INTERVIEW

知財インタビュー

2020.09.14 
知財インタビュー 
Vol.3

高感度なインフルエンザのセルフチェックの実用化を目指して

「修飾ナノ粒子、該修飾ナノ粒子を含む分散液、抵抗パルスセンシング用セット、ウイルス又は細菌の検出用セット及び試薬、並びにウイルス又は細菌の検出方法(WO/2018/199179)」の特許を取得した宮原裕二先生。インフルエンザウイルスの検出を個人が自宅でもできるようになる、従来品よりも高感度なセンサーの開発を進めています。特許の特徴や、企業とのコラボレーションについてうかがいました。

プロフィール
医療デバイス研究部門
バイオエレクトロニクス分野
教授
宮原裕二先生

研究について

宮原先生は色々な企業との連携もあると聞いていますが、まずは研究分野について教えて下さい。

宮原 :
学生時代から電子工学の技術や知識をバイオの分野に応用する境界領域の研究をしていました。ドクターを取った後は日立製作所の中央研究所に勤め、製品としては血液分析装置用のセンサー、免疫分析装置や遺伝子解析装置などの開発に携わっていました。17年間勤めて、アカデミアに移りました。

日立製作所の方にインタビューした際に、世の中にある次世代DNAシーケンサーの元になるキャピラリーDNAシーケンサーの主要な技術は、日立製作所さんが作ったと聞きました。先生も関わられたんでしょうか。

宮原:
直接開発に関わっていませんが、まさにその近くで研究をしていました。私は大学の講義で日本初のキャピラリーアレーDNAシーケンサーの開発の経緯などを学生に伝えています。日立製作所中央研究の技師長などを務められた神原秀記さんが研究のコアな部分を開発しました。

その点では、悔しさと誇らしさの両方があると思いますが、いかがですか。

宮原:
神原さんの成果はヒトゲノム解析計画に非常に大きな貢献をしました。DNAシーケンシングのハイスループット化、高速化が世の中から依然として求められていて、私は電気泳動技術のキャピラリーDNAシーケンサーの開発が一通り終わった頃に日立製作所を出ました。
個人的に興味があったので、別の方式でのDNAシーケンサーの研究に携わりました。トランジスタの技術を使ったDNAシーケンサーの研究を始め、アカデミアで世界で初めて報告しました。ちょうどその頃イオントレントさん(Ion Torrent)というアメリカのベンチャー企業の副社長からコンタクトをいただいて。我々は論文を書くと同時に特許も取得したので、特許をイオントレントさんにライセンシングしました。その数ヶ月後にライフテクノロジーズ(Life Technologies)というDNAシーケンサーの大企業がイオントレントさんを買収してトランジスタを使ったDNAシーケンサーを発売したんです。我々の研究成果が特許ライセンシングという形でアメリカのベンチャー企業から製品化になりました。

イオントレントさんとの出会いは、先生が論文を発表されたのがきっかけだったのですか。

宮原:
はい、ヨーロッパで行われた小さな研究会に招待されました。DNAシーケンシングに関する専門家が集まった会議で私はトランジスタを使ったDNAシーケンサーを、他のグループはナノポアの技術を発表して意見交換し、その後特許のライセンシングをして欲しいという連絡がありました。2年間ぐらい交渉していたんですが、結局交渉が決まった時点で先ほどお伝えした大型の買収が起こったんです。アメリカのビジネスはダイナミックに動いていると感じました。

知財について

先生の取得された特許「修飾ナノ粒子、該修飾ナノ粒子を含む分散液、抵抗パルスセンシング用セット、ウイルス又は細菌の検出用セット及び試薬、並びにウイルス又は細菌の検出方法(WO/2018/199179)」について教えて下さい。

宮原:
先ほど出てきたナノポアの技術を使っています。ナノポアの中に粒子が入るとナノポアを流れる電流値が減少します。信号としてはパルスのように粒子が1個通るとパルスが1個出るという仕組みです。これをDNAに応用したのがナノポアのDNAシーケンシングです。
インフルエンザウイルスに特異的に結合する糖鎖の粒子に付けると、粒子とインフルエンザウイルスが混合した時にインフルエンザウイルスが粒子の周りに結合します。すると粒子のサイズが大きくなり、電流がさらに小さくなる。粒子にインフルエンザのウイルスが結合したかどうかパルスの信号を見れば分かるわけです。これによってインフルエンザウイルスが何個ナノポアを通過したかカウントできるというわけです。インフルエンザウイルスの個数を高感度にカウントして検出しようということで、ナノ粒子と糖鎖のセットで特許を申請しました。

インフルエンザはタイプによらず糖鎖に特徴があるものなのですか。

宮原:
対象にしたのはヒトインフルエンザですが、鳥インフルエンザとヒトインフルエンザの違いは、細胞の表面に出ている糖をインフルエンザ表面のヘマグルチニン(HA)というタンパク質が認識して細胞の中に入っていくのですが、ヒトインフルエンザは人の細胞を認識して、鳥インフルエンザは人の細胞を認識できません。そういう選択制や特異性はあります。
現在(2020年7月時点)流行している新型コロナウイルスにも、ウイルスの表面にある糖やたんぱく質が特異的に結合するようなマーカーがあれば、それを糖鎖の代わりに使って特異的に検出することはできます。

この特許や研究の着眼点やきっかけを教えて下さい。

宮原:
医療機器や生命科学の分野で使われている機器を小型化して、できれば在宅で使えたらという思いからスタートしました。毎年インフルエンザが流行するので、より身近に、個人がスマホなどでウイルスを検出できないかと。半導体を使っていますが、小型化したり、集積化できる特徴を持っているからこそ実現できることです。身近になることで、より早期の診断にもつながります。
色んなデバイスを患者さんのより身近なところで検出できないか、というのが私たちの研究室の大きなテーマです。情報社会が進んでいくにつれて、多くの情報を簡便に検出できるシステムが一層必要になる。その時、クオリティの高い信号入力が重要になってくるので、その入力部分に当たるセンサーの研究は必要不可欠だと考えています。

インフルエンザウイルスにとどまらず、癌も同じような研究をやっています。癌はリキッドバイオプシー(血液など体液を用いてがん診断すること)という領域が最近注目されてきており、そのセンサー開発も行なっています。

インフルエンザの検出技術で、アピールしたいところや世の中に伝えたいポイントはございますか。

宮原:
実はウイルス検出用のナノポアの技術は元々インパクトというプロジェクトで共同研究をしていました。ナノポアの技術は大阪大学の川合先生、谷口先生が開発した技術で、そこに我々が開発した糖鎖修飾を用いた電気的検出の技術を組み合わせました。今本学の病院で臨床評価を行なっているところなんですが、糖鎖を修飾していないデバイスと機械学習を組み合わせて先行してやっています。粒子を1個1個カウントできるので、感染を早期に検出できる、高感度であることが特徴です。

先生が技術を作り上げる上で苦労された点はどんなことでしょうか。

宮原:
ビーズを使うのでビーズが詰まったり、ビーズが流れなくなるといった課題があります。実用化に向けて解決していかなければなりません。

先生が特許を取得されたことで特許申請後に企業からのアプローチや共同研究の声がかかるなど反響はありましたか。

宮原:
大阪大学発のベンチャー企業との共同研究で研究を進めています。ナノポアのデバイスを作ったり、出たシグナルから何のウイルスなのかを判定する機械学習を行っています。機械学習とナノポアの組み合わせはインフルエンザウイルス検出の一番重要な部分を担っているので、このベンチャー企業が更に実用化を進めることになると思います。

今後、技術のコラボレーションや産学連携のイメージはございますか。

宮原:
インフルエンザの他にも対象を広げていくことになると思います。糖鎖や抗原抗体など生体分子なしで、機械学習だけでどれだけ精度良くウイルスの種類が仕分けられるかがポイントになると思います。本学の研究室は生体分子を修飾する部分が核となる技術なので、どこまでいけるのかというところですね。

今後の展開についてはいかがでしょうか。

宮原:
色んな解析技術、検出技術を小型化しようとしていまして、今はPCRなど核酸検査技術も小さくしようとしています。PCR検査では蛍光だけで検出していますが、電気化学的に検出しようと私の研究室で行っています。インフルエンザの場合はウイルスの表面にあるタンパク質が対象になりますが、この技術はウイルスの中に入っている核酸を対象として検出するので原理は異なるんですけども。

RNAを検出できるようになると、インフルエンザのプラスマイナスの判定の精度が上がるのでしょうか。

宮原:
精度も感度も上がると思います。ナノポアで対象にしているのは一般の診療所で行われているイムノクロマト法(インフルエンザの簡易判定手法)という方法がありますが、それよりも高感度にしようと考えています。PCRは高い精度と高い選択性を持ち合わせています。

産学連携について

先生がアカデミアに来られてからの産学連携で、うまくいった例を教えて頂けますでしょうか。

宮原:
多くの場合はプロジェクトに参画したメーカーと共同研究をやる形が多いですね。例えばCREST(国立研究開発法人科学技術振興機構)で企業に参画してもらったわけですけど、基礎研究のフェーズから参加していただきました。事業部の方に関わってもらって事業化していくことも大事だと思いますので、事業化に関われるような産学連携を目指しています。今まではどちらかというと基礎研究での関わりが多かったですが、現在は一段落して、蓄積した技術でさらに発展させるフェーズに移るというような段階です。

産学連携推進のために工夫していることや改善すべきことはございますか。例えば、研究者と沢山ディスカッションする場があったら良い、大学側の産学連携部門と議論しておけば良かったなどありますか。

宮原:
生体材料工学研究所全体の研究では、文部科学省の共同利用・共同研究拠点のプロジェクトで他の大学の研究所とネットワークを組んで一緒にやっています。機械や電気、化学系の企業が生命科学などの医療分野に参入するのをサポートする活動です。私は工学系の研究者としての目線で、臨床評価に使えるものを本学に紹介し、臨床の先生と一緒に臨床評価するという橋渡し的な役割を担っていると考えています。
生体材料工学研究所はそうした橋渡しもミッションだと思います。企業の方と臨床の先生をつなげる役割は、オープンイノベーション機構やリサーチ・ユニバーシティ推進機構URA室と同じような形になると思いますが、私の場合は研究者の目で見てという形になります。企業が関与できる本学のサービスを一覧表で提示できれば、URA室の方々にも話が持って行きやすいと思います。

生体材料工学研究所の先生方が企業の方とのディスカッションは、定期的な会合があったりするのでしょうか。

宮原:
生体材料工学研究所の先生は研究者個人として企業と連携していますし、先ほど申し上げた共同利用・共同研究拠点に参加している企業が本学の臨床の先生に相談したり、ある程度完成した製品があれば評価してもらうなどのやり取りがあります。

工業系や化学系というお話が出ましたが、そうした系統以外にご興味のある企業の分野はございますか。

宮原:
医療の事業部を持っている企業や厚労省の認可を経験している企業に関心があります。
ナノポアの話も、大阪大学で開発された技術を本学の医療イノベーション推進センターや感染症の先生に相談して臨床評価までいっています。可能性がある技術は大学病院や臨床の先生に相談をして良さそうなものがあれば実際に評価してもらいます。先生から興味を持つ場合もありますね。

こんなコラボレーションがあったらいい、こういった分野の企業だと発展しそうというイメージはありますか。

宮原:
業種それぞれ医療の分野で使われるような製品は多いと思うんですね。技術的には多種多様な応用が可能だと思います。

最後に、先生のご趣味を教えて下さい。

宮原:
研究はできるだけやり続けたいと思います。新しいものを作ったり、思わぬ実験結果の理由を調べることが好きですね。

ありがとうございました。

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