CASE

知財インタビュー

2021.08.23 
知財インタビュー 
Vol.06

リコー、TDKとの共同研究で脊髄機能の可視化を実現 産学連携の成功例に

今まで困難とされてきた骨などがある部位の神経細胞の活動を、人体を傷つけず計測することに成功した川端茂徳先生のインタビュー。企業2社との共同研究や装置の開発秘話、特許出願に対する思いをおうかがいしました。

プロフィール
医歯学総合研究科
先端技術医療応用学講座
教授
川端茂徳先生

研究について

先生の自己紹介をお願い致します。

川端:
私は脊椎脊髄外科の医者で脊髄機能診断、脊髄磁界計測を専門に研究をしています。整形外科の先端技術医療応用学講座に所属しており、2015年に開講したジョイントリサーチ講座という東京医科歯科大学と研究機関、企業などの学外機関と協働で研究をする制度を活用しながら活動をしています。

私のチームには臨床検査技師、整形外科の先生、首都大学東京で信号処理を専門にしていた理数学者の先生が参画しており、各分野のプロフェッショナルと研鑽を積む日々はとても刺激的です。加えて、現在はTDKとリコーに技術的なサポートをしてもらい、人の身体から出る磁場を計測するプロジェクトに取り組んでいます。TDKはカセットテープの会社だと思われている方も多いかもしれませんが、ハードディスクの磁気ヘッド、電池や電気部品のシェアが非常に高い企業で、今や磁気センサー、電子デバイスのメーカーに変貌を遂げています。特にハードディスクの磁気ヘッド、磁気を出したり感知する技術が素晴らしい。一方、リコーは誰もが知っている複合機メーカーです。リコーは、将来コピー機の需要が減ると予測を立て、新たな事業としてヘルスケアを展開しています。どちらも身体から出る磁場を測定して、人の神経や心臓、筋肉の機能を診断する医療機器を目指して開発をしています。

先生の研究は大学との連携から始まったとお聞きしました。

川端:
はい、我々の神経磁界計測装置は1999年から金沢工業大学と一緒に開発を始め、超伝導状態を利用し微弱な磁場の測定が可能となりました。測定にはSQUID(Superconducting Quantum Interference Device)と呼ばれる超伝導の磁束量子化現象を利用した超高感度磁気センサーを用いています。20年前、動物実験から始めた研究もここ数年でようやく人での計測が可能となり、リコーに声をかけてもらって医療機器として販売を目指すことになりました。製品としての開発を始め、完成までにかかった期間は約6年。今後は、2022年に医療機器の承認申請、2023年までには市場での販売を目指して動いています。超伝導のセンサーは冷却のために高額な液体ヘリウムを使い、装置も大掛かりなのでランニングコストがかかります。TDKの持っている技術は室温でも測れる小型サイズで非常に扱いやすいセンサーです。現在では、すでに心臓や筋肉など大きい磁場が発生する組織での計測ができるようになりました。情報発信も積極的に行い、いくつか新聞にも記事にしてもらっています。

磁場を研究する面白さを教えて下さい。

川端:
辛いことも多いですけどね(笑)。今はMRI(Magnetic Resonance Imaging)の性能も向上してはっきりとした画像が撮影できるようになってきています。例えば脊椎のMRIでは、背骨の中の脊髄や神経がよく分かる。MRIでは神経が圧迫されていることが、一目で簡単に診断できるのですが、60歳以上の人にMRIを撮らせてもらうと健康な人でも30%以上の割合で異常が見つかるんです。圧迫があっても症状が出ていない人が沢山いるんですね。手が痺れる場合、原因は手や首、脳など色んな場所が考えられますが、悪い場所を診断するのが難しいケースもあり、思ったほど手術の効果が得られないことがあります。診察で神経の機能を評価してどの部分が悪いのか予測して、その部位の画像検査をするのですが、画像に頼りすぎると間違える危険性もあるため、神経の中で流れる電気のスピードや強さで診断する電気生理学的検査という方法を併用します。

模型を使いながら首の部分の電極検査について説明

電気生理学的検査で特に精度が高いのは、脊髄誘発電位測定といって、カテーテル電極を首の中に入れ、活動している神経の電圧の波形を記録する検査です。以前、手に痺れを感じ“首の骨に異常があるから手術をしましょう”と他の病院から紹介された方がいました。少し気がかりな点があったので、私達のところで電極を入れて検査をしたところ、首の神経は正常であることが判明し、首が原因ではないことが分かりました。神経の伝わる速さが手に取るように分かると、手術後どれくらい回復したかも分かるのでとても素晴らしい検査方法なんですが、電極を患部に入れるのはリスクがありますし、そもそも電極を患部に入れる作業が難しく時間も非常にかかるため、広く普及していませんでした。東京医科歯科大学整形外科の第3代目に就任した​​四宮謙一名誉教授がライフワークとしていた検査方法だったのですが、残念ながら世間一般には受け入れられませんでした。

過去の検査方法の反省点を活かして編み出された手法なんですね。

川端:
はい。皮膚上から神経の状況を計測する手法は30年前から研究されていましたが、骨は電気を通しにくいのでなかなか上手くいきませんでした。同じ要領で脳の神経細胞の活動を非侵襲的に記録する脳磁計という計測機器が1990年代に出始めました。私が大学院2年生の頃に、この技術を脊髄に転用できないかと考え、四宮教授と「研究してみよう」と始まりました。最初は動物実験で試してみて手応えを感じながら、人体でも繰り返し実験を行い装置や解析方法を改良していきました。2008年頃からようやく患者さんでの計測が成功するようになり、2015年頃からほとんどの患者さんでの計測ができ実用化の目処が立ちました。

脳と脊髄の電流をキャッチする方法の違いを具体的に教えて下さい。

川端:
3点あります。1つ目は脊髄の磁場は脳の10分の1位しかなく外に出てくる信号が脳よりも弱いです。2つ目に、脳磁計は脳の神経同志をつなぐシナプスの活動を計測しますが動きがほぼない電流なので取得しやすい。しかし、脊髄は1秒間に60メートルの速さで電流が移動するので性能の良いセンサー、新しいハードウェアが脊髄用に必要でした。3つ目は、取り出した磁場の信号を電流に変換する作業です。神経が活動するとナトリウムチャネルという部位が開いて電流が流れるのですが、神経軸索の電流が複雑で、診断のために可視化する作業が難しかったんです。

先生が開発した技術はどういった利用が可能ですか?

川端:
今まではMRIで神経の形の診断をするしか方法がありませんでしたが、私達の技術によって機能の情報が手に入るようになり、より確実に診断を行えるようになります。医師の診察技術によって結果が異なることがありましたが、精度の高い客観的な検査結果を患者にお伝えできるので安心してもらえます。高感度センサーで計測した体内の電流分布を、MRI画像と融合して表示して可視化することも可能です。頚椎、腰椎などの脊髄・脊髄神経以外には、手根管などの上肢や下肢の末梢神経、心臓も計測ができます。

研究のパートナーについて

産学連携にTDKやリコーを選ばれた理由はありますか。

川端:
2008年頃、脳磁計を応用した脊髄を計測する装置を開発するため別の企業と話を進めていました。しかし、リーマンショックの影響により新規の医療機器開発をストップする事態に陥りました。一緒に研究をしていた金沢工業大学が北陸地域振興のための予算や人脈とのつながりが深く、2010年頃から脊磁計の将来性に期待してくれた方々が様々な企業に声をかけてくれました。その中で、当時、TDKとリコーの社外取締役だった東実先生が両社に掛け合ってくれたんですね。有難いことにTDKの社長やリコーの役員が研究室に足を運んでくれたりとすぐに話が動き始めました。東京医科歯科大学のジョイントリサーチ講座は、当初、提携先は1社だけとルールが決まっていたのですが、複数の企業から支援を受けてもOKと、現実に即した運用に変わるきっかけにもなりました。今回はトップダウンな形で進められたので、助かりました。2つの企業の相乗効果を狙って、新型コロナウイルスが流行する前ですが「飲みニケーション」など交流する機会を増やして、現場での風通しの良い雰囲気を作ることに注力しました。特許に関わる部分はお互いの線引きを大事にしましたね。

この経験が次にどのように活きるでしょうか。

川端:
まずは、脊磁計を医療機器として世の中に出したいです。今は目の前のことに没頭しているので、商品化したら次の研究テーマが見つかる気がしています(笑)。私は運が良く高度な技術を持つ企業と接点を持つことができました。次も同じような偶然が起きることを願っています。

商品化される装置の値段はどのくらいなのでしょうか。

川端:
数億円の予定です。MRIの上位モデルと同じくらいですね。日本で200台ほど導入できれば御の字です。世界で1000台は目指したいです。脊髄や末梢神経などの再生医療の効果を計測するなど色々な利用方法も含めて紹介していきたいですね。

研究成果を特許出願することについて次世代に伝えたいことはありますか。

川端:
私が医者として働いていた時は特許など雲の上の存在でした。でも、実際に手を動かしてみると、弁理士の方などプロの力をお借りし、アイディアさえしっかりしていればなんとかなります(笑)。最近は優秀な若い方が増えているので、悩んでいる若い研究者からの相談を受けたり、私自身が道筋を示す存在になれたら良いですね。私は“特許を出願したら公開前でも学会発表する”とマイルールで決めています。なので、発表を優先するジレンマに陥ったことはありません。我々には、海外の企業が簡単に真似できない特異な技術力があるので、研究成果をどんどん発表できる要因にもなっています。

先生の技術は装置のどの部分に活用されていますか。

川端:
磁気検出を行うセンサの筐体の形状を、検査対象である首や腰のカーブにフィットする形状とすることが我々独自で編み出した部分です。最初は首用にカーブを調整したんですが、結果的に腰や他の部位にもフィットするものができました。リコーから「腰は首を治療したい人の3倍いるので、腰も測れるようになったら装置の需要が増えます!」とアドバイスをもらいました。我々では思いつかないアイディアだったので、企業の方の助言は金言でした。将来的には小型化するために、液化ヘリウムを使わない装置にしたいですね。小型化のメリットは、検診車に乗せられたり、病室で使えるようになることです。値段も1桁下がると思います。電車や車の都市磁気ノイズを避けるシールドがあれば外部でも診察が可能になると思います。

首を乗せている部分のカーブの技術は独自のもの。腰にも応用できる

最後に

最後に、先生のご趣味についてお聞かせください。

川端:
仕事が趣味みたいな感覚でして、大好きな神経の研究でお金までもらえて幸せです。とはいえ、プライベートの時間も大切にしています。妻が循環器科で働く医師で多忙な毎日を送っているので、私が料理を作る日もあります。「オムライス」「ハンバーグ」「ミートソース」は子供の大好物で喜んで食べてもらえるので嬉しいですね。

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