INTERVIEW

研究者インタビュー

2024.09.24 
研究者インタビュー 
Vol.60

POCUSの普及と多職種連携によるオンライン診療のさらなる発展を目指す

第三期プロモーター教員

高齢化により医療を必要とする患者の数が増加の一途をたどる一方で、地方の医師不足が深刻な問題となりつつある。特にへき地の医師不足は顕著であり、医療に滞りが生じることも。今回は、オンラインでの超音波検査を組み合わせた、医師と訪問看護師との連携によるオンライン診療の促進について研究をしている山田徹先生にインタビュー。研究の展望や産学連携で実現したいことについて聞きました。

プロフィール
東京医科歯科大学病院
総合診療医学分野・総合診療科
講師
山田 徹先生

私が聞いてみました

部門長・シニアURA(特任教授)
山田 周作

インタビュアー詳細

研究分野について

まずは先生の経歴や所属されている分野について教えてください。

山田徹:
2003年に富山医科薬科大学を卒業後、2013年まで福岡県にある株式会社麻生飯塚病院で勤務していました。総合内科医として内科系の急性期病棟や集中医療に携わる傍ら、Sub specialtyとして消化器内視鏡分野の診療をしていました。同年4月からは東京ベイ・浦安市川医療センターの立ち上げに関わり、総合内科の臨床教育と消化器内科の専門診療をしていました。「教育に関わる研究がしたい」という思いから2015年に名古屋大学大学院に入り、浦安の病院で勤務しながら名古屋大学で研究をスタート。2019年に博士課程を修了後は、東京医科歯科大学総合診療医学分野で勤務しながら、POCUS(ポーカス、Point-of-Care Ultrasound)を初めとするシミュレーション教育、POCUSを用いたオンライン診療や横隔膜超音波検査の研究をしています。

POCUSについて詳しく教えてください。

山田徹:
POCUSは目的や観察部位を絞って短時間で行う超音波検査の総称です。近年、日本でもポイントオブケア超音波として徐々に広まってきました。エコーは近年急速な進化を遂げ、かなり詳細な部分の評価まで可能になりました。その反面、専門的でハイレベルなトレーニングが必要となり、施行するハードルが高くなってしまっていました。そこで「目的に沿って必要な部分だけ抜粋し、診断基準を簡略化して習得レベルを下げ、多くの医療者が施行できるようにする」という考えのもと生まれたのがPOCUSです。POCUSは2010年前後からアメリカで始まり、当初は救急医や集中治療医に浸透していきましたが、近年では内科医や診療看護師、医学生の教育にも広まりつつあります。

先生がPOCUSの研究をされるようになったきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

山田徹:
2012年にサンディエゴで開催されたSociety of Hospital medicineの総会で、当時まだ助教でPOCUSを広めようとしていたSoni先生(現在はUniversity of Texasの集中治療部門の教授:POCUSの世界的第一人者)と初めて出会い、話を聞いたのがきっかけです。その後テキサス大学の彼の元で短期間学び、2013年にSociety of Hospital medicineのPOCUSのcertificationを受けました。当時同じくPOCUSに携わっていたBrown universityの南先生 とSoni教授と私の3人で、日本でもPOCUSを広める必要性があると話し合い、2016年にPOCUSのシミュレーション教育コースを立ち上げました。2018年にはシミュレーション教育の臨床研究のノウハウを学ぶためにハワイ大学に留学し、POCUSを広めるならきちんとエビデンスを出そうと考え、研究を始めました。

エコーと聞くと、据え置き型の装置を想像しますが、POCUSで使われるのはどのようなものなのでしょうか?

山田:
デバイス自体は、検査室に置いてあるような大きなものでも、ノートパソコン型・スマホサイズのハンディタイプのものでも、何でも大丈夫です 。POCUSは検査名ではなく、目的志向型のエコーの使い方そのものを指します。イメージとしては、専門医や検査技師が行う精査の心エコーや腹部エコーと並んでPOCUSがあるのではなく、POCUSというカテゴリーの中に、POCUS用にアレンジされた心エコー、肺エコー、腹部エコー等、各臓器のエコーが含まれるといった形です。

先生がPOCUSの研究で実施しているテーマにはどのようなものがありますか?

山田徹:
研究開始当初は「指導医と研修医が同じPOCUSのシミュレーションコースを受けた際に教育アウトカムに差が見られるのか」というテーマで研究をしていました。その結果、指導医と研修医との間に差は見られませんでした。POCUSの目的でありコンセプトでもある「誰でも短期間で習得でき、質を保ったアウトカムが出せる」ということをエビデンスとして打ち出せたので、次に「診療看護師や特定行為看護師もPOCUSを習得できるか」というテーマに取り組みました。看護師もPOCUSの手技自体は遜色なく習得できることを示すことができましたが、「しっかりと評価できているか自信がない」「医師に相談しても、医師がPOCUSのコンセプトがわからないために相談に乗ってもらえない」「所属施設で自分たちがPOCUSをおこなってもよいかのコンセンサスがなくやりづらい」などといった様々な課題が出てきました。これらの結果から、検査手技だけ習得してもPOCUSが広まるわけではなく、様々な環境要因やルールの整備までを意識するきっかけとなりました。その後、医師にとってのPOCUS施行に対する阻害・促進要因の研究を行い、現在は診療看護師や特定行為看護師にとっての阻害・促進要因の研究や、D to P with Nでのオンライン往診におけるオンラインPOCUSの研究(後述)も行っています。

POCUSを看護師にも普及しようと考えた理由を教えてください。

山田徹:
コロナ禍以降オンライン診療が普及し始めた際に、身体所見や検査所見なしで、患者さんの話だけで診断することの難しさに直面しました。特に高齢の患者さんの場合、オンライン機器の設定が難しい、耳が聞こえにくい、症状をしっかり伝えられないなど多くの問題がありました。そこで、患者さんのそばに訪問看護師がついた上で行うオンライン診療、D to P with N(Doctor to Patient with Nurse)でのオンライン診療の概念が広まり、2024年には条件付きで保険収載されました。

決められた日に定期的に行う「訪問診療」では、D to P with Nによるオンライン訪問診療はある程度有用です。しかし発熱や腹痛など、急な症状に対して臨時で必要となる「往診」では、血液検査や画像検査無しに、訪問看護師や患者さんとのオンライン上のやり取りだけで診療・診断するのには限界がありました。その時思いついたのが、看護師が症状やバイタルサインの確認とともにPOCUSを実施できたら、診療に必要な情報量が増やせるのではないか、ということです。訪問看護師が現場で実施したPOCUSのエコー動画を、オンライン診療を行っている医師のPC上にライブ共有するという方法です。システムさえ構築できれば、現場の看護師とオンライン上の医師とが、二人三脚で診療に当たることができます。医師がライブで看護師に指示を出し診断するので、看護師の責任や不安感に対する担保としても有用です。これを叶えるには、医師と看護師が共にPOCUSを習得していることが必要です。

今後のD to P with Nでのオンライン往診におけるPOCUSの課題は何ですか?

山田徹:
D to P with N自体は保険収載されていますが、現時点では看護師がエコーをすることへの保険上の報酬はありません。エコー自体のコストは加算できるものの、その報酬は医師側に入ってくるものであり、訪問看護師ステーションには報酬が入りません。看護師がPOCUSをマスターし臨床の現場で活用するためには、専門的なトレーニングが必要なのはもちろんのこと、機械の整備や体制作りも必要で、それには時間と労力、コストがかかります。また、責任を伴うことや継続性が求められることなどからも、訪問看護ステーションへの何らかの報酬は必要なのではないかと思います。こういった社会制度面からも現状を変えたいというのが、今の私の考えです。現在は、POCUSを組み合わせたD to P with Nでのオンライン往診が臨床アウトカムを改善させることをエビデンスとして出して、現状の医療技術・IoTの進歩に合った保険収載内容に変更していくことを目標に、研究に取り組んでいます。

現在取り組んでいる具体的な研究内容はなんでしょうか?

山田徹:
長崎県の五島列島の福江島において、POCUSを組み合わせたD to P with Nでのオンライン往診の実証研究を始めました。福江島は医師不足が著しい地域であり、24時間体制で訪問診療に対応している施設が少なく、負担が大きくなっています。そこで今回、島の3つの施設の医師に協力を仰ぎ、今年の9月から往診の現状についてのデータを取り始めました。11月末には往診を行う医師と訪問看護師の方々を対象としたPOCUSのコースの開催を予定しています。福江島の訪問看護ステーションの9割程度の施設が参加してくださる予定です。このプロジェクトは科研費を取得することができたので、各訪問看護ステーションにオンライン診療デバイスとしても使用できるポータブルエコーデバイスを無償貸与し、それを用いてオンライン往診&オンラインPOCUSを行っていただきます。今回のコース開催によって医師や看護師にPOCUSが浸透し、オンライン往診やPOCUSが使われる機会が増えたら、そして何より、福江島の患者さんたちが便利になり、医療関係者の方々の負担が少しでも軽減されれば嬉しいです。

研究はどれくらいのスパンで行う予定ですか?

山田徹:
今回の研究では、2025年度までデータを取る予定です。実際に行ってみて課題を洗い出し、ブラッシュアップしながらエビデンスを確立し、いずれはもう少し大きな額の研究費を獲得して、各訪問看護ステーションにエコーを買えるくらいの予算を確保できたら良いな、と考えています。現状の予算では無償貸与するので精一杯なので、この研究が終わったら現場からエコーが無くなってしまいますから。
また、ケニアでも同じようにPOCUSを普及させる活動を開始する予定です。ケニアは医師不足で、クリニカルオフィサーという准医師や看護師が現場を何とか回しています。もちろんCTのような機器もありません。そのためエコーのニーズが非常に高いですが、習得するための教育コンテンツも不足しています。現地で医療者教育をしている企業と連携して、医師や看護師にPOCUSを普及する活動と、それによる教育・臨床アウトカムの改善の研究を行う予定です。ケニアはスマートフォンと電波状況の普及率は非常に高いため、福江島で行っているようなオンライン診療・オンラインPOCUSとの相性はいいはずです。医療事情に合わせてアレンジする必要はありますが、大枠は日本で行っているノウハウがケニアでも使えるのではと期待しています。

産学連携について

国内で、企業とともにPOCUSの普及を行うことについて現在描いているビジョンを教えてください。

山田徹:
今後POCUSやオンライン診療を行う上では、タスクシフトがより一層重要になると考えています。医師不足の地域に直接医師を充足できれば良いのですが、それだけで医療をカバーするのは現実的ではなく、難しい。医師は特に若いうちは転勤も多いですが、地域に根ざし、その地域をよく理解した看護師とであれば、対面で無くD to P with Nでのオンライン診療でも、ある程度有効な診療ができると思います。医師と看護師がより密接に連携することで、医療の質と患者さんの利便性向上、看護師のスキルアップ、医師の負担軽減など、へき地医療を改善できる可能性があります。しかしタスクをシフトされる側の仕事量は増えるので、そこには報酬増を伴う必要があり、社会制度面での改善が必須となってきます。このあたりをケアしないタスクシフトはただの仕事の押し付けになりかねず、長期的な発展は望めません。
こういったシステムを構築するために、医療機器メーカーや訪問診療・訪問看護の大きなネットワークを持っている企業のご協力を得られたら嬉しいです。我々は教育コンテンツや診療のノウハウを提供し、臨床研究のエビデンスを発表します。企業側はご自身のフィールドでオンライン診療やPOCUSが広まり、またエビデンスベースで対外的にも活動をアピールできるという、win-winな関係ができたら素敵だなと思います。

「こんな企業と組んでいきたい」というような理想のパートナー像はありますか?

山田徹:
プライマリケア領域に関心のある企業とご一緒したいです。今までは、エコーやモニターなどを企画・生産する医療機器メーカーは急性期病院が主要な顧客だったかもしれませんが、今後はIoTの発展とともにプライマリケア領域でも様々なデバイスが活躍してくるはずです。プライマリケア領域、特に訪問診療は基本的にはワイヤレスの環境が必要なので、バイタルサイン、各種検査やエコー動画などをオンラインで共有し、統合するための各種のデバイスが必要です。そのツールのハブとなるのはスマートフォンで、実はもう各企業はBluetooth接続血圧計やデータをまとめるアプリなども持っているのですが、プライマリケア領域の先生たちに必要性や有用性をうまく伝え切れていない可能性があります。「こういうことができます。そのために必要なデバイスがこれです。当社ならこのようなパッケージでご提供できます」というように、説得力のあるプレゼンをするために、エビデンスとノウハウが必要となります。そこを協力してやっていけたら嬉しいですね。

イノベーションプロモーター教員について

イノベーションプロモーター教員として、どのような活動をされる計画ですか?

山田徹:
正直、今までは自分の研究領域だけでやってきたので、産学連携を意識したことはありませんでした。科学的客観性の確保や患者さんなどの利益を保護といったことにも大いに関わりますし、よく分からないからと敬遠してしまっていました。しかし、今回お話をいただいていろいろと話を聞く中で、産学連携から得るものは大きいなと思うようになりました。ものすごいチャンスが埋まっている領域なんだろうなと感じています。私が広めるということもそうですが、私自身がここで勉強させていただきたいと思っています。

最後に

先生のご趣味や休日の過ごし方について教えてください。

山田徹:
今の趣味は年長の息子と遊ぶことです。プールに行ったり公園に行ったりと特別なことはしていませんが、充実しています。子供が小さいためしばらくは遠のいていますが、私自身の趣味はロードバイクと登山です。息子がもう少し大きくなったら一緒にやりたいので、今から少しずつアウトドアに連れて行ったり自転車にのせたりして誘導しています。先月ちょうどPOCUSの師匠のSoni先生家族が8人で来日されたので、ご希望にお応えして富士山の山頂までエスコートしました。皆さん初心者だったのでかなり大変でしたが、思い出深い山行になりました(笑)。私がテキサスで彼に最初にPOCUSを習った当時は彼の長女が幼稚園、長男はまだ乳児でした。今回、高校生と中学生になった彼らと一緒に富士山頂でご来光を見たときは感慨深かったです。今度はうちの息子が大きくなった時にまたみんなで登りたいと思っています。

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オープンイノベーションセンター アライアンス部門
openinnovation.tlo@tmd.ac.jp

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