INTERVIEW

研究者インタビュー

2023.01.18 
研究者インタビュー 
Vol.41

腎臓の細胞から3次元オルガノイド培養に成功 産学連携促すプラットフォーム化目指す

第2期プロモーター教員

加齢、体質、食事の内容、運動不足などを原因として起こる高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病は、腎臓に悪い影響を与え、慢性腎臓病(CKD)の原因となります。日本で最初に透析療法を開始した施設の一つである本学の腎臓内科学分野で診療・研究・教育に従事する森雄太郎先生に、腎臓のオルガノイドや慢性腎臓病の治療法開発に向けた研究、プロモーター教員としての目標についてお聞きしました。

プロフィール
医歯学総合研究科
腎臓内科学分野
テニュアトラック助教(文部科学省卓越研究員)
森雄太郎先生

研究について

先生の研究について教えて下さい。

森:
私は自分のことを腎臓内科医と腎臓病学者を兼ねるphysician-scientistであると自負しています。Physician-scientistとは、医師と研究者を有機的に兼ねる人材のことであり、臨床と基礎研究の双方を知る者として、臨床現場のアンメットニーズを拾い上げて基礎研究により追求し、研究成果を臨床に還元する、臨床と基礎研究の橋渡し役を担います。私はこの自負のもとに、主に2つの柱を据えて研究に取り組んでいます。1つ目が患者さんの腎臓の検体に由来するオルガノイドをライブラリー化し創薬のプラットフォームとすること、2つ目が十分な治療法がない慢性腎臓病を中心とした腎臓疾患の病態解明と創薬を行うこと。サイドワークとして、腎臓にも障害をもたらすことがある新型コロナウイルスの新たな受容体分子を発見し、これを対象とした創薬研究も行なっています。

オルガノイドはどのような概念ですか。

森:
オルガノイドは様々な種類の細胞を3次元で培養して作られたヒトの臓器に似た臓器様構造物であり、病気のメカニズムを解明したり、薬剤の効果や毒性をテストする土台となります。私はオルガノイドの中でも、特に腎臓の尿細管上皮の初代培養に由来する尿細管オルガノイドを対象に研究を行なっており、腎癌などの病気のために摘出された患者さんの腎臓のうち健康な部分を譲り受けて培養し、3次元で再構成して作製します。

オルガノイドにはどのような利点がありますか。

森:
多くの研究者にとって、オルガノイドの研究の目的には、「ヒトとマウスなどの実験動物との違いをどのように埋めるか?」という問いに答えることがありました。病気の研究を行うときに、基本的には分子・細胞・マウスなどの実験動物により病気のモデルを作製し、解析します。特にマウスなどの動物モデルはヒトの病気を忠実に再現する最も有用なモデルとされてきました。しかし、近年になり、特に生活習慣病を中心に、マウスモデルと実際のヒトの差異が無視できない状況が生じるようになりました。マウスの寿命は長くても2年程度、一方でヒトの寿命は80年以上であり、生活習慣病はその中で数十年の時間をかけて進行します。マウスとヒトは、細胞の堅牢性やゲノムの安定性が大きく異なり、マウスの数ヶ月でヒトの数十年を完全に再現することはできないのです。これを解決するために、ヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)を中心に様々なヒトの臓器を再現するオルガノイドの研究が試みられています。初めからヒトに由来するものを病気のモデルとすれば、マウスとヒトとの差異を克服できる可能性があるということですね。

私は腎臓のオルガノイドの中でも、広く行われているヒトiPS細胞を分化させていく方法ではなく、摘出された腎臓の中の、尿の濃縮や老廃物の排泄に関わる尿細管上皮細胞を選択的に培養して3次元に再構成する方法で作製しています。作製法が非常に単純・簡便であることが特徴です。このようなヒト尿細管上皮の初代培養細胞は条件にもよりますが比較的安定しており、10回程度は継代が可能なくらい増殖します。この方法の懸念点は、継代しすぎるとオルガノイドの機能性が落ちる可能性があることです。細胞は何度も繰り返し培養したり毒性のある化学的な刺激を与えたりすると、細胞老化という現象により分裂が止まり、オルガノイドを形成しづらくなります。これは、オルガノイドの機能の再現性を担保する上では克服すべき点ですが、逆手に取れば細胞老化が関連する腎疾患のモデルを作製できる可能性でもあるわけです。実際に、透析を受けている患者さんに由来する腎臓の細胞は、おそらくは細胞老化が関与したメカニズムのため、3次元化を行うことができませんでした。「テロメラーゼ」という酵素の導入を行うことで細胞を理論的には不死化することもできますので、細胞老化の制御と併せて、機能の再現性と疾患の模倣性をうまく両立するモデルにブラッシュアップしていきたいと考えています。

オルガノイドのライブラリー化とはどのようなものですか。

森:
病気のために腎臓の摘出手術を受けた患者さんから、病理検査には使わない本来であれば捨ててしまう腎臓の断片をできるだけ多くいただいて培養し、50例程度のライブラリーを作ろうと考えています。これらの細胞は、実験の目的に応じて横並びで3次元培養を行い、オルガノイド化も行うのですが、これはヒトが持っている生物としての多様性に対応した疾患モデルを作るためです。
人それぞれ、顔貌は異なります。同じようなことが腎臓にも言えるのではないかと考えています。例えば、病気になって何か薬を飲むとして、ある人には全く害のない薬でも、他の人が飲むと腎臓に障害が起きてしまう。新しい薬を創り出すとき、このような事象は、実際の臨床試験に進むまで正確にわかることはありませんでした。私が行なっている初代培養法によるオルガノイドは、非常に精緻な構造を再現できるiPS細胞に由来するオルガノイドに比較すると、簡素で単純なもの。しかし、異なる株の初代培養細胞から横並びに、同一条件で、場合によっては数十例を一気に作製することが可能です。このような多数の株、同一条件、横並びの比較というのは、私の知る限りiPS細胞由来のオルガノイドではほぼ不可能です。この方法により、ヒトの生物学的多様性に対応し、個々の患者さんの特性に応じた薬剤毒性の検証や薬効の評価が行えるようなることを期待しています。
これは推測になりますが、製薬企業における薬剤開発の過程で、新規薬剤の動物モデルによる前臨床試験を終えたものの、先に述べたヒトと動物モデルの差異のために臨床試験には進むことができなかったような例が生活習慣病領域を中心に多く存在しているものと思います。私はこの研究で開発する初代培養オルガノイドの薬剤テストプラットフォームにより、ヒト個体の反応をsemi-personalizedな形で試し、前臨床試験から臨床試験へのハードルを下げる役目を担えるのではないかと考えています。

腎臓で未だに完治できない病気はありますか。

森:
自覚症状がほとんどないまま腎機能が悪化し、最終的には廃絶してしまう慢性腎臓病が挙げられます。慢性腎臓病は様々な疾患を含めた病名で、日本だけで約1300万人もの患者がいると言われています。生活習慣病との関わりが深く、慢性腎臓病の中でも、糖尿病性腎症の場合は透析の導入原因の40%を占めるとされており、軽快や治癒を目指せる治療法は確立されていません。基本的に、一度慢性腎臓病になった腎臓は自然に治癒することはありません。どんどん破壊する方向に動いてしまうので、早期発見・治療により、今ある腎臓の機能を維持することが必要です。

腎臓内科医としてまだ駆け出しだった頃、慢性腎臓病があっという間に悪化してしまって、透析導入を余儀なくされる患者さんを多く診療してきました。その数はあまりにも多く、非常に重大な医療問題なのに、それに対する十分な治療法がないことに大きな衝撃を受け、強い問題意識を持ちました。慢性腎臓病をいつか克服できる病気にしたいというのが、自分が研究を始めた動機の一つ。大学院修了後は関連病院への勤務を経て、アメリカのハーバード大学に約5年にわたって留学し、慢性腎臓病の最大の原因である糖尿病性腎症の研究に従事しました。現地での仕事を通して、糖尿病性腎症を進行させる分子を発見し、それによる病態悪化のメカニズムを解明した上で、その分子の機能を抑えることで糖尿病性腎症を抑制する薬剤の同定まで行いました。現在も、オルガノイドと並ぶもう一つの柱として、慢性腎臓病の創薬を行うための研究を継続しています。腎臓領域のphysician-scientistとして、未解決の医療問題に、研究を通して答えを示すことが、自分が成していくべき社会貢献であると考えています。

先生はアメリカ留学中に大病を患ったとお聞きしました。

森:
はい。アメリカに渡って3年目に、小腸の消化管間質腫瘍(GIST)と呼ばれる10万人に1人が発症する悪性腫瘍(肉腫)と診断されました。キャリアを追求する人生をやめ、日本で治療に専念することも考え家族と相談しましたが、妻から「あなたはこの病気では絶対に死なないから、最後まで自分の夢をあきらめてほしくない」と言われ、アメリカで治療を受けつつ研究を継続することにしました。妻は私の本心を見抜いていたようですね(笑)。1年弱分子標的治療薬の抗がん剤を飲んで、10センチだった腫瘍が5センチに縮みました。

抗がん剤は副作用が軽いとされているものの、一時は全身の皮膚がボロボロになり、髪も抜け、だるくてたまりませんでした。抗がん剤治療ののち、腫瘍の摘出手術を受けました。術後は局所性の腹膜炎が起き、一時は生死を彷徨いましたがなんとか生還しました。自分の経験を通して、患者さんがどのような気持ちで病気と向き合っているのか、どのような不安を抱えているのか、何が足りないのかを身をもって学びました。患者さんが今まさに必要としているものを解決できるのは、研究による医学のさらなる発展に他なりません。私は単に医師を兼ねる研究者としてだけではなく、患者も兼ねたphysician-scientistとして、真に患者が病の中で何を必要としているかを、患者の立場で考え、研究に反映し追及することに自らが持てる限りの情熱を注ぎたいと考えています。

私は誰かが成し遂げた研究や医学の進歩により、自身の命を救われました。私は腎臓領域のphysician-scientistとして、同じように腎臓の病気に苦しむ患者さんたちを、いつか何かの形で救うことができるように研究に邁進していきたいと思っています。病気が再発しない限りは自分の研究に向き合い、慢性腎臓病を治療可能な病気にすることが目標です。

産学連携について

今まで産学連携の経験はありますか。

森:
ハーバード大学留学時代に糖尿病腎症のメカニズムを解明し、疾患進行の原因となっている分子を特定したお話を先ほどしましたが、その分子に対して効果のある阻害薬を外資系製薬会社と共同研究でスクリーニングし、分子・細胞・動物・ヒト由来尿細管オルガノイドの全てのモデルで効果があることを証明できたんです。この経験から、尿細管をターゲットとした創薬や疾患モデル作製に興味がある企業に私たちの研究内容がきちんと伝われば、産学連携に弾みがつくと考えています。以前、試薬を取り扱う製薬関連企業とオルガノイドのプラットフォーム作りについて話をしましたが、規格化、標準化するところで時間がかかるためストップしてしまいました。当時は個体差を調べるにしてもデータの蓄積が足りない状況でした。腎疾患の薬であれば、私たちが作ったオルガノイドを病気の条件に合わせることが可能なので、サンプル数を増やしていくことで新しい薬を投与して薬効の個体差を見られる状態までもっていきたいですね。

企業に創薬のアプローチをしたご経験はありますか。

森:
創薬は特許が重要です。アメリカにいた頃の仕事で、自分自身も化合物の特許取得に関与したかったのですが残念ながら上手くいきませんでした。特許を抑えていれば企業にアプローチも上手く行えたはず。尿細管のオルガノイドについても、論文を発表する前にオルガノイドを作る技術で特許を取得すれば良かったなと反省する部分があります。

先生の研究について他に企業などにアピールをできる点はありますか。

森:
私は人体の臓器における上皮細胞の初代培養ならおそらくなんでも作れる自信があります。メインは腎臓ですが、ゆくゆくは対象領域を広げていきたいですね。全身の臓器にある上皮細胞を初代培養してライブラリーにし、さらにそれぞれの臓器をオルガノイド化して、多臓器・多ヒト個体で毒性評価や薬効評価が可能なプラットフォームにすることが究極の目標です。そのような研究に協力していただける企業の方がいれば嬉しいです。お役に立てることもあるかもしれません。私がやっているような初代培養から迫る研究は地味ですし、手術により摘出された臓器の提供を受けることもかなりハードルが高いです。臨床と研究の現場が近く、治療に訪れる患者さんが多い東京医科歯科大学だからこそ可能な研究だと感じています。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員になろうと思った理由を教えて下さい。

森:
腎臓内科学分野の内田信一教授から「森先生は研究室で一番変わった研究をしている。企業も面白がるはずだから挑戦してみたら?」と声をかけていただき、イノベーションプロモーター教員になりました。産学連携にも興味がありましたし、オルガノイドを使って薬をテストするプラットフォームを提供するサービスを、大学発のベンチャー企業として立ち上げることも視野に入れていたため率直に嬉しかったです。現職へ着任するための公募の面接で起業の可能性についてもお話していたので「産学連携に興味がある研究者」と周囲でも認知されていたと思います。

オープンイノベーション機構と実現していきたいことはありますか。

森:
企業との連携や事業化、特許活用を活性化するオープンイノベーション機構主催のイノベーションアイデアコンテストでオルガノイドの話をしたこともありました。興味を持って下さった企業の担当者とミーティングをして薬の毒性を試すためのプラットフォーム作りを検討したのですが共同研究にまでは至りませんでした。委託業務などでも構いませんので、企業からテストしたい薬をお借りしてプラットフォーム上にあるオルガノイドを通じて毒性の調査結果を調べてみるなど1歩ずつ進めていきたいですね。
特に特許の取得についてプロセスが複雑で私自身知らないことも多いので、オープンイノベーション機構の方々には「特許取得のいろは」をご教示願いたいです。特許が取れそうな題材はあるので事前準備や段取りなど特許に必要な作業内容を学び、研究の進め方も改善していきたいです。

どのようなパートナーと産学連携を促進していきたいですか。

森:
まずは現在の研究を一緒に高めていける方や企業を探して親交を深めていきたいです。アカデミアでは共同研究先となる創薬の分野に詳しい方や腎臓をターゲットにした毒性や薬効を研究している方にお会いしたいですね。企業では創薬研究や医薬品関連の企業、材料・基材などを対象とした細胞レベルでの評価サービスを提供している受託試験サービス企業に興味があります。

最後に

最後に先生の趣味を教えて下さい。

森:
実は鉄道が大好きな「乗り鉄」なんです。国内・海外を問わず在来線や特急車両に乗っては、駅の雰囲気だとか車窓から見える景色を楽しんでいます。12歳と9歳の子どもがいるのですが、12歳の長男とは受験が終わったら列車の旅に行く約束をしています。最近では、子どもの受験勉強を手伝う時間が楽しいです。この前も算数の問題を数学を使って一緒に解きました。分からないところがバレるので息子自身は内心嫌かもしれませんね(笑)。昔は登山も好きでした。抗がん剤の副作用で全身の皮膚が薄くなってしまい怪我をしやすくなり行けていませんでしたが、2023年には抗がん剤の治療が終了する予定なので再チャレンジしたいですね。

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