り抜けるだけでどういうガス成分が分かる可視化カーテンのようなものができればと考えています。例えば、ゲートを抜けてカメラにてガス成分を捉えることで薬物を検出できるようにできれば理想的です。警察犬や麻薬犬など犬がやっている仕事は、私の技術で置き換えることが可能です。警備会社や自動車会社も気になっていますが、非常に範囲が広くて、まだほとんど手つかずの領域です。

先生ご自身が産学連携で成功したと感じた例はありますか。

三林:
東京都とホルムアルデヒドガス計測を研究して、あるメーカーで測定装置を作ってもらいました。アセトンも企業と共同研究を行い、製品化に近づいています。

ビジネスに至るまでが難しいのですか。

三林:
思っている以上に技術を伝えることが大変ですし、時間もかかります。しかし、我々が考えて実際に必要となった時に製品化してくれる企業がいるかどうかで、社会で生かされるかどうかが変わってきます。装置として形にできる企業がいないと、研究は終わりになってしまいますから。
バイオ計測に関しては、医療機関や検査機関では普通に使われていますが、一般社会にはまだ流通していません。一番使われているのが糖尿病の患者が血糖値を調べる血糖測定器ですね。バイオセンシングは限られた利用環境(医療機関や分析会社など)ではかなり使われているのに、一般社会に広がらないというのが非常に悩ましいです。例えば、タンパク質は温度に弱いのが弱点ですが、他の国は色々と新しい方法で一般利用を進めています。日本の分析力は一流ですが、その技術を一般社会に広げられていないところに大きな課題があります。

今後の展開

先生が希望される一番解決したい課題はありますか。

三林:
バイオ計測を社会にプロモートできるような企業に関わってもらえると嬉しいですね。ウェアラブルバイオセンサではアボット社リブレのような「貼るだけのセンサ」があり、常温で1年保管可能で、バイオセンサをヒトに貼り付けても2週間の使用が可能です。一般人が使えるウェアラブルのバイオセンシングはこれから社会でたくさん使われるようになるでしょう。ウェアラブルセンサ市場は2010年からぐっと伸びて一時期伸び悩んでいましたが、最近承認が得られたデバイスが増え、今また市場が拡大しています。
ウェアラブルデバイスで今後、必要になる機能はケミカル/バイオセンシング技術です。リブレのような装置も製品化されており、この領域の研究開発を日本は更に進める必要があります。例えば、私たちの成果である生体ガス計測は世界にない技術なので、日本がリードできると考えています。

最後に、先生のご趣味について教えてください。

三林:
趣味は特にないですが、海外出張の際に息抜きや新しい情報の収集を積極的に行っています。プロジェクトでオーストラリアに行ったりと、仕事で海外に行くことが多いですが、今は新型コロナで行けないのは残念ですね。また海外に行って色々な情報を吸収し、そして見たり食べたりできる日が待ち遠しいです。
この夏に行く予定だったのは、日本で一番近いヨーロッパと言われるロシアのウラジオストックです。去年、おととしは中国のハルビンにも行きました。ほとんどロシアのような雰囲気でした。時差が大きいと結構、体にこたえるので、ロシアやオーストラリアなどの垂直方向の移動は楽ですね。あとは幸せの国といわれているブータンにも行ってみたいですね。

中国ハルビンの「氷祭り」での1枚

ありがとうございました。

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