INTERVIEW
研究者インタビュー
2026.01.22
研究者インタビュー
Vol.84
身体疾患の「こころ」を科学し、医療機器へ リエゾン精神医学から広がる社会実装

身体の病気と向き合う患者さんのそばには、不安や落ち込み、治療による精神面や睡眠への影響など、複雑な心の課題があります。東京科学大学の宮島美穂先生は、身体疾患の患者さんのメンタルケアを担うリエゾン精神医学や精神腫瘍学を軸に、精神・神経疾患のバイオマーカー開発に取り組んでいます。
近年は、臨床の知見を医療機器として社会実装する実用化研究にも注力。企業との共同研究を通じて、現場で本当に役立つ技術へとつなげる挑戦が進んでいます。今回は、先生の研究内容や産学連携で意識していること、今後の展望までうかがいました。
- プロフィール
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東京科学大学
医歯学総合研究科
精神科/心身医療科
精神行動医科学分野
准教授
宮島美穂先生
私が聞いてみました
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医療イノベーション機構 イノベーション推進室 URA
インタビュアー詳細
島田康弘
研究について
まず、先生のご所属や専門分野、研究内容について教えてください。
- 宮島:
- 精神科医として東京科学大学病院の精神科/心身医療科に、アカデミアとしては医歯学総合研究科の精神行動医科学分野に所属しています。精神行動医科学分野は、精神疾患のバイオマーカー開発や計算論的精神医学などに力を入れているのが特徴です。
その中で私自身は、臨床面では、がん患者さんのメンタルケアを扱う精神腫瘍学をはじめ、身体疾患の患者さんのメンタル面を支えるリエゾン精神医学の領域に主に携わっています。
- 純粋な心の悩みで来院される方だけでなく、身体の病気で入院・治療中の患者さんの精神面をサポートする領域です。
身体疾患に伴うメンタルケアは臨床的に重要な一方、研究分野として難しさもありそうですね。
- 宮島:
- 精神科の一領域として、あるいは学術的には、メジャーではない位置付けかもしれませんが、大学病院における高度なチーム医療という観点では非常に重要な分野だと思います。例えばがん患者さんの場合、うつ病が合併することもあれば、脳病変そのものによって性格変化や精神症状が生じることもあります。あるいは、治療薬の副作用で精神面に影響が出ることもあり、要因の特定が非常に複雑です。
診療におけるかかわり方として、たとえば、卵巣がんの患者さんが周産・女性診療科で治療中に落ち込みや不安が目立つので精神科でも診てほしい、といったように、担当科からコンサルテーションをいただいて診療することが多いです。一方で、例えば血液がんで造血幹細胞移植を行う患者さんは、感染対策のため一定期間は病室からの出入りや家族との面会が制限され、治療の副作用も強いことが多い状況です。心身の負担が大きいため、メンタル不調のリスクも高くなります。このような特にハイリスクな領域では、治療早期の段階から予防的に関わる体制を組むこともあります。
現場では、身体疾患と精神疾患が併存する患者さんへの介入は手が届きにくい現実があります。身体科側から見ると「心のケアは専門外」、精神科から見ると「身体科の患者さん」、ととらえられやすく、結果として治療や支援の担い手が曖昧になってしまう。ニーズは確実にあるのに、適切なケアや研究が追いついていない部分について、これまでの研究で培ったアプローチで役に立てる部分がないかと考えています。
先生がこの領域の研究に関わるようになったきっかけを教えてください。
- 宮島:
- 私が、リエゾン精神医学と並行して臨床、研究に力を入れてきた領域として、てんかんの分野があります。てんかんの臨床や研究で培ってきた、脳波や心電図等の解析を通じた生理学的なアプローチは、リエゾン精神医学のテーマにも応用できる部分があり、そこから研究が広がっていきました。
研究を通して、どのような課題を解決したいとお考えですか。
- 宮島:
- 現在、特に力を入れているのが社会実装を見据えた実用化研究です。臨床で得た知見を、医療機器として形にして現場で使えるようにする。できれば国内でしっかり使える、日本発の技術として育てていきたい、という思いがあります。具体的には、大手製薬メーカーと開発している、せん妄を予測する医療機器ですね。まだ医療機器にできるかどうかの検討段階ではありますが、これからも継続的にデータを解析して開発していこうと話しています。
- せん妄は近年非常に注目されている領域で、多くの研究者が参入しています。いわばレッドオーシャンになりつつあるのですが、私たちの強みは、ウェアラブルセンシングを活用した長時間の心電図等のデータがあることと、東京科学大学病院内に蓄積された既存のデータベース、いわゆるビッグデータがあることです。電子カルテ上の膨大なデータと心電図などの生理学的データを組み合わせることで、「せん妄発症リスク」を予測するアルゴリズムを開発しています。
てんかん発作を予知するソフトウェア医療機器の研究もAMED事業として取り組み、実用化まであと一歩の段階ですが、治験の資金調達という壁にぶつかっていまして。現時点では、いったん治験プロトコルの確定など、治験の準備を万全にするところを目指しています。
社会実装に近付くほど研究以外の壁も増えそうですが、実際にどのような課題がありますか?
- 宮島:
- まさにそこが大きいです。例えば、社会実装に近いところまで来ているのが、先述したてんかん発作を予知する機器ですが、仕組み自体が新しく、これまでの前例が少ない状態です。したがって、どういう枠組みで医療機器として申請するのが適切なのか、どのような使い方なら患者さんの役に立つのか、そもそも現場が欲しいと思ってくれるのか。技術面だけではなく、制度・運用・ニーズ検証が重要になります。
まずは、全国の医療者に向けた調査(アンケート)で、「どのような患者さんに使いたいか」「どのような場面で役立つか」「どのような性能なら使いたいか」などの声を集めて検討を進めていく予定です。
産学連携について
産学連携のご経験について教えてください。
- 宮島:
- 産学連携に関しては、検討中のプロジェクトも含めて、リエゾン関連が2件、てんかん関連が2件あるのですが、いずれも先方から「一緒にやりませんか」と声をかけていただきました。私自身も興味があるテーマだと、そこから共同研究が動き始める、という流れになりますね。
企業とコミュニケーションする際に、心掛けていることはありますか?
- 宮島:
- 失敗を重ねて学んだ部分が大きいのですが、まず企業側の文化をなるべく理解することです。アカデミア同士だと「面白い結果が出ればいいよね」で進むこともありますが、企業の場合は基本的に事業として成立しないと難しい。ギブ&テイク、Win-Winでなければ続きません。
一方で、企業の「データを取ってほしい」といった要望に応えるだけの下請けにならないよう、こちらの研究者としての利益や特許の権利関係もしっかり主張する。そのバランス感覚、いわばビジネスパートナーとしての対等な関係構築が重要だと痛感しています。
産学連携をご経験されてきた先生ならではの、現場感のある視点ですね。
- 宮島:
- 企業に何か依頼する際には、目的に沿った成果や先方の工数を考慮し「いつまでに何をどの規模で」という前提で動いています。こちらの都合だけで人を動かすのではなく、相手の目的や事情も理解した上で設計する必要があります。
医師として最初は、製薬会社や医療機器会社に顧客として接する場面が多かったので、その感覚のままだとうまくいかないことがありました。アカデミアとして企業に価値を提供しながら、共同研究として成立させるー言うのは簡単ですが、実際は難しいですね。
他の大学や、学内の先生方との連携についてはいかがですか?
- 宮島:
- 東京科学大学になったことで、理工学系の先生との距離がぐっと縮まりました。例えば、生命理工学院 藤枝俊宣教授は、ラップのような厚さ約4μmの薄膜電極による脳波計測や、呼気や汗から特定の生体分子を検出するといった技術をお持ちです。藤枝先生による医工学の先端技術と我々の臨床基盤を融合することで、リエゾン精神医学領域におけるバイオマーカー開発など、新しい共同研究の可能性について話し合っています。
また、教育研究組織 生命理工学院 黒田公美教授がリーダーを務める「Visionary Initiative(VI)(※)」のグループにも参加させていただき、基礎研究のシーズを臨床につなげるブレインストーミングを行っています。
※https://www.isct.ac.jp/ja/017/research/visionary-initiatives
海外企業との連携もあると伺いました。
- 宮島:
- はい、ウェアラブルセンシング関連で、海外企業との共同研究を検討している案件があります。できればリエゾン精神医学領域で展開したいと考え、協働していただける可能性のある他の診療科と相談しているところです。
産学連携の相談窓口として、医療イノベーション機構に期待することはありますか?
- 宮島:
- 契約など含めた専門的支援は、プロジェクトを進める上でとても助かっています。企業から話が来たときに「この後どう解釈して、どう進めればいいのか」がわからないこともあるので、まず相談できる窓口が明確なのはありがたいですね。そこから、必要に応じて適切な部署につないでもらえるのは動きやすいと思います。
プロモーター教員について
プロモーター教員になられたきっかけを教えてください。
- 宮島:
- これまでの産学連携の経験をもとに、リエゾン精神医学領域独自の研究活動を「今後もっと広げていきたい」と思ったことが背景にあります。社会実装に関わる研究を進める上で、企業とつながる機会を増やしたい、というのも理由の一つです。
最後に
先生のご趣味や休日の過ごし方を教えてください。
- 宮島:
- 自分のペースで楽しめるリフレッシュ方法として、小説やマンガを読むのが好きです。話題の新刊が書店で気になり読むこともあれば、ふと古典的な作品を手に取ることもあります。大学生時代から続いている、文芸好きな仲間との小説の読書会があり、都合が合うときは参加しています。
マンガは移動時間やリラックスタイムにスマホやタブレットで読むことが多いです。休日にはマンガが充実している図書館やカフェ、スパなどに行くこともあります。
- ミステリーものや、医療、社会問題を扱った作品に面白みを感じています。
先生にお会いしたい方、研究プロジェクトについてさらに詳しく知りたい方は、お気軽にご 相談ください。
医療イノベーション機構
openinnovation.tlo@tmd.ac.jp
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