INTERVIEW

研究者インタビュー

2020.06.04 
研究者インタビュー 
Vol.4

ヤマハの音楽ノウハウ使った共同研究で
集中治療室の環境音ストレス緩和

第一期プロモーター教員

集中治療の分野で研究をされている若林健二先生。集中治療の現場の課題点を知ってもらうためにも、企業に現場を見に来てほしいと話します。楽器・オーディオ関連製品を手掛けるヤマハさんとの共同研究や東京医科歯科大学だからこそできることなどについてうかがいました。

プロフィール
医歯学総合研究科
生体集中管理学分野
講師
若林健二先生

研究分野について

まずは若林先生の研究や、その研究に取り組まれた理由について教えてください。

若林:
2002年に東京医科歯科大を卒業して、5年ほど小児科医をやっていました。その後、イギリスのロンドンにある大学院に進む機会に恵まれて4年間学び博士号(PhD)を取得。卒業後は産学連携のプロジェクトに関わるため、2年間ポスドクとして残りました。6年ちょっとイギリスで仕事をした後日本に戻り、その後に専門は集中治療にシフトしています。イギリスでは患者を診察しながら研究者でもある医師を「Clinician scientist」と呼びますが、そういった立場でやっています。
今(2020年3月末時点)、新型コロナウイルス感染症が話題になっていますが、呼吸が苦しい人は人工呼吸器を着けてもらい、呼吸をサポートします。人工呼吸器は本来患者さんを助けるためにあるものですが、設定の仕方によっては患者さんの肺を傷つけてしまうことにもなるんです。イギリスでは、そういった「人工呼吸器関連肺傷害」のメカニズムを研究していました。
帰国後は医学の共同教育研究施設でグローバルキャリアの支援に関わる中で、集中治療室(ICU)、さらには臨床研究にも興味を持つようになりました。集中治療中の患者さんが幻覚を見たりすることもあり、リラックスしていれば幻覚が減るのではないかと仮説を立てました。ヤマハさんと組んで音楽を聴かせることによってストレスを減らすことができるのはという取り組みをしています。基礎研究でも産学連携で企業と一緒に取り組んでいますが、臨床研究でも別の視点で連携ができて面白いです。他にもいくつかの企業さんとの締結に向けた話があり、積極的にやっていきたいと思っています。

研究で苦労されていることや、ハードルが高いと思われることはありますか?

若林:
産みの苦しみはありますね。最初に研究の計画を立てるんですが、ベクトルの方向性を間違えるといくら頑張っても正しい方向へうまく進まない。どういうベクトルがいいのかを懸命に考えるんですけど、七転八倒、悩んでいる様子は人に見せられないくらい恥ずかしいものです(笑)。
パッと思いつくことは他の誰かが考えついていることなので、それが社会のためになるのか、まだ誰もやったことがないことなのかを深めていく過程が一番大変かなと感じます。

産学連携について

ヤマハさんと共同研究をされたとのことですが、出会いのきっかけは?

若林:
本学はもともとヤマハさんと包括連携協定を締結していて、学内で技術説明会のようなことが行われていたので見に行ったんです。商品の中に、気持ちをリラックスさせて眠りの質を上げるデバイスがありました。せん妄と集中治療中のトピックを組み合わせられるのではないかとインスピレーションを得て、計画書を書きました。

せん妄と人工呼吸器に関連性はあるんですか?

若林:
興味深いことに、人工呼吸器をつけている患者さんは、せん妄の発生率が高いとされています。つまり、せん妄の原因は精神的なものだけではないんですね。体の具合が悪かったり、炎症が脳の機能に影響を与えたりしているともいわれていて。炎症が拡大するのも、不適切な人工呼吸器の使い方をしている場合があるんです。人工呼吸器の使い方次第で助長している可能性もあります。私の研究者としてのキャリアは基礎研究がスタートでしたが、学んだことをどう掘り下げるか、分からないことに対してどう取り組むかという方法論は臨床研究であっても根幹でつながっていると思います。

ヤマハさんとの共同研究の内容について、詳しく教えて頂けませんか?

若林:
例えば、どのような音楽がリラックスするかを議論しました。ヤマハさんに音楽を選ぶプロフェッショナルがいて、リラックスするのに適した音楽を選んでもらうために、集中治療室の音を24時間録音してもらったんですよ。それをヤマハさんのスタジオに持って行ってプロに聞いてもらいました。集中治療室はアラームなどの不快な音が多く、集中治療室の中では平均60〜70デシベルの騒音が24時間あるということも分かりました。隣でシャワーを浴びている音をずっと聞いているという状況と同じくらいです。そういった環境音の中で、リラックスできそうな音楽のセレクションをかけて下さって。本当に職人技という印象を受けました。

今まで関わった産学連携で具体的に良かったこと、連携して生まれたことを教えてください。

若林:
企業さんとの共同研究によって思いがけない出会いがあったときは感動、興奮する瞬間ですよね。私たちは集中治療をはじめとした医療などの専門の知識は持っていますが、一方でどっぷり専門領域に浸かっているがゆえに見えないことも多々あると思うんです。他の業界の人と話すと新たな発見に驚かされることもあります。ヤマハさんからも随分と学ぶところがありました。ノイズキャンセリングとか。それを私たちの知識や問題意識と融合させると「こんな面白い展開があるんだ」と。自分の周りの人と話しているだけでは生まれえないシナジーが生まれたり、新しい世界が見えると面白いですよね。

企業と共同研究を進められていて、本当はこんなサポートがあったらよかったということはありましたか?

若林:
産学連携をやって痛感したのは、時間軸の違いですね。アカデミアでは、研究の時間軸をこの先5年、臨床研究も含めると10年のスパンで捉えている。一方企業は、四半期決算を基準に、一つの計画に対する成果を数カ月単位で考えている。どこで折り合いをつけるのかは簡単ではないと思います。
また、集中治療は企業に対して「フックをかける」、つまり興味を惹くことが他の分野と比べても難しいのかなと感じています。研究が進んでいる癌や膠原病は比較的病態の進行が緩やかなので、静止しているに近い的を狙うのに対し、救急や集中医療は動いている的を狙わなければなりません。例えば肺炎だと3日目、7日目で状況がまるきり変わってきますから。病気は時間が経てば経つほど副次的な反応が出てくるので解析が難しくなります。「瞬間」がずれるだけで、容態が変わってしまいますから。時系列という要素が入り組むことでデータ解析も複雑になりますし、できることも刻一刻と変わってくる。そのために研究の手段が容易でないわけです。

産学連携でいうと企業がデバイスや薬をICUで有効かどうか判断したいときに、急性期医療だと一定条件の患者さんをそろえるのが大変ですね。

若林:
そうなんですよ。病態生理は似ていても、実際には様々な原因が理由でICUに入ってくるのでそこは難しいですね。それをどう解決するかは、集中治療の研究において世界的な課題かもしれないです。患者が入ってきた時点の採血をディープラーニングで見つけてきて、15個のパラメータを組み入れるとタイプがA、Bと2つのグループに分かれたり。少しずつ進歩はしてきており、とっつきづらさが解消されつつあります。

東京医科歯科大学だからこそ判断できるアピールポイントなどはありますか。

若林:
2つあります。1つは東京医科歯科大学の集中治療部は医療のビッグデータに対してかなり取り組んでいますので、その点は強みです。Datathon(データソン)という、ヘルスケア領域のビッグデータに関するワークショップがあるのですが、重光秀信教授のイニシアチブで過去2回我々が主催しています。データソンでは、MITを始めとした世界各地から来た一流スタッフが講師となり、コンピュータサイエンスやパブリックヘルスなど様々な背景を持った人を集めてチームを作り、データハッカソンをする取り組みで大変好評を博しています。
もう一つは、ヤマハさんとの研究などを始めとした産学連携の機会が多く、サポート体制が整っていることです。ヤマハさんとの研究ではサブグループアナリシスという分析を400人弱の患者さんで行い、現在論文も準備しています。臨床研究はある程度ノイズも大きいですが、きちんとシグナルも出ます。苦労した後に結果が上手く出た時の社会的インパクトがすごいですよね。患者さんがICUに入ってくる病状は多岐にわたるからこそ、しっかりと対応することが大切だと思います。

プロモーターとしての取り組み

先生がオープンイノベーションプロモーターになられた経緯を教えてください。

若林:
ヤマハさんのプロジェクトに取り組んでいて感じたのが、違う業界の人と話していると、自分の研究だけでは得られない感動がある。基礎研究と臨床研究、企業と大学、日本と世界との橋渡しなどが自分ならばできるのではないかと感じました。

プロモーターをやってみて、良い点はどういうところですか?

若林:
時間を確保できることだと思います。臨床医をしながら研究をしている人は、時間が足りないんです。日本人は勤勉なので、120%のうちの100%を臨床、20%を研究に充てたがるんです。サステナブルに働くという観点が日本とイギリスの大きな違いです。
一方で日本の良いところはコラボレーションがしやすい。気が合えば「やってみましょう」となるので、関係性があれば契約する前の段階で試してみることもでる。イギリスは結構カチッとしていてコラボの敷居が高いんですよね。

アカデミアのハードルを低くして企業の相談を気楽に受けられるように、と話す先生もいたのですが、先生はいかがですか。

若林:
臨床医にアクセスするのはそもそも敷居が高いのかもしれません。「早く言ってくれればよかったのに」ということもありますし。早めの段階から企業からご相談があるといいですけどね。集中治療に関してでしたら相談も受けられます。現場を見に来てもらえると良いかもしれません。現場の問題点を知るためにも良いかもしれません。

企業の方に集中治療室に来ていただくことも可能ということですか?

若林:
できないことではありません。患者さんの個人情報、プライバシーの確保の方法は考えなければなりませんが、プロジェクトを始めるときは基本的にそういうスタンスでやっています。

どういう風に現場に来てもらえばいいのか、オープンイノベーションを実現するためにどういう風にサポートすればいいのか、何かお考えはありますか。

若林:
一つは回診を見学することですかね。回診には2つ方法があります。1つはチャートレビューといって電子カルテを見る方法。もう1つはベッドサイドラウンドといって、患者さんのベッドへ行って、そこでディスカッションをするという方法です。どちらも良し悪しはあるんですが、後者のほうが情報量が多いです。数字だけでは伝らないことが見えてくるんですよね。プライバシーの枠組みさえしっかりできれば、実現可能だと思います。

今、世界が新型コロナウイルス感染症に脅かされている状況ですが、イノベーションという側面で、何か感じられたことはありますか。

若林:
今回の感染症の世界的な流行は、医療にとってチャレンジだと思います。いかに医療を崩壊させずにパンデミックを抑えて集団免疫をつけていくかが大事だと思います。また、イタリアでは人工呼吸器の部品が足りず、3Dプリンターで作ったという報道を見ました。通常は特許があるので問題になると思うのですが、切迫した状況だからこそ、チャンスになるときもあるんですよね。マスクや感染防護服も含め、実はさまざまなチャンスがあるのではと感じています。

先生が企業、アカデミア、それ以外に求める具体的なパートナーはいますか?

若林:
創造する喜びを分かち合える企業が重要ですね。一緒に作り上げるのが面白い。新しい視点を提供してもらえるかも大事ですね。ICUは24時間明るいし、環境音もあるので、非常にストレスがかかる環境です。そこをいかに改善できるか。医療従事者や患者さんが快適にいられるためのパートナーができたら嬉しいですね。

最後に

若林先生のご自身のことについて、趣味などございますか?

若林:
8歳、6歳、2歳の3人の子どもがいるので、毎日忙しいです。育児を「趣味」というと妻に怒られますが(笑)。研究していると知的好奇心が満たされるので、退屈しないというのが本音ですね。大学生のときはもっぱら旅行していましたし、将棋はチームで高校時代に全国大会を3連覇したこともあります。時間があれば大学時代に弾いていたチェロや、将棋なども再開したいですね。

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