INTERVIEW
研究者インタビュー
2026.09.02
研究者インタビュー
Vol.87
薬の投与量における「さじ加減」を数理モデルへ
効き方を予測する臨床研究

同じ薬を同じ量だけ投与しても、効き方や副作用の出方に個人差が生じることは、薬物療法における課題の一つです。そこで、これまで経験則に頼らざるを得なかった投与設計を、科学的な根拠に基づいて最適化しようとする研究が進められています。東京科学大学 薬剤部 准教授・副薬剤部長の平井利典先生は、臨床データを用いた統計解析や数理モデルの構築を通じて、抗凝固薬の至適投与量の予測や、薬同士の組み合わせによる電解質異常のリスク管理に力を入れています。今回は、平井先生の研究内容と産学連携への思い、プロモーター教員としての抱負についてうかがいました。
- プロフィール
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東京科学大学
薬剤部
准教授・副薬剤部長
平井利典先生
私が聞いてみました
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医療イノベーション機構イノベーション推進室
インタビュアー詳細
山中一弘
研究について
先生のご専門分野について教えてください。
- 平井:
- 私はこれまで病院薬剤師として勤務し、臨床業務だけではなく研究にも取り組んできました。研究というと動物実験やフラスコなどの器具を用いた基礎研究をイメージされる方が多いかもしれませんが、私が携わってきたのは臨床研究です。具体的には、カルテ情報を用いて薬の効果や副作用に関係する要因を統計解析で明らかにしたり、投与量に対する血中濃度や効果を予測する数理モデルを構築したりする研究です。薬物療法は対象とする範囲が非常に広いため、感染症やがんなど特定の領域にこだわらず、さまざまな領域に携わってきました。中でも特に深く関わってきたのが、医薬品による電解質異常と腎機能障害です。
そのテーマに関わるようになったきっかけを教えてください。
- 平井:
- 薬学部在籍時にさかのぼります。最初に学ぶのは薬理学、つまり薬がなぜ効くのかという学問です。また、薬をどのように使うかという点も重要で、特に大きな課題となっているのが投与量でした。投与量の決定がうまくいかないことで、新薬の開発が断念されてしまう案件も実際にあります。さらに、薬同士の組み合わせによって、効果や副作用の程度が大きく変わってしまうという問題もあります。
同じ効果を持つ薬を併用すれば効果が強くなることは薬理学で説明できます。一方で、ある薬がもう一方の薬の血中濃度を上げてしまうといった現象は薬理学では説明できず、薬物動態学の話になります。薬剤師である以上、薬の相互作用に関わる問題には、自ら主体的に取り組む必要があると考えています。さらに日本では過去に、薬同士の組み合わせによる薬害で死亡が多発した出来事もありました。こうした薬害の経緯も、投与設計や薬物相互作用というテーマに関わるきっかけの一つになっていると思います。
研究の中で、特に解決したいとお考えの課題について教えてください。
- 平井:
- 一つは抗凝固薬です。高齢社会の進展に伴い、心房細動という不整脈に対して抗凝固薬を使用するケースが増えていますし、心臓血管外科の手術でも抗凝固薬が必要になります。特に古くから使われているワルファリンは個体差が非常に大きい薬で、これまでも個人差の原因についてはさまざまな研究が行われてきました。
しかし、具体的にどの程度の投与量にすればいいのかというところまでは十分に確立されていません。過去の研究で開発された数理モデルでは、投与量の予測精度が半分程度しかなかったことが報告されています。現在は、他大学の先生方と協力しながら予測モデルの開発を進め、社会実装につなげようとしているところです。
もう一つは、医薬品による電解質異常です。カリウムやカルシウムなどの電解質が乱れると、重篤な不整脈につながることがあり、予後に直結する状況にもなりかねません。また、薬の継続ができなくなることで、本来期待できる心血管疾患や骨折の予防といった効果が得られなくなってしまうため、薬の継続をうまくサポートするための研究に取り組んでいます。ただし、電解質異常は薬だけで起こるものではなく、患者さんが持つ病態や腎機能をはじめとした臓器機能などさまざまな要因を踏まえて、薬同士の組み合わせに焦点を当てて研究を進めています。
研究を進めるにあたり、他の診療科と連携される機会も多いのでしょうか。
- 平井:
- 学内外を問わず、実際に診療科の枠を超えた連携の機会があります。例えば学外では、以前勤めていた職場の後輩が精神科の専門病院に勤務しており、クロザリルという薬剤について、血中濃度と副作用の関係が十分に整理されていないため、研究のサポートをしてほしいという依頼を受け、現在は精神科領域の研究を続けています。また、前職では自身の専門領域である腎臓関連でも診療科と連携した経験があり、腎移植を専門にする先生方と免疫抑制薬の血中濃度の予測モデルについて研究したり、腎臓内科の先生方から電解質に関わる薬物相互作用について専門的な知見をいただく機会もありました。
先生が取り組まれている数理モデルについて、詳しく教えてください。
- 平井:
- 私が取り組んでいるのは、母集団薬物動態解析という薬の血中濃度を予測する手法です。分かりやすく説明すると、人間の体を一つのビーカーに見立てます。そのビーカーに薬が入り、ついている蛇口から薬が徐々に外へ出ていくようなイメージです。こうした薬の体内での動きは、微分方程式を使って説明できます。さらに、薬を体から除去する能力に関わる要因として腎機能や年齢などの変数を組み込み、血中濃度を予測していく考え方です。
- AIの場合は、関係しそうな要因をブラックボックス的に取り込んで予測する側面があります。一方、私たちが取り組む母集団薬物動態解析で重視しているのは、「なぜこの変数が予測に関係するのか」を生物学的に説明できることです。そのため、モデルの候補ができた段階でも組み込まれている変数について「本当に妥当なのか」「生物学的に説明できるのか」を必ず議論します。統計的に有意だからという理由だけで、そのまま採用することはありません。予測するだけでなく、なぜその結果になるのかを説明できることも大切にしています。
研究の今後の展望として、具体的な社会実装についておうかがいできますか。
- 平井:
- 先ほどお話しした数理モデルを、専門知識のない医療従事者の方々にも分かりやすく届けることを目指して、現在検討しているのがアプリケーションの開発です。必要な情報を入力して予測結果が算出される仕組みが整えば、より多くの方に使っていただけるのではないかと考えています。実際にアプリケーションを開発できれば、医療全体への波及も期待できるでしょう。
産学連携について
今まさに産学連携のために動き始めているとうかがいました。
- 平井:
- 先ほどお話ししたアプリケーションの開発にあたり、私たちだけで実装までこぎつけるにはいくつかの障壁がありました。例えば、特許取得を検討しても、その進め方に関する経験がなく、相談できる弁理士などの専門家とのつながりもありません。私たちはあくまで臨床現場の人間、あるいは大学の研究者という立場なので、実装に向けては専門家のサポートが必要だろうと考えました。そこで産学連携の部門に相談し、各研究グループの担当スタッフの方々も交えながら、現在の体制に整えることができました。
さらに現在は、抗凝固薬のワルファリンについて、メーカーとの連携を想定しています。ワルファリンはPT-INRという検査値を見ながら投与量を調整する薬ですが、従来は検査値が高いから減らす、低いから増やすといった経験則的な判断が中心で、実際にどのくらい増減させればいいのかは、いわば医療者の「さじ加減」に頼っている部分がありました。年齢や体格などの情報をもとにモデルで予測すると、投与量に応じてPT-INRがどのように推移し、どの程度の割合で目標範囲に収まるのかをシミュレーションカーブとして示すことができます。しっかり効かせたい場合や、出血リスクを避けたい場合など、それぞれの要望に応じた投与設計を可視化できるようにすることを目指しています。
他大学の研究者との連携もあるそうですね。
- 平井:
- はい。過去の職場に在籍していた時から取り組んでいたテーマで、ワルファリンによる出血が腎機能障害の合併によって起こりやすいという内容について論文化しました。ある学会で偶然、近しいテーマに取り組む日本大学の数理モデルを専門とする先生と意気投合したことがきっかけで共同研究が始まっています。モデルに関する論文が公表されると、北海道大学病院の心臓血管外科の医師から直接ご連絡があり、共同研究を行う流れになりました。
研究を進め、成果を広げていく上で、感じていらっしゃる障壁は他にどのようなものがございますか。
- 平井:
- ワルファリンであれば、カルテからデータを集めれば数百人から数千人単位の症例が集まります。しかし、私が専門としている薬同士の組み合わせによる電解質異常のリスクに関する研究は、対象となる組み合わせを使用している症例数がかなり限られてしまうことも少なくありません。数百人から数千人規模のデータが集まれば統計学的な有意差を出すことは比較的容易ですが、症例数が少ないと、そもそも統計解析ができるレベルに達しないことも珍しくありません。実際、近年発表した研究の中には、10例ほどの症例数で論文化したものや、3例という少ない症例数で数理モデルを構築し、論文化したものもあります。大規模なデータベースをお持ちの方と連携できれば、これまでサンプルサイズが集まらずに苦労してきたテーマに改めて取り組めるのではないかと期待し、実際に他大学のデータベースをお持ちの先生との連携も進めています。
医薬品の相互作用に関する情報が不足しているという課題もあるのでしょうか。
- 平井:
- 医薬品の開発では、まず薬単体の効果や副作用を確認することが中心となり、薬同士を併用した場合についてはほとんど議論されないのが実情です。そのため、市販された後になって、臨床研究で予見されなかった副作用が起こるといったことも少なくありません。一例を挙げると、骨粗鬆症の治療薬であるデノスマブは、カルシウムを下げる働きがありますが、市販直後に低カルシウム血症が頻発し、注意喚起がなされました。カルシウムを下げる薬は他にもあり、私が研究対象としている利尿薬もその一つです。しかし、添付文書には、こうした薬との併用について注意喚起が必ずしも十分に記載されていません。
さらに、骨粗鬆症の治療薬は整形外科、利尿薬は循環器や腎臓を専門とする先生方が処方するといったように、それぞれの薬によって取り扱う診療科が異なります。そのため、薬を併用した際のリスク管理は薬剤師の役割が大きいと考えています。先程も紹介しましたが、現在は大規模なデータベースを活用した研究について検討を進めています。また、専門知識のない方にも分かりやすく、誰もが一律に使えるアプリケーションを活用することも、こうした課題を解決する糸口の一つになると考えています。
企業の方とのコミュニケーションで心がけていることはありますか。
- 平井:
- 企業との連携はまだ経験が浅いのですが、相手はビジネスの視点で連携を考えています。だからこそ意識しているのは、まず社会にどのような問題があるのか、その問題に対して私たちがどのような形で解決に貢献できるのかを明確に伝えることです。プレゼンテーションの際にも、この2点は最初に必ずお話しするようにしています。
企業との連携を経験する中で、研究に対する考え方に変化はありましたか。
- 平井:
- 現段階では、これといって大きな変化があるわけではありません。ただ、今回の経験を通じて、自分たちだけで研究成果を社会に広げていくことの難しさを改めて実感しています。研究成果のすべてが社会実装につながるわけではないことは承知していますが、社会に届けられる可能性があるものについては、専門の方々と連携しながら社会実装へ結びつけていきたいと考えています。
プロモーター教員について
プロモーター教員になられたきっかけについて教えてください。
- 平井:
- 本学が国際卓越研究大学になったことや、世界に向けて発信していく大学であるという背景もあり、上司からの推薦を前向きに受けました。これまで社会実装には携わったことがなかったため、一つの勉強になると思い、プロモーター教員の役割を引き受けました。
これまでは正直なところ、自分が疑問に思ったことを解明したいという一心で研究に取り組んできました。ただ、今回、プロモーター教員に就任したことをきっかけに、研究成果を社会へ届けることにも目を向けるようになっています。今後は、多くの方が困っていることを研究テーマとして形にし、その成果を何らかの形で社会に広げていくことにも取り組んでいきたいと考えています。
医療イノベーション機構に期待することはありますか。
- 平井:
- 学内でつながりのある方もまだ決して多いわけではありません。私のノウハウが必要とされる場面や、うまくコラボレーションできる方がいらっしゃれば、ぜひおつなぎいただけると大変ありがたいです。
最後に
先生のご趣味やプライベートの過ごし方について教えてください。
- 平井:
- ラーメンが好きで、多いときには年間で60件以上、新規のお店を開拓しています。休日に出かける際はもちろん、出張の際にも、事前にリサーチして訪れてきました。最近は、グルメサイトに掲載されているお店の多くは制覇済であることに気付き、今後どうやって新しいお店を発掘していくかがちょっとした悩みになっています。完全予約制のお店も増えてきていますが、人気店は予約開始とほぼ同時に埋まってしまうことも多く、過去にチャレンジして2回とも予約に失敗してしまったお店もあります。また機会を見つけてリベンジしたいですね。
都内の完全予約制のラーメン
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