INTERVIEW

研究者インタビュー

2020.09.03 
研究者インタビュー 
Vol.12

線虫スプライシング研究でがんの種類診断にも期待

第一期プロモーター教員

mRNAの成熟過程を研究している黒柳秀人先生。その研究内容は、世界中の企業や研究者からも注目を集めており、研究内容や共同研究についてのほか、リクエストを受けている企業などについてもうかがいました。

プロフィール
難治疾患研究所
フロンティア研究室
遺伝子発現制御学
准教授
黒柳秀人先生

研究について

まずは先生の研究について教えて下さい。

黒柳:
タンパク質をコードする遺伝子がメッセンジャーRNA(mRNA)の前駆体に転写された後に受ける転写後プロセシングの過程の基礎的な研究をしてきました。具体的には選択的スプライシングの制御が主な研究対象です。
選択的スプライシングは、1つの遺伝子が何役も果たすための仕組みです。あたかも複数の遺伝子があるかのように1個の遺伝子を組織によって使い分けることができます。脳なら脳型、筋肉は筋肉型のmRNAができてタンパク質ができます。選択的スプライシングによりタンパク質の種類を格段に増やせるし、機能の異なるタンパク質を使い分けることができます。私が学生の頃はヒトのタンパク質遺伝子は10万個くらいあると言われていましたが、現在では約2万個とされており、選択的スプライシングはタンパク質の多様性に重要な役割を果たしています。

この分野の研究をしたいと感じたのは、どのようなことに関心を持ったからなのですか。

黒柳:
mRNAの選択的スプライシングという現象を自分の研究対象の遺伝子で目の当たりにしたのは学生時代の研究ですが、2000年に本学で研究を始め、2003年から疾患生命科学研究部で本格的にこの研究をスタートしました。研究を始めた頃は、個体レベルでの選択的スプライシング制御機構はあまり解析されていませんでした。例えば、哺乳類で脳と筋肉のmRNAを比べるためにはノーザンブロッティングやRT-PCR(いずれもRNAを検出する手法)をするとサイズの違いなどが分かりますが、組織をすり潰してRNAを抽出する必要がありました。

一方、当時急速に世界中の生命科学研究に採り入れられるようになった蛍光タンパク質は、当初は緑色に光る緑色蛍光タンパク質(GFP)だけでしたが、この研究を始めた頃には緑以外に赤、シアン、黄などさまざまな色のものが使えるようになっていました。つまり、生きている細胞や生物の中で同時に2種類、3種類の蛍光タンパク質を発現させて見分けられるようになったのです。また、私自身は線虫(せんちゅう)というモデル生物を扱っていました。線虫の体は透明なので、生きた状態で、神経、筋肉、腸などの細胞を観ることができるのです。そこで、線虫を使って生きたままスプライシングのパターンを「見える化」する、例えば神経が緑で筋肉が赤で腸が青、みたいなきれいな生物が作れたら組織特異的な制御の存在を実感できるだろうなと思いました。

線虫のタンパク質に色をつけていくということですか。

黒柳:
はい。哺乳類と同じように線虫でも組織毎のスプライシングパターンが違う遺伝子がきっとあるだろうと考えました。緑色や赤色の蛍光タンパク質でスプライシングパターンの違いを可視化できれば、1匹の線虫の中である組織は赤くて、ある組織は緑という虫ができる。そういう虫が作れたら色々使えるんじゃないかなと。生きたままスプライシングパターンを可視化するのが、この研究分野に入って最初に始めたことですね。

実は「見える化」すること自体は最初に試した遺伝子とアイデアで拍子抜けするほどうまくいったのですが、さらなる疑問がわいてきました。組織によって色が違うのはなぜだろう、どういう仕組みで使い分けられているのだろう、といったことです。当時同僚だった先生に促されて調査をすることになりました。

組織特異的スプライシングを示す3色レポーター線虫

どのように調査していったのでしょうか。

黒柳:
線虫は、もともと遺伝学に適した生き物です。突然変異をランダムに起こして得られた変異体でどのような遺伝子が変異したか調べることで現象発生の因子が分かるのが遺伝学的解析ですが、これをスプライシング研究に応用できるのではないかと考えました。
スプライシング可視化線虫は組織によって色が異なり、例えば筋肉が赤い虫がいるとします。突然変異を起こさせて、筋肉が緑色になってしまう変異体を得る。すると筋肉で筋肉型のスプライシングをさせるために必要な因子が特定できます。そのようにして特定した制御因子がmRNA前駆体のどこに結合するか調べると遺伝子のどこの配列が大事なのか分かるんですね。

スプライシングパターンを生物が生きたまま可視化するのは、2006年の私の論文が最初でした。同じ年にマウスで同様にスプライシングの可視化を報告した研究グループもあります。マウスの場合は、生後すぐの体表面なら生きた状態で蛍光を観られますが、中の臓器を観察するときは摘出しなければなりません。結局は生きたままの状態で観ることはできなかったわけです。一方、線虫では生きたまま個々の細胞の色も分かるし、変異体も採取できます。制御因子も特定できます。
線虫研究の歴史においては、形が変わるとか動きがおかしい変異体はたくさん採取されていたのですが、異常が識別できないと変異体が採れません。したがって、線虫ではスプライシング研究がほとんどされていませんでした。でも、「見える化」したら線虫でも様々なスプライシング異常の変異体がザクザク取れるようになった。当時はRNA干渉法によって配列既知の遺伝子の機能を阻害する逆遺伝学的解析が急速に広まった時期でしたが、アイデア次第で古典的遺伝学もまだまだ使えることも示せました。

個体レベルでのスプライシングの可視化をずっと続けてきてスプライシング制御の論文を出し続けているのは私たちの研究室だけですが、近年は米国やカナダの研究グループも線虫を使って同様の可視化法を採り入れて研究しています。私たちや彼らの研究で分かったのは、線虫で見つけたスプライシングを制御するRNA結合タンパク質には哺乳類にもよく似たタンパク質があること。線虫のタンパク質が好んで結合するRNA配列は哺乳類でも同じです。線虫のタンパク質にスプライシングを変えるはたらきがあると、哺乳類のカウンターパートでも同じようなことが起きる。線虫と哺乳類は進化的には離れていますが、組織特異的なスプライシング制御を担っている因子は共通していて、それらによる制御が脈々と続いていることを論文にしてきました。最近はRNAが転写されてからメッセンジャーRNAが完成するまでどのくらいかかるのか、時間的な過程も調べています。

私の研究室では、これまでにさまざまな遺伝子の組織特異的あるいは発生段階依存的なスプライシングのパターンを可視化する線虫を作って報告したのですが、海外から使わせて欲しいとリクエストがきた場合には積極的に提供しています。

海外からのリクエストは、どのようなものなのですか。

黒柳:
例えば、米国ハーバード大学の研究者が私たちの研究を使って、「線虫に与える餌の量を制限して長生きさせるにはスプライシング機能の維持が必要」という論文を科学雑誌『Nature』(ネイチャー)に出したんですね。スプライシングに関わるたった1つの遺伝子を線虫に過剰発現させるだけで長生きさせられるというデータも含まれていました。ちょっと乱暴な実験なんですけど(笑)。スプライシング機能の低下と老化はパラレルじゃないかというものでした。
この論文の発表の後、線虫を用いた老化研究に興味のある世界中の研究者たちから20〜30件のリクエストが来ました。日本では興味が持たれないのか、1件もないですが。

それ以外にも、米国ピッツバーグ大学の研究者から線虫の自然免疫の抑制にスプライシング制御が関与しているようだとの相談を受けて、共同研究をしています。また、ノルウェーのオスロ大学の研究者とは線虫のアルツハイマー病モデルでのスプライシング機能について共同研究を行っています。

最近は哺乳類のスプライシング制御も研究されているそうですね。

黒柳:
はい。これまでの線虫を用いた研究での経験を活かして、哺乳類でも個体レベルでの研究をしてみたいと思いました。哺乳類で最も大きなタンパク質であるタイチンをコードするTTNという遺伝子があります。TTN遺伝子の選択的スプライシングは骨格筋と心筋で大きく異なり発生段階でも変化するなど、おそらく最も複雑な制御を受けています。しかし、あまりにも長大でしかも普通の培養細胞では発現しない遺伝子であるため、スプライシング研究者の間では全く相手にされていませんでした。そこで、このTTN遺伝子の心筋特異的な制御を調べ始めました。
そんな折、家族性拡張型心筋症の原因遺伝子の1つとして報告されていたRBM20というRNA結合タンパク質がTTN遺伝子の心筋特異的スプライシングを制御することを偶然見つけたと米国のグループから報告されました。そこで、難治疾患研究所の木村彰方教授(現理事・副学長)らと共に難病基盤・応用研究プロジェクト室に分野横断的な難病筋疾患研究プロジェクトを立ち上げ、RBM20によるTTN遺伝子の制御を調べ始め、家族性拡張型心筋症患者で変異が集中するRBM20のRSRSPというアミノ酸配列がRBM20の核移行に必須であることを見つけ、遺伝子改変マウスを作製して、個体レベルでもRSRSP配列がTtn遺伝子のスプライシング制御に必須であることを論文報告することができました。

RBM20のRSRSP配列のリン酸化はRBM20の核移行と心筋特異的スプライシングに必須

産学連携について

産学連携としては、どのような内容ですか。

黒柳:
産学連携のお話を最初にいただいたのは2017年。線虫を活用して早期がんの診断をするベンチャー企業からなのですが、ちょうど大学院の同級生がその会社で働いていたこともあって、相談を受けました。線虫ががん患者の尿の匂いを嗅ぎ分けるしくみが知りたいから手伝って欲しいという内容です。
その会社は今年初めには診断サービスの提供を開始しましたが、2年後にはうちとの共同研究の成果を活かしてがんの種類まで判別するサービスを開始したいと言っています。

海外からのお問い合わせや大学院時代の方とつながったのは、先生の研究テーマが必要とされていたからですね。

黒柳:
線虫のスプライシング制御について研究し続けたことで、RNA研究分野では線虫を材料にしている研究者として、線虫研究者コミュニティではmRNAの転写後プロセシングの研究者として両面で認知してもらい、総説や電子書籍を執筆しました。一見関わりのない研究分野でも、mRNAプロセシングや線虫が関係することであれば問い合わせをいただけると期待しています。

他にはどのような方からお声がけされているのですか。

黒柳:
現在、ある海外の製薬会社から先のRbm20遺伝子改変マウスを使わせてほしいというお話をいただいています。このマウスについては難病筋疾患研究プロジェクトで現在も解析中で、先の論文では表現型については一切触れていないのですが、遺伝子の性質からこのマウスに興味を持っていただいたようです。新しい論文を投稿中ですので、このマウスも使える方に使っていただけたら、と思います。
他には、ブタを使った疾患モデル動物を作っている国内外の方々からも連絡をいただきました。海外のグループの方は既にRBM20遺伝子改変ブタを作製しており、ブタに拡張型心筋症患者と同じ単一アミノ酸置換を導入するとヒトと同じように病気になる、という論文を共同研究として用意しています。彼らは企業と組んでこの疾患モデルブタを量産して商業的に販売する前提でプロジェクト化しているようでした。

オープンイノベーション機構に参加される中で感じていることはありますか。

黒柳:
機構のイベントを通して色んな人とお話できるのは良いですね。窓口があるので、相談できるのはとてもありがたいです。線虫のベンチャー企業についても、最初から機構の方を通じて契約書を作れたので、結果的に文書が残って記録になる。手間が省けて助かりました。
製薬会社からのマウスのリクエストも、お金やプロジェクトの価値なども含めて全て機構にお任せしていています。オープンイノベーション機構からは、学会で発表すると特許が取れなくなってしまうので「新しいマウスができたら前もって相談して欲しい」と言われています。産学連携をするなら、事前に特許は取っておいた方が良いということは勉強になりました。
2008年から国立研究開発法人科学技術振興機構の「さきがけ」に参加しましたが、3年半の研究期間中は半年に1回会議で集まるたびに特許の取り方など1時間近い講義を受けました。東京医科歯科大学では3年に1回基礎研究のための講習を受けますが、定期的な知的財産権に関する講習も面白いと思います。普段から情報や事例をインプットされていると窓口の顔が見えやすくなり、研究者の特許関係に対する興味も強くなるのかなと思っています。

企業のパートナーで業種などイメージがありますか。

黒柳:
特定の業種はイメージしていませんが、線虫の遺伝子発現に関しては、例えば、特定の細胞で発現している遺伝子のリストアップや遺伝子改変その他のサポートができると思います。
私の研究のキーワードは「RNA」です。RNA結合タンパク質やスプライシング制御配列の変異で病気になるということであれば、一緒にできる可能性もあります。RNA結合タンパク質の変異による病気の研究で先行している分野が神経変性疾患で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や前頭側頭葉変性症(FTLD)などの症例の一部で原因になっていることが知られていますが、神経変性に至るメカニズムはまだはっきりしません。私たちは、先にお話ししたモデルブタやモデルマウスの論文で心筋症の一部でもRNA結合タンパク質の単一アミノ酸置換変異で同じようなことが起こっている、という新しい疾患概念を提唱しようと思っています。
心筋症のモデルマウスがきちんと評価できれば、次はどの遺伝子を創薬ターゲットにすべきか見えてくるのではないか、と考えています。神経変性疾患用にデザインされた薬やそのスクリーニング方法が心筋症にも使えるかもしれないですね。マウスを用いた表現型解析は難病筋疾患研究プロジェクトに参加している難治疾患研究所生体情報薬理分野の井原健介先生が担当しています。

最後に

先生のご趣味について教えて下さい。

黒柳:
街を散策するのが好きですね。国内でも海外でも学会に行った時によく歩くようにしています。自転車を借りて乗ったり。中距離の移動は飛行機ではなく電車、街中ではタクシーではなく路線バスやトラムに乗るようにしています。昨年はポーランドの地方都市を回るのに長距離列車を利用しました。写真も好きで、散策するときはカメラを携えて、街の風景を撮ったりしています。

ポーランド・ポズナン市:Polish-Japanese RNA Meetingで訪れたPolish Academy of Sciencesから望む旧市場広場とポズナン市歴史博物館(旧市庁舎)

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