INTERVIEW

研究者インタビュー

2023.01.24 
研究者インタビュー 
Vol.43

細菌叢プロファイルからさまざまな口腔感染症の原因を追求 ビッグデータ活用で予防・治療法の開発にも期待

第2期プロモーター教員

加齢とともに増加する虫歯と歯周病。口のケアを怠り、歯を失う人も後を絶ちません。歯の欠損を補うインプラント治療や口の中に住む細菌を専門に研究している下岸将博先生に、インプラント特有の歯周病や産学連携で今後取り組みたい研究内容をお聞きしました。

プロフィール
医歯学総合研究科
口腔再生再建学分野
助教
下岸将博先生

研究について

口腔再生再建学分野でどのような研究をされていますか。

下岸:
むしば、歯周病、腫瘍や事故などで歯(天然歯)を失った患者さんに対する歯科インプラント治療に加えて、歯科インプラントにまつわる口腔外科、歯周病、入れ歯のような人工物で補う補綴といった幅広い分野の研究をしています。東京医科歯科大学にインプラント外来ができたのは2001年で、インプラント・口腔再生医学分野として先代の春日井昇平先生が就任し研究室が設けられた後に、2022年8月に「口腔再生再建学分野」に名称が変わりました。その足跡を丸川恵理子先生が引き継ぎ、患者さんの「食べる」「話す」といったQOL(生活の質)の向上、口元の見た目の美しさを回復させる治療、研究に力を入れて取り組んでいます。

インプラント治療について教えて下さい。

下岸:
失った歯を補う方法は、「ブリッジ」「入れ歯」「インプラント」の3つの選択肢があります。「ブリッジ」は失った歯の両隣を支持として使い、連なった人工歯を橋(ブリッジ)のように被せ装着、固定します。「入れ歯」は義歯にバネをつけて隣の歯に引っかけて装着する方法で、全ての歯が無い場合は取り外し式の総入れ歯が一般的です。「インプラント」はチタン製の人工歯根のことを指し、歯を失った部分の顎の骨に土台となるインプラント体を埋め込み、人工歯を被せる治療法です。インプラントは審美性に優れ、ほぼ天然歯と同じように咀嚼でき、ブリッジや入れ歯と比べると、他の歯への負担なく歯を再建できるといえます。

先生はインプラント治療の他に口腔感染症や細菌叢(さいきんそう)も調べているそうですね。

下岸:
はい。インプラント周囲炎と呼ばれる天然歯の歯周病とよく似た細菌感染症にも着目しています。インプラント周囲炎は顎の骨に埋め込んだインプラント周辺の組織で起こる炎症で、人工歯とインプラントの接合部に溜まったプラーク(歯垢)が原因です。インプラントは天然歯と比べると歯周病が悪化しやすいといわれており、インプラントを支える骨が溶けてしまった患者さんを診察の現場でも多く見かけます。また、日本臨床歯周病学会によると歯周病菌は動脈硬化、心筋梗塞などの心臓病や糖尿病のリスクを高める可能性があるとの報告もあります。私は、天然歯とインプラントでの歯周病の発生原因の違いを調査したり、口腔内に存在する多種多様な細菌の集まりである「細菌叢」を網羅的に解析してデータベース化し、発症予防や新しい治療法の開発を目指しています。
歯周病は1つの細菌種ではなくさまざまな細菌が関係して病気を発生させるため、複合感染症とも呼ばれます。なので、細菌叢を網羅的に調べる必要があります。クラスタリングの方法として、健康な時と疾患時に細菌の状態がどの程度変化するのかを調べたり、細菌の中でどういった遺伝子が発現しているのかを探っています。むしばや歯周病は家族やパートナーなどから感染することがほとんどで、スプーンや箸から菌がうつることもあります。歯周病は世界で最も感染者の多い病気の一つともいわれますが、これといった自覚症状がないまま病気が進行してしまうことも多く、気づいた頃には手遅れになっていることもあります。細菌叢のデータを集めて、手軽に病気の発症予測や予防ができるようにしていきたいですね。

細菌のビッグデータをどのように活用していきますか。

下岸:
細菌の情報と環境因子、すなわち生活習慣や持病、身長・体重などといった個人情報を組み合わせたデータベースを基軸に、細菌の情報を増やして、個人の要素を多様化していきたいと考えています。情報が集まれば、収入格差や飲酒、喫煙などの後天的な原因が明るみになるでしょう。現在は問診票レベルで集約していますが、医療機関が診察時に患者基本情報や健診情報等を共有できる医療情報連携ネットワークなどを活用して、個人に関係するデータの収集をもっと簡略化できないか検討を重ねています。

口の中を綺麗にしておけば歯周病は防げますか。

下岸:
食事のたびに歯ブラシやデンタルフロスを使って口の中を清潔にしておけば、ほとんどの場合は大丈夫です。口腔内の細菌をコントロールできれば、歯周病になりにくい状況を作れると期待しています。インプラントと天然歯は歯の形が異なるのでセルフケアがやや難しく、また天然歯は生体の防御機能を備えていますがインプラントにはそういった機能も不十分です。さらにインプラントに関する研究は新しく、データも少ない。天然歯にせよインプラントにせよ、口の中の細菌がどのように作用して病気が発症するかについては不明な部分も多いので、インプラント周囲炎の細菌データから天然歯の歯周病予防・治療法にも貢献したいと思っています。

産学連携について

先生は産学連携での共同研究の経験はありますか。

下岸:
私自身は企業との産学連携はまだありません。先代の春日井昇平教授が液体ハミガキ(洗口液・マウスウォッシュ)を製造・販売する企業と有効性を評価する研究をしており、お話は聞いていました。プラーク除去はいまのところ歯磨きしかできませんが、液体ハミガキでプラークが取れるなど歯に負担をかけないオーラルケアが研究のゴールの1つになります。液体ハミガキを扱っているメーカーから直接、製品開発に辿り着いた経緯などをお聞きしてみたいです。
インプラントはチタンのネジありき。患者さんの負担が少なく低侵襲で安価なインプラントや平均寿命10年〜15年を超える長生きなインプラントをメーカーと共同で開発することも視野に入れています。世界では100種類以上、日本国内だけでも約30種類のインプラントが販売されています。どこかのメーカーとタイアップすることが私の「産学連携の夢」といっても過言ではありません。ぜひお気軽に声をかけて欲しいです。
最近では当分野の丸川教授のご縁で、物質・材料研究機構(NIMS)の先生と共同研究しています。本学を卒業した細菌学の先生とも細菌叢の研究を一緒に進めていますが、インプラントは材料が大事なので、所属大学に関わらず金属・材料工学、有機生体材料学などを学んでいる方と情報を交換したり研究してみたいです。最近では、大阪大学の先生ともインプラントの開発について共同研究のテーマを探っています。歯周病は糖尿病にも関わってくるので、製薬メーカーと一緒に治療薬の開発も可能性としてはあり得ます。細菌叢の調査をライフワークとしつつ、歯やインプラントの材料に関連した研究にも挑戦してみたいですね。

プロモーター教員について

プロモーター教員はどのような経緯でお話がありましたか。

下岸:
丸川教授から推薦して頂きました。2017年には約400万人もの歯周病患者がいたという厚生労働省の統計調査から読み取れるように、天然歯にとってもインプラントにとっても歯周病は身近な病気。口腔内の細菌叢のデータを企業と連携して上手く活用することで大勢の人を助けられる研究なので、意図してお声がけ頂いたと解釈しています。オープンイノベーション機構の方々には、細菌叢のデータを活かした製品化までのサポート、特許申請や知的財産などで相談にのってもらう機会が今後出てくるかもしれません。

オープンイノベーションで実現したいことはありますか。

下岸:
外科手術で使える医療従事者向け、患者さん向けの創薬・製品開発に着手したいですね。将来的には患者さんの自宅で歯周病やインプラント周囲炎が改善できる機器を開発してみたいものです。インプラントと天然歯は歯の形状が異なるため、隙間を磨くことは非常に難しい。インプラント治療を受ける方は、視力が落ちていたり細かい作業が難しくなっていたりするご高齢の方も多いので、もっと簡単に歯を磨く方法の実現、機器を作りたいですね。

また、オープンイノベーション機構が開催して下さった生体材料工学研究所とのワークショップで、セラミックスについて話し込む機会がありました。共同研究の種もたくさん見つかったので、これからも参加できるイベントには出向いて新しい情報を自らゲットしに行くつもりです。

最後に

先生の休日の趣味や息抜きの方法をお聞きしたいです。

下岸:
一人暮らしを始めてから料理をするようになりました。目標はロールキャベツを美味しく作ることです(笑)。本学の湯島キャンパス1号館9階にある「グリルセインツ」という学生や職員に長く愛されるレストランがあり、以前勤務していたシェフが作ったロールキャベツが人生史上一番美味くて、なんとか真似をしていつかシェフの味を超えたいなと。揚げ物も大好きなので、カロリーや歯周病は気にせずグルメを楽しんでいます(笑)。

趣味の料理。野菜をふんだんに使った栄養満点の一品

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