CASE

知財インタビュー

2021.08.19 
知財インタビュー 
Vol.05

レンチウイルスベクター増産技術の開発に成功 高額な遺伝子治療薬に風穴

ダウン症や筋ジストロフィーなど遺伝子疾患の治療に広く使われることが期待されるレンチウイルスベクター。最近は癌治療への応用が脚光を浴びています。課題だった大量生産に向けての増産方法を発見し、高額な遺伝子治療薬のコストダウンへの道標を立てた山岡昇司先生に知的財産権取得までの経緯をお聞きしました。

プロフィール
医歯学総合研究科
ウイルス制御学分野
教授
山岡昇司先生

研究について

ご経歴など先生の自己紹介をお願い致します。

山岡:
私は医歯学総合研究科ウイルス制御学の研究室に所属しています。先代の教授である山本直樹先生がエイズの原因であるHIV-1(​​ヒト免疫不全ウイルス1型)研究の第一任者として活躍されていて、私も本学着任後は長年HIV-1ウイルスの研究に携わっています。HIV-1は病原体から身体を守るTリンパ球(CD4陽性細胞)やマクロファージなどにウイルスが感染し、免疫不全になる病気。現在でも全世界で年間約180万人の新規感染者が確認されています。
私は、人に感染するレトロウイルスとして世界で最初に発見されたHTLV-1 (ヒトT細胞白血病ウイルス1型)の発癌因子の研究に携わり、本学着任後はHIV-1複製に関わる細胞因子がウイルス複製の鍵を握っていると考え、現在の研究に取り組み始めました。ヒトには2種類のレンチウイルス(HIV-1とHIV-2)が存在し、悪さをします。ヒトの細胞内にウイルスが侵入した後、感染した細胞ではゲノムDNAにHIV遺伝子が組み込まれ、どんどん子孫ウイルスを作って感染をひろげていくことで免疫不全を発症する仕組みとなっています。

研究の様子

先生が研究対象としているレンチウイルスベクターについて教えて下さい。

山岡:
レンチウイルスベクターとの出会いは、1999年にフランスのパリ・パスツール研究所から東京医科歯科大学にきてHIV-1の研究を始めた頃です。レンチウイルスベクターはHIV-1を利用して作られた遺伝子の運び屋で、将来的に遺伝子治療に広く使われる可能性が高いと感じました。現在では、レンチウイルスベクターを利用して遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与する遺伝子治療に効果があることが判明しています。今後は生産性を高めていく段階にあり、私達の研究結果が様々な分野で応用されていくでしょう。発展に寄与するためには研究内容を開示、提供していかなければなりませんが知的財産もきちんと守る必要が生じます。
HIV-1ウイルスの複製を止める薬は沢山あり、C型肝炎ウイルスのように現在の治療薬では完全にウイルスを排除することはできませんが、正しく服薬すれば健康な人とほぼ同じ平均寿命を生きることが可能となりました。製薬会社の努力が実り、副作用もなくある程度の対処が可能な段階まできました。遺伝子治療ではレンチウイルスベクターが使われますが、大量生産が難しいと言われています。そのため、遺伝子治療の薬価は非常に高額です。

先生の技術を使えば、国内で安価な生産が容易になるのでしょうか。

山岡:
そのつもりだったのですが、残念ながら私が発表したレンチウイルスベクター増産に関する研究の問い合わせは海外の企業からばかりです。国内で製造拠点を作ろうという動きがあったら嬉しいんですけどね。最近日本で認可された治療薬で、スイスの製薬大手ノバルティスファーマが開発した「キムリア」があります。B細胞性急性リンパ芽球性白血病の治療薬なのですが、1回の点滴がなんと3349万円!高額療養費制度を適用したとしても超高額です。理由は年間で最大216人の患者さんに適用されるとされ、数が限られるためです。薬価を下げるためには製造コストを抑える必要があり、私の研究で少しでも解決できたらと思っています。

レンチウイルスベクターの研究に行き着いたきっかけはなんでしょうか。

山岡:
私は大学を卒業して消化器外科の臨床医になったのですが、当時は悪性腫瘍のがん手術ばかりでした。末期の患者さんを診てきて、がんで苦しむ人達を助けたいという思いが強くなりました。実はレンチウイルスベクター増産の技術を思いついたのはHIVではなく、白血病ウイルスの研究がきっかけです。がん細胞を深く学ぶため研修医と病院勤務を経た後、大学院では白血病を引き起こすレトロウイルスHTLV-1を研究していた京大ウイルス研究所畑中正一教授の元でウイルス発癌タンパク質と細胞因子の研究に没頭し、細胞の仕組みに魅せられるようになっていきました。
その後パリ・パスツール研究所に留学するチャンスを得て、タンパク質などの情報伝達を担う分子が受容体に働きかける細胞内シグナル伝達で新たな分子を発見する機会にも恵まれました。ストレスがかかった時にホルモンやたんぱく質が細胞に結合してシグナルが発生する現象に強く興味を抱くとともに「こんなに上手くいくものか」というような成果が出て、私は研究者の道を志すことを決めました。驚かれる方も多いのですが、皆さんの細胞の中にある遺伝子の中で40%以上がウイルス様の配列なんです。遠い祖先から色んなウイルスの感染を繰り返して、ウイルスの遺伝子が我々の細胞の遺伝子に入り込んでいます。遺伝子の運び屋と言われるウイルスと人の進化は密接な関係があり、哺乳類の胎盤形成にもウイルスが関与しているようです。
ウイルスは自己複製と破壊の両側面を持ち合わせています。例えば、ウイルスが自己複製を続けることで白血病になります。HIV-1はウイルスが細胞を破壊しながら時に潜伏する特徴があり、薬を服用してもウイルスを体内から追い出せない。ウイルスは感染すると細胞にストレスを与え、活性化させながら細胞を動かします。レンチウイルスベクターはウイルスの感染と似ている動きをしますが、ウイルスが複製するときと同様なストレスを細胞にかけるわけではありません。ウイルスが複製する時に使っている能力をまだ十分使い切れていないので、もっと活性化できるようになればレンチウイルスベクターの生産性も向上するかもしれません。

レンチウイルスベクターと知的財産権のお話をお聞かせ下さい。

山岡:
2010年から2015年くらいまでJICA(独立行政法人国際協力機構)とJST(科学技術振興機構)のジョイント事業であるScience and Technology Research Partnership for Sustainable Development(地球規模課題対応国際科学技術協力)で途上国での研究立ち上げと知的財産を作る事業に携わりました。対象国はアフリカのガーナで、薬用植物の抗ウイルス及び抗寄生虫活性候補物質の研究を行い、薬用植物から有効成分を抽出して知的財産権を保護することに成功しました。JSTとガーナ大学も熱心にサポートしてくれて、国際特許出願が達成できたことには感動しました。レンチウイルスベクターの件もこの経験が無かったら、知的財産のスペシャリストに相談しなかったかもしれません。レンチウイルスベクターの生産性を飛躍的に増大させる方法の特許を出願した後は、日本の遺伝子治療のベンチャー企業や製薬会社を対象に活動していました。しかし、医薬品の開発製造受託先であるCDMO(Contract Development and Manufacturing Organization)が私の技術を必要としてくれることに気づき、アプローチ方法を転換しました。すると海外企業の2社からすぐに問い合わせがありました。MTAを締結した後は、我々の技術が企業の製造システムや評価に活用されるための試行錯誤が続いています。

遺伝子治療でのレンチウイルスベクターの強みはなんでしょうか。

山岡:
レンチウイルスベクターの強みは独特の遺伝子導入にあります。レンチウイルスベクターは、体の中に直接入れるのではなく、患者さんから細胞を取り出して遺伝子を入れるツールとして使われます。なぜ遺伝子を入れられるのかと言うと、レンチウイルスは細胞の遺伝子の中に自分の遺伝子を組み込む特性があるからです。細胞はウイルスの遺伝子か自分の遺伝子か区別がつかなくて、永遠にDNAにコードされたタンパク質やRNAを作り続けることになります。レンチウイルスベクターが細胞に感染した後、その遺伝子は標的となった細胞のゲノム遺伝子に組み込まれて、有益な遺伝子を発現し続けます。例えば、アデノ随伴ウイルスは我々の遺伝子には入り込まれず、基本的には体に直接投与し標的になる細胞で遺伝子を発現させる方法です。ウイルスベクターの長所、短所を見極めて用途や治療に合わせて使い分けています。レンチウイルスベクターそのものに治療対象特異性があるわけではありません。がんは常に変異しているので、たった1つの標的をやっつける治療をしていると、あっという間に他に変異して増えてしまう。がんに特異的に貢献できる可能性はありますが、3〜4種類ほど一気に標的にして治療しないと完治は難しいと思っています。ウイルス感染症の治療は、すぐに耐性ウイルスができてしまって治療が難しいので、今後の課題です。

先生が取得した知的財産で一番苦労したこと教えてください。

山岡:
私達よりもオープンイノベーション機構が苦労されていると思いますよ(笑)。しいて言えば、治療用レンチウイルスベクターを工業的に生産している現場が何を困っていて実際どういうシステムでレンチウイルスベクターを製造しているのか分からないのが私達の悩みの種です。私は学問を深める中で、やはり世の中に貢献したい気持ちがあります。その反面、相手のことが分からずもどかしい部分もある。苦労という意味ではそういう点でしょうか。

産学連携について

レンチウイルスベクターに興味や関心があるのは海外の企業ばかりだとお聞きしましたが、国内企業も含めて一緒に研究したいパートナーはどのようなところでしょうか。

山岡:
気軽に訪問したり情報交換がしたいので、願わくば国内にあるCDMOの企業と連携できたら嬉しいですね。研究所とCDMOでは培養器具など設備が全く違うので、レンチウイルスベクターの増産技術が製造現場で本当に通用するのか確かめてみたいです。また、現場の製造方法を学び研究室で似たようなやり方を試して新しいアプローチにつなげていきたいです。私は元臨床医で研究者なので、産学連携、企業との対外交渉、特許の申請などはオープンイノベーション機構の皆さんに頼りきりです。理解あるパートナーと二人三脚でやっていくことが一番理想的だなと思います。

CMDOと連携できれば価格が下がり、大量生産も実現できそうですね。

山岡:
色んな技術を組み合わせれば全体の製造コストを下げることは可能です。CMDOが盛んな国はアメリカ、中国、ヨーロッパです。日本は法律などの既存の制度があり、かなり遅れています。イギリス大手製薬会社のアストラゼネカなども、設備投資はアメリカなどを見ているケースが多く挽回が必要な状況です。

最後に

先生の趣味を教えて下さい。

山岡:
結婚して子供が産まれるまではオートバイを乗り回していました。スピード狂で旅行好きな自分にピッタリでした。大学院時代はスキューバダイビングにはまり、世界中飛び回っていました。
今は、留学中にフランス人の「美しく生きる」文化に感化されてから、料理に熱中しています。料理は基礎から創意工夫を重ねていくところが研究に似ていて楽しいですね。得意料理は「黒酢酢豚」と「オムレツ」などです。 妻、3人の子供、友人も喜んでもらいながら自分も楽しめるのが良いですね。

キッチンで料理している様子

黒酢酢豚

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