INTERVIEW

企業インタビュー

2020.08.03 
企業インタビュー 
Vol.1

「音」の技術で7テーマの共同研究立ち上げ
医療・健康分野のソリューション推進

包括連携企業

楽器・オーディオ関連機器を展開するヤマハ。2017年に締結した東京医科歯科大学との包括連携協定下では、スタート時から7つもの共同研究が立ち上がり、一部は商品化に向けてもプロジェクトが進んでいます。プロジェクトが開始するまでのステップや企業目線での困難、そしてそれをどのように克服したのかなどをうかがいました。

プロフィール
ヤマハ株式会社
IMC事業本部
電子デバイス事業部戦略企画部
主幹
平出誠治

まずは、平出さんの所属する部門の分野から教えてください。

平出:
IMC事業本部は、ヤマハの中で部品装置事業を担当しており、ヤマハのコアコンピタンスを活用して、お客様に価値あるソリューションを提供することをミッションとしています。
その中で、電子デバイス事業部は、「音」に関連する技術を、LSI(半導体チップ)に集約したビジネスを展開しています。例えば大きなスピーカーを入れることができないブルートゥーススピーカーや薄型テレビ等でも良い音が得られるように、ヤマハの信号処理技術を盛り込んだLSIをお使いいただいています。

身近なところで、御社の技術が使われているんですね。事業部のミッションはどのようなものなのでしょうか。

平出:
当社は2016年から、事業拡大の一環として医療・健康領域の取り組みを開始しました。高齢化社会や健康志向などによる市場の拡大が背景にありますが、LSIだけでなく、マイクやスピーカーなどのさまざまな機器と組み合わせたモジュールの提供を進めていくことを考えています。
その中で、人の動きや楽器の振動を検知するといった「センシング技術」と、例えばノイズキャンセリングなど、人が聞きたい音だけを強調する、という音の「信号処理技術」を使って、医療・健康領域で何らかの価値提供ができるのではないかと考えていました。しかし、私たちは医療・健康領域について、詳しいわけではないので、この領域で何かをビジネスとして形にするとなると、専門知識を持つ医療機関と組むことが必要だと感じていました。

そこで、本学も候補に入ってきたわけですね。パートナーを探す際に、どのような条件や基準で絞り込んでいったのですか。

平出:
はい。組むからには、社会的な存在感や影響力のあるところと一緒に、というのが大前提にはありました。ただ、周りの産学連携の話を聞くと、企業と大学でゴールがなかなか一致しない、ということも聞いていました。利害の異なる団体が手を組んで、一つの目標に向かっていくのは簡単ではないだろうと想定していたので、できる限り私たちの実現したいことにマッチしそうなところと組みたいと思っていました。
東京医科歯科大学(以下、TMDU)さんは、産学連携において新たな医療価値を提供するに当たり、「事業創出」という点に重きを置いていらっしゃったところに共感しました。
私たち企業側としては、費用を投じて取り組むからには、ビジネスとしてニーズがあるものを生み出し、利益を生まなければなりません。その意味で、TMDUさんは事業化できるかどうかの判断基準も厳しく判定していましたし、私たちのゴールにも寄り添っていただけるのではないかと感じたのです。弊社からアプローチして、包括連携協定を締結することになりました。

包括連携協定の段階で、御社として「この技術をこのように使えるのでは」といった具
体的なイメージはあったのでしょうか。

平出:
私たちとしては、当社のセンサー技術などを使って体内の「音」をキャッチし、そこから医療・健康面における何かを判断したりするのかなと、漠然とイメージしていました。しかし実際には、音を人に聞かせて、つまり、音で体に働きかけて体に変化を起こす、といったことに応用するアイデアも出てきました。こうした発想は、やはり医療の現場を知る先生方だからこそだと思います。

技術展覧会で商品化アイデア発掘

包括連携協定を結んでから、個別の共同研究がスタートするまでは、どのような段階を
踏んだのでしょうか。

平出:
TMDUさんからのご提案で、当社の技術の展示会を学内で開催する機会をいただきました。学内の研究者の先生方、臨床の先生方に見ていただき、医療・健康領域で活用できそうな場面などのアイデアを募るという企画でした。展示会では当社のセンサー処理技術2つと、信号処理技術5つをデモで紹介しました。正直、どのような反応があるか、全く想像が付きませんでしたが、来場いただいた先生方からは、合計で30ものアイデアやテーマをいただきました。これほど多く活用の可能性が集まるとは思っていなかったので、驚きましたね。

(技術展示会(オープンハウス)での様子)

30テーマとなると、さまざまな分野のものがあったのではないかと思います。
実際のプロジェクトとしては、どのようなものがスタートしたのでしょうか。

平出:
事業的観点から7テーマに絞り込み、共同研究を開始しました。実際に効果のエビデンスが得られ、商品化に向けて進めているものや、継続中のもの、技術的な可能性を見い出せたものなどがあります。

効果のエビデンスが得られたのは、ICU(集中治療室)におけるせん妄予防です。ICUは一刻を争う手術を行っていることもあり、ただでさえ室内の緊張度も非常に高い。その上、室内の環境音で、多かれ少なかれ患者さんにストレスがかかっている。そのため、患者さんがせん妄を起こしやすい環境になっているのではという仮説から、ICU内で音楽を流すことでリラックス効果を高め、せん妄を軽減できないか、という実験を行いました。実際に、せん妄が軽減されたという結果も出まして、学会発表においても多くの方から関心をもっていただいています。

包括連携協定を締結するに当たり、どのようなメリットを感じられましたか。

平出:
どんなに素晴らしい技術を持っていたとしても、それを社会に生かす術がなければ役に立ちません。また、医療・健康分野で私たちの技術を活用したいと思っても、実際のエビデンスがなければ、医療的な価値を生み出すことはできません。私たち単独では、医療的エビデンスの獲得をすることは不可能です。TMDUさんの持っている医療現場でのノウハウなどと組み合わせることで、私たちの技術を社会に価値あるものとして提供できると考えました。包括連携協定を締結することで多方面の専門家の先生方からの意見を聞けることも大きなメリットであると感じます。

共同研究スタート

プロジェクトが動き出してから困難に感じたことはどのようなことでしたか。

平出:
これまで私たちが突き詰めてきたのは、楽器や音響機器の音をいかによくするか、という「モノ」を対象にしたものです。しかし、それを医療・健康分野に転換して活用するとなると、相手は「生体」です。例えば、病気の早期発見などに役立てる場合、データ一つ取るにも、微妙な調整が必要だったり、そもそも生体情報がしっかりと取れないということもあり、苦戦しました。当初は、プロジェクトを開始して3年後くらいには事業的アウトプットができると見込んでいましたが、まだまだ道半ばです。

大学と企業で一つのプロジェクトを進める上で、両者の描くゴールが前提として異なる部分があると思いますが、その点はどのようにお考えですか。

平出:
大学側は医療的価値を重視しますが、一方で企業側としてはしっかりと利益が出るかどうか、時間内に一定の成果を出せるか、というビジネスとしての価値を無視することができません。共同研究の結果として医療的な価値としては非常に前進していたとしても、利益が獲得できるのか、という点が企業には問われます。こうしたそれぞれの立場でのミッションがあると思いますが、そこはコミュニケーションを取って埋めていくしか方法はないと思っています。私自身も、最初から十分にコミュニケーションを取れていたかというと足りない部分もあったと思いますが、徐々に密なコミュニケーションが取れてきていると感じています。

プロジェクト開始前には想定していなかった、御社にとってよかったことはどのようなことでしたか。

平出:
医療現場でのリアリティを実感しながら研究できたことですね。先生方の患者さんとのやり取りなどを拝見する中で、机上では決して知り得なかったことが見えました。
せん妄予防の研究の一環で、ICUの見学をさせていただきました。先生の回診に同行し、ICUの音環境を体感しました。そこで目の当たりにしたのは、ICU内での意思疎通のしづらさです。常にコンプレッサーか何かのゴオオオという低音が鳴っていて、そこにさまざまな装置音、例えば、ピコンピコンという高い音や、空気が送り出されるようなシュッという音が、終始鳴り渡っています。工場並みの音環境とも言えるかもしれません。
患者さんと会話するにも、多少声を張らないとなりませんし、また患者さんの声も、こうした騒音の中で意識的にキャッチしなければなりません。体感したからこそ、ICUの音環境自体を改善するにはどうしたらいいか、有効なソリューションはどのようなものなのかを、実感を持って考えることができたと思います。

包括連携協定において、現時点でのゴールや、目指していることはどのようなことですか。

平出:
先ほどお話しした聴診のスマート化は、最優先で商品化に向けて進めているところです。循環器内科の先生と一緒に心音の研究を進めていますが、体内の音というのは、心音だけではなく血流の音、関節音なども含まれます。体の中の音は、体内の様子を反映しているはずですので、心音以外の研究も進めていきたいと考えています。

産学連携について、現在検討中の企業さんに向けて伝えたいことがあるとすれば、どのようなことでしょうか。

平出:
産と学が連携することにハードルを感じてしまう方は多いと思います。企業と大学それぞれが、産学連携を通じて獲得したいものが異なるのは当然のことです。例えば、大学の先生方であれば論文を出すこと、私たち企業にとっては、商品を作って利益を確保することでしょう。しかし、それは表面的なものであり、産学連携をすることでの最終的な両者のゴールとしては、患者さんにいかに役立つか、ということ。お互いが持っていないものを持っているからこそ手を組むのであって、そこからイノベーションが生まれるのもまた事実です。患者さんの役に立つ共同研究、という点をしっかりと共有すれば、利害の不一致は解消できると思います。そのためには、コミュニケーションを取っていくしかないと感じています。

最後に

御社の今後のビジネス展開に向けて、産学連携をどのように活用していきたいと考えていますか。

平出:
IMC事業本部では、当社のコアコンピタンスを活用して、BtoBで価値を提供していく、ということをミッションに掲げています。そのためには、常に新たな分野に適応し続けていかなければなりません。産学連携は、企業が専門外の分野に挑戦する際に社会に役立つ方向性を示してくれる羅針盤のようなものであり、一つの有効な手段だと実感しています。これにとどまらず、今後もさまざまな分野での連携をしながら、ゴールを共有し、当社の持つ技術で社会に価値あるソリューションを提供していきたいです。

ありがとうございました。

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