INTERVIEW
研究者インタビュー
2026.10.28
研究者インタビュー
Vol.89
「喪失感」と向き合う乳房再建医療
患者のQOLを高める研究への挑戦

乳がんの治療では乳房を失うこともあり、日本における乳房再建の実施率は欧米アジア諸外国に比べて低いのが現状です。東京科学大学の加藤小百合先生は、乳房再建や小児の形成外科医療に取り組みながら、再建が患者さんの生活の質にどう影響するかを研究しています。今回は、加藤先生の診療・研究内容や産学連携への思い、プロモーター教員としての抱負についてうかがいました。
- プロフィール
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東京科学大学
形成・再建外科学分野
助教
加藤小百合先生
私が聞いてみました
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医療イノベーション機構イノベーション推進室
インタビュアー詳細
西尾 昌一
研究について
現在取り組まれている診療・研究について教えてください。
- 加藤:
- 形成外科医として診療を行っており、主に乳房再建を専門としています。乳がんで乳房を失う、あるいは治療の過程で乳房を失わざるを得ない方の乳房を取り戻す治療です。他にも、小児の先天性の形態異常も多く扱っています。形成外科は歴史が比較的浅く、認知度も低い診療科で、「結局は美容整形でしょう」と言われることも少なくありません。しかし美容整形が正常なものをより美しくする治療であるのに対し、私たちは体表に異常のある方をより健常な状態に近づけ、その疾患がなければ得られていたはずの生活を取り戻すための治療を行っています。対象は全身、年齢も新生児からお年寄りまで、男女を問いません。
乳房再建によって、患者さんが取り戻すのは物理的なものだけではなさそうです。
- 加藤:
- はい。乳房再建は乳房の形を再現するだけでなく、その方のライフステージにおける大切な選択の一つだと思っています。特に若い患者さんからは、ウェディングドレスや水着が着られない、子育て世代からは子どもが悲しむといった声を聞くことがあります。ある患者さんには「なくなったままでもいいかなと思っていたけれど、実際に出来上がるとすごく嬉しい」と言っていただいたこともあり、再建が持つ意味は、第三者が思っている以上に大きいのではないかと感じています。病気にならなければ、失うことなく生きられたはずです。失う前の生活をきちんと維持できる状態に近付けることが再建の目的です。
患者さんごとに治療方針は大きく異なるのでしょうか。
- 加藤:
- 体に対する考え方は人によって、また国や地域によっても大きく異なります。人工物を使うか、ご自身の組織を移植して使うかによっても意見が分かれるため、どのようなゴールにするかを患者さんとよく相談しながら決めています。命に直接関わる治療ではないからこそ、納得がいくまで話し合うことを大切にしています。標準治療としてのコンセンサスはありますが、そこに一人ひとりに合わせた工夫を重ねていく、いわばオーダーメイドの医療です。
日本の乳房再建率は低いと言われますが、その背景をどのようにお考えですか。
- 加藤:
- アメリカや韓国では乳房再建を行う方が半数近くにのぼるといわれる一方、日本の実施率はそこまで到達していません。乳がん自体を人に話しにくいことに加え、性的な部分への抵抗感から一人で抱え込んでしまうケースが多いこと、情報が十分に届いていないことなどが理由として挙げられます。また治療にあたる乳腺外科医が再建に消極的だと、そもそも形成外科につながらないケースも。「親からもらった体の形を変えるのは抵抗がある」という価値観が根強く、保険診療である治療にもかかわらず理解が広がりにくい面もあると感じています。
2026年4月に形成外科学会総会でシンポジストとして登壇
- 情報を得た上で「乳房再建をしない」と患者本人が決めることはいいことだと思います。ただ、そもそも情報が得られないことで再建治療につながらないのは課題だと考えています。学会としても再建希望実現率を高める取り組みを進めているところです。2024年に日本形成外科学会として初めて「患者さんと家族のための乳房再建ガイドブック」が発刊され、私も編集委員として作成に関わりました。
再建によって、患者さんの行動や生活にはどのような変化が見られますか。
- 加藤:
- 再建をしない場合、着られる服が限られてしまいますし、再建前は胸がないことを隠すために猫背になっていた方が、再建後は背筋を伸ばして歩けるようになる、というお話もよく伺います。近年はQOL(生活の質)が治療成果の指標としても重視されるようになり、再建によって生活の質が向上することが報告されているんです。QOLの向上は、家にこもりがちな生活からより活動的な生活への変化にもつながると考えていて、最近は乳房再建に限らず、例えば眼瞼下垂の手術などの身体の機能と見た目をともに改善させる治療により、社会的に活発になることが、高齢者のフレイル(心身の衰え)予防にもつながるのではないかという研究にも取り組んでいます。この視点にもっと注目が集まればと思っています。
この分野に進まれたきっかけを教えてください。
- 加藤:
- 出身大学に形成外科がなく、当初はどのような科なのか分かっていませんでした。ただ昔から何かを作ったり絵を描いたりするのが好きで、感覚的に自分に合うだろうと考えていました。初期研修で形成外科のある病院に出て、顕微鏡でミリ単位の血管をつなぐ手術や、事故で失われた腕をつなぐ手術などを目の当たりにし、「なんでもできる、夢のある科だ」と感銘を受けて進みました。乳房再建は女性医師であることの強みを活かせる分野だと考えて多く手がけるようになり、小児医療についても、早い段階から関わることでその子のその後の人生にいい影響を与えられることにやりがいを感じています。命に直接関わらない疾患も多いからこそ、「生活のための治療」があるのだと知ったことも、この道を進んだ理由の一つです。
今後、どのような研究課題に取り組んでいきたいとお考えですか。
- 加藤:
- 乳房再建がより良いものになるよう手術成績の評価などを重ねてきましたが、今後は患者さんが社会の中でより生き生きと過ごせるようになるための研究に力を入れたいと考えています。再建をした方とフレイルや社会的なつながりとの関係を解明していくことや、再建に伴う肩こりなどの不調に対するリハビリプログラムの開発も検討中です。また、美容外科・美容治療が身近になる一方で合併症に悩む方もいることから、美容外科が社会に与える影響をいい面・悪い面の両方から考えていくことにも関心があります。
産学連携について
これまでに産学連携に取り組まれたご経験はありますか。
- 加藤:
- 厳密に言うと一度だけあります。当時歯学部におられた田邊元先生とヤマハ様が取り組まれていた音楽に関するプロジェクトに、少し関わらせていただいたことがあります。私自身は口唇口蓋裂の子どもの手術を多く担当しており、そうした子どもたちが成長する過程で、歌や楽器の演奏がきちんとできているのか疑問に感じていました。私自身も音楽を続けてきたこともあり、そういった子どもたちのために何かできないかと考え、田邊先生と一緒に取り組みに加わりました。もともとは服部先生たちが進めていたプロジェクトを学会発表で知り、田邊先生に相談したことがきっかけです。ただ、中心となっていた田邊先生が他大学に異動されたこともあり、現在は関わりが落ち着いています。
企業の方とお話しする際、どのようなことを意識されていますか。
- 加藤:
- 企業の方は利益を出すことを重視されるため、私が話している内容がその点で企業の方を満足させられているかが、非常に気になります。形成外科はどうしても市場が小さく、希少疾患を扱うことも多いため認知度も高くありません。それがネックになる一方で、だからこそ一度インパクトが出れば反響も大きいのではないかとも思っています。再建外科には、患者さんの物語を語れる世界という側面があります。その価値を見出してくださる企業と、お互いに補い合いながら高め合っていけたら嬉しいです。
産学連携の経験は、先生のご研究やキャリアにどのような影響を与えましたか。
- 加藤:
- 純粋に楽しく、一層充実感を得られるようになりました。臨床を中心にしていると研究はどうしても遠い存在で、忙しい中で研究をすることに大変なイメージしかありませんでした。しかし、自分が日々考えていることが社会に実装されていく可能性を感じた瞬間に、大きなやりがいを感じました。それ以来、あらゆる出来事を「何かにつなげられないか」「社会のニーズはどうか」という視点で見るようになりました。また、治療は終わっても患者さんの人生はその先も続いていくという時系列の視点も新たに得たものです。実際、手術から10年経った患者さんの状態を調べる調査にも、今、分野として取り組み始めています。
一方で、難しさを感じられたことはありますか。
- 加藤:
- 以前、スタートアップ支援事業で起業家の方と面談させていただいたことがありますが、話をしても「現実的ではない」で終わってしまいがちでした。具体的にどう実現していくのかが見えてこなかったのは、まだそこにつながるだけの研究内容になっていなかったからだと思います。自分の研究をより深く、より広くしていく必要があると感じた経験でした。
今後、どのような企業と連携していきたいとお考えですか。
- 加藤:
- 乳房再建では体の動きに影響が出ることもあるため、再建後の身体機能の維持について、運動や体の動きに詳しい企業と組みたいと考えています。また、手術によって自信を持ち、社会に出ていく機会が増えるという行動変容を測定・発信していく上では、ウェルビーイングを数値化する技術を持つ企業とも連携できればと思っています。ウェアラブル端末やアプリを使って外に出る機会や状態の変化を可視化できれば、そこから新たな製品につなげていける可能性もあるかもしれません。学内にも、運動器やウェルビーイングに詳しい先生方がすでにいらっしゃるようなので、そうした分野を超えたマッチングにも期待しています。
プロモーター教員について
プロモーター教員になられたきっかけを教えてください。
- 加藤:
- 昨年、所属分野の教授から声をかけていただいたのがきっかけです。やりたいと思ったことは何でもやり、興味を持ったことには積極的に関わりに行く性格が向いていると思っていただけたのかもしれません。
プロモーター教員として、具体的にはどのような活動をされていますか。
- 加藤:
- ご案内いただいた情報をその日のうちに周囲と共有したり、興味を持ちそうな方に声をかけたりしています。面白い企画を数多く用意していただいているので、時間の許す限り参加するようにしています。
企業やアカデミアとの連携について、医療イノベーション機構に期待することはありますか。
- 加藤:
- 私たちは手術を中心にしてきた、いわば職人のような人間なので、通常であれば企業と一緒に研究する機会はまずありません。普段は臨床が中心で研究面でのコネクションが少ない分野だからこそ、そのきっかけをつくる架け橋になっていただけるとありがたいです。具体的にはマッチングの機会をいただけると助かりますし、そうしたニーズがあるかどうかを聞いていただくだけでも意識が変わると思います。プロモーター教員のお声がけをいただくまで、企業との連携は自分にできることだとは考えていませんでした。可能性があると知ることが、研究者にとって視野を広げる第一歩になると感じています。
最後に
先生のご趣味や休日の過ごし方を教えてください。
- 加藤:
- ずっと音楽を続けていて、金管楽器やピアノ、歌などに親しんできましたが、最近は子どもの頃からやりたかったドラムを始めました。これまでの楽器は音階のあるものばかりでしたが、ドラムは体でリズムを刻んで覚えていく感覚があり、無心になれるところが気に入っています。一定のリズムを刻み、その振動に包まれる感覚は、心地よさとして自然に感じられるものがあるのではないかと思っています。
先生にお会いしたい方、研究プロジェクトについてさらに詳しく知りたい方は、お気軽にご相談ください。
医療イノベーション機構
openinnovation.tlo@tmd.ac.jp
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