INTERVIEW

研究者インタビュー

2020.11.05 
研究者インタビュー 
Vol.17

ヤマハの生体センシング及び信号処理技術を活用した「次世代の聴診器」開発

第一期プロモーター教員

イノベーションプロモーター教員、梅本朋幸先生のインタビュー。ホームヘルスケア及び医療機器市場への参入を目指すヤマハさんとの新しい聴診器の開発や、京セラさんと共同研究を進めるウェアラブルデバイスを使った遠隔モニタリングについてうかがいました。

プロフィール
医学部附属病院
循環器内科
助教
梅本朋幸先生

研究分野について

先生が取り組まれている研究について教えて下さい。

梅本:
私は東京医科歯科大学医学部附属病院の循環器内科に所属しています。心臓及び血管に関する疾患が専門です。オープンイノベーション機構のサポートを受けて取り組んでいるのはヤマハさんとの音に関する研究です。ヤマハさんの生体センシングおよび信号処理技術と医療現場の課題を組み合わせて「次世代の聴診器」を作ろうとしています。ヤマハさんと本学は2017年に包括連携協定を締結しており、その中の1つの研究になります。

聴診器を選んだ理由はありますか。

梅本:
ヤマハさんは楽器や音響機器事業など音や音楽を原点とした技術があり、今回共同研究で応用するセンサーは血流や呼吸音のわずかな変化を感度良く検知できます。私達はセンサーや信号処理の技術によって聴診器が抱える問題を解決できるのではないかと考えました。
聴診器は、1816年にフランス人医師ルネ・ラエンエックが紙製の長い筒を使って患者さんの胸の音を聞いたことが始まりとされており、実に200年ほどの歴史があります。しかしながら、最近は若い医師を中心に聴診器を使う頻度が減ってきていると言われています。聴診器が、近年著しく発達したカテーテル、超音波、CT、MRIなどの画像診断機器・診断方法の陰に置かれる傾向があることも影響していると考えられます。一方で、聴診器は過去100年近く本質的に進歩をしていなかったという事実もあります。
聴診の難点としては、音の大きさの問題と主観的な評価であるという事が挙げられます。大きな音であれば容易に診断できますが、心臓の疾患によっては、音量が小さかったり、周波数が特別で普段耳にしない音の場合もあります。耳を鍛えると言うと少しおかしな表現ですが、音を聴き分けるトレーニングを積まないと特別な音は聴こえるようになりません。笑い話で言われることですが、教授回診で教授が聴診器で患者さんの異常な音に気づいても研修医には全く聴こえない。「教授にしか聞こえない音なのでは?」と研修医が戸惑うことが実際にあります。また,聴診器はあくまで検査した医師の主観的な判断になりますので,結果を画像で見られる超音波検査のように、複数の医師で共有し、客観的に判断することが困難です。

「次世代の聴診器」の具体的なポイントはどこですか。

梅本:
「次世代の聴診器」の開発目標は2つあります。1つは伝統的な聴診器をデジタル化し、得られた情報を客観化することで、誰でも共有できるようにすること。2つめはデジタル化により診断能力を向上させ、聴診器の価値を再評価してもらうことです。これらにより、聴診器の強みである携行性や利便性をより追求することができると考えています。客観化することで情報が共有できると、学生や若い医師に対する教育や修練がより効果的にできるようになります。また、現場の医師にとっても、診断を共有することが可能になります。また、従来の聴診器は、20ヘルツから2万ヘルツまでの人間の可聴域を前提に成り立っていますが、音圧の影響を考慮すると実際に聴くことの出来ているのは心臓から発せられている音のごく一部です。聴診器をデジタル化することで、これまで診断に使用されてこなかった人間の耳には聴こえない音も捉えることができれば、新しい学問が生まれる可能性もあります。さらには、患者さんの心音をデジタルデータに変換することで、遠隔地にいる医師や看護師が診断することも可能になります。あるいは、ヤマハさんの信号処理技術により、AI(人工知能)を活用することで自動診断のようなサービスにもつながると考えています。

産学連携について

ヤマハさんとの共同研究のきっかけを教えてください。

梅本:
包括連携協定の関係にあるので、ヤマハさんが持っているセンサーの技術を大学側に提供していただく前提で、大学の診療科とどのような研究ができるのかマッチングを行いました。当時の上司と私の2人で循環器内科として聴診器をやってみようと決めました。

ヤマハさんとの共同研究以外に産学連携に関わった経験はありますか。

梅本:
ヤマハさんの他には、京セラさんと生体情報をモニタリングするデバイスを使った共同研究を行っています。デバイス自体はもともと京セラさんが持っていたシーズになります。脈拍数・呼吸回数・体温などの生体情報は通常計測のために体温計を脇に挟んだり血圧計を腕に巻く必要がありますが、私達の研究・開発を行っているデバイスは、耳、にかけるタイプの骨伝導ヘッドホンにセンサーが組み込まれており、取得した生体情報はワイヤレスでモニタリングし記録することが出来ます。遠く離れた患者さんに対して遠隔で生体情報をモニタリングできるので、オンライン診療で使用する診察機器としての使用や自宅での運動・リハビリテーション施行時のモニタリングデバイスとしての使用などの可能性を追求しています。また、現在は新型コロナウイルスに感染した患者さんの入院中に行われているリモートでのリハビリテーション施行時に、使用していただいてもいます。

新型コロナウイルス感染症患者さんのリハビリテーション時にウエアラブルデバイスはどの様に使用されているのですか?

梅本:
先ほどお話したように、2019年11月頃より、ウェアラブルデバイスによる生体情報モニタリングに関する京セラさんとの共同研究を行っていたのですが、ご存知のように、2020年3月頃から新型コロナウイルス感染症が拡大し、当院にも入院患者さんが増えてきました。その中で京セラさんから、何か社会に貢献できることがないか、と相談をいただきました。また、時を同じくして新型コロナウイルス感染症について、ダイヤモンドプリンセス号の乗客を多く収容した自衛隊中央病院の先生方から、新型コロナウイルスの中等症患者さんの場合、酸素濃度の急激な低下が重症化する兆候のひとつだという報告がありました。京セラさんは脈や酸素濃度が計測できる耳装着型ウェアラブルデバイスをプロトタイプとして開発していたので、京セラさんにデバイスの増産をしていただき、パンデミックなどの緊急事態に備えることにしました。その後、感染の勢いが少しずつ落ち着く中で耳装着型ウェアラブルデバイスが宿泊施設や自宅療養中の感染患者さんに役立つと確信し、大人数であっても同時にモニタリングできる実証実験を進めています。一方で、院内に入院されている新型コロナウイルス感染症の患者さんの中で、必要な患者さんに対して、医療従事者の感染予防のためテレビ電話を活用したリハビリが行われているという情報がありました。リアルタイムに脈拍や酸素飽和度がモニタリング可能な本デバイスは、安全にリハビリを行う上で有用であると京セラさんに提案し、実際のリハビリにおいて使用を開始しました。現在は臨床研究としてリハビリテーション部の先生が中心となり、継続して使用していただいています。このような迅速な対応ができたのは、京セラさんの社員の方が循環器内科の共同研究員として学内の研究棟に常駐しており、お互い同じ敷地内ですぐにアイディアを共有したり研究の進捗状況をやり取りできる土台があったことが功を奏して実現できたことだと思っています。

共同研究をして良かった点はどういったところになりますか。

梅本:
月並みな答えかもしれませんが、お互い知らない分野同士なので自分達だけでは出てこない発想や着眼点が見つかるのはとても刺激的です。企業の方々から医療に対してフラットな意見が出てくるので、私達にとっては伝統や常識にとらわれない新しい着想が生まれやすいと思います。

一方で、研究の中で苦労されていることを教えて下さい。

梅本:
民間企業との共同研究はヤマハさんが初めてでしたが、私の常識が通じないケースも多々あり、世間知らずだった面も多くあったと反省しています。共同研究を始めた当初は医療の単語1つにしても、つい専門用語が出てきてしまいます。企業の方々は医療の専門家ではないので、私達も患者さんに説明する時のような言葉選びが必要だと痛感しました。また、ヤマハさんとの会議の中で音の専門用語や略語が使用されることもあり、知らない言葉が出る度に意味を確認していました。

プロモーターとしての取り組み

今回プロモーター教員になったきっかけは何でしたか。

梅本:
循環器内科の教授から推薦を頂きました。その時点では、すでにヤマハさんと共同研究は数年行っており、京セラさんとも話し合いを開始した段階だったので、医療関係者以外の方々との交流を通じて良い閃きが出ることは何度も実感していました。業種・業界を超えてさまざまな方と交流することで面白い研究ができると思っています。

プロモーター教員として、今後実現したいことはありますか。

梅本:
正直に言いますと、今回声をかけてもらうまでオープンイノベーション機構の枠組みが大学内にあることを知りませんでした。こういった有益な仕組みがあることをまだ知らない先生達に是非お伝えしていきたいと思います。
また、プロモーター教員になって、私一人が研究に没頭するだけで不十分であり、企業や他の医療従事者との関係性がとても大事だと気付きました。先ほどお話しましたが、ウェアラブルデバイスとリハビリテーションを紐づけて京セラさんに提案できたことは、自分が行っている研究内容が他の分野でお役に立てる喜びを感じることが出来ました。
また、先日、出身高校の同窓会に参加した時にGoogle Japanに勤めている同級生と再会し、Googleのシーズと私達の研究を組み合わせてできることはないかと話が盛り上がりました。後日、同級生のつてでGoogleの担当者の方が、大学の産学連携研究センターへ足を運んで頂き、共同研究の可能性について相談する機会がありました。結果的には、共同研究には結びつかなかったものの、外部に目を向けることも私が担うべき役割の1つかなと思っています。

今後、産学連携を推進していく上での企業のパートナー像を教えてください。

梅本:
研究の内容にもよりますが、医療現場と真摯に向き合ってくれる方、お互いを尊重しながら理解し合える方が理想だと思います。もちろんパートナーとなる企業の文化や考えを私達が理解することも大事だと思っています。共同研究を行っている企業の方とは、相互理解促進のために定期的に勉強会を開催しています。私からは心臓の構造や不整脈についてパートナーの企業に説明をして、企業からは音などの専門知識を教えてもらう会です。研究を進めるだけではなく、両者の知識を交換するように意識しています。

パートナーを希望する企業の具体的な業種はありますか。

梅本:
情報をセンシングする技術は我々医者には作れないので、人体に接触せずに身体の状態を計測できるセンサーの技術を持つ企業があったらぜひ担当者の方とお会いしたいです。高度な技術が求められる場合は1社では難しいと思うので、得意分野の技術を出し合って製品を作り上げることに協力的な企業も希望します。センサーを使うと大量の情報が入ってくるので、ノイズを除去したり、蓄積したデータを処理する技術、大量のデータから特定の情報を見つけ出す演算処理が得意な企業の力もお借りしたいです。

先生が臨床をしている中で、実現したいと感じていることはありますか。

梅本:
たくさんありますが、現在、私が外来主治医として担当している、もうすぐ100歳を迎える患者さんがいます。心臓を悪くして入退院を繰り返してしまっています。毎朝の食事はベーコンエッグとトーストに塩胡椒をかけているそうで、その食生活を改善するように何度も伝えていますが「美味しいんですから、止められませんよ」と言われてしまうんですよね。美味しいと感じる食事や好きなことを変えることはなかなか難しいと思います。そこで、密かに考えているのが「人工塩味料」の開発です。世界的に見ても日本人は塩分の取り過ぎと言われています。そこで人工甘味料のような「人工塩味料」を作れば心臓が悪い人でも塩分を気にすることなく食事を楽しんでもらえると考えました。実は、人工塩味料はこれまでにも多くの研究者が開発に取り組んできた過去があり、食塩に一番近いのは塩化リチウムという化学物質だと言われています。食塩と同じ味がするらしいのですが、残念なことに身体にとって毒性があるようです。新たな視点で、再度研究に取り組んだら人工塩味料が発見できるのではないかと真剣に考えたりしています(笑)。

最後に

先生の趣味を教えて下さい。

梅本:
学生時代はサッカーをしたり大学の時はバンド活動をしていましたが、新型コロナウイルスの影響で気軽にできなくなってしまいました。今は料理の時間を楽しみにしています。3年前まで留学していたイタリアではパスタやリゾットなど現地の食材をふんだんに使った料理を楽しんでいました。時間がある時は大好物の餃子を作ったり、イタリア留学中に食べたティラミスの味が忘れられず、見よう見まねで思い出しながら再現することにもチャレンジしています。料理はレシピ通りに食材を集めて調理すれば、経験がなくてもそれなりに美味しくできるのでいつも感動しますね。料理している間は没頭できますし、短時間で達成感も得られるのでストレス解消にもぴったりです。

大好物の餃子を作っている時間は無心になれる

ありがとうございました。

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