INTERVIEW

研究者インタビュー

2020.05.07 
研究者インタビュー 
Vol.1

非予定調和的なマッチングこそイノベーションを生む

第一期プロモーター教員

病理学の分野を研究されている山本浩平先生。スピード感ある対応で、1企業に対して1年間で3つの共同研究を同時に進めた経験もあるといいます。経済産業省の「ヘルスケア産業課」にも出向しており、企業との連携を積極的に図っています。過去の産学連携での工夫や、今後取り組んでいきたいことなどについてうかがいました。

プロフィール
医歯学総合研究科
包括病理学分野
助教
山本浩平先生

研究分野について

山本先生の研究分野と、なぜその分野に取り組もうと思ったのか、お話頂けないでしょうか。

山本:
私の専門は病理という分野でして、簡単に言うと病気の審判員みたいなものですね。アウト(がん)かセーフ(がんではない)など、最終的な決定(病理診断)をするポジションです。患者さんの治療はしませんが、患者さんの治療方針を決める役割は担っているかなと思います。
これまでの研究は、血液病理学の分野が主体です。当初は悪性リンパ腫という病気の病理診断に興味を持ったのですが、今は悪性リンパ腫の細胞がどういった環境に弱いのか、といったところから研究しています。
最初に申し上げておきたいのですが、私は「産業に活かせる研究」とかいう近視眼的なことは極力考えないようにしていて、極論を言うとノーベル賞を取れるような発見を目指してやっている。今のところ結果はさっぱりですが(笑)。ともかく、産学連携に直接結び付けるための意識からは離れた研究を志しています。

先生が病理学に取り組もうと思ったきっかけはありますか?

山本:
私が医学生のときは、大学6年次に進む科を決めなければならなかったんですが、ずっと部活でバレーボールしかやっていなくて(笑)。8月の全国大会のわずか1ヶ月後に「専門科を決める」という人生の岐路に突然立たされるわけです。当然大した勉強もしておらず、困ってしまった当時の私は部活の顧問で病理の先生、つまり今のボス(教授)で医学部長の北川昌伸先生に相談しに行ったのがきっかけです。なので、最初は「まあやってみるか」くらいのノリでした。ただ、どうせやるなら、人があまり選ばない科がいいかなと。結局、クラスで病理を選んだのも私1人だけでした。オンリーワン指向は当時からありましたね。

専門分野で面白いと思うことはどのようなことですか?

山本:
血液病理学という分野は病理医の中でも得意不得意が分かれやすいと感じています。血液病理は診断のプロセスの中で色々な検査を駆使して総合的に判断する方法をとるんです。例えば、胃がんの病理診断の場合は「細胞の形がこうであるから、がんだ」と主に細胞の見た目で診断するのですが、血液病理に関しては「この形の細胞においてこういうマーカーが出て、こういう遺伝子検査結果であるからこういう診断になる」という、ロジカルな判断基準がある。そこが私には合っていたので今でも仕事として続けられているのかなと思いますね。

日本や世界での病理学の課題はありますか。

山本:
ブレイクスルーがないことでしょうか。世界的に言えることですが、もともと病理学は細胞の変化に根ざした学問で、今も顕微鏡という古いモダリティを主たる拠りどころにして診断を行っています。それゆえにイノベーションを起こしづらい学問だと感じています。イノベーションを起こしてしまう、つまりヒトによる病理診断すら必要としない優れた最終診断システムが開発されると、私のように従事する者にとっては破壊的イノベーションになってしまうからです。このような背景がある研究者にとっては、課題設定を誤ってしまう、あるいは設定しにくいことが多いと感じています。

最初に「ノーベル賞を取れるかもしれない」ってお話をされたと思うのですが。

山本:
取れるとはいってないですよ!(笑)。取れる可能性はゼロではない、という気持ちでは取り組んではいます。具体的なイメージというのはないですが。

マーカーを見つけたり…でしょうか?

山本:
それも1つですし、思いがけない細胞や組織の現象の解明ですとか…
とにかくノーベル賞を取る気があるとかは書かないで下さい!(笑)。

産学連携について

山本先生はご自身の研究を産業に生かすことは意識していないというお話がありましたが、これまで産学連携で関わられたご経験にはどんなことがありますか?

山本:
ある企業が社内で病理分野の研究もできるようにしたい、という話がありました。機械をそろえるほかに必須なのは、その研究室の実験系がワークしていることを実証する、ということです。そうなると人の病理検体が必要なのですが、企業には病理検体を扱うことが倫理的に難しい。そこで、実証実験そのものを研究プロジェクトに昇華させて、共同研究という名の下にやりましょう、と提案をさせてもらいました。それが初めてでしたね。

企業が何かやりたいと言ってからスタートさせるまで、どの位の時間がかかるものなのですか?

山本:
今私が関わっているものでは、倫理の審査委員会に通すのが最難関。通常半年や1年かかるようですが、基本的には2カ月以内でやっています。共同研究先からお話を聞いて、とりあえずの倫理審査のための研究計画書を一晩で書いて、先方企業をビックリさせるのをモットーにしていて(笑)、とにかくスピード感を持って開始まで持っていけるのが私の持ち味かなと思っています。

産学連携を実現できて良かったことはありますか?

山本:
率直に言うと、まっとうな共同研究を計画し企業に認められることで研究費が入り研究ができていることですかね。あとは、すべて自分だけで行うわけではないので、複数の共同研究を同時に進められていることでしょうか。企業は四半期ごとに目標が変わる一方で、大学側は時間軸に対する感覚が緩く、レスポンスが悪かったりしてスケジュールがどんどん遅れていると聞いていました。じゃあ最速でやったらどうなるかと、実証実験をするような感覚で進めていった結果、最初の研究が相当なスピードで進み、同じ会社と1年間でさらに2つの共同研究を走らせたことはあります。「山本に頼めば早い」という信頼は、ある程度得られたかなと思っています。

企業から予算が出て実施することによる、プレッシャーはないですか?

山本:
無責任に聞こえるかもしれませんが、正直プレッシャーにならないというか(笑)。基本上手くいくことしか考えていないです。研究テーマ全体として行き詰まったことは無いですし、そもそも行き詰まるような計画は立てない。十分実現可能だろう、くらいの目標設定がちょうど良いと考えています。

プロモーターとしての取り組み

2019年11月からプロモーターとしての取り組みがスタートしたと思いますが、役割を担われた理由はありますか?

山本:
産学連携で企業との共同研究を楽しくやっていたので、それを更に発展できるような、評価して頂けるような立場、肩書きなのかなと思って。自分から立候補して、ボスからも「勝手にやれば?」と太鼓判をいただきました(笑)。

プロモーターになって実現したいことはありますか?

山本:
活動としてはいくらでもやりたいです。今計画中のものも含めて5社と8つのプロジェクトを走らせているのですが、今の2倍くらいやってもいいですね!数を増やすだけでなく、それぞれのスケールも大きくしたい。どうなっちゃいますかね、このままだと(笑)。
産学連携、特に医学系の産学連携に対する研究者のスタンスには2つあって、自らの研究成果を社会実装するスタンスと、自らの知識、経験に基づくアイデアや検体、環境などフィールドを提供し「相手の期待に応える」スタンスです。私は典型的な後者で、結局一人では何もできないし、受け身的ともとらわれがちですが、この活動によって結果社会全体が良くなればいいと思っていますし、学術的な共同研究成果も「今に見てろ」と言えるフェーズにまできています。
もちろん前提として、自分の専門外の分野ですら共同「研究」として昇華させるに足りうる仮説に基づく研究計画力、周囲を巻き込みながら邁進し研究をまとめていく研究推進力は必要不可欠です。その点病理は多数の臨床科や分野と関わるので、いろんな方に対して声を掛けやすいポジションでもあるので、研究領域に縛られずに、さまざまなマッチングを増やしていきたいですね。実際に今、外科3科を束ねて企業と共同研究を行っていたりします。

全体を見渡しやすい位置にいるんですね。コーディネートする上でどのような工夫をされていますか。

山本:
知っている相手と組んだ方が上手くいくのは間違いないと思います。レスポンスが早いですし、そもそも警戒心を持たれないことは大きい。ネットワーキングの重要性を肌で感じています。ただ、知らない相手ともしっかり組んでやることも、活動をますます発展させるには重要ですね。
あとは、予定調和的なマッチングでは、イノベーションなんて起きるはずがありません。イノベーションを起こしたければ、できれば関わりのない分野同士のアイデアを組み合わせることが理想だなと思っています。例えば、理学部系とか。相当マニアックかつ純粋なサイエンスを実践している方々が、意外に医学的なことに触れる機会がないことが多く、思わぬところにチャンスがあるような気がしています。こういったことを少しでも実現に近づけるため、バイオデザインの分野も独学で勉強したりしています。

理学部以外にイメージしている分野はありますか。

山本:
心理学とかいいですね。人間って楽をしたい生き物で、いくら良い健康器具とか作ってもいざ病気にならないとその価値が分からない性がある。ヘルスケアなどの分野でこういった課題に対して心理学が活用されればいいなと思っています。思わず運動しちゃう、という心理がはたらくような仕掛けだったり。ただ面白いことに、人間は「良いことをした」という意識を持つと、同時に裏で悪いことをする「モラル・ライセンシング」が起きてしまうんですね。例えば、健康器具で運動した人が、その夜不摂生をしてしまうとか。そういうことがヒトには起こることを前提に考えていく必要がありますね。

取り組みたい内容に関して、具体的なパートナー像や理想的なマッチング像はありますか?

山本:
マッチングはいかようにもできると思うので、共同研究に関しては来るもの拒まずですね。「ちょっと医科歯科とは違うかも」と思うようなことでも、少なくとも私は自分にできないことは他の人にお願いしたりして巻き込んでいくので、むしろ想定外のマッチングの可能性が楽しみかもしれません。色んな分野の方に気軽に訪ねて来て欲しいです。
ただ、医学部などのアカデミアの産学連携で課題に感じているのが、学内でのプレーヤーとマネージャー(産学連携を担当する大学の事務)との距離がかなりあるということ。企業の産学連携を担当されている方は、元々当該分野の研究や開発をしていた方が多いようなのですが、アカデミアだと専門分野も幅広く、各論的な対応が難しい。その距離を縮めるような仕組みやプロモーター教員を超越した人的配置があるとオープンイノベーションを含めた産学連携活動が劇的に進むのでは、と思います。

企業の市場調査の場で先生からアイデアを企業に伝えると、企業はそのアイデアを実現したい。
でもそこで権利が発生するというしがらみが出てくるんですけど、そこはどうお考えですか?

山本:
私の産学連携活動は主にアイデアを売っているわけなので、秘密保持契約を結んでから話をするというのは理論的に不可能なんですね。たとえば、「良いアイデアあるから僕と組みませんか?組んだらアイデア教えますので」と伝えたとしても、リスク高すぎて誰も組んでくれないですよね。当初は秘密保持を気にして、「うわ、言い過ぎた!」と後悔することもあったんですけど、後々考えると、そこまで話さなかったら組んでもらえなかっただろうな、と開き直るようになりました。今は第三者の不利益にならなければ私のアイデアは話すようにしていますし、これからもそうしていきます。

今後、プロジェクトを成功させるにあたって、どのようなことが必要だと考えていますか。

山本:
成果物に対する報酬をインセンティブとしてきちんと認められるようにしていきたいです。たとえば、製品化されたら何パーセントかが大学や研究者にきちんと支払われるようになったらいいなと考えています。そのほうが研究者も本気でいい成果物を作るために頑張れると思います。

最後に

経済産業省の「ヘルスケア産業課」に出向されているとうかがいました。

山本:
ヘルスケア産業課は、ライフサイエンス分野の振興に関する幅広い政策を取り扱っていて、私は部分出向というかたちで所属しています。どうやら私は経産省発足以来省全体で2人目か3人目の医師出向者だそうです。まわりは官僚の人ばかりかと思いきや、半数くらいは企業や自治体からの出向者で、官僚の方も含め皆さん“できる会社員、サラリーマン”といった印象です。また、ここの課では理系出身の女性職員がとても多いことに驚きました。

山本先生は、具体的にどのような取り組みをされているのですか。

山本:
ライフサイエンス全般のスタートアップや新規参入企業などの相談者に対し、どうやって事業化するか、シーズを活かせばいいのかなどの相談に応えるサービスである、Healthcare Innovation Hub(ヘルスケア イノベーション ハブ:通称イノハブ)という取り組みに携わっています。ベンチャーキャピタル、製薬企業、自治体、保険会社、などいろんな職種がイノハブをサポートしていますが、私の任務はこのイノハブへのアカデミアの巻き込みです。私が入省した2019年11月の時点では支援団体にアカデミアが1つも入っていなかったので、手始めに医科歯科大を登録させ、その後東北大や名古屋大など次々に入っていただきました。今は組織としてアカデミアをどう機能させるかなどについて議論しています。Pilot studyの一環として、これまでイノハブで受けた相談を掘り起こしてみたところ、とても面白い性質の色素を作っている企業があったので、一研究者の目線から「これは絶対革新的な製品の開発に使えそうだ」とすぐにコンタクトを取りました。それで、秘密保持契約抜きでこちらのアイデアを話したところ、かなり興味を持ってくれて。現在、共同研究の契約書にサインしているところです。たとえると、「結婚相談所に勤めていたところ、すごくいい人が相談に来たのに放っとかれていたので思わず結婚しちゃいました!」、的な感じでしょうか(笑)。ともかく、共同研究が成功したら大きな案件になるので、是非オープンイノベーション機構にも関わっていただければと思います。そして皆さん、イノハブは全政府的な取り組みでこれから益々盛り上がっていきます。どうぞ宜しくお願い致します!

研究以外で、ご趣味や仲間が欲しいとかありますか?

山本:
最近ピアノを弾き始めました。母親がピアノ教師で、小学2年〜4年生の間習ったんですけど、練習がとにかく嫌いで。とうとう破門になった時はすごく嬉しかったです(笑)。ただ、テレビで見聞きした歌謡曲を耳コピして弾くのは子供の頃から好きでしたね。社会人になってからはあまり弾いていなかったんですが、最近また弾き始めました。YouTubeを見ていると、耳コピで演奏する人のレベルがとても高くて、良い教師になっています。最近は「Official髭男dism」の曲を弾いていたりします。クラシックはさっぱりですが、ピアノありきのバンドだと弾き甲斐があって楽しいです。甥っ子がYouTubeに投稿しているので、負けないよう頑張っています。それから、学生時代のバレーボールの仲間とは今でも交流があります。この写真(一番左が私)はニューヨーク時代のバレーボールチームのチームメイトとの写真です。バレーボールをしたり、飲んだりしています。

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