INTERVIEW

研究者インタビュー

2020.10.08 
研究者インタビュー 
Vol.15

寄生虫の生活環を解明しマラリアの根絶を目指す

第一期プロモーター教員

イノベーションプロモーター教員、新澤直明先生のインタビュー。寄生虫(原虫)によって発症するマラリアは治療薬の開発が進められていますが、未だ終息の兆しが見えません。感染のメカニズムや産学連携の現状、今後の展望についてお話をうかがいました。

プロフィール
医歯学総合研究科
国際環境寄生虫病学分野
助教
新澤直明先生

研究分野について

先生が関わられている国際環境寄生虫病学は、どのような研究なのか教えて下さい。

新澤:
私が所属している研究室はもともと医動物学という講座名でした。医動物学とは人などに感染する寄生虫や病気を媒介する虫、動物の研究をしています。国際環境寄生虫病学に名称が変わった現在でも研究室では寄生虫の研究を行っていて、私は2017年に東京医科歯科大学にきてからマラリアの研究を続けています。
マラリアは、マラリア原虫という寄生虫が引き起こす病気で、高熱が出たり、時には死に至る危険な病気です。世界保健機関(WHO)によると、世界中で年間2億2000万人が感染し40万人もの人が亡くなっています。

研究の魅力を教えて下さい。

新澤:
私は「生き物として」寄生虫に興味があります。寄生虫がどうやって生きているのかを研究し、遺伝子を解き明かしたいという思いがあります。マラリアの治療薬やワクチンの研究の方がインパクトがあるので、私のは地味な研究かもしれませんね(笑)。マラリアは蚊を媒介にするんですが、1つの病原体が人と蚊の2つの宿主(寄生生物が寄生する生物のこと)を形や遺伝子の発現を変化させながらダイナミックに行き来するんですよね。細菌のようにどんどん増えていったり、高等生物みたいに受精することもある。単細胞の生き物なんですが、色んな生命現象があるんですね。

ゲノム編集によって作出した細胞膜に局在する蛍光タンパク質を持つマラリア原虫

新澤:
私が一番興味をそそられるのはマラリアの形が変わることです。丸い形が細長い形になったり丸く戻ったりしながら、1つの細胞から1000個、2000個に増殖することです。単細胞の生き物なのに非常に多彩な生命現象を生み出すところがとても面白いと感じています。私の夢はマラリア原虫の生活環の全てを解き明かすこと。私は分子生物学に関わっているので、どの遺伝子がどういう時に働くのかなど生活環を分子レベルで解明したいですね。もしこの研究で成果が出れば、マラリア原虫の生活環に必要な遺伝子や分子が判明するので遺伝子の機能を特異的に阻害したり、ある遺伝子をターゲットにした薬剤やワクチンの開発、疫学の調査に発展します。これは感染症研究の中ではベーシックなストラテジーになります。私はどちらかというと、基礎研究の中で分子を見つけることに注力したいと思っています。応用することに興味を持ってくれる人がいたら治療分野などでも社会貢献ができますね。

マラリアはどのように形が変わるんでしょうか。

新澤:
例えば、蚊の消化管の中にマラリア原虫が入ると消化管の組織を通り抜けるために細長い形に変化するんです。細長い方が動きやすいし、針みたいに通り抜けやすいので消化管から体の中に侵入して変わっていく。だから、マラリアは蚊に感染できるんです。感染という現象は1つの宿主と病原体が常に影響し合いながら進化して発生します。また、マラリア原虫は遺伝子の発現も大幅に変化します。蚊の体から人の体に入ると温度も環境も違うので、マラリア自ら「環境が変わった」と判断して遺伝子発現を変化させて人の体に寄生できるようにするんです。

研究の中で一番苦労されている点はありますか。

新澤:
再生医療や癌の領域に比べると寄生虫の研究は研究者が少ない状況です。寄生虫の研究室は医学部の中に1つしかないことが当たり前なんですね。研究人口が少ないから一緒にやる人がなかなかいなくて、1人で研究することが多い。スムーズにいかないことも多く難しいなと感じます。
最近はCOVID-19(新型コロナウイルス)の影響でウイルス研究が盛り上がっていますが、特に日本では感染症研究があまり盛んではありません。現実的な話をしますと、研究費がなかなか取りづらかったりするので研究規模が小さく、研究者が少ないのが現状です。マラリアの被害が大きい地域と関係の根深い欧州諸国ではマラリアの研究が盛んに行われています。もともと欧州の国々はアフリカに植民地があったため、古くから欧州の大学にはマラリアなど熱帯感染症を研究する部門が必ずあります。日本の大学で独自の感染症研究所を持っているところはほとんどないです。東京大学、大阪大学、北海道大学、長崎大学くらい。海外では軍事研究と同じ並びで感染症の研究をやっていますね。

寄生虫研究の今後の見通しはどうお考えですか。

新澤:
新型コロナウイルス騒動で寄生虫研究の今後はどうなるか分からないですね。大学生や大学院生が感染症に興味を持ってくれたら嬉しいのですが、現実問題難しい。若い子達が興味を持たないと日本の感染症を研究する人達のコミュニティがどんどん狭くなってしまいますからね。

マラリアの治療法確立は世界的に重要な課題だと思います。現在の研究者が目指していることや課題はどういったことがありますか。

新澤:
マラリアに対して効果のある薬はすでに開発されています。これまでは薬を作っても耐性ができてしまうという繰り返しで薬剤耐性に悩まされていました。しかし、「アルテミシニン」がマラリア治療に効果的だと判明し、2015 年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。それ以降、アルテミシニンを改良したさまざまな薬が実用化されています。おそらくアルテミシニンを患者全員に届けることができれば、マラリアは撲滅に近い状況までいきます。アフリカ以外の地域はアルテミシニンで解決できそうですが、ナイジェリア、コンゴ民主共和国、モザンビークなどアフリカ地域では年間2億人以上のマラリア感染者がいるため治療薬を全員に行き渡らせることは難しいです。最近のマラリア死亡者数はかなり減ってきていますが、それでも年間40万人ほどで下げ止まっているんです。その理由はアフリカではマラリアの小児患者が減らないからだと言われています。先日、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)から研究費を補助してもらい「重症マラリア対策開発に向けた流行地患者由来サンプルを活用した重症マラリア関連因子の探索」という研究を始めました。この研究を通して小児の感染が無くなれば、マラリア問題は解決すると思います。

産学連携について

今までの産学連携について教えて下さい。

新澤:
産学連携は今までありませんでした。ワクチン開発をしている先生と共同研究のような形は今も続けています。共同研究が始まったのは、私達がマラリア原虫の新しい遺伝子組換え技術の開発に成功したことを他のグループの人が聞きつけて「遺伝子組換えの虫を作ってワクチンに応用できないか」とフランスの研究者から声をかけてもらったのがきっかけ。私達は遺伝子操作技術を駆使して遺伝子の発現を制御することを得意としています。その点が評価されたのは嬉しいですね。共同研究では、遺伝子操作した後にマラリアのワクチンとして実用化できるか調べています。

共同研究先から興味を持たれたのはなぜだと思いますか。

新澤:
我々にしかできない技術だったからだと思います。マラリアの遺伝子組換えは高度な技術が求めされますし、時間もかかります。私達にはノウハウがあり迅速に対応できるので「こういうことをやりたい」「こういうものを作りたい」と要望があったらすぐに対応できます。他の理由として考えられるのは、世界単位で寄生虫研究のコミュニティは狭いので、ちょっとした情報が他の研究者の耳にすぐ入るんですよ。先ほどお伝えした共同研究先の先生は、私が以前勤務していた大学の同僚が留学先の研究室だったということもありました。世界中の研究者が知り合いの知り合いぐらいの関係じゃないかと思います。

現在、企業との共同研究が行われていない理由はなぜでしょうか。

新澤:
研究内容がネックになっていると思います。日本の製薬会社は感染症にほとんど興味がありません。ワクチンを取り扱う企業は多少興味を持っているかもしれませんが、製薬会社は熱帯地域特有の感染症には興味がありませんし、企業主導ではほとんど研究開発を行っていません。企業の方と情報共有をしたこともほとんどなく、知り合いの研究者から情報交換を一度した経験があると聞いたことがある程度です。この状況はとても残念だと感じています。私は感染症が興味深いと思って研究しているので、関心を持ってもらえたら嬉しいですね。私自身はアイデアを出す側となって、共同研究をしたい企業がいたら実用化に向けて取り組みたいです。

製薬会社以外に防虫剤など蚊に関わるような企業と組む予定はありますか。

新澤:
住友化学が殺虫剤の成分を練りこんだ蚊帳を作ってアフリカ地域で配っています。蚊帳を現地生産してアフリカの雇用にも貢献しています。私はマラリアを媒介する蚊の研究をしていたので、蚊に着目したイノベーションでも貢献できることはあると考えています。

海外はどういう状況でしょうか。

新澤:
海外の企業は共同研究を含めて幅広く色々とやっていますね。ワクチンを作っているベンチャー企業もありますし、ワクチンや薬の開発にかなり力を入れている外資系の大手製薬会社もあります。日本と海外の違いは、熱帯感染症に対する下地があるかどうか。欧州諸国はアフリカ開発に何百年も前から関わっており、熱帯地方で蔓延する病気の情報量も雲泥の差だと感じています。

先生が企業との取り組みで不安に思うことはありますか。

新澤:
そもそも自分の研究が産学連携に直結するとは思っていません。もし産学連携で共同研究を始める場合、新しいテーマを考える必要があると感じています。悲しいことに、私が取り組んでいる今の研究テーマは産学連携にはなかなかつながりません。薬やワクチンなど直接的で分かりやすく、社会に貢献できるテーマで進めていく必要がありますね。産学連携を具体的に進めていくイメージがあまり浮かばないのですが、私達アカデミアの者としてはイノベーションの種を企業に提案する側だと思います。なので、製品化のプロセスは企業の方々にお願いをしたいです。産学連携として企業がどういうところに着目しているのかは、私としても非常に気になりますね。

プロモーターとしての取り組み

プロモーター教員になった理由や、興味を持ったきっかけを教えて下さい。

新澤:
医学部特有かもしれませんが、本学に来てから他の先生など横のつながりがほとんど無かったんです。自分以外の研究や先生達の近況を知る機会が欲しいと思って、プロモーター教員になることを決めました。オープンイノベーションプログラムに参加すれば、私とは違う分野の研究をしている先生の話も聞けるし、どういう研究が産学連携としてイノベーションにつながるのか、どういう研究内容と人材が交わるとイノベーションが起こしやすいのかを勉強していきたいですね。

今後具体的に取り組んでいきたいことはありますか。

新澤:
どういう研究が社会に貢献できるイノベーションになるのかをしっかり学んで実現していきたいですね。私は基礎研究に興味がありますが、少しでも直接的に人の役に立つ分野で貢献をしていきたい、していかなければならないと思っています。自分の研究がどのように実用化できるのか、貢献できるのかを第一線に立ってやっていきたいです。感染症関連分野の先生がイノベーションプロモーター教員にほとんどいないので、寄生虫だけでなく感染症全体の領域で貢献ができるかもしれません。

アカデミアのパートナーとして希望することはありますか。

新澤:
本音を言えば要望は色々とあります(笑)。一見、共同研究のように見えて、私達を利用しようとする意図を感じてしまう時もあります。そういう場合は上手くいきません。共同研究はお互い意見を出し合って、切磋琢磨しながら、試行錯誤しながら作り上げていきたいです。企業と一緒にやる時も同じだと思います。

最後に

先生のご趣味や休日の過ごし方を教えてください。

新澤:
休日はずっと子供と遊んでいます。それが趣味だと言っても過言ではないですね。カブトムシの飼育をしたり、子供の友達ご家族と一緒にキャンプに行ったりしています。家族ぐるみで付き合うのは楽しいですね。

子供と一緒に飼育しているカブトムシ

新澤:
今後やりたいことですが、アフリカに行ってマラリアの現状を自分の肌で感じたいですね。小児の患者含むさまざまな患者から検体をいただき、重症化している患者のサンプルを解析して重症化するプロセスを調べる研究に深く関わっていきたいです。

ありがとうございました。

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