CASE

企業インタビュー

2020.08.24 
企業インタビュー  
Vol.2

医師主導の共同研究「医工連携」推進
病診連携における難病患者の逆紹介をサポート

2018年から本学との共同研究がスタートした日立製作所。「医工連携」の枠組みで、病診連携における難病患者の見守りサービスの開発を進めています。プロジェクト化するニーズをどのように導き出したのか、共同研究を進めていくプロセスなど、詳しくうかがいました。

プロフィール
日立製作所
ライフ事業統括本部
経営戦略本部長
助川直伸

共同研究開始の背景

まずは助川さんの所属されている部門のミッションと、産学連携をどのように捉えているのか教えてください。

助川:
経営戦略本部の主な役割は、会社経営のスタッフです。東京医科歯科大学(以下、TMDU)さんとの共同研究も経営施策の一環として推進しているのですが、当社では本件について、産学連携ではなく、「医工連携」と呼んでいます。
産と学が連携するとの言葉だけですと、企業と大学の研究者が連携して生み出すイノベーションを活用するお客様は、その企業でも大学でもない第三者のイメージがあります。一方、「医工連携」の「医」の方々は、さまざまなシーズを持ちながら、ニーズも持ち、企業が連携して生み出したイノベーションを活用する方でもあるのです。医師との連携に基づいて進めることで、現場のニーズに沿ったイノベーションを起こしていきたいと考えています。

産学連携とは異なり、医工連携では医師が主導することが重要になりそうですね。医師と企業が連携するケースにおいて、「イノベーションを起こす」といってもさまざまなフェーズがあると思いますが、御社ではどのように考えていますか。

助川:
医療機器の開発をニーズ探索→臨床起点開発→製品評価→臨床価値評価というフェーズに分けると、当社の医工連携は、この最初のフェーズであるニーズ探索から開始することを重視しています。臨床起点開発以降のフェーズは開発内容が固まっているので比較的プロジェクト化しやすいのですが、ニーズ探索は何が本当に必要なのか分からない状態からスタートするので、プロジェクトを起こすだけでも暗中模索のような難しさがあります。
医療全体ではイノベーションの創生が加速している中で、当社の領域である医療機器においては創生がむしろ難しくなっているように感じています。ニーズ探索からの共同研究は、医療機器のイノベーション創生を目指すならばチャレンジするべき、と考えています。

御社には本学に磁場強度3テスラ超電導MRIシステムを納入いただいており、本学とはかねてから共同研究の土壌はありましたね。

助川:
今回の医工連携を一緒に始めるきっかけは、2017年度初頭に現学長の田中雄二郎先生や副学長の先生方などとお打ち合わせをさせていただいた際に、「次世代医療の創造」に向けて何か一緒にできることを探していこう、と仰っていただいたことです。「次世代医療」の範囲は広いので、共同研究の設計がフレキシブルになるよう、包括連携協定を締結しました。
包括連携協定という枠組みがあると、私たち企業にとってはTMDUさんにさまざまなことでコンタクトを取るバリアが低くなると思いますが、これは特に当社のように課題探索のフェーズから取り組みたい場合にはありがたいですね。

プロジェクト化までの道のり

ニーズ探索を、アイデア出しからプロジェクト化する過程で、どのように絞り込んでいったのでしょうか。

助川:
医療現場で既に明らかになっているニーズに対して取り組むことも重要ですが、医療の現場を見たり、先生とお話したりすると、これまで捉えられてない本質的なニーズがまだまだ存在することに気が付きます。
見つかったニーズに対して、技術的あるいは事業的な観点で解決策の検討を早期に断念することもありましたが、プロト開発や臨床研究の各フェーズでブラッシュアップをしながら、最終的に価値のある製品やサービスに集約していく考えでいます。医師と連携したプロト開発で技術的なフィージビリティを見極め、臨床研究で医療的な意義を確認しながら、本当に価値のあることに絞り込んでいくプロセスです。今回のTMDUさんとの連携でも、こういったプロセスの中で、当社だけでは絶対出せなかったアイデアが生まれましたし、医師と連携するプロセスの価値を実感しています。

絞り込んだ共同研究の概要を教えてください。

助川:
「炎症性腸疾患(IBD)」という難病の患者さんを対象に、「病診連携(中核病院と市中病院やクリニックが連携して効率的、効果的な医療を提供すること)」をサポートできるような、スマートフォン向けアプリを含んだソリューションの創生に取り組んでいます。
IBDを含むさまざまな難病において日本有数の中核病院であるTMDUの先生方と議論を重ね、「IBD患者は症状が安定してもTMDUに滞留する傾向にあり、なかなかクリニックへの逆紹介(クリニックに戻ること)が進まない」といった課題について、その解消に向けて一緒に取り組みましょう、と方針を決めました。
この課題に対し、私を含む当社のメンバは、当初、「IBD患者を診る高度なノウハウがクリニックの先生に不足しているのが問題なのだろう。だとすればTMDUの先生の頭脳を持つAI(人工知能)を開発すればよいはずだ」と、技術開発の視点から考えていました。
しかし、土屋輝一郎先生(消化器内科准教授)と一緒に、患者さんがクリニックからTMDUに転院した時の紹介状を調査し、またいくつものクリニックの先生にインタビューした結果、逆紹介が進まないという課題には、患者さんの心理的な問題が関わっていると分かってきました。TMDUに通うIBD患者さんの多くは、元々「クリニックでは自分の病気が良くならないのではないか」と不安を覚えて、自らTMDUへの転院を希望されていたのです。そういった患者さんは、TMDUで症状が安定した後も、「TMDUとの関係が切れてしまった形で」クリニックに戻ることには不安を感じる。これが逆紹介を難しくしている理由として浮かび上がってきました。そうだとすると、「クリニックに優秀なAIがあるのだから、TMDUを卒業してクリニックにお戻りください」というのでは、患者さんにとって不安の解消策になっていません。また、クリニックの先生もAIを必要とされていませんでした。私たちが仮に優秀なAIを開発できたところで、誰のメリットにもならないことが、現場の声を分析して初めて分かったのです。
では、患者さんがTMDUからクリニックに戻ってもいいと思うのはどういう場合なのか、土屋先生、他のTMDUの先生方と議論を重ねました。私たちが行きついたのは、クリニックに戻った後も、TMDUと患者さんのつながりを「見守りサービス」という形で維持することでした。クリニックに戻っても、TMDUの先生がちゃんと見守っていますよ、と患者さんが感じられるようなサービスを用意すれば、安心してクリニックに戻れるのではないか、というアイデアです。

健康状態の見守りは、どのようなかたちで実現するのですか。

助川:
患者さんに、アプリに体調や症状、薬を飲んだかなどを毎日入力してもらいます。入力したデータをクラウドシステム上で管理することで、TMDUの先生からもクリニックの先生からも、そして患者さん自身からも見えるようになります。
症状の悪化が心配される状態をTMDU側で発見した場合、「クリニックの先生に診てもらった方が良いですよ」というアラートを患者さんに上げることができます。この機能により患者さんは、TMDUの先生に常に見守ってもらっていることを実感できます。クリニックの先生にとっても、これまでのように来院時の状態を診るだけでなく、毎日の状態変化を見て、いつから体調悪化の兆候があったのかなど、よりきめ細かい診療につなげることができます。また患者さん自身でも、日々の体調変化をグラフで見たり、服薬履歴を確認したり、自己管理がしやすくなります。
TMDUとクリニックが連携して医療にあたるという、病診連携をサポートするサービスなのですが、これは当社だけで考えた場合にはなかなか出てこなかったと思います。このアイデアに行き着く過程で、「医師の方と一緒に取り組むことの価値」を強く実感することができました。このアプリのユースケースについては、引き続き先生方と議論しながら拡大を図っていきます。

これまでを振り返って

プロジェクトで想定していなかった困難はありましたか。

助川:
初期の課題探索のディスカッションでは、当社の過去の取組みをスタートポイントとしたのですが、どれも既にあるサービスの押し売りのような議論になってしまい、話がうまく進められませんでした。次に、TMDUさんは病院やクリニックとのネットワークに強みがある、これを生かそう、という議論をしたのですが、疾患軸を定めずに検討した為に、ニーズを絞り込むことができなかった。こういった状態が続く中で、渡邉守先生(理事・副学長)にもご支援いただいた結果、TMDUは難病の分野に強いので、そこにフォーカスしてはどうかとご意見をいただきました。渡邉先生は消化器内科で、その分野の難病と言えばIBDが有名だ、ではIBDではどんなことが課題になっているのだろう、そうやって急に道が拓けた感じでしたね。最初の議論からここまで1年半ほどかかりました。
TMDUさんからも期待されているし、当社の幹部からも早くテーマを決めろとプレッシャーがありまして(笑)。どうにか道を見つけるまでの過程が私としては辛かったですね。

本学の強みである難病にフォーカスした決め手はどのような点でしょうか。

助川:
渡邉先生は日本炎症性腸疾患学会理事長もされていて、ならばIBD(炎症性腸疾患)をテーマとすれば、その成果を展開しやすいのではないかと考えたのが一点です。
また、IBDは若い頃に発病して、一生患う方も多い病気であり、患者数も増加していますから、「どうすれば患者の苦しみを減らせるか」を考えることに社会的な意義が大きい点も一つです。こう説明するとIBDを選択したのは自然と思われるかもしれませんが、渡邉先生のご指導があった初めてここに考えが至った、というのが実態です。
医療のイノベーションを起こすのだから、病院、大学、ひいては医師の方の強い分野を生かせる連携が重要であり、成功への近道だと思います。ニーズ探索からではなく、最初からテーマを決めて医師と連携する場合には、その分野で強い医師と連携するのは当然の話です。同様にニーズ探索から始める場合にも、連携先が強い分野にフォーカスしていくことが重要である。これも当り前のことだと思うのですが、今回身をもって経験したことです。

1つのプロジェクトを製品化するなど最終的なゴールにたどり着くまで、御社としてはどのくらいの期間を想定されていますか。

助川:
テーマにもよると思いますが、課題探索から一定の成果が得られるまでには、今回はもう数年かかるという印象です。作るものが決まっているフェーズからのスタートであればもっと期間は短かったと思いますが、課題探索からだと時間がかかります。
現在進めている共同研究は3年目になりますが、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響もあり、少し軌道修正を進めています。これまでに色々分かってきたこともあるので、その点も踏まえた調整をしながらビジネスにつなげていく予定です。

企業には部署異動があるので、医工連携プロジェクトの進め方などのノウハウが引き継がれない、ということも起こりうると思うのですが。

助川:
その通りです。仮に、私が担当から外れることで、これまで分かってきたことがリセットされてしまうならば、それはパートナーであるTMDUさんにとっても当社にもデメリットでしかないので、企業側も経験して学んだことを積み上げていく仕組みが必要です。会社の中の体制づくりや文書化など、ノウハウを共有し溜めていく施策も合わせて取り組むことが重要だと思います。

企業と大学側のゴールのすり合わせは、どのように行ったのでしょうか。

助川:
最初から大学側とすり合わせるというよりは、まず社内で経営視点から目標設定をして社内幹部とすり合わせることを行ってきました。テーマの方向性に基づきリーチできるビジネスサイズを計算すると、幹部の期待値とのギャップが明らかになります。これを念頭に置いて大学側との進め方の議論に反映していく。社内の議論と大学側との議論の調整を重ね、ゴールを合わせていく形です。こういった議論は時間を要しますが、TMDUの先生方にも企業側のロジックについてご理解いただくことが進んで参りました。今、TMDUさんとはアプリのユーザ数についてある目標を設定して実証実験を進めようとしていますが、これもこのような調整の結果です。

今回の共同研究を踏まえて、次回また別の形で共同研究を進める場合に、こういう点は次に生かしたい、といったことはどのようなことでしょうか。

助川:
最初に思うのは、テーマ選定の段階における経営戦略上の意味付けに拘りすぎないことです。テーマが決まらないので経営的な価値を評価できず、そうなると企業の論理から人員を充てることもできずに結局テーマ検討が進まない。こうやってテーマが決まるまで1年半も掛かってしまったことは改善していきたいと思います。現場にてニーズ起点でテーマ選定の議論をしている訳ですから、その方向が経営戦略とぴったり合致するということはまず無い。ただこの方向性は研究を進める中で変わっていくのですから、初期の段階はマクロな目で見た意味付けをもっとうまくやりたいと思います。
またテーマを決めた後で、ターゲットとしたニーズの普遍性の評価をどうするかについても、もっと戦略的に取り組めればと思います。新たに発見されたニーズに対して取り組むことになるので、前例がなく市場における価値の数値化がしにくいのです。今回は土屋先生のご尽力で厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」の班会議で本テーマを紹介いただき、そこで高く評価頂いたことが我々の自信にもつながりました。「イノベーションだから事業化まで秘密にして下さい」というよりも、先生方にどんどん発表してもらって、世のフィードバックをもらいながら進めた方が、結局は成功につながるように思います。

医工連携、ないし産学連携する上で、企業にとってのメリットはどのようなことだと感じていますか。

助川:
イノベーションの創生に加えて今回強く感じているのは、「人材育成」の価値です。今回は新人の時から携わっている社員がいるのですが、同期の社員と比べると、経験で得た知識やノウハウが図抜けているように思います。医師の方と直接議論して得た一次情報が多いことは、「自分の強みである」と本人の自信にもつながっているようです。人材育成にとって、医工連携は最高のプラットフォームだと思うようになりました。

現在、産学連携を検討中の企業に向けて、経験者である御社が伝えたいことは、どのようなことでしょうか。

助川:
個人的な意見なのですが、このような連携で一番大切なことは「Lessons Learned」だと思っています。これまで説明したように、当社もまだ方法論を確立する途上にいるわけですが、難しいからと諦めたら結局イノベーションを起こせない、と思うのです。もちろん難しいプロセスを取らなくても、時流や社会情勢とたまたまマッチして成功するパターンもありますが、それを狙うのは何億円もの宝くじに当選するような確率の話だと思っています。努力でイノベーション創生の可能性を高めようとするならば、大学や病院との活動を継続し、ノウハウを蓄積していくことが重要だと感じています。

ありがとうございました。

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