INTERVIEW

研究者インタビュー

2020.09.10 
研究者インタビュー 
Vol.13

無歯顎患者の治療をデジタル活用で簡略化
AI関連の産学連携を開始

第一期プロモーター教員

歯がない「無歯顎」の方へのアプローチを研究している金澤学先生。デジタルの活用で、患者さんにとっても医師にとっても、より負担の少ない治療を目指して取り組んでいます。お菓子メーカーロッテさんとの産学連携事例や、現在取り組んでいる三井物産さんとの研究についてもうかがいました。

プロフィール
大学院医歯学総合研究科
高齢者歯科学分野
講師
金澤学先生

研究について

まずは研究内容と、取り組まれた経緯を教えてください。

金澤:
無歯顎補綴という、歯が1本も無い方へのアプローチ方法を研究テーマにしています。このテーマを研究したいと思ったのは、無歯顎補綴が非常に難しく、もっと簡単にできるようにならないか、という学生時代の思いからです。

日本では、無歯顎は全部床義歯、いわゆる総入れ歯が一般的です。しかし欧米では、インプラント(人工歯根)を骨に埋めて固定するインプラントブリッジを作ったり、インプラントを1、2本使って入れ歯を固定する、インプラント義歯(インプラントオーバーデンチャー)という治療法があります。学生時代からこのような治療法に取り組む中で、全部床義歯補綴学(歯の全欠損症例における対応を行う学問)が一番難しいと感じました。上手くできるように技術を高めたいという思いと、無歯顎補綴がもっと簡単にできれば、患者さんの負担も減るとの思いから、取り組みはじめました。

無歯顎はご高齢の患者さんが多いのかなと思いますが、やはり年齢が関連してくるのでしょうか。

金澤:
仰る通りですね。無歯顎の患者さんは、我々の外来では平均年齢がだいたい75歳ぐらいです。一番若い方が50代か60代。日本だと60代からが多いですね。年齢が高くなるにつれて、筋肉や神経などが低下するため口の機能が低下し、さらに歯がないことで咀嚼などの難しさに拍車がかかります。私は無歯顎補綴の治療方法とともに、口の中の機能も研究しています。主には咀嚼機能ですが、口腔機能がどうすれば上がるのか、機能は戻るのかどうかに関しても取り組んでいます。

もっと簡単に治療するためのポイントを教えて下さい。

金澤:
歯が1本もない人は総入れ歯を作りますが、基本的な作り方は80年前ぐらい前から変わっていません。型を取って石膏を流し、ワックスの上に歯を乗せる作業を歯科技工士が行うというものです。学生の頃から、この古典的な方法のままでいいのかと懐疑的でした。そこからつながって、デジタルで入れ歯を作ることもテーマにしており、コンピューターを使ってデザインしたり、3Dプリンタを使った義歯の作製もしています。最先端の技術を使って入れ歯を作れないか模索しています。

入れ歯などの治療は数週間の時間がかかることもあると思いますが、デジタル化によって時間短縮などにもつながるのでしょうか。

金澤:
数週間かかっているのは技工所に依頼して完成するまでに時間がかかるからなのです。それをデジタルでは、スイッチ一つで作れますので、医師にとっては治療工程が簡単になり、患者さんにとっては治療の回数が減る上に納期を短くできるわけです。

歯科技工士の仕事がなくなるのでは、と思いますが、その点はいかがですか。

金澤:
その話はデジタルの研究をしているとよく言われます。ですが、歯科技工士の仕事は労働時間が非常に長く、労働環境が良いとはいいがたい状況です。歯科技工士の仕事を機械で代替しようと考えたとき、歯科技工士のデザインを、例えば歯科の知識がないCADオペレーターが行っても、歯並びなどの品質が自然なものにならないのですよね。歯科技工士の知識はコンピューターに置き換わったとしても必須なもので、このデジタルデンチャーの流れは彼らの仕事を奪うのではなく、業務改善に直結します。

高齢者に多く発生する誤嚥性肺炎は入れ歯の作りが関係したりしますか。他の病気などにも関わるようでしたら教えて下さい。

金澤:
高齢者歯科学分野における私の研究は、補綴の分野の他に、全身管理と呼ばれる高血圧や心筋梗塞を経験された高齢者の方に対してどうやって治療するのかというテーマがあります。誤嚥性肺炎になる方は要介護の人達に多いんですが、どう治療していくかを研究しています。誤嚥性肺炎というのは非常に大きなテーマで、いかにして口の中を綺麗に保つかを考えています。ほとんどの要介護の方は入れ歯なので、汚れない入れ歯を作るというのが私たちの命題です。

産学連携について

先生がこれまで産学連携に関わられたご経験を教えてください。

金澤:
産学連携はこれまで色々とやってきました。一番多いのは咀嚼能力を計測するプロジェクトを、お菓子メーカーのロッテさんと行いました。キシリトールのガムを改良して、噛むと色の変化や色の混ざり具合で咀嚼能力が計測できるガムを共同研究しました。開発当時、私はまだ大学院生で、私の先代の教授が開発を始めておりました。ロッテさんは昔から咀嚼に興味がある企業で、日本咀嚼学会にも参加していました。私たちと同じ研究畑にいたこともあり、スタートしました。
今は市販化もされていて世界中で使われています。いつでも誰でもどこでも簡単に咀嚼能力を計測できる、非常に手軽な商品を開発できました。

咀嚼能力の計測とは、具体的にどういったものを測るのですか。

金澤:
咀嚼は、いかに食べ物を細かく砕いて混合して唾液と混ぜて食塊を作るかという、嚥下する手前の食べ物を口腔内で混ぜ合わせる力を意味します。他には、咬合力(噛む力)と、物がどのぐらい細くなったのかも測ったりします。
従来は、ピーナッツを3粒噛んでもらい、その砕け具合などからデータを見るという原始的な方法でした。1950年代前後のやり方を80〜90年代ぐらいまでずっと使っていたのです。しかし、90年代になってガムやグミといった食品が登場したおかげで、今はだいぶ楽になりました。

最近、三井物産さんとAI(人工知能)に関する共同研究がスタートしたとうかがっています。どのようにスタートしたのでしょうか。

金澤:
私が2008年からCAD/CAMを使用したデンチャーという研究をやっていて、留学から帰ってきた2015年ぐらいに私の研究発表を三井物産さんの方が聞いていて学会で仲良くなっていつかできたらいいなという話になりました。三井物産さんヘルスケア分野でのお仕事に取り組みたいということで、シーズ開発をして新しい事業を開発する事業所の人が目をつけて下さって話をしたら気が合って「一緒にやりましょう」という話になりましたね。

企業と大学が組むことの意義は、どのようなところに感じていらっしゃいますか。

金澤:
これまでに企業と連携してインプラントオーバーデンチャー、デジタルデンチャー、三井物産さんとのAI(人工知能)を使ったものなど、さまざまな研究をしてきましたが、やはり企業と研究しないと世の中に普及しにくい。文科省の科学研究費助成事業でやるという方法もありますが、結局大学だけで製品化できるわけではないですし、広告能力があるわけでもない。私たちとしては研究で得られた成果を日本や世界中の人たちに向けて発信し、社会に還元することが最終目的なので、そこに到達するには初めから企業と組んでいた方が今は早いと感じています。

数多くの産学連携に携わる中で、失敗例もあると聞きました。どのようなケースだったのでしょうか。

金澤:
始まってからうまくいかなかったケースと、そもそも合意に至らなかったという2種類あると思います。合意に至らなかったケースは金額面が折り合わなかった場合ですね。ただ、自分で話を進めていたこともあり、オープンイノベーション機構などに間に入ってもらっていたら話は違ったのかなとも思います。

産学連携で苦労された点はございますか。

金澤:
産学連携の苦労は契約ですね。オープンイノベーション機構の方にはかなりお世話になっています。
医療関係者は世の中を良くしたい、患者を良くしたいという部分だけを見てしまいがちですが、それが商売に結びつくかどうかは別問題。企業と僕らの間にギャップがあると思います。先ほどロッテさんの話をしましたが、契約を結んだ当時は今ほど産学連携のサポートがなかったのですね。書類も自分たちで作ってすごく大変でした。今はオープンイノベーション機構の方が手伝ってくれるので非常に楽になったと実感しています。

書類の量が多かったのですね。

金澤:
書類もですが、交渉もです。お金の交渉ってすごく難しい。学術的に僕らはこれが必要で、この金額があればできますよ、といったオファーをするのですが、そこから先をやっていただけるのは非常にありがたいなと思っています。

プロモーター教員としての取り組み

先生が今回イノベーションプロモーター教員になろうと思った理由はありますか。

金澤:
私の推測ですが、声がかかった理由は歯学部の中ではオープンイノベーション組織間協定書を歯学部の中で私が初めてメインでやったという点があるのかもしれません。産学連携で社会に還元するまでのモデルケースに私自身がなり、他を促進したいという使命感で取り組んでいます。

先生が歯学部の中の先駆けだったとのことですが、今まで企業との成功が難しいのは何がハードルになっていたのでしょうか。

金澤:
以前は、研究成果を出して論文が書ければOKという風潮が大きかったと思うんです。今では変わってきて、論文も書けた上で、さらにその成果が大学に利益を還元できるか、ひいては社会に還元できるかが求められています。現在取り組んでいる三井物産さんとの産学連携では、大学に利益をもたらして、大学でさらに良い研究をやっていけるような成果を出して初めて成功だと思っています。

先生がイノベーションプロモーター教員として今後やりたいことはありますか。先駆けて歯学部の見本になりたいとのことですが、実現したいことがあれば教えて下さい。

金澤:
今大学の中でオープンイノベーション機構や組織についてしっかり知ってる人が少ないという印象です。産学連携やオープンイノベーション機構との違いが分からなかったり、色んな部署の役割が分かっていない研究者は多いと思います。まずは何をどこでどう活用できるのかを知ってもらう必要がある。「この部分はこの部署に頼めるんだ」ということを知らないのは、非常にもったいないですから。オープンイノベーション機構以外にも、研究の補助をしてくれる組織はたくさんありますし。そういった内容を学内の皆さんに発信していけるようにしたいですね。

先生がイノベーションプロモーター教員で不安とか、もっとこうしたい、相談したいと思っていることはありますか。

金澤:
三井物産さんとAI診断を活用した歯科分野の診断・治療支援システムをやっていますが、投資額がかなり大きくなりそうなのですね。ちゃんと回収できるのか、利益が出るのかはオープンイノベーション機構の方を経由していかにマネタイズをするか戦略を立ててくれています。僕らは医療の知識はプロフェッショナルとして持っていても商業の知識は素人なので、その見極めができる方に見てもらえると嬉しいです。ぜひ成功させたいプロジェクトなので。

先生が期待される産学連携のパートナーはございますか。先ほどAIの話が出たので実はデータサイエンティストが欲しいなどそういうご要望を教えて欲しいです。

金澤:
AIに関しては三井物産さん側でAIのベンダーを連れてきていただいているので大丈夫です。デジタルで義歯を作る場合、口腔内スキャナーなど光学機器があるのですがその専門家は欲しいですね。本学の弱いところは総合大学ではないというところがあります。ライバルの総合大学は、補綴という被せ物の分野で良い研究をしているのですね。工学部と一緒に共同研究しているところもあり、その点でリードされることもあったのです。入れ歯の構造解析をしようと思った時に、コンピューターシュミレーションで工学部の有限要素法(FEM)ができる人が入っていると研究が早かったりするのですよね。機械工学のエンジニアがいたらいいなと思います。

光の工学というのは計測技術的な話なのか、レンズなど撮影用ですか。

金澤:
スキャナーなので計測技術になります。歯科で3次元で見られるスキャナーは国産のものがほとんどないのですよね。ほとんど外国産なので、なんとか日本製のものができないかなと頑張っています。

海外製は不具合など問題があるのですか。

金澤:
不具合は特にありません。僕らのプライドの問題です(笑)。
日本で、日本の企業と大学で、世界を席巻するようなものを作りたい。国際交流にも興味があって東南アジアや欧米にもよく行きますが、多くの国の人たちが「日本の技術はすごい」って言ってくれるのですよ。私が研究している補綴の分野は、世界で日本が強いわけではないので、日本の学術(知識)と産業(技術)を合わせて世界で勝っていけるようにしたいです。

日本の歯科技術はセンシティブで患者さんに丁寧だと聞きます。

金澤:
日本の歯科機器や機材は、世界的に有名なメーカーがいくつもあります。でも、もっと優良な企業がアメリカやヨーロッパにはあります。日本はトップクラスではあるけれど、No.1ではないのですね。ポテンシャルは十分あると思うのですが。

最後に

最後に、先生のご趣味をおうかがいしたいです。

金澤:
小中高とサッカー部でしたが、今やっていないですね。最近の趣味としてはジムで筋トレをすることですね。本学にはフィットネスルームがありまして、新型コロナウイルス対策でジムが閉まるまでは、外来が終わってから1時間トレーニングして、19時から23時まで研究するというのが日課でした。今は自宅で自重トレーニングしかできてないので、寂しいですね。

本学のフィットネスルームで、元ハンマー投げ選手で本学のスポーツサイエンスセンター長でもある室伏広治教授と

ありがとうございました。

CONTACT

東京医科歯科大学オープンイノベーションセンターに関するお問い合わせ、お申し込みは下記フォームにご入力ください。