INTERVIEW

企業インタビュー

2020.09.29 
企業インタビュー 
Vol.3

独自の「可視化」技術で医療現場の課題解決ツール開発

包括連携企業

東京医科歯科大学と包括連携協定を結び、主にメディカルイメージングと細胞分析の領域で複数の研究開発を行っているソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社。どのように医療現場のニーズを発掘したのか、産学連携による人材育成のメリットなどについて語っていただきました。

プロフィール
ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社
メディカルビジネスグループ
研究開発シニアアドバイザー / Senior Principal Engineer
博士(工学)
市村功

他社に先駆け大学と共同研究

包括連携協定を結んだ経緯についてお聞かせ下さい。

市村:
弊社では長年培ってきたエレクトロニクス技術を生命科学や医療の分野へ応用することを目指して、国内外の医科系学部を持つ大学や医療研究機関との共同研究連携を進めていました。その一つとして東京医科歯科大学(以下、TMDU)との共同研究に取り組んでいたところ、2004年4月にTMDUが異業種企業との産学連携・医歯工連携を目的にオープンラボを開設することになり、その第1号として入居したのがTMDUとの連携の始まりです。

2008年のM&Dタワー開設にともない、居室スペースとラボスペースを共に拡張。継続的に基礎研究活動を続けていく中で、従来の枠に収まらない協業についてTMDUとの間で議論することが増えていきました。TMDUは学術研究・教育・診療・社会貢献活動の活性化を目的として、弊社は研究開発業務を強化・推進する目的で協業関係を発展させることで合意し、2011年に包括連携協定を締結、2012年4月からは包括連携プログラム「ビジュアライズド・メディスン(Visualized Medicine)」として具体的な活動を開始しました。

これまで、弊社は主にエレクトロニクスやエンタテイメントの領域で事業をしてきましたが、我々の技術で社会に貢献するという意思をもって様々な領域にチャレンジしています。その中でも医療は大切な領域の一つと位置付けており、我々の技術を活かしたいという思いもスタートのきっかけです。

「ビジュアライズド・メディスン」について、具体的にどのような内容なのでしょうか。

市村:
1つはメディカルイメージングで、弊社が得意とする映像技術を医療に活かす取り組みです。もう1つが細胞分析の領域、フローサイトメーターや細胞の動きを解析する装置です。

この2つの領域に行きついたのは、他社に負けない技術は何かを突き詰めた結果です。細胞については、弊社が開発、実用化してきたCDやDVD、Blu-ray Discといった光ディスクの微細加工技術や半導体レーザ技術を細胞分析に活かせるのでは、という高名な先生の示唆がきっかけでした。先生にご指導いただき、現場のニーズにマッチングさせることで、フローサイトメーターの事業化を実現しています。

共同研究の成果

メディカルイメージングの分野では、手術用の3Dヘッドマウントディスプレイを商品化したとうかがっています。

市村:
3Dヘッドマウントディスプレイは、内視鏡手術などの際に使うものです。木原和徳先生(当時 大学院腎泌尿器外科学教授、現 名誉教授)からこういうことをやりたい、ソニーの技術を使いたいとご提案があり、共同研究を進めて医療機器として実用化しました。
3Dヘッドマウントディスプレイを装着しながら手術をすると、執刀医に見えている手術の状況を、他の位置でサポートしている助手の先生方や看護師にリアルタイムで共有できます。スコープを操作している先生も、執刀医と同じ映像を見ないと分からないので、指示を出された時にカメラを適切に動かすことにもつながります。同じ映像を共有することで、チームでの手術をスムーズにおこなえるというわけです。

木原先生からはどのような現場のニーズ、課題の相談があったのでしょうか。

市村:
最初は、手術用3D内視鏡の画質改善技術についてご相談を受けました。木原先生は患者さんの負担が少ない低侵襲手術の実現で努力を重ねられていました。それらをサポートするツールの提供という面で、弊社にお声がけいただいています。
このヘッドマウントディスプレイについては、木原先生に数多くの学会や論文での発表をしていただきました。長時間の手術においても、疲労を軽減できる自由な姿勢で手術ができ、圧倒的な没入感が得られるとお言葉を頂いています。更に、術中の映像情報、生体情報の切り替えも容易です。

TMDUとの共同プロジェクトで、細胞分析など、そのほかの領域ではいかがでしょうか。

市村:
細胞分析の領域では、セルモーションイメージングシステムという細胞分析装置を開発しました。初期の段階から先生方と共同研究をさせていただき、どのような使い道があるのか、用途を念頭に置いて装置のスペックを定めています。具体的には薬剤の毒性評価などです。製薬企業が新薬を開発していく時に、その薬が心臓や他の臓器に毒性があるかどうかを最初の段階でチェックします。それ以外に、血液凝固を測定する装置、超多色解析を実現したフローサイトメーターなどを実用化しています。

製品化まで辿り着いたという意味では、産学連携でのゴールまで達したと言えるのですが、個人的にはまだ物足りないと感じています。次の事業の柱となるようなものが包括連携の枠組みの中で出てくることを願い、可能性を探っていきたいと考えています。

今後も、基本的にはイメージングと細胞分析での展開をお考えなのですね。

市村:
それらを幹の部分、事業の柱として、どの方向に伸ばしていくか、です。治療領域になるかもしれませんし、診断領域になるかもしれません。私どもが足場としているところを広げていくか、伸ばしていくか。そこから新しい医療の発展や展開につながるような研究開発や事業開発ができればと思います。

共同研究のテーマ決めなど、苦労されることもあったと思いますが、いかがでしょうか。

市村:
現場のニーズを汲み取り、自分たちの技術を組み合わせて新しいものを生み出すのはハードルが高く、強い意志がないとなかなか前に進みません。企業としては、製品の改善や次のモデルの開発に集中してしまいがちなので、なおさら意識しなければならないと思います。弊社のメディカル事業は、厚木テクノロジーセンターに勤務するメンバーが多いこともあって、物理的に難しい部分もあるのですが、密なコミュニケーションの機会を増やす必要があると感じています。

その一環として、2年に1回ほどの頻度で弊社の医療機器や開発中の製品、研究開発テーマや取り組みを展示するオープンハウスを開催し、TMDUの先生方にご覧いただいています。「こういうものができそう」「これいいね」といったその場のディスカッションが次につながると期待しています。

豊富な研修プログラムを通じた人材育成

包括連携の締結前に、協定を結ぶことで期待していたことはどのようなことでしたか。

市村:
1つはメディカル領域での新規事業創出です。私どもだけでは医療現場のニーズを汲んだ医療機器開発はできません。カメラやテレビ、スマホは自分たちで使えるので「この機能が必要、或いは欲しい」と言えるのですが、医療機器に関して自分達はユーザーにはなれません。医師が本当に欲しているものが分からない。先生方と密にお話してこそ、医療現場での真のニーズを探れると考えていました。

包括連携締結後に実感しているメリットはいかがでしょうか。

市村:
他には弊社の人材育成です。包括連携の中で幾つかのプログラムを用意いただいています。特別研究生の制度では、国内留学の形で研究室に最長1年間所属し、テーマを持って研究します。先生方が何を求められていて、どのような技術や装置が必要なのかを現場で学ぶ貴重なプログラムです。

また、1年間20単位まで大学院の授業を聴講できる特別聴講生のプログラムもあります。私どもの社員は電気、ソフトウェア、メカといった学部や専攻の卒業生が多く、生命科学や医学、細胞学、免疫学などを学ぶ機会がほとんどない。近年入社した若手のメンバーは生命科学系や医工学系からの人材も増えていますが、マネジメントクラスを含め、体系的に学んでもらう機会を提供しています。
これら人材育成のプログラムは価値が高く、私も2014年に特別聴講生として1年間学ばせていただきました。その経験は自身の継続的な学習や研究開発、商品開発に活きています。今年度(2020年度)までの累計で、特別研究生が15人、特別聴講生が60人に達しています。

人材育成で聴講生や特別研究生として所属されたことで、医療に関する知識の底上げになった、など実感されるようなことはありましたか。

市村:
はい。2012年から人材育成プログラムをスタートしていますが、最初の4〜5年に参加した社員の多くが製品開発をリードする立場になっていますので、人材育成プログラムで得た知識や経験が大きなきっかけになったと認識しています。

医療の現場に立ち合える機会が一般企業ではそうそうないため、特にエンジニアの方などは現場に浸かることで新たな気付きなどがありそうですね。

市村:
まさに設計エンジニアや商品企画を担当している社員に経験してもらうことで、新しい発想や現場のニーズに気づく、企画や設計に活かすことにもつながっています。一例として、特別研究生として1年間過ごした社員からは、非常に多くの手術を見学させていただいたと聞きました。さらにその後、先生方と話す機会があればより深い理解につながります。現場で何が行われているか、何を作れば良いかがおのずと分かってくるはずなので、非常に貴重な経験だったのではないかと思います。国内外の学会にも同行させていただいて、その分野の有識者を多数紹介してもらうなど、ネットワーク作りにも役立ちました。

1つの企業に所属していたら、そうした機会はなかなかないですものね。包括連携において今後期待していることや、御社が目指している方向性について教えて下さい。

市村:
包括連携に関して今後特に期待するのは、より大きな成果を生むようなコラボレーションをいかに構築して行くかです。医療への貢献を目指して、メディカルイメージングや細胞分析をどういった方向に発展させて行くべきかは手探りです。これらを具現化する産学連携、医工連携が進められることを願っています。

医療分野での産学連携

TMDUとの経験を踏まえて、産学連携の印象、産学連携を検討している企業に伝えたいことはどのようなことでしょうか。

市村:
先生方や大学が持たれているシーズ、光る技術をいかに実用化していくかも大事なポイントだと思っています。企業にとっては、やはり自分達が保有する技術を何か活かせないかという思考になってしまいがちです。そうではなくて、本当に必要とされているものが何かが分かれば、そこから遡って研究開発をするというスタンスが理想的ではないかと思います。

自分達の想像で「きっと必要だ」と開発したものは、先生方に提示してみると「あったらいいね」程度の反応で終わってしまうことがあります。先生方が「これが欲しい」、「これがあれば変わる」というものこそが現場で求められているものです。繰り返しとなりますが、真のニーズをしっかり把握した上で開発をスタートして実用化につなげていく動きは、特に自分たちがユーザーにはなれない医療の領域では大事だと思います。

共同プロジェクトを大学と進める上で、企業が気を付ける点はどのようなことでしょうか。

市村:
大学と企業が同じ目標を共有していないと連携が非効率となる恐れがあります。そのためにはゴールイメージを事前にすり合わせることが重要ですし、企業側も実用化・製品化の意思をしっかり伝える姿勢が大事かと思っています。医療分野は法規制対応を含めて長期間かかるケースが多いので、マイルストーンを設定して適宜レビューをすると同時に、必要に応じて軌道修正を加えることも大事になってきます。

今後ビジネス展開をするにあたって産学連携をどう活用していきたいのかを教えて下さい。

市村:
メディカル領域での産学連携の枠組みは我々にとっては必須です。先ほどのニーズを知るためということのほか、有効性や実用性を検証、実証していく場が必要です。医療用イメージング機器や細胞分析装置などを医師や研究者に実際に使っていただいて、初めて評価結果が得られます。包括連携をスタートして8年余り経ちますが、課題やできていない部分も多いと自覚しています。それらを反映して、より大きなアウトプットに結び付くチャレンジをしていきたいと思っています。

ありがとうございました。

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