INTERVIEW

研究者インタビュー

2020.11.12 
研究者インタビュー 
Vol.18

企業・アカデミアの技術を活かし骨折リスクの予防・早期発見に尽力

第一期プロモーター教員

整形外科の中で「手」を専門にしている藤田浩二先生のインタビュー。加齢の影響で筋力が低下して発生する骨折を減らそうと、スマートフォンなどを活用した「家庭でできる予防」の取り組みを進めています。ヤマハさんや他大学との共同研究についてうかがいました。

プロフィール
大学院医歯学総合研究科
運動器機能形態学講座
講師
藤田浩二先生

研究分野について

現在の研究に取り組んだきっかけを教えて下さい。

藤田:
整形外科は膝や背骨がメインの分野ですが、私は中でもマイナーな「手」を専門にしています。生活に密着していて使い方も個人差が大きく、動きのバリエーションも非常に複雑。医者、専門家も少なく、日本でもたった1000人です。昔は手の手術が一番難しいと言われていたこともあり、「これはチャレンジしがいがある」と思って決めました。
主な疾病は手の骨折だけでなく手根管症候群などの神経障害や先天異常など生まれながらの病気、関節リウマチなど。整形外科医としてある程度経験を積んでいれば、病院で患者さんの手を見るだけで病名を言い当てることができます。以前にもベテランの先生が患者さんの手を見ただけで瞬時に病状を当てたことがあって、なぜそんなことができるのか解明したいと強く感じました。医者も経験的に身につけた知識で治療をすることがあり、言葉で説明できない暗黙知も多いです。そういった知識を言語化、数値化、体系化して明らかにすることで専門医が少なくても、より多くの患者さんを救えるのではと考えて研究しています。

手のどのような違いに気付いて病気を判断するんですか。

藤田:
親指の付け根部分が痩せていたり、手を丸めた時に形や指の曲がり具合がおかしい場合があります。 こうした変化に患者さん本人は気付いていないことがほとんどです。患部を直接見れば分かることも、新人の先生や学生に教えるとなるとなかなか伝わらないので、どのように見える化して理解しやすくするかについても興味がありますね。私は初めてお会いした方と会話をしているとつい手を見る癖があります。職業病ですね(笑)。

見える化、数値化の方法はどういうイメージですか。

藤田:
現在は手の握力や角度を測るといったアナログな計測方法しかありません。デジタルデバイスが発達してきているので、産学連携や医工連携で企業や他大学の工学部の先生と一緒に組んで発明することも可能だと考えています。実際にスマートフォンを使って特定のゲームをプレイしてもらうと、特定の病気が8割ぐらいの確率で見分けられます。病院で専門医が診察してもほぼ同じ確率なので、ゲームで分かるのであれば手を専門とする整形外科医が少ない地域であっても十分治療に活かせますね。さらにスマホならどんな言語にも対応できるので、世界中で治療に使える可能性があります。今後もスマホ、カメラ、タブレットや小さいセンサーが入ったデバイスなどを活用して検査に役立てようとしています。

一番大変だったことを教えてください。

藤田:
私がゲームを作ったり、アプリケーションのプログラムを書けるわけではありません。ですから、技術を持っている企業の方や工学部の先生の協力が必要です。一緒に研究を進める中で、私達が知りたいことや解決したいことを技術者や研究者に分かりやすく通訳、翻訳して適切に伝えなければいけません。私達が患者さんのどういったことを具体的に知りたいのかを噛み砕いて伝えられれば、素晴らしい技術を活かしたアイディアや製品ができあがるはずです。試作品をチェックして何度もやり取りを繰り返しながら、作り上げていく。苦労の連続ですが、その過程こそが醍醐味でもありますね。

企業さんとのコミュニケーションの時間はどれくらい確保されましたか。

藤田:
新型コロナウイルスの影響で、ほとんどはWeb上のテレビ電話会議やSlack(スラック)などのコミュニケーションツールを使って解決しています。ゲームのアプリケーションは工学部の先生と一緒に作りましたが、制作から完成までに会ったのは2、3回ほど。製品のやり取りは宅配便で行い、特に問題なくスムーズでした。定期的に相手ときちんと連絡を取る時間を作り、関係性を構築していきました。

産学連携について

産学連携のご経験について教えてください。

藤田:
生活の中で動きを検知するという内容で、ヤマハさんと本学との医療分野での包括連携協定の枠内で共同研究を行い、指の動きをセンシングするデバイスを作りました。製品化には至りませんでしたが、論文で報告しました。
私達が目指しているのは疾患の予防や早期発見。病院で診断したり、治療するのは当然のことです。病院に来るということは、すでに患者さん自身が体調不良に気付いている状態なので、本人も自覚していないくらい早いうちに、生活の中にあるデバイスを用いて疾患の治療や予防を促したいと考えています。

骨折、痛み、しびれ、機能障害など、手にはさまざまな病気があります。予防の段階でどうやって見分けるのでしょうか。

藤田:
正直難しいところですね。患者さんは痛みや痺れだったら自覚できます。よほど痛ければ病院にお越しになるでしょう。神経の病気だった場合は手先の感覚や手の動きの悪さなどにジワジワと影響が出ているはずです。ただ年齢を重ねていくと気付きにくくなったり、ちょっとした変化だからといって無視されるケースもあります。手の病気が専門ですが、整形外科としては手だけではなく身体全体を診て治療することも役目であると考えています。生活の中でどういう動作でどんな痛みが出やすいかなど、予防につながる情報を集めている最中です。

身体に異常を感じていない健康な人でも、早期発見できるようになるのでしょうか。

藤田:
はい。例えば、転んで地面に手をついて手首が折れた場合は、骨粗しょう症が関係すると言われてきました。しかし、私達が手首の骨折の原因を調べた結果、骨粗しょう症よりも「転びやすさ」が深く関係していることが分かったんです。
転倒というと70、80歳の高齢者をイメージしますが、女性は40代から転倒リスクが高まります。骨折してから対応するのでは遅くて、その手前で骨折の予防をしっかりしないといけません。
また、骨折は一度経験すると、骨折連鎖といって骨折が続きやすくなる。初期の段階で食い止めるためにも、早期に介入する必要があります。そこで鍵となるのが、握力の数値ですね。骨折のリスクがかなり高くまる握力は、22キロ以下が基準という研究結果があります。生活の中で握力を測定するシステムを作ることで「骨折のリスクが高まっています」など、知らせる方法を模索しています。

最近、加齢に伴い身体的機能や認知機能が低下する「フレイル」という言葉をよく耳にします。自覚するにはどうしたら良いでしょうか。

藤田:
フレイルと同様に、筋肉量が減少し身体機能が下がる「サルコぺニア」、運動器の障害によって移動機能が低下する「ロコモティブシンドローム」は大事なキーワードですね。新聞やテレビ番組などの報道で少しずつ情報発信されてはいますが、知っている人が増えても上記の病態になるまでほとんどの人は自覚しません。自覚するための判断材料としては、やはり握力をツールにしたいと思っています。定期検診で握力の数値が下がっている人にはアラートを出して追加で精密検査を行ったり、適度な運動を促すことができるようにしたいですね。

企業の方とのコミュニケーションで工夫したことはありますか。

藤田:
患者さんや医療現場のニーズを丁寧に噛み砕いて企業側に伝えられているのかを配慮してコミュニケーションを行いました。振り返ると私自身もうまくできずに反省することも多かったです。ヤマハさんとの共同研究では、研究としての面白さと、製品として売れるかの間で議論がありました。お互いの考えがズレたまま進んでしまうと、世の中に求められていない製品になりかねないので注意が必要ですね。意見のズレを解消するために、企業の方に言葉で説明するだけでなく、必ず医療現場を見ていただいています。手術や外来診療の現場を見てもらい、実際の様子を紹介しました。その上で地道に話し合いを行うことが大切ですね。

プロモーターとしての取り組み

イノベーションプロモーター教員に興味を持ったきっかけや経緯を教えて下さい。

藤田:
私は企業や他大学と連携した研究を6、7年続けていたので整形外科の中でコラボレーションを積極的にしている人という認識もあり教授から声をかけてもらいました。医療業界の中だけだと言葉も通じますし非常に話が早いですが、技術や成果を外部に出すために医療の現状や知識を噛み砕いて伝える努力をしないと研究に未来はないと感じていました。この機会に色んな人と触れ合えるのはありがたいですね。
オープンイノベーション機構に企業と交流するイベントを開催していただいたことがあって、多くの企業の方々と出会えたのはとても良い経験になりました。そこから動き始めた研究もあります。将来的には手の細かい計測をデジタルデバイスを使って行い、予防を啓蒙する活動につなげたいです。整形外科は生活に密着する分野がメインになるので、自宅でも簡単にできる計測方法や計測結果によって、健康な人を増やせるように貢献していきたい。興味を持って下さる企業がいればぜひ一緒にやりたいですね。

企業からどんなサポートがあったら嬉しいでしょうか。

藤田:
予防の観点でお話すると、病院外での人間の動きの把握が一番大事です。病院に来て「腰が痛いです」「膝が痛いです」と医者に相談をするのは1日のうち0.5%以下の時間で、残り99.5%の時間をどのように過ごしているのかをきちんと把握しないと、適切な解決につながりません。生活空間の中での動きをモニタリングする技術、画像解析の技術、人間の動作をセンシングする技術がある企業と手を組めたら嬉しいですね。これまでの研究で、患者さん側の作業が多かったり負担が大きいと実現は厳しいと感じています。日常生活の妨げにならないデバイスを身につけて記録をとり、診断の精度向上につなげていくことが重要ですね。
現時点では、慶應義塾大学や産業総合研究所などアカデミアと共同研究をやっていますが、アカデミア同士の研究の範囲を出ないこともあって、領域を広げながら研究のスピードを加速できるような機会を得たいですね。

企業、アカデミアと連携した時のパートナー像はありますか。

藤田:
企業の規模は関係なく、予防に興味を持って下さる方がいたり、人間の行動を把握することで予防に貢献したいというマインドをお持ちだとマッチしやすいと思います。加えて、フットワークが軽い企業だと研究もしやすいかもしれません。
私はセンシングなど工学の分野に興味があるので、会議で専門用語が出てくると「どういう意味ですか」と質問をしたりします。お互いの知識を交換して会話をしながら分かり合うことが「コミュニケーション」だと考えているので、医学の領域が面白いと思っている先生と積極的にコラボレーションしたいですね。アカデミアの先生方が持っている技術は、一般的に知られていないだけで、活かす場所を探している方も多いはずです。その技術を医学の世界に向けてもらえれば、私達も何かお力になることができるのではないでしょうか。

オープンイノベーション機構に手伝って欲しいことはありますか。

藤田:
私が工学部の先生とコラボレーションした時は、1年に1回友人やお互いに興味がありそうな人を呼んで、工学部の研究者30、40人と医者20人の合計60人ほど集まるクロスセッションを開いていました。クロスセッションでは研究内容をプレゼンテーションしてもらうのですが、話を聞いてお宝が見つかることもあります。技術だけでなく、先生一人一人の考え方や研究の動機もじっくり聞くことができるので、私も触発されたりします。オープンイノベーション機構にも同じようなイベントをやってもらえると、他分野の人達と交流ができて良いですね。
クロスセッションを開催する時に注意しているのが、私達のことを慮って医学的な内容を付け加えようとする方には、シンプルにご自身の専門、研究内容を分かりやすく話してもらうことにしています。医学に寄せてしまうと「これは医学的にできるのではないか」と先入観や思い込みが盛り込まれた話となり議論の余地がなくなってしまう傾向にあります。クロスセッションのお陰でコラボレーションが決まったり、面白い研究につながったのでこういった機会は増やしていきたいですね。

新型コロナウイルスに対応するために、先生は東京医科歯科大学のバックヤードチームを指揮されたと聞きました。ご苦労や発見したことを教えて下さい。

藤田:
救急救命室(ER)、集中治療室(ICU)、感染症や呼吸器内科の先生達が最前線で働いている一方で、整形外科は外来診療を止めた影響もあって仕事は減り、何もできない状況でした。私達は肺炎を診察できないですし、ICUの知識もありませんが、整形外科医である前に医療従事者です。100年に1度の危機で多忙を極める先生達をサポートしようと、整形外科の大川淳教授からの号令でバックヤードチームを作ることになりました。
組織に横串を通すような仕事だったのですが、大学の縦割り組織の難しさを痛感しました。整形外科の中でも他の研究室やグループが何をやっているのか知らないんですよね。全ての診療科、看護婦や事務などあらゆる立場の人を巻き込むので、コミュニケーションは非常に大変でした。患者さん搬送、検体輸送や部屋の清掃など色んな仕事を円滑に進めるために、折衝を重ねた毎日でしたね。入院患者さんが多かった時期には1000人以上の先生に関わっていただきました。たくさんの人にご協力いただけたのはとても良い経験でしたし、感謝してもしきれません。

最後に

藤田先生のご趣味を教えて下さい。

藤田:
普段は居酒屋などに酒を飲みに行くのが趣味なんですが、新型コロナウイルスで今は気軽に行けないので辛いですね。
先ほどお話したクロスセッションは終了後にお酒の席が設けていますが、素面での議論より盛り上がりますね(笑)。「あの発表はこの研究とくっつけるとこんなことができるんじゃないか」など打ち解けた会話ができるので、コミュニケーションにおいて大切な存在ですね。

ありがとうございました。

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